トライアングル・パラノイア

            〜別離〜






「おはようございます、司狼神威君!突然ですが質問させていただけますか!?」
「は、はい・・・」
登校して早々、校門で突然見知らぬ生徒に声をかけられ、勢いに押されて答えてしまってから、神威は相手の腕の『新聞部』の腕章に気が付いた。
(しまった・・・)

「そんな顔しないで、核心を突くようなことは聞かないから!あ、ここじゃ邪魔だから少し端に寄ろうか。じゃあ早速、桃生封真君と瀬川景一君いついて、どう思いますか?」
(核心突いてないか?)
「別に何も・・・いい友達です・・・」
「それじゃ記事にならないんだよねー。あんまり気張らないで。必ずしも好意的な意見じゃなくてもいいので、司狼君から見たら二人はどういう人に見えますか?」
「どういう・・・?」

「何をしている。」
「あ、封真・・・」
「ぉ、おはようございます、桃生君!」
不意に背後から現れた封真に、新聞部員は背筋を伸ばす。後ろめたい事があるのか、それとも目つきにびびっただけか、とにかく封真に威嚇されていることは明らかだ。神威に絡んでいる、とでも思われたのだろう。

一瞬死を覚悟した彼だったが、しかし封真は無視を選んだようだ。
「行くぞ、神威。」
「あ、でも・・・」
「なんだ?」
「あの、インタビューは・・・」
「答えたいのか?答えたことがそのまま記事になるとは限らないぞ?」
「ひ、ひどいなあ。ちゃんと書きますよ。そりゃ、文章の関係で少しははしょったりすることもありますけど。」
「言ってもいない言葉が付け加えられてることも良くあるらしいな。」
「は、ははは・・・それはまあご愛嬌って事で。」
「行くぞ、神威。」
「うん・・・。」

今度はあっさり捨てられて、新聞部員は二人の背中を見送りながら溜息をついた。
「この辺で司狼君の生の声が欲しかったんだけどな・・・」
しかし記事のために封真と戦うほど馬鹿ではない。命がなければ記事は書けない。
「しっかし、あの人と毎日争ってるって・・・・・・」
瀬川君ってすごいなあ、と、変なところに感心してしまう彼だった。




「個人的に気になるな。」
「確かに。司狼君って、俺たちのことどんな風に見てるの?」
(言わなきゃ良かった・・・)
それはその昼休みのこと。三人で仲良く(とは言いがたいが)昼食を食べていると、朝何を訊かれていたのかと尋ねられたので、何も考えずに正直に言ってしまったのだ。
そして案の定、聞き返された。
「そんなの、本人の前で・・・」
「記事で読むより直接言われた方がなぁ?」
「そうですよね。ほら司狼君、ここは正直に。」

正直にと言われても、本人を目の前に、あまり悪い事も言えないし、あまり恥ずかしいことも言えない。
「えっと・・・封真は・・・・・・頼りがいはあるけど・・・・強引なのが玉に瑕かな・・・」
「強引なくらいでないと、お前が反応を返してこないだろ。」
「そ、そんなことない・・・」
「俺は俺は!?」
「瀬川は・・・・・・えっと・・・、いつも笑ってて、明るくて・・・側にいるとこっちも明るくなれるって言うか・・・」
「引きずり回されてるだけに見えるけどな」
「そ、それは・・・」
「そこは否定してよー!」

と、そんな話をしていたとき、教室の入り口に1年Z組の担任が顔を出した。
「瀬川、瀬川はいるか?」
「あ、はーい!」
元気よく返事して景一は席を立った。
学級代表の仕事だろうか。責任感の強い彼は、担任からの信頼も厚い。
「仕事かな。大変だな・・・。」
「・・・・・・そんな風には見えないがな。」
「え・・・?」

景一は、担任に何かいわれたあと、すぐに戻ってきた。少し顔が青ざめているように見える。確かに、仕事の話ではなさそうだ。
「瀬川?」
「ゴメン、俺ちょっと帰るよ。」
「何かあったのか?」
「・・・・・・母さん・・・事故にあったって・・・」
「・・・!!」

景一の母親は神威も知っている。以前、夕飯をご馳走になったことがある。景一に似て、明るくて元気な人だ。
母を亡くしてしばらく経つ神威には、どこか懐かしい感じがした。
「お、俺も行」
「待て。大勢で行ってもしょうがないだろう。何処の病院だ?」
「あ、まだ聞いてません・・・先生が車で送ってくれるって。」
「じゃあ早く行け。大丈夫なようなら後でこいつの携帯に連絡しろ。」
「はい」

景一は急いで荷物をまとめると、足早に教室を出て行った。
残された神威は封真を見上げる。どこか重々しい表情。
彼も両親を亡くしている。何かを予感しているのだろうか。自分と同じように。

別れはいつも突然だ。
大丈夫なようなら連絡しろ、と封真は言ったのに、放課後、神威の携帯には、最悪の報告が入った。





父親を早くに亡くした一人息子には、母を亡くしたからといって悲しんでいる暇はない。葬儀の用意やこれからのこと、しなければならないことが山ほどある。
忙しさに振り回されれば逆に悲しみがまぎれるかといえば、そうでもない。それは、一度経験した神威が良く知っている。しかし、景一は一度も、涙は見せなかった。
笑顔が印象的だった景一の母は、数日後には小さな箱になって帰ってきた。

葬儀は小さなもので、ご近所、仕事先の知り合い、それに連絡のついた古い友人くらいしか出席者はなく、子供だけでもなんとかなった。喪主は景一が勤め、神威と小鳥がいろいろと手伝って。封真は焼香に訪れただけだったが、葬儀の手配など、最初から最後まで面倒を見てくれた。どんな経験でも役に立つもんだな、などと言いながら。

そんな葬儀も無事終わり。
「瀬川・・・」
神威が背後から声をかける。火葬場から持ち帰った箱を、父親の位牌の横に置いた景一の背中は、いつもと違い頼りなく見えて、声をかけることさえ憚られたのだが。それでも振り向いた彼は笑顔だった。
「二人ともいろいろありがとう。凄く助かったよ。えっと・・・もう帰るよね。桃生先輩にも、ありがとうございましたって言っといて貰えるかな。」
「あ、その前に、お台所借りてもいいかしら。もう夕方だし、何か食べるもの作っておくから。」
「そんな、別にいいよ。」
「駄目、ほっといたら食べそうにないもの。今は無理でも、ちゃんと食べて。」
やや強引に押し切って、小鳥は台所へ入っていった。神威は、少し迷ってから景一の横に座る。

どんな経験でも役に立つ、なんてきっと嘘だ。
自分も母の死を経験したはずなのに、かけるべき言葉すら見つからない。
「あ・・の・・・・・・」
それでも何か言おうと試みて、結局口を噤んでしまうと、景一が困ったようにくすりと笑った。
「無理しなくていいよ。側にいてくれるだけで、随分救われるから。」
「・・・うん・・・・・・」

黙り込むと、台所から包丁の音が聞こえてきた。小鳥が何か切っているのだろう。
普段封真と交代で食事の用意をしている彼女は、音だけでもかなり料理に手馴れていることがわかって、まだ景一の母親が台所にいるかのような錯覚を起こさせる。
(あ・・・)
やはり何か喋らなければ。この音を、景一に聞かせたくない。
そう思って焦りだす神威に気づいたか、それとも自分が居た堪れなくなったか、景一はすっと立ち上がって部屋の襖を閉めた。音がさえぎられて聞こえなくなる。

ほっとした神威に、景一はまた笑った。そして、突然とんでもないことを口にする。
「・・・・・・抱きしめていい?」
「え・・・」
あまりにも予想外な発言に戸惑う神威。こういうことは封真の分野のはずだが。
「ああ、変な意味じゃなくて。こういう時って、人のぬくもりがほしかったりするもんじゃない?」
「あ、うん・・・」
頷くと、神威の前に腰を下ろした景一に、静かに抱き寄せられた。さすがに緊張したが、変な意味ではないのだからと自分を落ち着かせる。

静かに時間が流れる。
神威の肩に顔を埋める景一は、泣くのかと思ったのだがその気配はなく、本当にただ抱きしめるだけで。
けれど、これまで二人で暮らしてきた家にきょうからはただ一人。なんでもない物音に、自分以外の気配を探す、そんな夜が始まる。
「瀬川・・・」
「ん?」
「・・・今夜、泊まっていいか・・・?」
「それは・・・困るなあ。」
「どうして?」

一人にしたくないのは、自分がこの立場だったとき、一人になりたくなかったからだ。
そして、それを拒否するのは、
「夜はさすがに・・・抑えきれなくなるよ?」
「何を?」
「こういう衝動。」

ぐるり、と視界が回る。油断していたとはいえ、いとも容易く、神威の体は畳の上に倒れていた。
「瀬・・・」
「それとも、慰めてくれる?」
「・・・・・・」
やっと意味を理解したらしく、神威の表情がこわばる。けれど、嫌だ、と突っぱねることは、今の景一相手には出来ないようだ。
(・・・優しいなあ・・・)

「嫌なら突き飛ばして」
そういって景一は神威の頬に触れた。たったそれだけで、びくりと過剰過ぎるほど怯えた反応が返ってくる。けれど、やはり拒絶はされない。
「いいの?」
「っ・・・・・・」
おそらく最後になるだろう質問に、神威はわずかに息を詰めて、そして覚悟を決めたようにきつく目を閉じた。
それは景一にも予想外だった反応。
(逃げると思ったのに・・)
けれど、押さえた指先は小刻みに震えている。こんな恐怖さえ、隠し切れないくせに。
(・・・・・・優しいなあ)

くすりと笑った景一がどんな顔をしていたのか、神威には見えなかったが。
不意に離れた重みに、神威はきょとんと目を開く。
「瀬・・・川・・・・・?」
「冗談だよ。びっくりさせたね、ごめん。」
謝罪とともに、景一は神威を助け起こした。
「ゴメンね。でも、司狼君が思ってるほど、俺は参ってないと思うから。一人でも大丈夫。それより、司狼君も疲れてるだろうから、今日はゆっくり休んで。俺も明日からまた、桃生先輩と戦わなきゃいけないしね。こんな形で決着をつけちゃうのは、フェアじゃないと思うし。」
「こんな・・・?」
「・・・・・・同情誘って押し切るのは・・・ちょと卑怯でしょ?」
「・・・お・・・俺っ、そんなつもりじゃ・・・!」
「うん、分かってる。司狼君はそんな人じゃない。」
「違うっ!ゴメン、瀬川・・・俺・・・」

「瀬川君、ちょっといい?」
不意に小鳥が襖を開けた。
神威ははっと顔を上げて、思わず部屋を飛び出す。後ろから小鳥が驚いた風に自分を呼び止めようとしていたが、景一の視界の中にいることが出来なかった。
卑怯なのは自分の方だ。傷付ける事を恐れて、逆に深く傷つけた。それでもきっと景一は明日、何事もなかったかのように笑うのだろう。
いっそ自分など消えてなくなればいい。
そんなことを考えながら瀬川の家を飛び出して、夕暮れ前の通りを逃げるように走っていると、不意に車道から声をかけられた。
「神威ちゃん?あ、やっぱり!はあい、元気ー?♪」
「北都さん・・・」
「あら、ちょっと顔が暗いんじゃない?よかったら相談に乗るわよ。この北都ちゃんの免許取りたてスーパードライビングテクニックで家まで送るオプション付きで!」


一方、取り残された小鳥は、とりあえず景一に声をかけた。
「瀬川君、何かあったの?」
振り向いた景一は寂しそうに笑う。
「ちょっと、ね・・・。」
「・・・・・・。」
それだけで何かを理解したのか、小鳥はしばらく無言で立っていたが、やがて静かに口を開いた。
「何したか知らないけど、帰って欲しいなら素直にそう言えば良かったのに。」
「うん・・・でも・・・・・・なんて言うか・・・」
「受け入れるのは得意なのに、突き放すのは下手なのね。」
「そうみたいだね・・・。」
景一の口から、どこか乾いた笑が漏れる。それが限界だろうと思った。

「もう神威ちゃんはいないんだから、『いつも笑顔の瀬川君』でいる必要はないと思うんだけど。」
そういって小鳥はポケットからハンカチを取り出した。
「もう泣いてもいいんじゃない?」
「あ・・・バレバレかぁ。情けないな・・・」
「私は神威ちゃんより鋭いもの。それじゃあ、私もそろそろ帰るわね。おかずだけ作ってあるから、ご飯は自分で炊いてね。」
そう言って部屋を出て行こうとする小鳥を、景一が引きとめる。
「あの、・・・ちょっとだけ、ここに居てくれないかな・・・。少しだけ・・・・・・」
「・・・ええ。」

一人で泣くのは寂しすぎる。けれど、愛しい彼の前では涙は見せたくないから。
今涙を流すのは、明日ちゃんと笑えるように。
「お疲れ様。」



翌朝、神威はいろいろ決意を固めて登校した。
昨日北都から受けたアドバイスは、とにかくいつもどおりに振舞うこと。何事もなかったように笑うこと。むやみに謝ったりするのは、互いの傷を抉るだけだ。
教室に向かう途中、ちょうど職員室から出てきた景一と鉢合わせた。
「あっ、お、おはよう瀬が」
「おはよう、司狼君!あのねっ!俺、来週から寮で生活することになったんだ!!それで、あの寮、ホントは3人部屋でしょ?俺、司狼君のルームメートになるらしいから、ヨロシクね!!」
「は・・・・・・」
「嬉しいなー、これからはほぼ24時間一緒にいられるね♪これで桃生先輩に大差をつけれるしvv」

神威がくよくよと思い悩んだことなど鼻先で笑い飛ばすかのように、浮かれる瀬川はまるで何事もなかったかのような顔をして。あるいはそれが彼の優しさだったとしても、話の内容は作り話でも冗談でもなさそうで。

笑えねえ。

何事もなかったように笑え、という北都の言葉と一緒に、そんな一言が頭をよぎった。








トライアングル・パラノイア。
モットーは微ギャグ微エロ微シリアス。
とはいえ人が死ぬ話はどうかなとも思ったんですが。
これじゃドシリアス・・・。(そういう問題ではなく。)
親世代は皆死んでる設定になってる・・・。
小鳥ちゃんと北都ちゃんは生きてるのにな・・・。
話の都合というヤツ。
瀬川君がルームメイトになりましたが、喜んでいいのか悪いのか。
後2話です。
次は『変化』。



                    BACK           NEXT