トライアングル・パラノイア

           〜恋人〜 



愛情こもったプレゼントの中身は?


「あの・・・気持ちは本当に嬉しいんだ。でも俺達、まだ高校生なわけだし・・・ただの友達だし・・・やっぱりこんな・・・・・・」
普段は口数の少ない神威が必死に言葉を探しているここは、CLAMP学園カフェテラス。神威の前には封真と景一が何とも言えないオーラを放ちながら並んでいる。そしてテーブルの上には人数分のコーヒーと、先日二人が神威に贈ったプレゼントの箱。
「こんなもの貰えない・・・」
そういって神威が二人に差し出したその箱の中身は、共に機種も色もまったく同じ携帯電話。
会うたびにいがみ合う割には気が合う二人だ。まあ、気が合わなければ、恋敵にはなれないだろうが。

「・・・どうして同じものを贈るんですか。」
「こっちの台詞だ。」
「頼むからこんな所でもめるな。」
騒ぎになるとまた新聞部が駆けつけてくる。もうどこかに隠れているかも知れないが。

「携帯電話なんて貰っても使わないし、基本使用料だけでも結構かかるんだろ?」
「お前が使わなくてもこっちからかける。かけられて困るときは電源を切っておけばいい。」
「基本使用料なんて最近は安いよ。もちろん料金は全部こっちが持つから心配しないで。」
「そんな・・・」
そんなことを言われたら余計に使えなくなるではないか。と言っても、電話をかけることなどほとんどないが。
それに二人からの電話は寮の電話で事足りている。
「・・・やっぱり返す。」
結局そういった神威だったが、そう簡単に許してくれる相手ではない。

「神威、自分の要求は通しておいて、人の要求は聞かないつもりか?」
「要求?」
「三人で和気藹々と『お友達』したいんだろう?」
そんなことを言っただろうか。間違ってはいないのだが言葉に毒を感じる。
「それで・・・?」
「俺たちはお前の要望にこたえてこうして仲良く三人でお茶してるわけだ。」
「う、うん・・・」
「だからお前は俺たちの要望にこたえて、その携帯を持ってろ。」




と、いう話を放課後同じ場所で昴流に話したところ。
「あははは・・・」
この人誰って言うくらいの勢いで笑われた。
「昴流!!」
「ご、ごめ・・・そっか、大変だね・・・」
そういう割には顔が笑っている。

「でも、本当にどうしよう、これ・・・」
そんな昴流は無視して、神威は二つの携帯電話を取り出す。黒いストラップがついているのは封真から、白は景一から。ストラップは両方とも小鳥からだ。どうやら二人のプレゼント情報を仕入れていたらしい。
「別に本人達が良いって言ってるんだから、使えば良いと思うよ。」
「でも、料金は全部二人に行くって。」
「神威が支払いに困るほど使うとは思えないけど。」
「それは・・・そうなんだけど・・・」
はっきり言って、メールの送り方も良く分からない。

「でもなんか・・・束縛されてる気がして・・・・・・」
「・・・・・・成る程ね。」
確かに料金を払うと言うことは、使ったかどうかが分かると言うことだし、あの二人がそんなことをするとは思えないが、その気になればどこにかけたかまで、すべて分かるだろう。メールが来たらすぐに返事しなければいけない気がするし、貰った以上はまったく使わないと言うわけにもいかない気がする。
「携帯なんて俺には向いてないんだ・・・」

「でも、心配しなくてもメールは来ないわよ?」
悲観的な溜息をついた神威の背後から、不意に明るい声がした。
振り向くと、幼なじみの朗らかな笑顔。
「小鳥・・・」
「隣いい?他に席がなくて。」
「あ、ああ。」
長話している間に随分込んできたようだ。カフェテラスはちょうどおやつの時間。最近発売された新作ケーキ狙いで、女生徒たちが押し寄せてくるらしい。

「それで、メールが来ないって?」
神威の隣に座った小鳥に早速聞いているあたり、昴流も個人的にこの話に興味があるらしい。小鳥も随分この状況を楽しんでいるようで、
「お兄ちゃん、自分は携帯持ってないの。」
「え・・・・・・」
「瀬川君も、持ってるところ見たことないわね。」
「まあ、高校生の財産じゃ、二つはきついかもね。」
「じゃあ・・・こんなの俺が持ってても・・・・・・」
意味がない。
半ば呆れたようにそういう神威に、小鳥が意味ありげに微笑む。
「そんなことないわ。神威ちゃんにはどうでもいい事かもしれないけど、二人にはすごく重要なこと。」
「携帯電話が?」
「ええ。」

ますます分からない。
メールのやり取りも出来ないのに、神威だけが携帯を持っている必要などないではないか。
普通の電話なら、わざわざ料金のかかる携帯を使用する必要はない。
神威は首を捻ったが、小鳥はそれ以上は教えてくれなかった。




そして、明日は再び日曜日。
夜八時ごろ、初めて景一がくれた電話が鳴った。
(瀬川だ・・・)

「もしもし?」
『あ、司狼君。新聞屋さんに遊園地のチケット貰ったんだ。明日一緒に行かない?』
「・・・券、何枚ある?」
『うち二人家族だから、二枚だけだけど?』
「・・・・・・分かった。じゃあ、明日10時に池袋駅で。」
『え、いいの!?やったあ!!じゃあ明日ね!』

うきうきと電話を切った景一だが、何の疑いも持たなかったのだろうか。
神威の机の前には一枚のメモ。
『封真 池袋駅10時 3枚』
(これでチケットは5枚)
どうやら新聞屋さんが配り歩いているようだ。封真は3枚貰っている。
景一からの電話がなければコチラから誘うつもりだったが、これなら好都合。
後二人誘えば、いつもの妙な雰囲気になることもないだろう、と言うのは夢を見すぎかもしれないが、遊園地は二人か大勢で行くものだ。

翌朝、チケットが二枚あまるから、と神威が誘った昴流は、北都をつれてくるかと思ったのに星史郎が付いて来たので、なんだかものすごいメンバーでの遊園地突入となった。
その内容はというと散々なもので、神威が駅に着いたときにはもう二人がいがみ合っているし、おまけまでいると知ると二人は更に不機嫌で、ジェットコースターではどちらが神威の隣に乗るかで揉め、見かねた昴流が「じゃあ神威は僕と」なんて言おうものなら、桜の幻影が舞ったりして(楽しそう)。
やっと落ち着いたのは、ラストに乗った観覧車。これはメンバーわけが楽だ。

「遊園地なんて言うところは、3人用には出来てませんからねえ」
ひとつ上のゴンドラを窓から見上げて星史郎が笑う。彼は彼なりに楽しんだようだ。
そして今は、昴流と二人きりでご満悦。
「また上でもめてないと良いですけど。」
そう言いながらも口元が笑う。昴流も結構薄情かもしれない。

「昴流君、どっちが勝つと思いますか?」
「・・さあ。でも神威が神威ですから、しばらくはこのままでしょうね。」
「そうですね。僕も、昴流君をおとすのに随分かかりましたからねえ。」
「な・・・・・・」
思わぬ言葉に星史郎の顔を見ると、さっきまで上を見ていたはずの瞳は、今は昴流だけを映していた。

「昴流君、」
「は、はいっ・・・」
やっと気づく。二人きりというこの状況。意識した途端、鼓動が早くなる。
そんな昴流を星史郎はくすりと笑って、嬉しそうに呟いた。
「良いムードですね。」
「は・・・・・・」
確かにいいムードではあるが、それを口に出しては台無しだ。昴流は少し拍子抜けして、それがこの人なりの優しさだと気づく。昔からいつも、こういうタイミングで緊張をほぐしてくれる。彼なりの気遣いだ。

「キスして良いですか?」
求める言葉はどこまでも軽く。けれど確実に、昴流を前へと促す。
「変化があったんでしょう?」
「そ、それでも・・・」
「それでも?」
「・・・僕が『どうぞ』なんて言えないことは・・・知ってるでしょう・・・」
「それは『どうぞ』という意味ですか?」
「だからそんなこと・・・」
「黙って・・・」

昴流の口を塞いだ言葉は、すぐに甘い感触に変えられた。



一方、一つ上のゴンドラでは、そう甘く行くはずもなく。
封真と景一が隣同士に、できるだけ離れて座り、そっぽを向いて一言も口を利かないので、対席の神威は一人で言葉を探している。
「き、今日、楽しかったな!」
「・・・そうだね。」
「こいつがいなければもっとな」
「それは先輩の・・・」
「もめるな!」
騒ぎになる前に神威が止めたものの、ゴンドラ内はまた気まずい沈黙。

それを破ったのは、今度は景一だった。
「司狼君、誰が邪魔だとかそういうのは抜きにして、やっぱり俺は君と二人がいい。三人で、って言うのは無理があると思うよ。司狼君も、今日一日で実感したでしょ?」
「う・・・・・・」
確かにそれは痛感したが。
しかしその質問は、どちらかを選べという意味になるのではないのか。
(そんなの・・・)

困惑する神威をじっと見ていた封真が、不意に口を開く。
「寮の電話は、必ず寮母さんが取るだろう。」
「え?」
「最初に寮母さんが出て、放送でお前を呼ぶだろう?電話するたびに寮中に知れ渡るし、いちいち呼び出すから毎日電話するわけにも・・・俺は困らんがお前が困るだろう。」
「毎回寮母さんにひやかされるしね。新聞部にもバレバレだし。」
「・・・だから・・・携帯電話・・・?」
「そういうこと」X2
「・・・・・・・・・。」

何を難しく考えていたんだろう。こんな単純なことを。
縛ろうとしていたのではなく、ただ繋がっていたかっただけ。
嬉しいような照れくさいような、そんな感情で胸が切なくうずいた。
「いいのに・・・そんなこと・・・」
それでも、この二人には重要なこと。

難しく考える必要などない。
ひとつ叶えられたら、ひとつ叶えれば良いだけの話。

「今度は、二人で出掛けようか。」
「どっちと?」
「どっちとも。順番に。」
それはどちらかを選ぶ答えではないけれど、ほんの少し、けれど確実に、現状を変える選択。
封真と景一は珍しく顔を見合わせて、
「まあ、よしとするか。」
「これでも大進歩かな。」
諦めと供に漏らした言葉には、かすかな喜びがにじみ出ていた。







星史郎さんのくせに観覧車で初チュー!!!(そこかよ)
さあ、次回からは二人でデート編です。
番外編から続いた星X昴は一応一段落。
(もともと番外編だけの予定だったのにな・・・)
次回、『二人』。




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