トライアングル・パラノイア
       
           〜二人〜




前回、神威と二人でデートという約束を取り付けた二人。
じゃんけんという公正平で穏な勝負(と見せかけて実は勘の鋭さに頼る実力勝負)の結果、一番手は封真。舞台はCLAMP学園夏祭りということになった。(実は夏だったんです)

(次に回すつもりはない。今夜おとす!!)
今日の封真の意気込みは伊達じゃない。
ちなみに景一は、二人でデートという趣旨に反するため、夏祭りは参加禁止ということになっている。神威といけないなら意味はないと本人も納得していたし、これなら喧嘩のしようもないので、神威としても気が楽だ。


(よし、おとすぞ)
ぐっと握った拳に決意を込め、封真は約束の8時丁度に男子寮の玄関に入った。事情は知っているらしい寮母さんが笑顔で迎えてくれる。
「あら、いらっしゃい。ちょっと待っててあげてくれる?準備に手間取ってるらしくて。」
「準備?」
「ええ。」
夏祭りに行くのに何の準備が必要なのかと疑問に思ったが、実に楽しそうな寮母さんの笑顔には、『見てのお楽しみ』と書いてあるので、あえて聞かないことにする。この顔では、悪いことではあるまい。

5分も待っていると、階段から慌しい足音が降りてきた。
その音が聞きなれた靴音とは異なる。
(ほお、これは・・・)
「ゴメン、ふう、わぁっ!!」
「うわ、っと!ほら、慌てんな言うたやろ!!」
「ご、ごめん・・・」

急ぎ足で階段を下りてきた神威は、慣れない履物のせいで足を踏み外し、危うく転落するところを、後ろについていた空汰に救われた。
その神威が身にまとっているのは、濃紺の地に水飛沫を思わせる白い模様が入った浴衣。紺色が神威の肌の白さを引き立てて、よく似合っている。
足元は素足に下駄だ。

「あ、あの・・・待たせてゴメン。」
「いや・・・」
似合っている、と、言うべきところなのだろうが、思わず言葉を失っていると寮母さんに先を越された。
「あら、よく似合うじゃない。もっとこっちに来て見せて?」
「あ、はい。」

寮母さんに手招きされて神威が封真から離れると、代わりに空汰が近づく。
「あかんなー兄ちゃん意外とシャイボーイなんか?」
「いや・・・ちょっと予想外だった・・・」
ちなみにこの二人、2年Z組みのクラスメイトだ。

「あの浴衣は?」
「昴流さんから借りてきたんや。わいのは神威には大きすぎてなあ。女もんもよかってんけど、姉ちゃんがどうしても貸してくれへんねん。」
「そうか・・・残念だ。」
「まあ、あれでも十分やろ。初めての二人だけのデートや、頑張りや!」
空汰はどうやらクラスメイトを応援してくれるらしい。(ルームメイトの神威を救うという考えは皆無)
「恩にきる」
空汰に心の底からそう言うと、封真は寮母さんのもとから戻ってきた神威をつれて外に出た。

冷房の効いた寮内を出ると、夜とはいえ外は蒸し暑い。その暑さをかき消すように、神威の下駄の音が涼しげに響く。
「・・・似合ってるな。」
「え?」
「浴衣。似合ってる。」
「あ、ありがと・・・」

照れて神威が下を向く。二人きりを意識して緊張しているようだ。三人で出掛けるときの、一人ではらはらした様子も見ていて飽きないが、やはりこの方がいい。
しみじみとそう思う封真だったが、神威の方はそうも行かないようで、
「でもこれ歩きにくくて・・・。帯もちょっと苦しいし。」
「帯?」

いい事を思いつきました。

「緩めてやろうか?」
「いやいい。」(即答)
本能的に危険を察知されたようだ。
「ちっ・・・」
(そんなあからさまに舌打ちされても・・・)



そんな二人を見送った後の、こちらCLAMP学園男子寮玄関。
「有洙川君は中立じゃなかったの?」
「ふっふっふ。中立ゆうんは、どっちも最高に盛り上がるように、どっちにも手出しする、ゆう意味でっせ。」
「あらあら。」
「ほな、わいらも行って来ます。」
「はい、気をつけてね。」



CLAMP学園夏祭りは、知る人ぞ知る日本最大規模の祭りで、CLAMP学園中央広場に千店を軽くこえる出店が並ぶ。輪投げ・金魚すくい・スーパーボール・たこ焼き・焼きそば・ベビーカステラなどのおなじみの店もあれば、CLAMP学園のアイドルのプロマイド専門店もあったり(肖像権はどうなっているのだろう)。

いざ店を回り始めると神威の緊張もほぐれ、しばらく二人は昔のように楽しい時間を・・・
(・・・昔のようにじゃ駄目だろ。)
そう、確かに雰囲気はいいのだが、今は新しい未来に向かって手を伸ばさなければ。

「そういえば、寮には門限はあるのか?」
「あ、うん。いつもは10時だけど、今日は祭りだから11時まで。」
いちご味のカキ氷を食べながらそう答えて、神威は初めて時間を気にする。
「今何時?」
「10時前だ。あと一時間弱はいけるな。」
「一時間・・・」
「何だ、疲れたか?」
「あ、ううん・・・」

いいながら、ちらりと視線が下に行く。
嘘がうまくなりたいなら、まず目を鍛えることだ。

「神威、ちょっと来い。」
「ぇ、何?」
封真は神威の手をとって、出店の間を通って祭りの影に入り、そこで唐突に神威を抱き上げた。
「え、ちょっ、封真!?」
カキ氷をおとさなかったのは奇跡だろう。突然の展開に神威は激しく狼狽する。
なんせ今の状況は、暗がり二人きり
中央広場は自然公園になっているので、祭りの波から外れると、そこは木々立ち並ぶ立派な林だ。

「ふ、封真っ、おろしてっ」
「じっとしてろ。悪いようにはしない。」
「じゃあ何するんだっ!?」
「何だ、何かして欲しいのか?」
「そそそんなこと言ってない!!!」
「いや、本心は言葉の裏に隠れているものだ。」
「隠してない!!」

そんな言い合いを続けているうちに、林を抜けて開けた場所に出た。
「・・・ここ・・・・・・グラウンド・・・?」
「ああ。林を突っ切ると意外と近いだろ。」
「・・・こんなところで何するんだ?」
「何して欲しい?」

そんな意地悪な笑みを浮かべながら、封真は神威をある場所に下ろした。
そこは、水道台の上。
グラウンドの端に、体育やクラブの後に手や顔を洗えるように水道が備え付けられているのだ。その、普段ならタオルや眼鏡なんかを置く一番上の面に腰を下ろした形になる。

「封真・・・?」
わけの分からない状況と、いつもより高い目線に戸惑う神威に、封真は今度は真面目な顔で
「下駄を脱げ。痛いんだろ?」
「あ・・・・・・べ、別に・・・」
「今更隠すな。ほら。」
ほとんど強制的に、両足から下駄が奪われて地面に落とされる。下駄を脱いだ足には、ちょうど鼻緒が当たる部分にうっすらと赤い跡。
靴ずれならぬ、鼻緒ずれというやつだ。
慣れない下駄で約2時間。靴に慣れた現代っ子の足には、少々きつかったようだ。

「水を出すから、裾が濡れないように持ってろ。」
「あ、うん。」
言われるままに、神威は借り物の浴衣の裾を膝まで持ち上げた。
すぐに蛇口から水が落ちる音がして、足に冷たい感触がかかる。
「っ・・・」
「痛いか?」
「ううん・・・気持ちいい・・・」
「まったく、次はもっと早く言えよ。」
「うん・・・ゴメン・・・」

足元を冷たい感触が流れていく。
やがて封真も靴を脱いで、神威の隣に登ってきた。
夏の風物詩、『節水にご協力を』のポスターに怒られそうだが、流れる水に足を浸して、とけかけのカキ氷を二人で食べると、寮に帰るには早いが祭に戻るには億劫な時間。それに、神威のこの足では大して歩き回れまい。
「どうしようか、これから・・・」
「ここにいればいいだろ?」
「でも・・・することもないし・・・」
「することならある。」
そういって、封真は地面に降りると、神威の足を持ち上げた。
暗がりでよく見えないが、親指と人差し指の間が随分擦り剥けてしまっているのが分かる。

「痛そうだな」
「平気、裸足なら痛くない。」
「そうか。」
安心したようにそう呟いて、封真は持ち上げた神威の足に顔を近づけた。
何をするのだろうと、疑問に思う隙もなく、傷口を、やわらかい何かがなぞる。
「・・・・・・・・・・・っ!!!?」

すべては神威の視界の中で行われたが、見ていると理解しているはまた別のものだ。
舐められた、と理解して瞠目する神威を見上げ、封真は口角をわずかに吊り上げた。
「いい眺めだな。」
暗闇の中に、神威の白い肌が膝まで浮かびあがっている。裾を上げているのは神威自身。
空汰が帯をきつめに結んでいたおかげで上半身の着崩れはないが、それが逆にこれからという感じで。

封真は流れる水を止めて、神威の足に光る水滴を舌で掬い取った。
「ふ、封真っ!?」
とにかくやばい状況だということは理解したらしく、神威が少し抵抗を見せる。
当てもなく動かした手に、空になったカキ氷のカップが当たって、乾いた音を立てて地に落ちた。
「暴れるなよ、落ちるぞ。」
「だ、だって・・・!!うわ、ちょっ、何を・・・」



「きゃ、ちょっと何するんですか、空汰さん」
「あかん、こっから先は中学生には刺激が強すぎる!」
「ここまで来たんですから見せてくださいよー」
「うわ、あかんって、暴れたら・・どうぁあ!」
「きゃあっ!!」
どさどさ。



「・・・・・・・・・。」
「・・・・空汰・・・譲刃・・・・・・?」
「は・・・はは・・・よお、楽しいやっとるか?」
「きさまら・・・いいところで・・・・・・」
水道台の側の木の陰から崩れ落ちたのは空汰と譲刃。
しかも空汰の首から下がっているのは、
「カメラ・・・?」
「いや、違うんや!別に決定的瞬間をカメラに収めて新聞部に売り飛ばそうとか、そんなやましい考えはこれっぽっちもないんや!!」
「そうですよ神威さん!新聞部は情報提供者に食券もお米券も文具券も配ってませんから!!」
「へえ・・・・・・。」

神威から何かが立ち昇る。

「いや、すまん、ほんまに!ちょっとした出来心なんや!ほら、お米券で寮母さん喜ばそーかなーとか!!」
「ごめんなさい神威さん、もう二度としませんから!!」
「謝る前にフィルムを出せ!!」
「いやそれはでけへん!」
「ジブリの最新作見に行くんですー!!」
「お米券じゃなかったのか!?封真、フィルム取って!」
「あ、ああ・・・」
(今夜はもう無理だな・・・)

しみじみと諦めの情に浸りながら、歩けない神威の代わりに封真はグラウンドを走るのだった。





トライアングル・パラノイア。
モットーは微ギャグ微エロ微シリアス。
今回は封真ですがそう簡単に上手くはいきません。
襲いかけたのに、なんだかんだでうやむやになってしまいましたははは。
空ちゃんと封真は意外と相性がいいかもしれない。
こういう組み合わせもかけるからパラレルはいいですね。
次は瀬川君編!!『一人』





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