トライアングル・パラノイア

           〜変化〜






本当は、少し変化はあったのだ。




景一が神威と同室になってから早二週間。
で、何か進展があったのかというと
「それがなあ、何もないんや。期待はず・・・いや、予想外っちゅうかなんちゅうか。まあ、わいもおるから遠慮してるんかも知れへんけどな。」
「何も?」
「ああ。瀬川君が神威を見てるんはしょっちゅうやねんけど、見てるだけで口説きにかかることもないし、夜中かて大人しい寝とるし。会話かて普通の友達程度の内容しか。」
(・・・・・・何かあったか?)

空汰から寮での二人の様子を聞きだして、封真は険しい顔で腕を組んだ。
おかしい。
景一なら、24時間神威を口説き倒すかと思ったのだが。
気を遣っている、とするなら、空汰にではなく神威にだろう。神威はあまり色恋沙汰は得意ではないから、24時間それでは気が滅入ってしまう。

(それにしても・・・)
近頃、二人の間の空気が変わった気がするのだ。見た目はそれほどでもないが、ほんの少し。それは、どちらかというと神威に。
しかし、景一になびき出したという風でもなく、その逆もない。進展とも後退ともつかないあの微妙な変化は一体なんなのか。

本人に聞くしかないのだろうか。
(本人に・・・)
しかし景一の前で聞くわけにも行かないので、久しぶりに二人きりになる必要があるだろう。(本人は自分で気づいているのだろうか、という不安はなかったことにする)
「有洙川、お前この前、また俺たちの写真売って、どっかの食事券もらってたな。」
「・・・・・ななな、何の話や」
「まだ使ってないな?俺たちのお陰で随分いい思いしてるらしいな。たまにはネタ提供料でも払ってもらおうか。」
「ま、待ってくれ、これにはわいと姉ちゃんの将来をかけた『高級レストランで素敵なプロポーズ大作戦』が・・・」
「貰い物の食事券で食事しながらプロポーズするような甲斐性のない男に女がついて来るか。ほら寄こせ。」
「あ〜〜〜〜〜(涙)」
持つべきものは素敵な友人。


こういう食事券は普通ペア、つまりお二人様用なので、必然的に景一は留守番ということになる。いつかの遊園地のようにはいかない。
そうなると景一から文句のひとつでも出るかと思ったのだが。
「いいよ、行っておいでよ司狼君。」
「え、でも・・・」
「俺のことは気にしなくても。毎晩一緒にいる分、ちょっとだけ有利だから、たまには桃生先輩に譲らなきゃ。」
景一は意外なほどあっさりと、ディナーのお誘いを認めた。(景一が認めようが認めまいが、封真には関係のないことだが)
それにしても、やはり以前と何かが違う。
以前の景一なら、もっとなりふり構わず突っかかってきたような。かと言って身を引くわけでもない。

「どういう心境の変化だ」
「は?心境に変化はないですよ?今日も明日も明後日も、俺は司狼君一筋です。最近状況が俺にばっかり味方するんで、ちょっと先輩に情けをと思いまして。」
「ほお。」
たいした余裕だ。

「あ、封真ゴメン、次の時間、実験室なんだ。俺たちもう行かなきゃ。」
時計を見た神威が教科書を持って席を立つ。、まだ少し時間はあるが、早めに着こうと思うならそろそろ出なければ。
「じゃあな封真。」
「ああ。」
一緒に廊下に出て、反対方向に行く二人を見送る。同じクラスでないというのはこういう時寂しいが、年上の貫禄はそれなりに武器になる。というのはあくまでも自分に言い聞かせているだけで。
「ちょと疎外感?」
「小鳥・・・」
長年連れ添った妹は、兄の背を見るだけで心境が分かるらしい。

そういえば、彼女なら何か知っているのではないだろうか。
「あの二人、何かあったのか?」
「何かって?」
「何か、だ。あったとしたらこの前の葬式あたりかと思うんだが・・・」
「わあ、鋭い。さすがね、お兄ちゃん。」
拍手をもらっても嬉しくも何ともない。

「・・・あったのか」
「まあ、それなりにね。でも、なかったことになってるみたいよ?」
しかしその何かは、確実に二人を変えている。
「瀬川君、あれから少し大人っぽくなったんじゃない?お兄ちゃんの年上の貫禄なんて怪しいものだし、ちょっと危ないわよ?」
「・・・・・・・・・・・・」
さっき少し気にしたことを。
「それで、結局何があったんだ。」
「それは・・・神威ちゃんに直接聞いたほうが。今の神威ちゃんなら話してくれると思うわ。」
「今の?」
「あ、もう行かなきゃ。じゃあね、お兄ちゃん。」
小鳥は意味ありげな言葉を残して、神威たちを追って走っていった。

最近小鳥が理解できない。年頃の妹を持つ兄は、皆こんなものなのだろうか。
(というか、俺だけ蚊帳の外か?)



「ふんふふんふふーん♪」
「・・・・・・北都ちゃん、何かあった?」
夕飯をつくると部屋に押しかけてきた北都があまりにも上機嫌なので、ちょっと不気味になって昴流は声をかけた。すると、良くぞ聞いてくれたとばかりに弾んだ声が返ってくる。
「この前、神威ちゃんに会ったのよね♪」
「へえ。」
「それで、ドライブに付き合わせつつ、恋愛相談に乗ってあげたわけよ。」
(気の毒に・・・)
北都の運転は、下手ではないのだが少々強引・・・、いや、ある意味上手いのかもしれないが、星史郎の穏やかな運転に慣れた昴流は5分でダウンした。

「それで、神威は何て?」
「瀬川君に押し倒されたんですってvv」
「・・・・・・・・・・・・」
北都は嬉々として語っているが、昴流はもうなんと言っていいか分からない。
近頃の高校生は、と呆気にとられるだけである。
「で、そのときは未遂で終わったんだけど、」
(何かあったら大変だよ・・・)
「あそこの三角関係、そろそろ決着ね。」
「え?」
北都の未来予測に、昴流はきょとんと目を丸くする。
この前あったときは、まだ三人でぎゃーぎゃーと楽しそうに(?)騒いでいたのに。

しかしこういう勘は女性の方が優れているものだろう。
「で、どっちが勝つの?」
「んー、それはこれからの神威ちゃんしだいね。」
「神威?二人じゃなくて?」
「そうよ。昴流だって、星ちゃんが何年頑張ってもなびかなかったじゃない。最後に選ぶのは神威ちゃんだものねー。ところで、」

不意に北都は視線を昴流に向けた。
「星ちゃんとは何処までやったの?」
「どっ・・・・・・何処までって何が?」
「やーねー、乙女の口から言わせる気?別に言ってもいいけど、その反応なら分かってるでしょう?」
彼女はいつまで乙女を名乗るつもりだろう、などということは、耳まで赤くした昴流に考えつくはずもない。
それでも何とか反撃しようとして。
「そ、そういう北都ちゃんは、まだ彼氏できないの!?」
苦し紛れの質問には、満面の笑みが返された。
「残念でしたー♪私が何のために免許取ったと思ってるの?週末は海よ、海っ!この時期、お邪魔な海水浴客もいないから、堂々の二人っきりよ!!」
勝てるはずがなかった。



「え、瀬川と・・・?」
何があった、と訊かれたのは、食事も終わりに近づいたとき。
封真にとってはやっと、神威にとっては不意の質問に、困惑の表情が浮かぶ。
「言い辛いようなことか。」
「あ、いや・・・そういうわけじゃ・・・・・・。」
確かに一部言い辛い部分もあるにはあるが。

「・・・封真、俺のこと好き・・・?」
「今更何を言っている。当たり前だろう。」
臆面もなくそう言い切る封真に、自分で訊いておきながら神威は少し頬を染めて、そしてゆっくりとあの日あったことを話し出した。そして、景一の家を飛び出したあたりまで来ると、ポツリと呟く。
「俺、瀬川の事、何も分かってなかったのかもしれない。」
「・・・どういう意味だ。」
「おばさんが事故にあった日、俺、瀬川の事、いつも笑ってて側に居るとほっとするって言っただろ?あれが、瀬川を泣けなくしたんじゃないかって・・・。」
「そんな事はないだろ。」
「・・・瀬川、葬式でもずっと無理して笑ってて・・・でもホントは、俺がいたから泣けなかったんだ。泣きたかった筈なのに。それなのに俺は、側にいた方が良いなんて思い込んで、瀬川は優しいから、面と向かって帰れなんて言わなくて・・・」

神威の途切れ途切れの話を封真は黙って聞いていたが、一段落着いたところで大きく息を吐き出した。
「それは、お前が悪いわけじゃないだろう。誰の前で泣くかは、そいつが決めることだ。大体、好きな奴の前でぴーぴー泣く男がいるか。」
「・・・封真も、俺がいたら泣けない?」
「泣けないんじゃない、泣かないんだ。それは自分の選択だから、お前に責任はない。」
「・・・北都さんにもそう言われたんだ。」
「北都さんに?」
「うん。瀬川の家から帰る途中に会って、車に乗せてくれて。そのときに、相談にも乗ってくれて。誰も悪くないから、下手に謝るよりは、何事も無かったように笑ってろって。」
(それでか・・・)
何事も無かったことになっていると、小鳥が言っていた通りに。
けれど本当に何事も無かったわけではないのだから、何かが変わっているのは当たり前。
しかしそれはどんな変化だ。

「他にも何か言われたのか?」
「・・・瀬川の事、俺は何も知らないと思う。たぶん封真の事も。でもそれは、二人が、俺に見せてない部分があるからで、知らないことは何も悪くないって・・・」
「それから?」
「・・・・・・でも相手の事を知りたいと思うなら、それが好きってことじゃないかなって・・・。あ、それだけが好きの形じゃないとも言ってたけど。」
「・・・・・。」

また、小鳥の言葉を思い出した。
『今の神威なら』という、あの意味深な言葉。
相手のことを知りたいと思う、あくまでも一つの形ではあるが、好きという感情を教わったから、知りたいといえば話してくれる。
(そんな綺麗な感情でもないんだがな。)
何があったか知りたいと言ったのは、景一に対する、おそらく嫉妬と呼ぶべき感情からだ。
好きなんていうのは理屈ではなく、もっと突発的で即物的で、気がつけば胸の中にある、相手を求める気持ち、だと思うのだが。
(まあ、こいつの場合、少し理屈っぽいほうがいいか。)
封真が思うそれも、あくまでも一つの形だから。

「それで、お前はどっちの事を知りたいんだ。」
「う・・・あの、それは・・・」
つまりはどっちが好きなんだということ。
回りくどい様でストレートな質問に、神威は少し焦りを見せて。
「それはもうちょっと・・・待って欲しいんだけど・・・」
「『もうちょっと』?」
「うん・・・『もうちょっと』・・・・・・」
強調されて神威はまた顔を赤らめる。それでも、覚悟は出来たようだ。
あるいは、それを変化と呼ぶのだろうか。

以前の気持ちにとらわれて、今の自分を見失ってはいけない。
新しい何かを学んだら、変わった自分に目を向けなければ。

「ちゃんと、応えるから・・・」

二人の気持ちと、自分の中の変化に。






ちなみにどっちが有利に見えますか。
頑張って同点になるように書いてるつもりなんですが
友人に言わせると「どっちもふられそう」と。
その手があったか!!(こら)
次回、最終話『決着』。ワー最終話だって!ついにここまで・・・(涙)
ちなみに12月25日。ちょうどクリスマスなのです。(狙いましたとも)
ハッピーエンドになるといいね。




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