鎖月(前)






学生同士で二人暮しなどしていると、どうしても掃除などの家事は怠りがちになるものだ。
そこで今日は、休日を利用して,、久しぶりに大掃除、のはずだったのだが。

「あ、卒園アルバムだ。」
「こんな所に入れてたのか。」

手始めにと開いた押入れの中は、ゴミ捨て場と宝物庫がごちゃ混ぜになったような状態。
どうやら引越しの際、すぐに使わないものをまとめて押し込んだらしい。今日はここの整理で終りそうだ。

「封真の小学校の時のテスト。」
「そんなものまでとってあるのか?整理するこっちの身にもなって欲しいな。」
「いいお母さんじゃないか。」

封真の母・紗鵺は、すでにこの世にはいないが、何でも大切にとっておく人だった。
そして、神威の母・斗織も。

「お前の中学の通知表が、3冊セットで出てきたぞ?」
「!見るなっ!」
「いいお母さんじゃないか。数学は中学からやり直した方がいいっていう、メッセージじゃないか?」
「見なくていいって!返せ!!」

神威の通知表を頭上に広げて眺める封真。
そうされると、身長差にリーチの差も加わって、神威には跳び上がっても届かない。

そうこうしているうちに、
「う、わっ!」
まず神威がバランスを崩し、
「おいっ!」
支えようと手を伸ばした封真だったが、押入れからの掘り出し物の山の中、足場の悪さに邪魔されて、

   ドサッ、ガシャン・・・

二人仲良く転倒すると、その振動で、押入れから何やら落下してきた。
「っつ・・・、何だこれ?」
それは古ぼけたクッキーの箱のようだが、中からは金属の音。
(中身がクッキーなら、それはそれで大変だが。)

「クッキーの化石だったりしてな。」
「怖いこと言うなよ・・・。」

とにかく蓋を開けてみると、中には全く予想もしなかったものが入っていた。

「・・・・・・・・・手錠・・・?」
「と、写真と紙切れだな。」

封真は、神威が持つ箱の中から写真を取り出した。数枚の写真の一番上にあったのは、封真の父・鏡護が、両手に手錠をかけられているという、なんとも奇妙な写真。彼が逮捕された記憶はないのだが。

「こんなこと、あったっけ・・・?」
「覚えてないか?」

首を捻ったのは神威だけで、封真は覚えているらしい。

「ほら、お前と出会って最初の俺の誕生日パーティーで、父さん、手品用の手錠をかけたはいいが、外し方が分からなくなっただろ。」
「ああ・・・そんなこともあったっけ・・・」

どうやらこれは、そのときの写真らしい。他の写真には、普通にパーティーの様子が写っている。
箱の中に入っているのは、その時の手品用の手錠なのだろう。

「懐かしいな・・・。じゃあ、この紙は?」

神威は箱の中に残った紙を手に取った。画用紙を切って作ったらしい10枚ほどの紙片には、クレヨンで子供が書いたらしき文字。解読は難しそうだ。

「それは、願い事券だろ?」
「願い事券?」
「お前と小鳥からのプレゼントだ。一枚に付き一つ、何でも願いをかなえてやるってな。」
「そうだっけ。」

そう言われてみると、そんな覚えもあるようなないような。
子供の経済力では、画用紙を切って、「ねがいごとけん」と書くのが精一杯だったのだろうか。
それにしてもなかなかのネーミングセンスだ。

「でも、残ってるって事は、使ってないのか?」
「ああ、10枚全部、そのまま残ってるな。」
「どうして使わなかったんだ?」
「・・・・・・・・・・・・有効期限は書いてなかったな。」
「は・・・?」

封真の口からこぼれたのは、明らかに神威の問への答ではなかった。

口元が怪しく歪む。

嫌な予感がしたなら、すぐに逃げるべきだ。
逃がしてくれる相手かどうかはともかく。
無駄な努力ほど、美しいものはない。



「封真っ!降ろせっ!!」
「暴れるな、落すぞ。」
降ろしてくれないなら、落とされた方がまだましだ。神威はそう胸中で呟いた。
この後何をされるのか、確信できてしまう自分が悲しい。

横抱きにされて、掃除中の部屋を出て、向かっているのは封真の部屋だろうか。
逃げられないのは、両手を背中で拘束されているからだ。よりにもよって、あの思い出の手錠で。
手品用の手錠なのだから、どうにかすれば簡単に外れるはず。
しかし、背中に回された手に視界は届かず、金属音だけが虚しく響く。

そうこうしているうちに、神威は封真のベッドに下ろされた。
だがこれは、要求が叶えられたことにはならない。

すぐに加わった二人目の重みで、一人用のベッドがぎしりと軋む。
真上に来た封真の顔に浮かぶ笑みの中に、神威は愉悦の色を見る。
本気でこのまま抱く気で居る。

「封真・・・・・・っ」
「願い事券は、まだ有効だろ?」
「そっ、んっ・・・・・・」

そんな子供時代の純粋な気持ちのこもったプレゼントを、こんな不純な事に使わないで欲しい。
しかし唇が言葉を紡ぐ前に、封真がそれを封じる。
最初はただ触れるだけの、けれど、体の中で、熱が首をもたげるには十分な。

「心配するな。乱暴にはしない。」
「何処が・・・・・・!」

手錠など持ち出した時点で、すでに十分乱暴だ。
しかし苦情は、今度もあっさり封じられ、口腔に侵入した舌に絡め取られた。
二度目は、完全に熱を呼び起こすための、深くて永いキス。

「ん・・・・・・ふ・・・・・・まっ・・・・・」
「その気になったか?」
「違・・・・・・」

否定しながらも、首筋に下りていく唇を受け入れるために首を仰け反らせてしまうのは、もう体に教え込まれた条件反射のような動きで。
唇が首筋をなぞり、たどり着いた鎖骨を甘く食む頃には、体の中で目覚めた熱が、放置される事を拒否した。

拒む事をやめれば、衣服はあっという間に剥ぎ取られて、手錠で繋がれた両腕から抜けなかったシャツだけが残される。
ボタンを全て外されたそれは、素肌を隠すことはない。

「全裸よりこの方がそそるな。」
「ば・・・、あっ・・・・・・」

胸の突起を吸われて、神威の口から甘い声が上がる。
舌先で転がすように愛撫されると、頭の芯まで蕩けそうな快感が全身を駆け巡る。
理性を繋ぎとめようと、体の下でシーツを握ると、手錠の鎖が小さく鳴った。

「いい音だな・・・」
「あ・・・・・・ん・・・・・・っ」
「お前ももっと、いい声で鳴けよ。」
やっ、ああっ・・・・・・!!」

片方の突起に舌を這わせたまま、封真はもう片方に爪を立てた。
触れられる前から硬く尖っていたそれは、こんな弱い刺激にさえ、痛いほどに感じてしまう。

「ん・・・・・・っ、ふっ、まぁ・・・・・・」
「のってきたじゃないか。」

満足げな囁きを残して、一度神威から体を離すと、封真は神威の膝の裏に手を入れる。そのまま力任せに足を持ち上げると、神威の顔が歪んだ。

「痛っ・・・・・・」
「どうした?」
「背中っ・・・手錠が・・・・・・」
「ああ、」

この体勢では、体の下になっている手錠が、背中に当たって痛いのだ。
封真は一度持ち上げた足を下ろした。
手錠を外してくれるのかと、神威は淡い期待を抱く。
しかし、

「うつ伏せなら、問題ないな?」
「えっ・・・・・・」

反応する前に体は反転させられて、神威は背中を上にする体勢で、腰を持ち上げられていた。

「封真、こんなのっ・・・・・・!」

問題ないどころか、問題しかない。
それなのに、封真は小さく笑っただけで(勿論、神威には見えないが)、神威の背中に優しくキスを落す。
最初は浮かんでいた肩甲骨に、そこから背骨のラインを唇で辿り、そして手錠で繋がれた手の位置まで来ると、その指先を口に含んだ。

「あ・・・・・・っ」

びくんと神威の体が震える。
封真がそのまま指を嬲ると、その反応は更に大きくなる。
それはまるで性器を愛撫されているかのような。
後ろ手に手を縛ると、指先が性感帯に変わるらしい。
封真でさえ、予想しなかった反応だ。

「ん・・・っ、ふう、まっ・・・・・・もう・・・・・・っ」

甘さを帯びた声が限界を告げる。
封真が手をやると、神威のそこはまだ触れられても居ないのに、自らこぼした蜜で濡れていた。

一瞬、堰き止めてやろうかという、少々残酷な考えが封真の頭をよぎる。
けれど、

「ふっ、ま・・・・・・おねがっ・・・・・・」

涙の混ざった声が考えを変えた。どうせ、一度で終わらせる気などないのだ。

表面上は優しい動きで数度扱いてやると、神威はあっけなく、一度目の絶頂を迎えた。




       


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