夜が、明けてしまった。

なんてことだろう。
こちらが想っているほど、彼は愛していてはくれなかったのだろうか。



February 15



2月14日はバレンタインデー。
最初は誰も知らなかったが、桜都国で次元の魔女から送りつけられたフォンダンショコラをきっかけに、モコナに詳しく教えてもらって、今では全員知っている。
それは、好きな人にチョコレートを贈る日。
世界を渡れば当然、行く先々で季節も文化も違ったが、滞在中に2月14日があれば、イベント好きのファイは必ず全員に何か贈ってくれた。たとえその世界にバレンタインがなくても。そしてその世界にチョコレートがないときは、代わりのお菓子を焼いたりして。いつだったか、コーヒーの上にクリームで器用にハートが描かれていた時なんかは、黒鋼も柄にもなく感心したものだったが。
 
それがどうして今回はこんな事になったのだろう。
今日は2月15日。チョコレートを贈られた翌日となるべき日のはず。
それなのに。
「・・・忘れるはずがねえよな。」
この世界にはバレンタインが存在していて、町はピンクの装飾で華やいでいた。
チョコレートを贈る習慣もあるらしく、店の前には可愛らしくラッピングされた箱が積みあがっていた。
そしてそんな中を、ファイもウキウキしながら歩いていたはずだから。
「・・・怒らせるようなことは・・・して・・ねえ・・・。」
少なくとも自覚している部分では。
「・・・用意できなかったってことも・・なさそうだしな・・・。」
昨夜、小狼とサクラとモコナが揃いの箱を持っているのを見かけた。ほぼ間違いなく、ファイからのチョコレートだろう。それは何だ、なんて訊こうものなら、自分だけ貰っていないのが丸バレなので、推測の域を脱しないが。
 
そう、貰ってない。
2月14日は終わったのに。
2月15日の朝を迎えたのに。
ファイからチョコレートが届かない。
しかも大人しく待っているうちに14日の夜を一人寂しく自室で過ごしてしまった。これは一大事だ。
こうなったら本人に理由を・・・さりげなく訊いてみるしかない。



「・・・おい。」
年少組みとモコナが出かけたのを見計らって、黒鋼はファイに声をかけた。ファイはソファに座ってこの国で見つけた本を開いていた。
「あ、黒みゅー、何ー?」
「・・・・・・隣良いか・・・。」
「どうぞー?何でわざわざそんなこと訊くのー。」
変だよ黒みゅーと笑われて、自分でも己のこの上ないほどの挙動不審を自覚しながら、黒鋼はファイの隣に腰を下ろした。
ファイの本はこの国の料理の作り方を載せた物で、字は読めなかったが写真が豊富で何となく作り方はわかるという。昨夜も見慣れない料理を出してきたが、味はなかなか良かった。
「今夜はこれにしてみようかなーって思ってるんだけど、どうかなー?」
「あ?・・・ああ。」
「ああじゃ分かんないよー。」
「・・・喰えりゃ何でも良い。」
「もー、作り甲斐がないなー。」

いやいや、そんな話をしに来たのではない。そろそろ本題に持ち込まなければ。
「・・・なあ・・・今日、何日だ・・・?」
「今日?2月15日だってねー。」
「じゃあ・・昨日は・・・」
「15の前は14だよー。2月14日ー。当たり前でしょー?」
「ああ・・・そうだな・・・。」
少し様子を伺ってみたが、2月14日という言葉にもファイは特に反応を見せない。
「・・・・・・何か、怒ってるか・・・?」
「へ?何でー?オレが怒るようなことしたの?」
「いや・・・別に・・・。」
きょとんとした顔は、どうやら演技でもなさそうだが。

じゃあ一体何故。もう少しあからさまに攻めてみるべきだろうか。
「昨日って・・・その・・・バ・・・・バレン・・・」
「バ・レ・ン・タ・イ・ンー。もう何回もやったんだからそろそろ覚えようよー。」
違う、そうじゃない。
「チョコレートとかいうのを・・・贈る日だよな・・・?」
「そう、正解ー。皆いつも喜んでくれるから作り甲斐があるよー。」
ここまで来てまだしらばっくれるのか。
こうなったら仕方がない、負けを認めるみたいで悔しいが、そしてそれ以上に恥ずかしいが、なりふり構っている場合ではないようだ。いざ、単刀直入に。

「な・・何で俺にはなかったんだ・・・?」
「・・・・・・・・・・欲しかったの?」
「な、べ、別にっ!普段あるもんがなかったら気になるだろうが、それだけだっ!」
ここまで来て意地を張ってどうするのだろう。
「欲しくないなら別に良いじゃないー。それに黒むー、甘いもの嫌いでしょー?」
そう返されれば返す言葉はない。
でもそういう問題ではないだろう。好きとか嫌いとか、そんなことはどうでも良くて、好きな人にチョコレートを贈る日に、好きな人からチョコレートを貰える、それが結構嬉しくて。
普段交わす愛とは一味違うその味に、もしかすると自分はファイ以上に嵌っていたかもしれない。

「・・・・・・欲しかった・・・」
「え?」
「欲しかった!!!」
半ば自棄になってそう告げると、ファイは一瞬呆けたような顔をして、そしてすぐに、口元がほころぶ。その笑顔はそう、まるで、チョコが溶けるみたいに。
「くーろみゅーv」
「う、わっ!」
勢いよく抱きついてきたファイに押し倒される形になって、それでも重ねられた唇に応えれば、いつも味わう口内に、いつもと違う、仄かな甘さ。
「・・・お前・・・」
「はい、チョコレートv」
「・・・・・・。」
差し出されたチョコレートは、箱に綺麗に並んではいたが、小狼たちが持っていたようにラッピングされてはいなくて、しかも一つ減っていて。

「・・・・・・つまり・・どういうことだ・・?」
「黒様、いっつも『また甘いもんか』って文句言うでしょー。それでも食べてくれるから嬉しかったわけだけど、でもほんとに迷惑がってたら悪いなーと思って。そろそろバレンタインも覚えた頃だろうし、一回黒りんから何か言ってくるまで黙ってようっかなーってさ。もー、昨日一日何も言ってくれないから、やっぱり欲しくなかったのかと思っちゃったよー。」
「・・・一つ足りないのは・・・?」
「いらないならあげない方が良いなーと思いー」
「喰った、と。」
「良かったねー、まだ一つだけでー。」
へらっと、表情を崩すファイ。こっちの気も知らないで、とは、お互い様だろうか。
「・・・だからって喰うなよ・・・。」
「大丈夫だよ。今味わったでしょー。」
「・・・・・・」
やはり、口の中に残っていたあの甘さは――
 
「・・・足りねえな。」
「ん?わっ!」
ソファの上で器用に体を反転させれば、今度はファイが黒鋼に敷かれる形になる。
「黒みゅ・・・」
「せっかく貰ったんだ。一つ一つ丁寧に味わわねえとな?」
「・・・・・・ごもっともー・・・」
チョコを貰えた途端に強気になった黒鋼に苦笑しながら、ファイは降りてくる唇に目を閉じた。





ソファなんかで致しちゃってたら年少組帰ってくるって!奴等そういう役割なんですから!(えー)
まあ何が描きたかったって。
みっともなくおねだりするワンコと、
「だーめ、お座り!待てっ!」みたいなファイさんが描きたかったわけですがね。
た・・たのし・・・っ・・・(((///w/)絶対分かっててやってるってファイさん。
甘さよりも馬鹿馬鹿しさを。

祭りの後の静けさが好き。(=15日以降の安売りチョコが好き)




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