受験
 
もうすぐ、学生達には嬉しい夏休みがやってくる。
ちなみにこの家はパパも嬉しい。
「夏休みはハワイなんてどうだ?」
「ハワイかー。いいねー、久しぶりに。」
「沖縄で少し泳げるようになったんだろう?早速、披露してもらおうか。」
「泳げるって言っても、2メートルくらいだよー。」
平和な朝の朝食の風景である。
・・・・・・この家、お金持ちなんです。
  
しかし大切なことを忘れているのでは。
  
「ええかー?プリント行ったかー?じゃあ終業式までに、第三志望まで書いて、わいに提出すること。勿論、一校しか眼中にない奴は一校でもOKや。忘れた奴は取りに帰らすで!以上!」
その日配られたのは、進路志望調査票という名の、夢見る中学三年生に受験という痛い現実を押し付ける悪魔のような紙切れだった。
「そっか、受験生かー。」
プリントを見ながらファイは少し離れた席に座っている黒鋼を振り返る。机に突っ伏して、ぐっすりとお休み中の彼は、きっとまだこの紙が配られたことさえ知らないだろう。
(どこ受けるんだろう。)
夏休み、家族旅行が終わったら、少しは恋人らしいイベントを期待していたのだが、そうも行かないかもしれない。
  
帰り道、二人きりになったところで訊いてみると、
「受験・・・?あー、そういえばそうだったな。」
と、実に呑気な返事が返ってきた。
受験の事など、全く考えてなさそうだ。それでも一応。
「黒むー、どこ受けるのー?」
「どこでも同じだろ。受かるところを受ける。」
「・・・・・・受かるところあるー?」
「うるせえな!!名前書けば受かるような学校は、いくらでもあるんだ!!」
「・・・・・・・・・・・・。」
名前だけ書いて受かるつもりか。
 
「『一緒の高校受けような』、くらい言ってくれても良いのにー。」
「お前がランクを落とすことはねえだろ。」
「自分が上げようっていう考えはないのー?」
「追いつけるわけがねえ。それに、別に同じ高校に行く必要もねえ。」
「・・・・・・・・・・・遠距離恋愛はやだー!!」
「隣に住んでるだろうがっ!!」
往来で何叫びやがる、と、周囲を確認して、人気のないことにほっとする。そして改めて隣を見ると、さすがに少しへこみ気味のファイ。
 
俯いた金髪に触れたいと思ったら、もうすでに末期だろうか。
たしかに、ファイの声がない教室は少し味気ない気がする。
 
(あー、もう、しょうがねえな)
「お前はどこ受けるんだ。」
惚れた弱みだ。一応名前くらいは聞いておこう。
「・・・CLAMP学園」
「私立じゃねえか。」
CLAMP学園。それは、知る人ぞ知る、東京湾岸域に造成された巨大な学園都市である。
「うん。でも授業料は安いよー。ちなみにオレは、特待生でもう入学が決まってるから、受験は必要ないんだー。」
「・・・・・・。」
だから呑気なのか。  
「入試のレベルとしては、そんなに難しくないんだけど・・・・・・駄目?」
そんなに可愛くねだられて、駄目だといえる奴が居るなら紹介して欲しい。師匠と崇めてやる。
しかし難しくはないとは言っても、黒鋼のレベルが通用するという意味ではない。
今から塾というのもどうかと思うし、今までが今までなので行かせてくれと頼むのも少し憚られる。
「・・・夏休み中、てめえが付きっ切りで家庭教師するなら目指してやるよ。」
「え・・・・・・」
快く了解するかと思ったら、予想外に、ファイの顔はこわばった。
  
「受験?お前はもう決まっているだろう?」
「あの・・・黒むーと勉強したいなーなんて・・・」
「・・・・・・」
黒鋼の名前が出ただけで、一瞬にして体感気温が5度下がる。夏場は涼しくて良いが、この緊張感はいかがなものか。
お隣の息子さんを、そこまで毛嫌いすることもないと思うのだが。
(これで、付き合ってますなんて言ったら、黒むー、殺されるだろうなー)
「それでハワイ旅行はなしか。」
「駄目かなー・・・?来年は、ハワイでもグアムでも一緒に行くから。」
「2泊3日くらいで国内旅行も嫌か。白浜なんてどうだ?」
「うーん、たまにはお父さん一人で行ってきたらー?」
「・・・・・・お前とはなれてまで、観光地に出向くことに何の意味がある。」
「そんなこと言ってたら、オレがいつまで経っても自立できないよー。」
「しなくて良い。私が一生養ってやる。」
「あはは・・・・・・」
本気だから怖い。
 
それでも何とか説得して、勉強一色(実際はそうでもなかったが)の夏休みは過ぎ、似たような感じで2学期と冬休みを経て、追い込みの3学期、そして受験当日。
「送っていくよー。」
「・・・・・・いらねえ。」
「まあそう言わずに。駅まででもさー。」
朝、小学校のときのように家の前で待ち伏せしていたファイは、白い息を吐きながら黒鋼の横に並んで歩き出した。
口では拒否しながら、実は会えたことで少し安心した。黒鋼も一応、人並みに緊張はしているのだ。
「あ、ベタだけど、お守り持ってくー?」
「・・・貰っとく。」
やれるだけのことはやった。後は自分を信じて、力を出し切れるかどうかだ。
「寒いねー。手、凍えてない?」
「大丈夫だ。手はお前のほうが冷たいだろ。」
「オレは受験しないからいいのー。ところで大化の改新はー?」
「645年。」
「正解ー。まあ、そんなに簡単なのは出ないよー。」
「・・・・・・・・・。」
緊張させに来たのか、ほぐしに来たのかどっちなんだと怒鳴ろうとしたが、それより早くファイが走り出す。
なんだと思ってその先を見ると、もう川の近くまで来ていた。欄干の上を渡りきると、願いがかなうという橋がある場所。
「・・・・・・おいっ!」
ファイがその欄干の上に登ったのを見て、黒鋼は慌てて引き摺り下ろす。
「うわ、危ないよ、黒みゅー。」
「危ないのはどっちだ!お前、一回落ちといてまだ懲りないのか!?」
「それは小6のときの話でしょー。」
そう言って、ファイはもう一度欄干の上に登る。そして合掌。
「黒むーが合格しますように。」
「・・・・・・。」
ああ、これはきっと、初詣で書いた絵馬や、さっき貰ったお守りなんかより、効力絶大に違いない。成功すればの話だが。
「落ちるなよ。頼むから。」
「心配なら、手を握っててよ。」
そう言って、欄干の上からファイが手を差し出す。握った手は、やっぱり冷たかった。
「黒むー、手あったかいねー。」
「無駄口叩いてねえで、足元しっかり見てろ。」
「こういうのは下見ちゃ駄目なんだよー。前を見るのー。」
「何処見てもいいからさっさとゴールしろ。」
「はーい。」
そしてその日、ファイは無事最後まで渡り切ったから、黒鋼は合格するはず・・・なのだが。
 
「・・・ごめんねー。」
「お前なぁ・・・こんな日に熱出すな、不吉だろ!!」
「だからごめんって・・・。」
もともと体が丈夫でないファイは、黒鋼の受験が終わって疲れが出たか、よりにもよって合格発表の日に発熱。
一緒に見に行くと約束していた発表は黒鋼一人で見に行くことになった。
 
(あー、いやな予感がする。)
受験日以上の緊張を感じながら、黒鋼は合格者が張り出される掲示板の前に立った。
いやな予感というものは、人間が持って生まれた野性的な勘が発している警鐘のようなものなので、当たることが多いのである。
「・・・・・・ない・・・」
受験番号1248番。
1247と1249はあるのに、その間はぽっかりと抜けている。
「嫌味かよ・・・。」
そんなことはない。単なる実力不足だ。
このCLAMP学園。入試のレベルはそれほどではないが、幼等部から大学院までエスカレーター式のため、募集数がかなり少なく、それに対して志願者がかなり多い。成績のいいものから合格となると、普通レベルではとうてい無理なのだ。絵馬もお守りも橋のまじないも、力が及ばなかったらしい。
(黒鋼が普通レベルに到達したかどうかはまた別問題。)
 
「はあ・・・・・・」
最後の望みをかけて見に行った補欠合格の中にも自分の番号は見つからず、しかしそのまま帰る気にもなれず、黒鋼はたまたま見つけた噴水のふちに腰を下ろした。
不合格はともかく、ファイになんと報告するか。
「『落ちた』・・・ストレートだな。・・・『駄目だった』・・・なんか情けねえな。」
別にどう報告しようが落ちた事実は変わらないが、言葉は大切である。
「『悪い』・・・って、あいつに謝ることか?」
「何を謝るんですか?」
一人でぶつぶつ続けていると、不意に背後から声をかけられた。振り向くと、いつからそこにいたのか、CLAMP学園の制服を着た生徒が一人、にっこりと笑みを浮かべて立っている。
「・・・誰だ?」
「桜塚星史郎といいます。ここの生徒ですよ。」
そういって星史郎は黒鋼の隣に腰を下ろした。そして単刀直入に。
「落ちましたか。」
「・・・・・・おまえにゃ関係ねぇ。」
「先輩に向かってその口の利き方はないでしょう。あ、不合格なら先輩でもありませんか。」
にこにこにこにこと、食えない野郎だ。
心の中でそう呟くと、話を元に戻された。
「で、誰に謝るんですか?」
「・・・・・・おまえにゃ関係ねぇ。」
「その台詞は二度目ですね。国語は苦手ですか?」
「国語で取らずに何で取るんだ。」
「なるほど。得意な国語でこの程度、と。」
「・・・・・・・・・・。」
人をバカにしているとしか思えない。黒鋼は相手をするのをやめて立ち上がった。とりあえず帰ろう。精一杯やったことは、ファイだって分かってくれているはず。落ちたと言えば残念がるだろうが、責めたりはしないだろう。
「帰るんですか。」
「お前にゃ関係ねぇ。」
「三度目ですね。他に言葉を知らないんですか?それともただ強情なだけですか?」
「どっちでもいいだろ。落ちたんだから、もうお前と会うこともねえよ。」
「・・・・・・・・・いい事を教えてあげましょうか。」
「いい事?」
 
 
「ファイ、起きていて大丈夫なのか?」
昼前になってリビングに下りてきたファイに、パパが声をかける。相変わらず息子が熱を出すと仕事を休む、素敵なお父さんだ。パジャマの上にカーディガンを羽織ったファイの頬は、まだ少し赤い。けれど、
「そろそろ帰ってくるかなーって。」
主語がなくても、黒鋼の事を言っている事は分かる。パパの眉間に皺がよった。
それを見てファイが小さく笑う。
「冗談だよー。ちょっとおなか減ったから。それに、合格報告なら多分窓から来るよ。」
相変わらず、黒鋼は窓からファイの部屋にやってくる。ばれて何度か怒られたが、落ちたのは最初の一回だけだ。
「不合格だったら良いなーって思ってるでしょー。」
「ああ。」
図星を突かれて隠すこともない。それほど嫌いか。
「でも、きっと合格してくるよー。予感だけどね。」
 
 
「一芸入試?」
聞き慣れない言葉を黒鋼が繰り返すと、星史郎はにっこりと笑ってその説明を始めた。
「『一芸入試』。正式名称は『得意科目自首選択申請式特殊入試検定制度』、略して『科選申請入試』といいます。」
舌をかみそうな名前だ。
「通常の入試制度と違って、通常のテストの難易度を一般常識程度に下げ、『芸』の得点を特別入試検定メンバーが判定し、両者を合計して合否を判断するんです。合格者は、特別待遇学生(特待生)として学費全額免除のほか、個人優先の学習カリキュラムを組んでもらえるという特典が与えられます。」
「・・・・・・要するにどういうことだ?」
「・・・ほんとに国語は得意なんですか?つまり、何か特技があって、、一般常識があれば入学できるというわけですよ。中学校で何かクラブは?」
「剣道部だ。」
「それなら剣道で受験してみては?入学後、剣道部への入部は義務付けられますが。」
「・・・再受験できるのか?」
「大丈夫です。一芸入試は今日の昼から行われます。僕も特別入試検定メンバー、まあ審査員のようなものなんですよ。今年は受験生が少なくて退屈していたんです。防具と竹刀は、僕のものでよければお貸ししましょう。」
「お前も剣道部か。」
「合格したら先輩ですよ。入学後は口の利き方に気をつけてくださいね。」
そういって、試験会場の場所を告げると、星史郎は立ち去ってしまった。
 
そして夕方、黒鋼の帰りがあまりに遅いので、不合格のショックで自殺でも図ったんじゃないかとファイが心配し始めたころ、合格通知を手土産に、黒鋼が窓から忍んで来たのだった。
 
 
 
 
 
=後書き=
ここからが本番ですが、しばらくオヤスミです。(ねた切れだったりして)(いや、まさかそんな)
星史郎さんが出ました。剣道部の先輩になります。
CLAMP学園の一芸入試はホントに存在しますよ。CLAMP学園は存在しませんけど。(CLAMP学園公式ガイドブック参照)
パパが素敵ですvv自分で書いたくせに、『養ってやる』を『飼ってやる』と読み間違えて悶えたのは雪流さんとかいう人です。
この話書いてる時点で、雪流さんも受験生と言う非常に痛い現実。一芸入試でいきたいですね。妄想と捏造と曲解は世界に誇れますよ。(日本の面汚しめ。)
得意科目は漢文です。(微妙)(理系のくせに)
 
 
復習:今回の(雪流さん的)萌えポイント『アシュラパパ』『私が一生養ってやる』『橋のおまじない』
予習:星史郎さん出現でパパの素顔が明らかに!ただの親ばかキングじゃないそうです。
 
 
 
 
        <帰ってお勉強でもどうぞ>    <お勉強アレルギーですか、それは大変>