やり直し どうすればいいんだろう、と悩んでいるうちにどれくらいの時間が経過したのか。悩んでいる振りをして、本当はぼんやりしていただけだったような気もするが、黒鋼は携帯電話の着信音にはっと我に返った。慌てて、相手も確かめずに通話ボタンを押す。聞こえたのは自分によく似た声。 「何だ、親父か・・・」 『何だとは何だー。他に誰かかけてくる人がいるのか?』 「・・・・・いや・・・」 少し、ファイであることを期待した。 「それで、何の用だ。」 『お隣さんとの食事が終わったから、一応報告にな。そんなに悪い人でもなさそうだったぞ?』 「・・・・どんな会話したんだ。」 『内緒だ。恥ずかしいからな。』 「?」 時間を少し巻き戻して、日本の午後7時、黒鋼邸。食卓を囲んだのは、黒鋼さんのお姉ちゃん、妹さん、そしてご両親と、お隣のパパさんの計5人。 パパは最初は居心地悪そうな顔を見せたものの、周りがこのメンバーなので次第にその場の雰囲気引きずり込まれ、半ば強制的にファイの自慢話などさせられ始めると、親馬鹿も手伝って自ずと饒舌に鳴る。黒鋼ファミリー、話術はお手の物だ。そして食事も終わるころになって、お父様はついに本題を切り出す。 「ところで二人の行方なんかは?」 「・・・海外ということは判っているんですが・・・」 桜塚グループが全力で隠しているので、行き先まではつかめない。ちなみにハワイに向かったエージェントは、何者かに買収されました。 「こんな事になってしまい、本当に申し訳なく思います。」 「いえ、こちらこそ・・・。連れ出したのはおそらくファイの方ですから・・・。普段は大人しい子なんですが・・・時々極端な行動に出ることがあって・・・。」 良く言えば情熱的、悪く言えば無鉄砲と言った所か。一体誰に似たんだろう。 「全国で捜索させていますので、そう長くはかからないでしょう。見つけ次第・・・」 「引き離すんですか?」 「・・・ええ。ファイを連れて本国に帰ろうと思っています。」 また、お父さんなんて嫌いだと、泣かれるかもしれないけれど。 「そうですね・・・うちのはそちらの息子さんに比べて色々と見劣りする息子で、許しがたいのはよく分かるんですが、」 お父様、ここで気を引き締めて、テーブルの上で指を組んだ。事前情報によると、ここから先、失敗すると宇宙からレーザービームが飛んでくる可能性があるらしい。 「こちらとしては、二人の想いを尊重してやりたいと思うんです。いかがでしょうか。」 「は・・・?」 いや、いかがも何も。そう言いたげにパパは眉をひそめるが。 「駆け落ちは確かに褒められたことではありませんが、ここまでする程、本気だということでしょう。付き合いも長く続いているようですし。確か2年ですか?」 「・・・それは、息子さんから・・・?」 「いえ。娘から。あまり自分からそういう話題を出す子ではありませんから。」 じゃあ姉妹には話したのだろうか。問いかけるように二人に視線を向けると、お姉ちゃんは困った顔をして、妹さんはにこりと微笑んだ。 「私達も本人から聞いたわけではありませんわ。でも、兄は隠し事をするのがとても下手ですの。ファイさんはお上手そうですが。兄の場合は見ていればわかりますわ。」 「見ていれば・・・?」 「兄は家の中では、ファイさんの事を『あいつ』って呼ぶんです。最初のうちは名前で呼ぶこともあったんですが、いつの間にか『あいつ』と言えばファイさん、と言う暗黙の了解があって。兄はあまり口数が多いほうではないのに、そんな了解が出来てしまうくらい、ファイさんのことはたくさん話したということでしょう?これは惚れてるなーと思っていたら、中学の修学旅行辺りから突然ファイさんの話題がなくなってしまって。でも喧嘩した様子はなかったので、これは口では言えない関係になったのかなと。ね?」 「え、ええ・・・」 妹に同意を求められて、お姉さま苦笑い。こういう話題は苦手そうだ。それにしても黒鋼君のバレバレにも程があるとはいえ、本人が自覚する前から気付いているとは、知世嬢、恐ろしく察しがいい。 (私には・・・気付けない・・・) ファイは隠すのが上手いから。 でも本当に、気付く機会はなかったのだろうか。愛しているつもりで何も見ていなかったのではないか。 そもそも、本当に気付いていたなかったのだろうか。 『オレは・・・黒むーと一緒にいたかった・・・』 あんな風にはっきりと、告げられてもまだ。認めようとしていないだけで。 (ファイ・・・・・・) 「あの二人はまだ子供で、今回のようにむちゃくちゃな選択をすることもあるかもしれません。でも何が幸せかは、子供でも自分で決められる。息子さんを愛する気持ちは良くわかります。でも、子供が宝なんじゃない。子の笑顔が宝でしょう?」 「・・・・・・・少し、考えさせてください。」 『どうするかなー、パパさん。』 「あ?」 『いや、こっちの話だ。ところでお前ら、今どこにいるんだ?』 「・・・・・・ハワイ。」 『お、いいなー。帰って来いとは言わないから、何か送れよ。』 「・・・・・・・・」 残念ながらそれどころではない。小狼はクレジットカードは置いていってくれたが。 「・・・・・・帰ろうと思ったんだ。」 『何だ、もうか?まあそれもいいんじゃないか?じゃあ土産な。』 「いや、それであいつと揉めて・・・出て行かれた・・・」 『出て・・・って、ファイが?お前、人の苦労を何だと・・・ああ、いや、それはいい、なんでもない。それにしても・・・お前らストーリー性抜群だな。』 「・・・・・・」 そろそろハッピーエンドが欲しい。 「・・・・・小狼君・・・」 「あ、おはようございます。気分はどうですか?」 「良くはないけど・・・落ち着いたかな。ごめんねー、オレ、君の前で泣いてばっかり。」 「いえ・・・おれでよければいつでも、胸をお貸しします。」 実際に貸したことはないが。 きっと抱きしめれば、その行為はたちまち意味を変える。押さえ切れない自信がある。ファイが望まないことなど、何一つしたくないのに。 「朝食、ルームサービスで良いですか?」 「うん、ちょっと顔洗ってくるねー。」 そういってファイは洗面所に入った。扉を閉めると、小狼がルームサービスを注文する声が、ぼんやりと聞こえる。 鏡で自分の顔を覗く。少し瞼が腫れている気がしたが、気になるほどではなった。目も赤くない。 (不思議だなー・・・) 落ち着いている。黒鋼と離れてしまったのに。少し心配だが寂しくはない。それは小狼が居るからかもしれないが。 傍に居たかった筈なのに。愛しているはずなのに。 『そういう時はとりあえず謝れ。許してもらえるまで土下座でも何でもしろ。』 夫としての大先輩からありがたいご指南。父上、何か経験があるのだろうか。 「いや、それはともかく。その後どうすりゃいいんだ。」 『帰ろうと思うなら、ちゃんと納得してもらえるように説得するしかないだろ。』 「その・・・なんて説得すれば・・・」 『何だ。理由があって帰ろうと思ったわけじゃないのか?』 「・・・・・・」 理由ならあった。正当性の皮を被った、敗北の主張。もうそれは考えない。けれど後一つ。 「何か・・・よくわからねえ・・・。でもここに来てから・・・なんか違う気がして・・・。」 『結婚した途端、相手の嫌な所が見えちゃったとか言うやつか?そんなの誰にだってあるっての。好きって言うのは、そういうの全部ひっくるめて、あ!お母さんには嫌な所なんてないぞ!?そりゃもう完璧だ!!』 きっと今後ろに母上が居る。息子は思わず涙ぐんだ。それはともかく。 「別に嫌な所は・・・見あたらねえな・・・。」 嫌いになったわけじゃない。自分だって、ずっと傍に居たいのに。 『・・・じゃあ、反対は?』 「反対?」 『近くに居すぎて、好きだった所が見えなくなったってやつじゃないか?』 「好きだった・・・所・・・」 どこが好きだったんだろう。何を護るために、こんな所まで来たんだろう。 そう、この部屋で誓いの言葉を交わしたあの日。あの日はただ―― 「・・・そうか・・・・そうだった・・・・・」 『思い出したなら、行って来い。』 「・・・・・・プリン・・・」 「え?」 「あ、ごめんねー。オレ今、黒むーのどこが好きだったのかなーって考えてて・・・」 朝食を終えて、ファイはベッドの上にごろりと横になって。小狼は窓際の椅子に座っていた。 「それで、プリン?」 「オレ、日本に来てちょっと経った頃に、川に落ちて熱出してさー。次の日の給食のプリンを、持って帰ってきてくれたんだー。」 あれは初めて黒鋼が窓から入ってきた日。そのときのジャンプはまだ下手糞で、折角のプリンは着地の衝撃で少しぐちゃぐちゃになってしまっていたけれど。 「頼んでたわけじゃないのに、オレが前の日に楽しみにしてたからって。あ、優しいんだなーって感動してさー。それまで素っ気無かったから余計にね・・・。多分そのときから。」 その時は、ただ嬉しいと思っただけのつもりだったが。気がつけば何時の間にか。 「黒むーが窓から入ってくる時、凄く嬉しくなるんだ。きっと、あの時のこと思い出すからだねー。」 その光景を見るたびに、想いはどんどん深まって。その光景を見るたびに、想いの原点に立ち返る。 「でも・・・ここには飛び込める窓がない・・・。」 そういってはめ込まれた窓ガラスを見たファイの視線の動きに合わせて、小狼もそこから外を見る。空を見て、海を見て、そして、 (あ・・・・) 最後に見下ろした砂浜、きっとファイの位置からでは見えないであろう場所に、思いがけない姿を見つけた。けれどすぐにファイに視線を戻す。こちらも、思いがけない呟きが漏れたから。 「帰りたいな・・・」 「日本にですか?それとも・・・」 「どこにだろう・・・。過去にかな・・・」 そう言ってファイは苦笑する。出来もしないことを望む自分を、嘲笑ったのかもしれない。 「オレ達の部屋は向かい合わせで、黒むーが窓から入って来て、そのたびに、ああ好きだなーって思う。そんな時間にさ・・・」 傍に居て欲しかったんじゃない。二人であの場所に居たかったのだ。 自分から飛び出した場所に帰ることを恐れて、いつか帰ろうと言い出すに違いない黒鋼の言葉に怯えた。 黒鋼の元を離れた今、少しほっとしているのは、その言葉に怯える必要がなくなったから。 そしてどこか期待している。窓からじゃなくていい。どんな方法でもいい。ここに来て欲しいと。 「・・・帰りますか?」 「帰れないよー・・」 もう、叶わぬ夢を見る自分を、自嘲うことしか出来ない。 小狼はもう一度砂浜を見下ろした。下は、まだ時間が掛かりそうだ。 「ファイさん、もっと聞かせてください。黒鋼さんとの事。」 話すのが辛いわけではないようだから、少し手伝ってもらおう。自分がここに居ると、ファイはいつまでも下に気がつかないだろうから、自分は立ち上がらなければいけないのに。二人きりのこの空間が、叶いもしないことを期待させて、ひどく腰が重いから。彼が好きだといっぱい聞いて、自分では駄目だと思い知って。彼の涙を受け止められる、この場所から立ち上がるために。 「くそ・・・暑いな・・・」 黒鋼は顎まで垂れてきた汗をぐいと拭った。 でも引き返すわけには行かない。 謝罪も説得もホテルの外からは届かないから。 想いを伝える方法は、これしか思いつかない。 日が暮れた頃、小狼はもう一度下を確認して、ファイに視線を戻した。思い出話はファイの従妹、チィが遊びに来た時の話が終わったところ。 「ファイさん、」 「んー?」 「・・・・・・おれ、帰ります。」 「・・・・・・え・・・」 あまりに唐突過ぎて、驚愕までに数拍の間が空く。 「え、ええっ!?ど、どこにっ!?」 「日本に。すいません、職務放棄です。くびにして下さって構いません。」 「そんな事・・・!どうして?何か用事?あ、っていうか、学校とか普通にあるんだよねー。あ。それとも、オレ、迷惑かけてばっかりで、嫌になった・・・?」 「いえ、そうじゃないんです。」 嫌いになどなるはずがない。ファイより大切に思うものなんて何一つない。それでも。いや、だからこそ。 「・・・おれがここに居ると、貴方には見えないから。」 「何・・・が・・・・・?」 「・・・・・・」 小狼は小さく笑んで、長く座っていた椅子から立ち上がった。ずっと同じ体勢でいたために背中が軋むが、構わず、ベッドの上に起き上がったファイに歩み寄る。 ファイが望まないことはしないと誓ったけれど、たった一度だけ許して欲しい。これで、全部終わりにするから。 「小・・・狼君・・・?」 今まで見たことのない小狼の表情に、ファイは少し戸惑う。ボディーガードなんていったって2つ年下の少年で。いつだって笑顔は弟みたいに無邪気で。こんな、大人びた顔は知らない。 だから、全く反応できなかった。両手でそっと頬を挟まれて、ほんの僅かな時間だけ、唇が重なっても。 「・・・・・・しゃ・・・お・・・」 「おれ、貴方が好きです。」 「っ・・・・・・」 予想もしなかった告白に息を呑んで、そして何か言葉を返そうとして何度か口を開こうと試みるが、その全てに失敗する。 そんなファイに苦笑して、小狼はファイの頬から手を離した。 「分かってます。何も望んでません。貴方が見なきゃいけないのは、おれじゃない。」 「小狼君・・・」 「そんな顔しないで。すいませんでした。忘れてください。それと・・・来てますよ、窓の外。」 「え・・・?」 小狼に示されて、ファイは窓に駆け寄った。見下ろすと、もう人気のなくなった砂浜に、ホテルの明かりに照らされて、浮かび上がる砂の文字。そして、その横に、こちらを見上げて佇む人影。 はっきりと見えるわけではない。でもこの言葉を、この伝え方を、知っている人なんてほかに居ない。 「っ・・・・」 ファイは踵を返して部屋を飛び出した。 見送った背中に小狼は一人呟く。 「さようなら・・・お幸せに・・・。」 大丈夫、最初からちゃんと分かっていた。それでも、ファイが誰よりも愛しい彼だけに見せる、あの笑顔を想っていた。 「黒むー!」 砂浜を駆けたスピードのまま、ファイは黒鋼に抱きついた。勢いを殺しきれずに二人で砂の上に倒れこむ。でもそれでも足りなくて、強く強く抱きしめながら、ファイは想いを伝える言葉を探す。 「黒むーっ・・・オレ・・・ごめ・・・ごめんね・・・」 「謝るのは俺のほうだろ。昨日のはなしだ。もう一度、最初から聞いてくれ。」 黒鋼はもう用意していた。たった4文字を、何時間もかけて作る間に。 「俺は・・・あの時お前が泣いてたから、逃げなきゃならねえって思った。ここに来てお前が笑ったから、これでいいんだと思った。でも・・・お前がだんだん、何かに怯えるみてえに無理して笑うようになって・・・俺が護りたかったのは・・・こんなもんじゃねえって・・・」 あの時はただ、ファイの笑顔だけが全てだった。けれど欲しかったのは、そんな笑顔じゃない。もっと眩しく、輝くような。 「お前が、俺だけに見せる顔があるんだ。その・・・どう違うってのは・・・上手く言えねえが・・・。」 嬉しそうに。愛しそうに。世界の中に自分を見つけた、ただそれだけで幸せだとでも言うように。 「その顔が・・・小僧でもなく、キングでもなく・・・俺に向けられてるのが嬉しくて・・・」 世界の中で自分だけに向けられる、その笑顔が好きだ。 世界の中で誰よりも輝いて見える彼が好きだ。 だから世界が必要だ。隣の家。向かい合った窓。同じ学校。家族。友達。 その中に居るから、誰よりも彼を愛して居る自分に気付く。 誰よりも愛されていることを感じて、幸せだと思う。 これからもずっと。愛していたい。愛されていたい。 「だから・・・」 「うん・・・帰ろう・・・」 「・・・愛してる・・」 「うん・・・オレも・・・愛してる・・・」 そう言うと、ファイは小さく笑った。 「何だ。」 「いや、あのねー・・・これ、作るの、恥ずかしかったんじゃないかと思ってー・・・」 砂で大きくLOVEだなんて。ハワイの砂浜の人口は、日本の春の海辺とはワケが違うのに。 「カメラ、持って来れば良かったー・・・」 「こんなもの、記録に残すな。」 「やだー。買ってこようよー。あ、知世ちゃんの携帯で撮って、後でオレのに送らせてもらおー。」 待ち受けにするんだといって笑うファイの笑顔は、まだ完全に輝きを取り戻したわけではないけれど。 「・・・・・・愛してる。」 もう一度そう繰り返して、黒鋼はファイの唇に口付けた。 食事中に電話が鳴って、お母様が受話器を取る。 「はい、」 『あ、おふくろか?』 相手はハワイに逃亡中の息子。お母様はちょっと後ろを振り返る。今夜もまた、お隣さんをご招待中。 今話すのはまずいだろう。 「申し訳ありません。今ちょっとお客様がいらしておりまして。また後ほどこちらから・・・」 『客って、隣の?』 「・・・ええ。」 『じゃあ、代わってくれ。』 折角他人の振りして話しているのに、そう言われてお母様ちょっとびっくり。 「いいの?」 『ああ。』 決意は固いようなので、お母様は子機をお隣のパパさんに差し出した。 「息子が、話したいと。」 「・・・私とですか?」 パパも流石にびっくり。これまでまともに口を利いたこともないのに。 第一声は何を言おうかと少し悩んで、一応ご両親の手前、あまり敵意がむき出しにならない言葉を選ぶ。 「もしもし。」 『あ・・・えっと・・・ご心配おかけしてすいませんでした。今からファイと帰ります。』 「帰って・・・くるのか・・・?」 『・・・はい。』 不慣れさが滲む丁寧語から伝わってくるのは、確かな決意と強い想い。 『逃げるのはもうやめます。だから・・・連れて行かないで下さい。』 窓から飛び込むあの部屋で、いつも迎え入れてくれる笑顔を、どうか奪わないでくれと。 「・・・・・・ファイはそこに居るのか。」 『はい。』 「代わってくれ。」 あえてしなかった返事に抗議するように数秒の間があって、久しぶりに愛息子の声を聞く。 『・・・お父・・・さん・・・』 「ファイ・・・」 その声は緊張で強張っていて、何を言えばいいのかこちらが分からなくなる。何か話したかったはずなのに。 でももう、話すことなどないのかもしれない。彼が愛しいと。彼の傍にいたいと。ファイは全て告白したのに。 それでも、もう一度だけ。 「変わらないのか。」 『・・・うん・・・』 答えが変わることを望んだわけではない。ただの確認作業だ。 『お父さんがどう思っても・・・引き離されたとしても・・・これだけは変えられない・・・オレは・・・黒鋼が好きだよ・・・。』 「・・・そうか・・・」 口元に笑みが滲んだ。 「今どこに居るんだ?」 『・・・ホノルル空港・・・』 ハワイだったかと正解を知れば、自ずとあの辺りに桜塚グループのホテルが多いことも思い出された。文句は言うまい。親の権威を乱用してファイを追い込んだのは自分だ。 「分かった。気をつけてな。」 そういって電話を切ると、パパは礼を言って子機をお母様に返した。 空になっていたパパのグラスにビールを注ぎながら、お父様が尋ねる。 「どうするか、決めました?」 「・・・・・・ええ。」 パパはそう答えると、時計を見て、大体の到着時間を計算した。 「キング、なんだって?」 「・・・気をつけてって・・・。」 駆け落ちは家に帰るまでが駆け落ち。 「そうじゃなくて・・・」 「今後の事に関しては、何も・・・。」 「・・・・・。」 返事ははっきり、とどこかで習わなかったのだろうか。 黒鋼はファイから携帯を受け取ってポケットにしまうと、ファイの手を握った。震えている。 「・・・大丈夫だ。離さねえ。」 「・・・うん。・・・・あ、そうだ、帰りにあの橋で願掛けしよー?」 欄干の上を渡りきれば願いが叶うというあの橋。 今のところ百発百中。 今回も、どうか叶えて欲しい。 ずっと一緒に居られるように。 =後書き= 次のとあわせて3話にしようかと思ったんですけど、話の進み具合の遅さに自分がいらいらしてきたので一気に2話でまとめました。長くてすいません; 書きたかったネタをとりあえずいっぱいぶち込みました。満足です。 そして二人はいざ決戦の地へ。 ファイさんの論理で行くと二人は一生別居です。 先に惚れてたのはファイさんだと思うんです。タッチの差でしょうけど。 次回、ハッピーエンド編最終回! 復習:(雪流さん的萌ポイント)『口では言えない関係』『お母さんは完璧だ』『不意打ちちゅう』『黒鋼君の丁寧語』その他諸々。 予習:次回、切ない別れにどっきどきー(棒読み) <話し見えたからもう良いよ> <一応最後まで読んでやるよ> |