転校生 *はじめに* プライバシーの保護のため、詳しいことは申せませんが、そこは東京都のどこか、 黒鋼君という小学校6年生が、元気に暮らしておりました。 (この書き出しで既にひいてる人は、ブラウザバックプリーズ。) 季節は冬。楽しかった冬休みも、今日で終わろうという頃。 小学校で過ごす最後の学期の始まりに、特に感傷にふけることも無く、冬休みの宿題などはなからする気のない黒鋼は、今日も一日中友達と遊びまわり、日が暮れてから家路に着いた。 (ヤバイ、暗くなっちまった。) もう5時はとっくに過ぎているだろう。6年にもなって時計も読めないのかと、また嫌味を言われるに違いない。 読めないわけではない。しかし子供というのは、何かに夢中になると、周りが一切見えなくなる生き物なのだ。時には車でさえ見えていないのに、ましてや時計などという小さなものが目に入るはずが無い。 というのはあくまでも子供の主張。 暗い夜道に軽快な足音を響かせて、黒鋼は住宅街を家へと急ぐ。 次の角を曲がれば家まで後100メートル。 勢いよく飛び出すと、丁度角を曲がってきたトラックと接触しかけた。 「うわっ!」 とっさに足を止めたので危うく事故は免れたが、トラックは黒鋼に気付かずに行ってしまった。 (あっぶねーな。子供飛び出し注意の看板が見えねえのか!?) 看板があれば飛び出して良いというものではない。 気を取り直してまた走り出した黒鋼の足は、しかし見慣れぬ光景に、家の手前でまた止まってしまった。 (あ・・・この家・・・?) それは黒鋼の家の隣。長い間空き家だったそこに、電気が灯っていた。 そういえば、さっきのトラックの後姿に、テレビでよく見る引越し社のマークがついていたような。 (誰か越して来たのか・・・) どんな奴が住むのだろう。 『お隣さん』の出現に僅かに胸を弾ませて、しかし漫画によく出てくるような、口うるさいおばさんでない事を祈りながら、黒鋼は自宅のドアを開けた。 「お帰りなさいませ、黒鋼。」 家に入った途端、予想通りの声に出迎えられる。 「随分と遅かったですわね。その腕の時計はデジタルでしょう?まさか、5という数字さえ読めませんの?」 年に似合わぬこの台詞の主は、黒鋼の4つ下の妹、知世。 「それとも、『5時には家に帰りなさい』は、『5時に向こうを出なさい』だと、とんでもない間違いをしているのでしょうか?」 「うるせえ、テメエこそ、兄貴を呼び捨てにすんなって、何回言ったら分かるんだ。」 「あら、では、『お兄様』vv」 鳥肌が立ったのは、玄関が寒いせいではない。 「気色悪い呼び方するな!!兄貴で十分だろ!!」 「そんな言葉は私には似合いませんわ。」 そう言う知世には、この年齢不相応な喋り方が妙に似合う。生まれてくる時代と場所を間違えたのではないだろうか。 玄関で二人が揉めていると(?)奥の方から二人を呼ぶ声がした。 「二人とも、喧嘩はその辺にして、夕飯にしましょう。」 長女・蘇摩。華の高校2年生。この家庭、親が仕事で殆ど帰らないため、彼女が二人の母親代わりだ。 今夜の夕飯はシチューらしい。台所から良い匂いが漂ってくる。 手を洗って食卓に着いた黒鋼は、ふと思い出して隣家の事を訊いてみた。 「蘇摩、隣、誰か越してきたのか?」 弟に呼び捨てにされても、黒鋼と違って懐の深い蘇摩は、全く気にした様子もない。 「ええ。黒鋼が帰ってくる少し前に、ご挨拶に見えましたよ。お父さんとお子さんの二人暮しだそうです。」 よく見るとこの人も喋り方変だ。 「あ、そのお子さんが貴方と同い年なんです。明日の朝、一緒に登校してあげて下さいね。」 「ふうん?どんな奴だよ。」 「綺麗な子でしたよ。金髪碧眼で色白で。」 「・・・・・・・・・・。」 (俺、英語なんて喋れねーし。) 明日の朝は早く出ようと思った黒鋼は、外国語は英語だけだと思っているらしい。 夜、2階の自室の窓から隣家を覗くと、丁度向かいがその子の部屋になるのだろうか、カーテンが閉まっていて中は見えなかったが、可愛い白猫のぬいぐるみが、こちらを向いて座っていた。 そして翌朝、新学期。 始業式のランドセルは、宿題を詰めなければ軽いものだ。 殆ど空に近いそれをカタカタ鳴らして、黒鋼はいつもより早く家を出た。 (綺麗な子ってことは女だろ?女なんかと一緒に登校できるかってんだ。ほっといても知世が連れてくるだろ。) 一応、仲間内ではリーダーの黒鋼。女に現を抜かしていると思われてはいけない。 金髪碧眼のお隣さんには、知世とご登校願おう。 というわけでさっさと隣家の前を通り過ぎようとしたとき。 「あ、時計が読めない黒鋼君だー。」 「・・・・・・・・・あ?」 聞きなれない声で、とんでもなく失礼なことを言われた気がした。 振り返ると、丁度今通り過ぎてきた隣家から、丁度今出てきたらしい小学生。 (・・・男・・・だよな・・・・・・) 色白で碧眼で、通学帽から覗く毛先は確かに金色。一見女に見えなくも無いが、ランドセルが黒い。 「はじめましてー。オレ、ファイって言うんだー。黒鋼君でしょー?」 それに一人称が『オレ』。 そういえば蘇摩は女だと明言したわけでもなく、『綺麗な子』という表現と、窓辺のぬいぐるみから、勝手に女だと推測しただけ。フランス人形のような印象を受けさせる彼は、間違いなく男のようだ。 いや、そんなことはともかく。 「誰が時計も読めねえんだ。」 初対面で、随分と失礼なことを言ってくれる。 「だって昨日、ご挨拶に行ったときに知世ちゃんが言ってたよー?『うちの黒鋼は6年にもなって時計も読めないので、まだ帰ってきませんの』って。」 (あいつ・・・・・・) 帰ったらシメてやる。そう心に誓って(しかしシメた例は無い)すたすたと歩き出した黒鋼の後ろを、ファイがとことこと付いて行く。 「付いて来るなよ!」 「だって、学校こっちでしょー?」 「何でこんなに早く行くんだ!」 「知世ちゃんが、『明日は早めに待ち伏せする事をお勧めしますわ』って言ったからー。すごいねー、黒鋼君の行動パターン、完全に把握されてるねー。」 楽しそうにそういうファイだが、とうの黒鋼は嬉しいはずも無く。 むしろ何もかもが気に喰わない。 「俺から5メートル以上離れて歩け!!」 「うわ、黒鋼君、ひどーい。」 「気持ち悪いんだよ!誰が黒鋼君だ、なれなれしい!!」 「なれなれしいって・・・お隣さんだしー。」 「お隣さんは立派な他人だ!!」 「んー、じゃぁ、黒りん。」 「はっ!?」 「黒鋼君は嫌なんでしょー?だから黒りん。黒たんでも良いよー?」 冗談じゃない。仲間内ではリーダーを務める黒鋼。最近では古くなったらしい表現を使うなら『ガキ大将』という奴で、それが黒りんなどと間抜けなあだ名で呼ばれるわけにはいかない。 そう、主張しようとしたのだが。 「あ、黒りん、帽子はー?」 外国人風のファイの方が、言葉の回転が早い気がするのは気のせいだろうか。そういえば日本語会話には問題は無いらしい。そこは少し安心しておくとして。 「帽子?」 「通学帽ー。登下校時には必ずかぶることって、先生が言ってたよー?」 そう言ってファイが指すのは、自分がかぶっている黄色い通学帽。 先生が、ということは、一度学校に挨拶に行っているのだろう。それなら、一緒に登校する義務は無いだろうと思いながら。 「そんなもん、6年にもなったら誰もかぶらねえよ。」 「嘘だー。オレの学校では、皆かぶってたよー?」 「転校するなら、その土地の風習に従え。」 「黄色は目立つから、交通事故の防止になるんだよー?」 ああ、なるほど、そういう意味があったのかと思いつつ、しかし事故にあったことのない黒鋼には、帽子の必要性は対して感じられない。それに目立つという点ではファイは、 「お前、帽子なんかかぶらなくても、頭黄色いだろ。」 「黄色じゃないよ、金色ー。」 「どっちでも同じだ。」 「もー。いいよ、じゃあオレの帽子貸してあげるー。」 「・・・・・・あぁ!?」 応えた時にはもう遅く、頭の上には黄色い帽子。 こんなものをかぶったのは、確か1年生以来。実に5年ぶりだ。 「いるか、こんなもん!!」 「交通安全ですー。オレは目立つからいいけど、黒りん真っ黒だから目立たないよー?」 「黒りん言うな!!」 「じゃあ黒たんー。」 「同じだ!!!」 「じゃあ、黒ぽんとかー?」 なんだかんだとこんな会話を繰り広げつつ登校した黒鋼は、結局かぶり続けた黄色い帽子のせいで、いい笑いものになったのだった。 ファイとは一生、仲良くなれない気がした。 =後書き= ひいてますか。そうですか。 何事も受け入れられる広い心を持つことも大切ですよ。(何を語っている。) 転校生設定は学生妄想の基本ですね。小学生ってどうかと思うけどね!! 聞いた話によると、黄色い通学帽が無い学校もあるとか。お気の毒に・・・(失礼な) パラレルを打ち出すときは、いつもドキドキしています。(今回特にね・・。) 取り合えず小学生をもう一本。友情くらい芽生えさせねば。 中学生で恋が芽生えますよ。 復習:今回の(雪流さん的)萌ポイント・・・『転校生』『通学帽』『時計が読めない黒鋼君』 予習:次は親ばかキング・アシュラパパ登場!! <暗くなる前に帰ります?> <もう一本付き合って下さいます?> |