初デート
 
 
高校生活二年目の春を迎え、進級の喜びも薄れる頃、男黒鋼、一大決心。
「な、なあ・・・」
「何ー?」
「あの・・・その・・・」
「・・・・・?」
何が言いにくいのか目を泳がせつつ言葉を濁す黒鋼に首を捻って、ファイはぽんと手を打った。
「あ、今日の数学分からなかったんでしょー。いいよ、電車の中で教えてあげるー。」
「違うっ!!」
「違うのー?あ、また見てすらないんでしょー。丸写しはさせないよー?」
「ちっ・・・って、そうでもねえ!」
それもちょっとはあるけれど。
「だから、そうじゃなくて・・・」
「だったら何ー?」
「・・・・・・・デ・・・」
「で?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・デートを・・・しませんか・・・」
何故に丁寧語。
予想外の単語に思わずファイはきょとん。
「デー・・・ト・・・?」
「・・・・・・い、嫌ならいいっ!悪かったな!」
「え!ちょっと待ってよ、行く行く!行きます!連れてって!!」
思えば、思いっきり体から入ったこの二人、恥ずかしながらこれまでデートらしいものなどしたことが無い。休日だろうと平日だろうと、窓を開ければ会えてしまう家の距離も問題だ。
「うわー、初デートだね!」
「・・・そんなに嬉しいか?」
「もっちろん♪」
「・・・そうか。」
黒鋼、ちょっぴり満足気。
「じゃあ、今度の日曜で良いか。」
「うんっ!!!」
 
 
と、いうわけで。
「それを僕に話すと言うことは、何かちょっかい掛けに行って欲しいんですか?」
「え、ち、違いますよー。」
早速星史郎に自慢したら、いきなり獲物を見つけた狩人の目をされて、ファイは慌てて首を振る。
「実はですね、今度の日曜日、お父さんがお休みでしてー。」
「ああ、それは邪魔ですね。」
アシュラパパさん、ああ見えてかなり忙しい人なので、日曜も休日も関係なく仕事に行くことが多いのだが、運悪く今度の日曜はオフ。きっと愛しい息子と過ごす日曜を夢見ているに違いない。それを、黒鋼とデートだなどと言ったら黒鋼の命が危うい。ちょっと買い物、などと誤魔化せばついてくる恐れがある。友達と遊びに行く、といってもストーキングされる可能性があるし、何より日曜までごねられるに決まってる。
「それで、もし宜しければお母様のお力をお借りできないかと思いましてー。」
「ああ、そういうことですか。宜しいと思いますよ。次の日曜は母も空いていたはずですので。では報酬は、」
「え、報酬!?」
「ファイさん、そろそろお互い大人になりましょう?」
「は、はあ・・・」
悪戯を思いついた子供みたいな顔をして何言ってるんですか、とは恐ろしくて言えない。
「まあ、こんなことでお金取ったりしませんよ。そうですね、ではとりあえず、お土産でも期待しましょうか。」
「お土産って言うと・・・ご当地キーホルダーとかですかー?」
「黒鋼君のデートでそんなに遠くまでは行けないでしょう。物より思い出で良いですよ。土産話とか、面白い写真とか。予想外の展開なんかも良いですね。」
「・・・デート先で何したか赤裸々にお話すれば良いんですね・・・。」
初デートで予想外の展開なんて期待しないで頂きたい。
 
 
そんなこんなで日曜日、パパは星史郎のお母様に呼び出されて9時に出かけた。黒鋼とファイの待ち合わせは10時に駅前。
『待ち合わせー?隣に住んでるのにー?』
『いいから10時に駅前だっ!俺は時間丁度に行くから、お前は5分早く行け。』
『えー、何それー。』
『いいから!』
(何をあんなにむきになってたのかな)
形式を大切にするタイプなのだろうか。それならと、とりあえずお弁当なんて持って来てみたが。
9時55分、言われた時間丁度に、ファイは駅前に到着した。一人で出かけるときはボディーガード君・小狼を呼ぶ約束だったが、駅まで位なら許してもらえるだろう。それほど人通りが少ない道でもない。
(流石にデートなんて言えないしねー。)
付き合ってることは、言ってもないのにばれていたのだが。
(「待ったか」って言われたら、「ううん、今来たとこー」って言わなきゃいけないのかな。)
流石にそこまで演技がかったことは要求されないだろうか。しかし形式を尊重するなら、やはりそれは外せない。
そんな事を考えながら時計を見ると、いつの間にか10時1分前。そろそろ来るかな、と辺りを見回して、やっぱり俯いていることにした。なんだか急にドキドキしてきた。近付いてくる彼を見ただけで、きっと赤面してしまう。
そのまましばらく俯いていると、遠くからエンジン音。駅前の喧騒の中でそれは特別なものでもなく、特に気にも留めなかったのだが、それはファイの前で止まった。
「?」
顔を上げると、目の前に綺麗なブルーのボディーのバイク。運転していた男がヘルメットを取ると、
「!黒みゅー!?」
「・・・おう。」
「え!どうしたのこのバイク!って言うか免許は!?」
「免許は去年とった。バイクはバイトの年収。一年間働いたら、中古の一台をタダでやるっていう契約でな。」
「それでバイク屋さんでバイトしてたんだー。って、免許取ったなんて教えてくれなかったじゃないー!」
「一年間は二人乗りできねえからな。自分のバイクもなかったし、だからその・・・お前を乗せれる様になるまで・・・黙っとこうかと・・・。」
「・・・・乗って良いの・・・?」
「ほら。」
ヘルメットを渡されてそれを受け取ったものの、ファイはバイクを見つめたまま、身動きを取れない。
「どうした?」
「あの・・・何か黒むー、そうしてると凄くかっこよくて・・・オレなんかが乗って良いのかなって・・・」
「・・・・・・お前を乗せたくて手に入れたんだ。」
黒鋼はバイクに跨ったままファイを引き寄せて、ヘルメットをファイにかぶせた。
「行きたい所あるか?コイツで行ける所。」
「・・・・・・海。砂浜がある所。」
ブルーのボディーには、きっと海が似合う。行っても泳げる季節ではないけれど、泳げてもどうせかなづちだし。きっと今の時期なら人も少ない。
黒鋼に促されて後ろに跨る。しっかり掴まってろと言われて黒鋼の胴に腕を回すと、黒鋼が少し緊張したのが分かった。彼の鼓動も早いだろうか。それを確かめるには、ヘルメットが邪魔だ。でも、バイクでよかった。こんなに真っ赤になった顔を、見られなくてすむ。出発間際、黒鋼がぼそりと呟くのが聞こえた。
「海の青じゃねえぞ・・・」
「・・・うん、分かってるよ。」
バイクの色は、星史郎には内緒にしよう。
 
 
結構乱暴な運転をするかと思ったのに、ファイを乗せているからか、黒鋼は意外と安全運転で、一時間ほど走り続けてやっと砂浜が見えた。
「楽しかったー!オレ、バイク乗ったの初めてー!」
「・・・・・・・そうか。」
バイクを降りて砂浜を歩きながら交わす会話。ファイの弾む声に返される返事は少し短いが、黒鋼が嬉しい時ほど無口になること、ファイはちゃんと知っている。
「で、どうすんだ。ずっとここにいるのか?」
「良いんじゃないー?のんびりしていこうよー。」
春の砂浜を歩いているのは二人だけで、なかなか気分が良い。
ファイは隣を歩く黒鋼の手をそっと握ってみた。黒鋼がちらりとその手を見たので振り払われるかと緊張するが、人目がないからだろうか、どうやら許してくれるようで、軽く握り返された。何年も隣を歩いてきたはずなのに、そういえば手を繋いで歩くのも初めてで、思わず笑みがこぼれた。繋いだ手のぬくもりも、てれた黒鋼のしかめっ面も、何もかもが嬉しい。
「前に言ってた『欲しいもの』ってあのバイクだよねー。手に入れたから、もうバイトはやめるのー?」
「いや、ガソリン代とかがいるからな。草薙のバイク屋は一年の約束だからもうやめたが、何か新しいのを探す。でも、毎日は入れねえから。」
「・・・じゃあ、今までより一緒にいられる・・・?」
「ああ。」
「誕生日もバレンタインもホワイトデーも!?」
ちなみにクリスマスと正月は、ファイが里帰りで外国へ行ってしまうのでなしだ。
「・・・そういえば、この1年、何もしなかったな。」
「そうだよー。バレンタインはオレがチョコあげたけどお返しもなかったしー。誕生日なんて完全に忘れてたでしょー。」
「・・・・・・・悪い。」
「最初っから期待してなかったから別に良いですー。」
黒鋼がそういうことに気を回すタイプだとは思っていないし、それにちょっとズレているが、愛情表現はしっかりしてくれている。振り向くと、青い空の下で春の日差しに輝くブルーの車体。それでも、
「・・・何かいるか?」
と言うので少し考えて。
「砂文字作って!」
「砂文字?」
「ドラマとかであるでしょー。砂ででっかく『LOVE』って作って?」
「・・・・・・・・・・」
「そんな全開で嫌そうな顔しなくてもー。せっかく海まで来たんだから、いいでしょー?」
「そんなもん作っても後に残らねえだろ。」
「物より思い出だよー。ちなみにカメラを持ってきているので、後には残せます、安心してー?」
黒鋼はぐっと息を詰まらせて、しかしファイの笑顔に負けて、大きくため息をついた。
海にはカップルをバカップルにする力がある。
 
しかし砂浜の砂なんて水をかけなければ固まらない。落ちていたビニール袋で海水を運びつつ『L』を作り終わるまでに一時間。一度休憩してファイが作って来たサンドイッチで昼食にして、また『O』から後を作り始める。ファイがバイクに腰掛けて声援を飛ばしながら、カメラのシャッターを切る。星史郎への良い土産が出来た。たまに散歩中のご夫婦なんかがくすくす笑いながら通り過ぎていったが、そのうちの一人だったおじいちゃんが、しばらくして大きなスコップとバケツを持ってきてくれた。一気にスピードアップして『O』と『V』。その辺りで、作るほうが面白そうだと、カメラをおじいちゃんに預けてファイも参戦。
「夫婦初の共同作業です!」
「無駄口叩くな。さっさと砂を盛れ。」
「黒様いつの間にか真剣になってるー。」
「俺ぁやるからには真剣にやるぞ。」
「虚しくならないー?」
「てめえが作れっつったんだろうが!」
そんな風にはしゃぎながら最後の『E』を完成させて、出来上がった『LOVE』をバックに写真を撮ってもらった。春の海も良いものだ。海水浴シーズンではこれは出来まい。
時間は午後3時。朝は気持ちよく晴れていたのだが、少し雲行きが怪しい。
「降るかもしれねえな。帰るか。」
「えー、残念。」
「もう満足しただろ。海は二度とゴメンだ。」
「楽しそうだったくせにー。」
二人はおじいちゃんに礼を言ってバイクに跨った。しかし走り出して10分ほど経った頃、
「あ、降ってきたー。」
最初はぱらぱらとだった雨が、すぐに土砂降りに変わる。雨避けなんて付いていないバイクで、二人はあっという間にびしょ濡れになる。走行を続ければ体温が下がるし、濡れた道路での運転は滑りやすく危険だ。
「どこか休む所ねえか?」
「あ、あそこはー?」
ファイが指したのは、前方に見えた、かなり高級そうなホテル。
「お前あんなとこ・・・」
「大丈夫、顔が利くからー。いざとなったらカード持ってるし。」
「・・・・・・・・」
さすが経済界のキングの息子。
 
 
ところで、星史郎のお母様は雪華さんというが、彼女がパパを呼び出してどんな話をするのかと言うと。
「ほら、こちらのお嬢さんなんてどうかしら。活け花がお得意ですって。」
「だから私は再婚などしませんと何度も」
再婚話だ。パパが応じることはないと確信しているから、何度でも使える話題である。
「でもねえ、ファイちゃんももうすぐ17でしょう。遊びたい盛りの男の子が、家事に勤しんでるのもどうかと思うのよ。あの家でメイドを雇う気がないなら、奥さんを貰っても良いんじゃないの?」
「ファイも楽しんでやっていますから。ご心配なく。」
「貴方もいつまでもファイちゃんにへばり付いてないで、子離れした方が良いわ。ファイちゃんだってそのうち運命の人に巡り合って、貴方の元を離れていくんだから。」
「離しません。」
「それが駄目だって言ってるの。ああ、こちらはどう?趣味はダンスですって。貴方もダンスはお得意でしょ?」
「そういう貴方こそ、ずっと一人身じゃないですか。」
「あら、それは遠まわしなプロポーズかしら。」
「っ・・・・!!!!」
アシュラパパ、雪華さんにはファイを育ててもらった恩があるので頭が上がらないが、そんなものなくても普通に敵わない。
 
 
黒鋼がバイクを停めに行っている間、ファイは一足早くホテルに入る。顔を見るなりわざわざ支配人が出てきてくれた。タオルを渡されて、とりあえず一階のカフェに通される。
「すぐにお部屋をご用意いたしますので、こちらで少しお待ち下さい。」
「ありがとうございますー。あ、連れがいるんです。背が高い、髪の毛ツンツンの男の子なんですけど、後から来るので彼もこっちへ通していただけますかー?」
「はい、かしこまりました。ではこちらで。お父様と桜塚様はそちらの席にいらっしゃいますので。」
「・・・・・・え?」
今なんと仰いました。
いや、この場合、聞き返すより振り向く方が早い。視界の隅で誰かがこっちを見て立ち上がったのが分かったから。
「ファイ・・・?」
「お・・・お父さん・・・」
どうしてこちらに。いや、それは向こうの台詞か。予想外の動きをしてしまったのはこっちだ。まさか学生のデートで、こんな高級ホテルに転がり込むとは流石の雪華でも予想できまい。いや、しかしどうだろう、
「まあファイちゃんお久しぶり。今日のデートはどうだったの?」
案外確信犯の可能性も。
予想不可能ならきっと予言だ。予言なら可能だ。彼女ならきっと。
「デート・・・・?」
パパの眉間に皺がよる。
「え、いや、そのー・・・・・・」
雪華があらいけないと口を塞ぐ。もう駄目だ、確信犯にしか見えない。
この瞬間に逃げればよかったかもしれない。黒鋼が現れる前なら、デートの相手を隠し通すことは出来ただろう。しかし時すでに遅し。
「こちらでございます。」
パパ達と待ち合わせだと勘違いしているらしき支配人が、場の空気も読まずに黒鋼を通してくれた。
「おい、ホントにこんなホテル大丈・・・夫・・・・・・」
じゃなかった。
 
 
外は雨音がさらに激しく、雷の音さえ聞こえ始めた。
そういえばあの時、星史郎はなんと言ったのだったか。
『予想外の展開なんかも良いですね。』
(あ、星史郎さんの呪いかー・・・)
これなら彼もきっと、満足してくれることだろう。
 
 
 
 
=後書き=
続きます。
バイクを出したくて始めたアルバイト編が思いのほか長引いてしまいましたが、こっちがメイン。ここからがメイン。
バイクの二人乗りって最高級の萌だと思います。Let's密着☆
それにしても今回の二人は恥ずかしすぎたと思います。
何でバカップルって海に行くんだろう。
LOVEってホントに作ってる人見てみたい。
 
 
復習:今回の(雪流さん的)萌ポイント『二人乗り』『砂浜』『濡れ』『ホテル』
予習:パパにばれちゃって急展開。



          <運命は受け入れますか?>    <とことん立ち向かいますか?>