トライアングル・パラノイア
       
            〜一人〜






楽しかった夏休みも終わり、季節は秋に移り変わる。
学生カップルにとってははずせない、あの行事の時期だ。

「じゃあ、文化祭の出し物で希望がある人ー!」
「はーい!女装喫茶ー!!」
「お化け屋敷ー!」
高等部1年Z組はなかなか活気のあるクラスなので、意見が出なくて学級代表が困るなどということがない。

(文化祭か・・・)
早いなあ、と神威は思う。一学期から、あっという間に時間が過ぎて行った気がする。原因は言うまでもないが。
(あ、文化祭は瀬川か。)
夏祭りは封真と二人で行ったから、今度は景一と、ということになっているのだ。
思い出して景一の方を見る。学級代表の彼は、現在教室の前で皆の意見をまとめ中。しかし神威の視線に気づいたのか、ちらりと目を合わせると、にこっと笑ってくれた。

なんだか少し照れてしまって、ふい、と視線を逸らしてしまう。
(って、これじゃ友達じゃないだろ・・・)
自分の反応を反省して、しかし友達ならどんな反応を返すべきなのだろうと。
相手が自分への愛情を露わにしているのに、こちらは友達として、というのはなかなか難しい。
友達でいたいと言ったのは自分なのだが。

「じゃあ、多数決の結果、このクラスは女装男装喫茶で行きたいと思いまーす!でも女装男装は自由って事で。」
いつの間にか出し物が決まったらしく、頼れる学級代表さんは早速、装飾や食料調達などの準備の役割分担に取り掛かる。
(でも・・・そういえば瀬川、時間あるのか・・・?)
学級代表といえば、クラス以外にも学校内の役割を任されるはず。文化祭でデート(という言葉を使うのはかなり不本意なのだが)といえば、やはり一緒に校内を回ることだろう。
(・・・あとで聞いてみよう)



「・・・『時間ないんだ』って言ったら、どうしてくれるの?」
「え・・・えっと・・・また後日・・・?」
「あ、チャラじゃないんだ。良かった♪」
「・・・時間ないのか?」
「んー・・・」
苦笑を浮かべるあたり、やはりスケジュール的に少しきついのだろうか。

「まだはっきり決まってないんだけど、多分俺の仕事は、来客用の午前のパンフレット配りになると思うんだ。最初の一時間だけだから、そのあとクラスの仕事に入って、午後は自由っていう形が理想的なんだけど。」
「じゃあ、俺の当番も午前中がいいのか。」
「上手く取れるといいんだけどね。でもクラブとかで時間が限られる子もいるし。でもまあ、最悪後夜祭のフォークダンスだけでも・・・」

「文化祭、デートするの?」
突然、近くで作業をしていた小鳥が話しに入ってきた。そうなんだー、とのろける景一と、デートって言うか・・・、と困惑する神威。
「相変わらずね。」
くすくす笑う小鳥は、封真の妹ではあるが、一応立場としては中立らしい。特に封真に肩入れする様子はない――というより、遠くから眺めて楽しんでいるような。
「瀬川君の希望なら皆一番に通してくれるわよ。いつもお世話になってるし、それに、神威ちゃん争奪戦の行く末を楽しみにしてるから。ねー?」
「おー!」
小鳥の言葉にあちこちから賛同の声が上がる。どうやら心配はなさそうだ。



そして文化祭当日。

「こんなの嫌だ!!」
「どうしてー?よく似合ってるわよvv」
「女装は自由じゃなかったのか!?」
「司狼君は看板息子だから強制☆違和感ないからいいじゃない。」
嫌だといいながらきっちり着せられている神威。女の子は強い。
衣装は、誰が持ってきたのか、少しゴシック風のメイド服。無駄にちりばめたレースがひらひらとうっとおしい。これで給仕をしろというつもりか。いや、本物のメイドさんはこれで働いているのかもしれないが(多分働いてない)
違和感はないと言われたが、この場合、違和感がないほうが男として悲しい。そしてサイズがぴったりなのもまた悲しい。

看板息子宣言はその場だけの発言ではなかったらしく、店の宣伝ポスターにも神威の写真(合成)が使われたようで(まるでピンクチラシ)、開店と同時に客が押し寄せた。
クラスメイトは大喜びだが、神威としてはやはり複雑な心境。

封真は開店から2時間ほどして、空汰と一緒にやってきた。嵐は店番で一緒ではないらしい。
「よく似合うな。」
「似合わない。」
「そんなことないぞ?なあ?」
「ほんまによお似合とるで。カメラ持ってきたら良かったわ。」
「余計なことはしなくていい。ご注文は?」
「ほな、わいはケーキセット。」
「お前が欲しい。」
「・・・・・・・・・」

冗談もいい所だと思ったら目がマジだったりするので反応に困る。
「注文がないなら出て行け。」
「お前が欲しいと言っているだろう?」
堂々巡りだ。
そこへ景一が割って入った。
「申し訳ありませんがお客様、当店では人身売買は行っておりませんので。司狼君、他のテーブル、回ってくれる?」
「あ、うん。」

「・・・・邪魔するな。」
テーブルから離れていく神威を視線で追いながら、不機嫌そうな声を発する封真に、景一はいかにもな営業スマイルを返す。
「今日は俺の日ですよ、先輩。文化祭が終わるまで手を出さないでもらえますか。ご注文は?」
「エスプレッソ。どうしてお前は女装じゃないんだ。鼻で笑ってやろうと思ったのに。」
「女装は自由ですから。俺に合うサイズの女物なんて、持ってる子いませんしね。ご注文は以上で?」
「神威に持ってこさせろ。」
「当店は指名制じゃありません。では少々お待ち下さい。」
台詞だけ見ると一見穏やかだが、オーラは物凄い。隣で見ていた空汰は冷や汗をかいたとか。


そんなこんなで一時、一触即発の雰囲気に陥ったが、何とか無事に午前は過ぎ、午後は自由時間だ。
「何処行こうか、司狼君!」
「あ、ちょっと待って、この服着替えてから・・・」
「あ、司狼君、駄目!!宣伝になるからそのまま行って!!」
「ええ!?」
突然近くにいた女生徒からそう命じられる。彼女は男装しているのだが、神威よりかっこよかったりしてまたショックだ。
「瀬川君もそのまま行くんでしょ?二人で並んでるだけでかなり宣伝効果!はい、いってらっしゃ〜い♪」
「・・・・・・・」
有無を言わせぬ勢い。やはり女の子は強い。

「・・・なんなら、その辺のクラスで古着でも買う?」
「いや・・・そこまでしなくていい・・・・・・」
そうはいいながら、廊下を歩いているだけで注目を集めるこの格好に、神威はかなり照れているようだ。顔を上げられない。
「じゃあ、何処から回ろうか。やっぱり食べ物やかな。ゲームも楽しそうだし。映画研究部は自作映画。今舞台は演劇部かな。国文部の古本屋とか、結構掘り出し物があるらしいよ。」
「あの、ちょっといいか・・・?」
「何?」
「足が・・・」

誰が持ってきたのか分からないゴシック風のメイド服は、ちゃんと靴までセットになっていて、見た目を重視したその革靴は、履いて歩き回るには少し硬くてキツかった。
「靴ずれかあ。ゴメンね、気づかなくて。」
「いや、こっちこそ・・・。絆創膏どこかな。」
「あ、俺がやるよ。そこ座って足出して。」
そういって景一は棚から絆創膏と消毒液を出してくる。保健室の先生は、どうやら文化祭巡りに行ってしまったようだ。

(俺、皮膚弱いのかな・・・。もっと鍛えないと。)
どうやって鍛えるのか甚だ疑問だが、前回の鼻緒ずれに引き続きこの靴擦れ。神威が少し反省していると、傷口に冷たい綿が当たった。
「っ・・・」
「あ、ごめん、しみた!?」
「いや、大丈・・・・・・夫・・・・・・・・・・・・」
ふと。この状況は前回に似てはいないか。
「ちょっとだけ我慢してねー。」
そういって傷口を消毒してくれる景一。この前、封真はこのあと何をした?

「あああああのっ、やっぱり自分でやるからっ!」
急に危機感を感じて焦る神威。しかし景一は軽く首をかしげる。
「もう終わるから別にいいよ?絆創膏貼るから、じっとしててね。」
(あれ・・・?)
景一は手際よく神威の両足に絆創膏を貼り終えて、
「司狼君の靴、取ってくるよ。歩き回るのは辛そうだから、映研(映画研究部)で映画でも見よう。ちょっと待っててね。」
そういうと保健室を出て行った。

何事もなかった。

(そうか・・・封真と瀬川は違うんだ・・・)
そんな当たり前のことに今更気づく。
けれど同時に告白されたから、ついつい『二人』と一括りに見てしまっていた。
彼らは一人として、自分を想ってくれているのに。
(悪かったなあ・・・)

そういえば告白される前は、封真は封真で景一は景一。ちゃんと個人として見ていたはず。友達でいたいと言いながら、友達だったときの姿を忘れているのは自分自身。たとえその姿が変わったとしても、二人の人間を一つに括れるはずないのに。
(逃げることしか考えてなかった・・・)
あしらうことに必死になって、応える事を忘れていた。

傷に視線を落とすと、絆創膏を貼られた両足が、なんとなく間抜けに見えた。




日が暮れた後はグラウンドで後夜祭が行われる。
後夜祭といえばやはり、炎を囲んでフォークダンス。
「踊れるよ、大丈夫。」
「無理しなくていいよ。」
すでに着替えた神威はフォークダンスに出ると言い張り、景一は神威の足を気遣って出なくてもいいという。
しかしそれでは、あまりにも申し訳ない気がするのだ。結局店はほとんど回れずに、ずっと映画を見ていたのだから。
「だって瀬川・・・楽しみにしてたんじゃないのか・・・?」
「うん、最初はね。でも・・・」
笑顔は、どうも神威を励ますためだけのものではないらしい。
「それなりに思惑があるんだ。」

そう言って、景一が神威を連れてやってきたのは学校の屋上。店も出ていなければダンスも行われていないここには、人の姿はない・・・かと思いきや、ポツリポツリと人影が見える。皆カップルのようだ。
「ありがちな伝説なんだけど、後夜祭の最後の一曲が流れてるときに、屋上で告白したら両思いになれるんだって。」
「へえ・・・」

などと感心している場合ではない。ここに連れ出されてそんな話をされたと言うことは、
「あ、あの・・瀬川・・・・・・」
「うん。分かってるよ。友達でいたい、だよね。」
「あ・・・・・・」
しかしそれは、逃げではないのだろうか。
二人の想いをまとめてあしらう言い訳ではないのだろうか。
「いいよ、それで。司狼君がそういい続ける限り、俺も好きだって言い続けるから。駄目もとでもね。」
「瀬・・・川・・・・・・」

屋上からグラウンドを見下ろす景一の顔を、ここまで届く光が照らしている。いつしか、音楽がやんだ。
「これが、最後の一曲。」
また始まる陽気な音楽。
今夜新しく生まれたカップルが、最後の一曲だけでも踊ろうとグラウンドに下りていった。
それには続けないことを知りながら、景一はまっすぐ神威をみつめる。
「司狼君・・・」

「こんなところにいたか。何やってるんだ?」
「ふ・・・封真・・・」
「桃生先輩、今日は俺の日ですよ、なんのようですか。」
「今日は、じゃなくて文化祭は、だろ。もう終わった。」
「後夜祭も文化祭です。」
「後夜祭はグラウンドで行われるものだ。ここにいる以上、後夜祭は不参加。お前の時間は終わりだ。」
「あ、あの、違うんだ封真。ここには伝説が・・・」
「伝説?」
「最後の一曲が流れてる間に告白したら両想いになれるって言うのがあるんですよ。知らないんですか?」
「ほお、いい事を聞いたな。好きだ、神威。」
「あ・・・・・・」
「あーーー!俺が言おうとしてたのに!好きだよ、司狼君!!」
「あ、ああ・・・」

「で、二人でした場合は早い者勝ちだろ?」
「何言ってるんですか、どさくさにまぎれてしたくせに!ここまで連れてきたのは俺です!」
「連れてきた、は関係ないだろ。」
「今日は俺の日です!」
「伝説がそんなことまで気にするか。」
「もういいからさっさと帰ってくださいよ!結局邪魔しに来たんでしょ!?」
いつもどおりの言い合いが始まる。
神威はしばらく呆然とその様子を見ていたが、やがて

「   ぷっ・・・あはははははは・・・」
「神威?」
「司狼君?」
普段あまり笑わない神威が、声を立てて笑っている。封真と景一は驚いて、喧嘩も止まってしまった。
神威は必死に笑いを抑える。
「ご、ごめ・・・なんか・・・いいなあ、こういうの・・・」
「は?」
「なんか楽しくてさ。ずっとこのままでいいかも。」
「えっ!駄目だよそれはっ!」
「お前は俺たちが何のためにこうしてると・・・」
「うん、だからそれが楽しくて・・・。結構好きかもしれない。」
「す・・・」

どさくさにまぎれて飛び出した意外な一言に二人は思わず顔を見合わせる。
『好き』
それはずっと欲しかった一言だが
「そんな好きはいらん。」
「そうだよー。もっと真面目に答えてよ。」
「真面目だよ。大真面目。今のままが好き。」
きっとこれが、今の正直な気持ちだ。ちゃんと、二人と向き合った結果の答えだ。

「今度はまた三人で出掛けようか。」
「えー。」
「逆戻りか・・・。」
いや、それは前進だ。神威自身でさえ、気づいていないかもしれないが。



いつの間にか、最後の一曲はやんで、グラウンドではアンコールを求める声が響いていた。






トライアングル・パラノイア。
瀬川君がいい男に見えるのは雪流さんの偏愛の賜物。
なんかいい感じにまとまっちゃったんで、ここで終わってもいいんじゃないかと思うんですが。
でも一応決着まで考えたので決着まで。
次回、急展開。『別離』




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