ハッピーエンド?
 
 
 
全くもって訳が分からない。一体何がどうなって、こうなってしまったのか。黒鋼はホテルの窓から外を眺めて、とりあえず頭の中を整理することにした。
初デートに浮かれた帰り道。バイクだと言うのにひどい雨に降られた。あれはきっと、砂でLOVEなんて作ったのがいけなかったのだ。そして雨宿りに高級ホテルに転がり込んだ。しかしそこで運悪くアシュラパパと鉢合わせてしまった。ファイ曰く、星史郎の呪いらしい。それでは普通の人間にはどうしようもない。しかもそこに星史郎の母親も居たことで事態悪化。ファイはそのばで直ぐにパパに連れ帰られて、黒鋼は同じく取り残された星史郎の母親に、
「貴方が黒鋼君ね?いつも息子が楽しませていただいてます。」
と物凄く正直な挨拶をされてしまい、いいと言っているのにコーヒーまで御馳走された。押しに弱いタイプなのかもしれないと黒鋼が自分に自信をなくしている頃、ファイは家に着いて風呂に押し込まれ、体を温めてからパパと対峙していた。
 
「・・・どういうことだ。」
「・・・・・・」
ただ遊びに言っただけだよーと、頭の中では考えていたのに、口が勝手に違う台詞を吐いていたと言う。
「黒りんと・・・付き合ってる・・・・・・」
パパの表情が強張った。
「付き合っている・・・?」
「・・・うん・・・」
「友人としてではなく?」
「・・・・・・恋・・・人・・・・・・だよ・・・」
「・・・・・・いつから。」
「・・・中学の・・・修学旅行・・・」
もうすぐ付き合い始めて2年になる。パパは言葉をなくしたか口を噤んで、その沈黙に耐えかねてファイは饒舌になる。
「だって、好きだったんだもん!好きだって思ったら、そうなりたいって思うものなじゃないの?キスしたいとか、抱きしめたいとか・・・繋がりたいって・・・思ったんだもん・・・」
「お前・・・」
「したよ!何度もした!!修学旅行のホテル、オレの部屋、黒むーの部屋!一度や二度じゃない、オレから求めたことだって・・・」
「日本を出よう。」
「嫌っ!!」
きっと、これを一番恐れていた。
「やだ・・・ここにいたい・・・ずっと、ここに・・・」
「ファイ、元々一年間だけの予定だっただろう。お前が此処が気に入ったと言うから帰らなかったが、それはこんな事のためじゃない。」
「じゃあ何のため!?オレはっ・・・黒むーと一緒にいたかった・・・。」
その後ごちゃごちゃと揉めたらしいが、ファイも興奮していて良く覚えていないという。とりあえず最後に叫んだのは「お父さんなんて大嫌い!」だったそうな。痛恨の一撃だ。
 
その頃黒鋼はやっとバイクで帰宅。雨はやんでいた。ファイとパパが言い合う声は外までは聞こえなくて、しばし悩んだ後、とりあえず自分の部屋に戻る。そこから覗いたファイの部屋にまだ彼が戻っていなければ、今度は玄関からお邪魔してみようと。しかしファイは既に部屋で待ち構えていて、
「大丈夫だったか?何か言われ・・・」
窓を開けて問おうとした黒鋼に、返事の代わりに少し大きめのリュックが投げられた。大きさの割りに重くはないが、柔らかく膨らんでいる所を見ると中身は服か何かか。
「これ何・・・」
受け取ったリュックの意味を尋ねようと顔を上げた黒鋼の眼に飛び込んだのは、いつも黒鋼がするように、窓枠に足をかけるファイの姿だった。
「・・・・・・おい、やめっ・・・!」
叫び声は間に合わず、ファイの足が窓枠を蹴った。
年季の入った黒鋼と違い、かなり痛い着地ではあったが、黒鋼が受け止めたので音の割にはマシだったと思う。いや、地面に落ちなかったのだから文句なしに合格点か。しかし年季の入った心臓も、人が跳ぶ事に関しては全く鍛えられていない。初めて自分で跳んだ時以上に、バクバクと激しい鼓動を繰り返す。
「ばっ・・・かやろ・・・!落ちたらどうするんだ!!」
「・・・会えなくなる位なら・・・死んだ方が良い・・・」
「あ・・・?」
顔を上げたファイの目からは、大粒の涙がこぼれていた。
「一緒に逃げよう・・・?」
 
 
というわけで今二人はハワイに居る。
(何でハワイなんだ!普通・・・普通・・・もっとこう・・・・・・こう・・・)
よく分かんないけども。
とりあえず心中は考えていなさそうでほっとした。窓から外を覗くとすぐそこに海。海には二度と行かないと、誓ったのは昨日ではなかったか。時差のせいで日付はよく分からないが。
ベッドのサイドテーブルには携帯電話。ファイのものではない。知世のものだ。ファイと家を出るときに知世に見つかって、「まあどちらへ?」
と尋ねられ、
「・・・しばらく留守にする。蘇摩にもそう言っといてくれ。」
と答えると、
「あら、駆け落ちですか?という事はお父様にばれてしまいましたのね。ファイさん、連絡手段はお持ちで?」
「ううんー、携帯電話はGPSがついてるからー。」
「ではこちらをお持ち下さいな。勿論、お父様にはお教えしませんわ。何かあったときに連絡が取れないのは不便ですから。」
と渡されたのがこちら。どうして知世が自分たちの関係を知っているのかはさっぱり不明。
 
そして二人はとりあえずバイクで家を離れて、公衆電話から星史郎に電話。駆け落ちしたと伝えると、驚いたと言うよりは楽しそうな声で、思い切りましたねえと褒められて、行き先を提案してくれた。
『僕の家に来るのは危険です。学校の傍、御友人の家等も、もう近付かないで下さい。行き先ですが、とりあえず国外にしますか?ハワイなんてどうです。パスポートはお持ちで?』
「持ってきましたー。」
駆け落ちって海を越えるのが普通なのだろうか、いや、そんなわけがない。胸中で反語しながら黒鋼は今より少し幼い自分の写真が貼ってあるパスポートを見つめた。何年か前に海外旅行したきり使っていない。期限が切れてなくてよかった。
と言うわけで空港に着くと、見知らぬ男に封筒を渡された。中身は航空券と、向こうでのホテルの名前などを記したメモ。それに星史郎名義のクレジットカード。ファイのカードを使うと履歴が残るので、これはかなり有り難いが、やっぱり使った分はいつか返すべきなのだろうか。
 
「でもあいつの呪いのせいだしな・・・。」
「確証はないけどねー。」
背後から合いの手が入って、黒鋼が振り向くとファイがバスルームから出てきたところ。涙の後は洗い流されていたが、泣き腫らした眼が、まだ少し赤い。飛行機の中でも、浅い眠りから眼を覚ます度に、涙を流していたから。
黒鋼は、二つあるベッドのうちファイに近いほうに腰を下ろして、ファイを手招いた。寄って来たファイの腕を引いて、膝の上に座らせる。
「落ち着いたな。」
「・・・うん・・・ごめんねー・・・」
「謝んな。俺だって、お前がいなくなるのは嫌だし、こんなすげえ部屋、こんなことでもねえと一生お目にかかれねえからな。」
へにゃりと崩した笑顔は今にもまた泣き顔に変わりそうないびつな物だったが、数時間ぶりに見たその笑顔に少し、ほっとした。
まあ落ち着いたとは言っても、最低限の荷物は持ってきていたり携帯は置いてきたり、パスポートの準備までしている辺り、冷静ではあったようだが。
 
「これからどうすんだ。」
「・・・・・・・・・・・」
言葉は返らない。
「じゃあ、しばらく此処にいるか。」
「・・・いいの?」
「駄目なのか?案内しろよ、ハワイ。何回も来てるんだろ?」
「うん!あ、このホテル、展望レストランがあるんだー。すっごく良い眺めで・・・」
本当は、少しわくわくしていた。此処に居る間は、パパを気にせずにすむ。黒鋼は、丁度目の前に来ているファイの首に口付けた。ファイが、少し戸惑った声を上げる。
「く、ろみゅー・・・?」
「ここに・・・」
「ひゃっ・・」
唇で触れたまま話されて、くすぐったさにファイは首をすくめる。黒鋼は小さく笑って、少し離れた。
「跡を付けたい。」
「え・・・・・・」
ハイネックでも着なければ隠せないような場所。パパに見つかるとまずいので、これまで自粛してきたが。
「すぐ帰る気はねえんだよな?」
「・・・うん。っていうかばれちゃったし・・・いいよ・・・。」
「隠れねえぞ。」
「うん、いい・・・隠さない。」
「・・・・・・」
黒鋼は再びファイの首に唇を寄せて、舌で確かめるように一度そこをなぞると、強く、その場所を吸い上げる。
「んっ・・・」
ファイの体が小さく跳ねて、唇を離すと白い肌に咲く紅い華。
「ついた・・・?」
「ああ。」
その跡を確かめるように指先で触れて、ファイはおずおずと黒鋼に尋ねた。
「オレも・・・付けて良い・・・?」
「ん?ああ。」
今までファイから積極的に動くことはなかったので少し驚いたが、黒鋼は喜んで首筋を差し出す。
「・・・あの・・・ちょっとやりにくいから・・・寝転んで・・・?」
「ほらよ。」
膝の上に居るため、ファイのほうが背が高い。言われるがままに上半身を後ろに倒してやると、ファイは黒鋼の体に四つん這いで跨って、猫が鼻を擦り付ける様に、黒鋼に首に顔を寄せた。顔を洗ったときに濡れたのだろう、湿った髪が肌をくすぐる。くすぐったさと、新鮮さに、少し、興奮した。
「襲われてるみてえ。良いな、こういうのも。」
「・・・・・・バカ・・・」
感じたままに口にすると、ファイに軽く怒られたが、眼だけ動かして見下ろせば、耳も首筋も真っ赤で、彼もこの状態に、少なからず興奮していることが見て取れた。吸えば良いんだよねと訊かれて、ああ、と答えると恐る恐るといった風に唇が首に触れた。軽く吸い付いて、直ぐに離れる。
「あ、あれ・・・?」
「それじゃ無理だろ。もっと強くだ。」
「強く・・・」
再び唇が触れて、今度はさっきより強く吸うが、
「・・・黒みゅー、どういう吸引力してるのー!?」
「まだ付かねえか?筋肉質だから付きにくいのかもな。おまえほど色白じゃねえから目立たねえし。」
「む〜」
今度は強く長く、半ばむきになって吸い付く。痛いくらいのそれに必死さが垣間見えて、黒鋼はこみ上げて来る笑いを必死でこらえた。息が切れるまで頑張ったファイは、やっと唇を離すと、ぱっと顔を輝かせる。
「付いた!」
「良かったな。」
「もっと喜んでよー。」
「喜んでる。」
黒鋼は、ファイの頬に手を添えて、吐息を感じる距離まで引き寄せた。
「喜んでる・・・」
「ん・・・」
そして交わすのは、永く静かなキス。
「・・・誓いのキスみたいー・・」
唇が離れると、ファイが少しうっとりと呟く。
「じゃあ・・・これは指輪の代わりか?」
黒鋼はファイの首に咲く跡に触れた。
「いいねー。夫婦初の共同作業もしたし。」
砂で作った愛の言葉。仲人は通りすがりのおじいさん。
「それでこれが、ハネムーン・・・」
駆け落ちだけれど。
「じゃあ後は初夜だな。」
黒鋼は早速ファイのシャツのボタンに手を掛けた。うわ、最低ー、とファイはその手を止める。
「なんだよ。」
「誓いの言葉はー?」
冗談めいたファイの言葉に、黒鋼は笑みを消した。ファイの目が、笑っては居なかったから。
「・・・何を、誓えば良い。」
こんな他愛ない睦言に、そんな縋るような眼をすることはないだろうに。
「傍に居て・・・ずっと・・・一緒にいて・・・」
それは、懇願だ。
追われる事、見つかること、引き離されること――此処まで来ても、不安が拭いきれるわけではない。それでも、
「誓う・・・ずっと、傍に居る・・・」
「黒むー・・・」
「泣くなよ。忘れてろ。渡さねえ・・・絶対誰にも渡さねえから・・・」
 
笑ってろ。
 
黒鋼はそう言うと祈るように、ファイに誓いのキスを贈った。
 
 
日本に残してきたすべてのものが、そのときは気にならなかったのだ。
ただ、ファイの笑顔だけがすべてだった。 
 
この場所で、ハッピーエンドが見つかる気がした。
 
 
 
けれど残された方はそういうわけにも行かなくて。
 
ピーンポーン・・・
「っ!!」
チャイムが鳴ってパパは弾かれた様に玄関に向かった。
「ファイッ・・あ・・・」
「お、おはようございます・・・。」
そこに居たのは、愛しの我が子ではなくお隣のお姉さん・蘇摩さん。
「あの・・・何も召し上がっていないのではないかと思って。お口に合うか分かりませんが・・・」
そう言って蘇摩はサンドイッチを差し出した。そういえば昨夜から何も食べていなかった事に気づいて、パパはさほど空腹は感じなかったが、礼を言って受け取った。
「お休みになっていらっしゃらないんですね・・・。連絡は何も?」
「そちらにも、ですか。」
「ええ・・・すいません、弟が・・・」
「・・・いえ・・・。連れ出したのは、ファイのほうでしょう。今世界中を手分けして探させていますので、何か情報が入り次第お伝えします。」
「世界中・・・ですか・・・。」
弟はいったいどこへ行ってしまったんだろう。心配を通り越しておねえちゃんちょっと感心。
  
 
ところで黒鋼とファイが日本を出たのは日曜日だったので、翌日は月曜日。学校がある日。
放課後いつもの校門に、ここにも残された者が居た。
(ファイさん、どうしたのかな・・・)
いつも通りファイを迎えに来た小狼は、携帯電話で時間を確認して、ついでにメールもチェックする。いつも遅くなるときは連絡してくれるのだが、今日は何の連絡もない。
(何かあったのかな・・・)
教室まで行ってみようかと思ったその時、ボスが通りかかる。
「あれ、小狼?」
「星史郎さん。あの、ファイさん知りませんか?」
「なんだ。連絡もらってないのか。ああ、携帯は置いていっちゃったから・・・」
「は?」
「ファイさん、昨日、黒鋼君と駆け落ちしたんだ。」
「・・・・・・・・・・・へ?」
 
もう一波乱の予感。
 
 
=後書き=
ハワイでハッピーエンドなんて見つかるわけがありません。
だってこれは学生パラレル。学生辞めたら終われないよっ・・!
ちょっと収拾が付かない気もしていますが。
ハワイ編スタートです。(あ、でも雪流さんはハワイを知らないので、とりあえず外国、位の気分で読んで頂けると・・)
常夏の島ハワイ!・・・ってことはいつ行っても泳げるんですか?
それにしても展開が遅い・・。
出国記録等は桜塚グループが何とかしてくれたんだと思います。無理があるところは全部そう思って(えー)
 
 
復習:(雪流さん的萌えポイント)「お父さんなんて大嫌い!」「一緒に逃げよう?」「誓いのキス」
予習:次回、ハネムーンに間男乱入。



   <外国の会話は外国語で書くべきですか?>   <外国人を出さない方向で勘弁してくれますか?>