『12:秘密』

5日が過ぎた。ファイはまだ、帰ろうとはしない。毎日黒鋼を部屋に残して、一人でどこかへ出掛けては、夜になると戻ってくる。何処へ行っているのかと問うと、『あちこちー』と答えられた。要するに、言いたくないらしい。
(捜しに行くか・・・)
黒鋼はそっと部屋を出た。
こんな、誰にも自分達が見えない所で何をしているのか。誰かに会っているのだとしても、話が出来るわけでもないのに。
隠す、ということは、知られたくないのだろう。ファイはいつもそうだ。夢の中でなくても、何も話そうとはしない。だから、向こうに見つからないよう、城の外に出て部屋の中を覗いて回る。
(久しぶりに忍者らしいことしてるな・・・)
とはいえ、自分は戦闘専門だったが。
数十分後、やっと一つの部屋の中にファイを見つけた。広く豪奢な造りの部屋。もしかすると、『陛下』とやらの私室だろうか。室内には、ファイの他にもう一人、黒髪の男が居た。身なりから、結構な身分だと知れる。彼が『陛下』なのかも知れない。
ファイは、壁際に座って膝を抱え、じっと彼を見つめていた。
ただ、それだけ。
その顔は故郷の話をするときの顔に似ていて、黒鋼は見てはいけないものを見たような妙な罪悪感に囚われた。
何も見てはいけない。この世界には、ファイが胸に秘めた全てがある。そう思った。



『13:優しいウソ』

その夜、ファイは奇妙な生物を連れて戻って来た。ふよふよと宙に浮かぶ獣耳の少女。
「何だそりゃ。」
「えーとねえ、チィっていうんだー。今日オレが作ったみたいー。」
ファイに付いて室内に入ってきたチィは、過去のファイと何か話している。
「これも魔法か。」
「うん。オレの最高傑作ー。」
そういってファイが手を差し伸べると、過去のファイも丁度そうしたのだろうか、チィはその腕に応える様にファイに抱きつく。ファイが子供をあやすように頭を撫でると、チィはニコニコと嬉しそうに笑う。
『ファイ大好き!』
まるで同じ時間に存在しているような違和感のない二人の動きに、黒鋼は妙な胸騒ぎを覚えた。けれどファイは何も感じないらしく、ただ平然と。
「かわいいでしょー。『大好き』ってさ・・・」
しかしふと表情が曇る。
「本当は、大好きしか知らないんだ。他の感情は教えなかった。」

大好き大好き大好き
他を知らないならそれは何とも思わないことと同義になってしまうのに
大好き
それでも笑顔で繰り返される、響きだけが優しいそれは真っ赤なウソ。

本当は誰の愛を求めた?
思っても口には出せなかった。きっとそれは、昼間見たあの男の顔が頭をよぎったから。
決定的な言葉を恐れて、黒鋼もまた、無言という名のウソをつく。



『14:恋心』

その夜、いつものようにファイを抱いて、黒鋼は奇妙な違和感を覚えた。それはいまだ見慣れぬイレズミのせいではなく、部屋の中にあるチィの気配のせいでもなく。
「お前・・・縮んでねえか?」
縮んだというよりは、少し小柄になったような。抱き心地が違う。
「・・・この頃の大きさに戻ってるんじゃないかなー・・・。」
「・・・夢なのに・・・?」
「夢だからー。」
それで、納得してしまっていいのだろうか。夢なのに、外見まで戻ってしまうのなら、ファイの時間自体が戻っているのではないのか。
嫌な予感に襲われた。それは本当は、背中にイレズミが現れたときに、感じなければいけなかったもの。
「・・・この時期は・・・お前にとってどんな時期だった・・・」
「え・・・?」
「何を考えてた。誰を思ってた!」
「そんな・・・分からないよ、どうしたの、黒みゅー?」
突然の追及に戸惑うファイ。しかし黒鋼は問うことをやめない。
「分かるはずだ!思い出せ!どうしてチィとやらを作った!一日中あの男の側にいて、どんな言葉を聴いてきた!!」
「っ・・・なんで・・・知って・・・・・・」
びくりと肩が揺れて、困惑の眼差しが黒鋼を見上げる。それでも、黒鋼はやめない。
「言え!あの男は、お前にとってどんな存在だった!!」
「・・・・・言えな・・・」
「言え!どうせ俺は、起きたらここでの事は忘れるんだ!!」
「・・・・・・・・・」
とうとうファイの目から涙が溢れた。それを隠すように、ファイは両手で目を覆う。あるいはそれは、ただ黒鋼の視線から、逃れたかっただけなのかもしれないが。
口を開くと、夜の静寂にすら押しつぶされそうな声が零れた。
「・・・好きだった・・・・・・」
「・・・・・・・あいつの名前は?」
「アシュラ王・・・・・・」
以前どこかで聞いた名だった。ファイにとって、特別な名だという事だけはやけにはっきり記憶している。
「好きだって・・・気付いて・・・・・でも、そんな事・・・・・・」
国王相手に言えるはずもなく、ただひたすらに胸に秘めた恋心。
まだ結ばれる前の、そんな時期。
「・・・・・・もう十分だろ・・・。帰らねえか・・・・・・。」
怖かった。
ファイの時間が戻っていく。このままここに居たら、気持ちまで、当時に戻ってしまうのではないかと。
それでもやはり「もう少し」と懇願するファイは、自分が過去に捕らわれ始めていることに、まだ気付かない。



『15:儚い笑顔』

きっと、その夜が最後のチャンスだったのだ。
『おはよう、ファイ!』
「おはよう、チィ。」
朝、まるで同じ時間の中に存在しているかのようにチィと言葉を交わすファイを見て、黒鋼はまた言いようのない不安に襲われる。この状況なら、過去のファイも同じ台詞を口にしたに違いないのに。
「おい、今日は俺も連れて行け。」
「・・・・・・それは・・・駄目・・・・・・」
言うと思った。食い下がることはしなかった。言葉以上に、ファイの浮かべる笑顔が自分を拒む。
風に散り行く花びらのような、何ともいえない儚い微笑を見ると胸が痛んだ。
本来ここは、踏み込んではいけない場所だ。いくら夢から覚めれば忘れるとは言っても、踏み荒らすわけには行かない。ファイが許す以上には、自分は求める権利などない。
だからどうか、今日で最後にしてほしい。今夜この世界を発って、日本国で約束の蝶を見て現実に帰ろう。そう思った。
「今夜、帰るぞ。」
そう告げる。しかし、有無を言わさぬ口調に、ファイはイエスともノーとも答えず、きょとんと黒鋼を見上げてこう言った。
「帰るって・・・何処へ・・・・・・?」
「・・・・・・あ・・・?」
一瞬、頭の中が真っ白になった。



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