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『1:愛しき』
愛しき人よ 眠りの中で
貴方は誰の夢を見る―――?
Pandora Box
新しい国は魔術の国だった。
商店街らしき広い道を歩くと両脇に奇妙な道具やら動物の死骸やらを吊るした店が立ち並ぶ。
魔術に殆ど縁のない黒鋼・小狼・サクラは、どの店を覗いても驚いたりびびったり。そしてファイは魔術師としての血が騒ぐのだろうか、うきうきと店内を物色している。
「ほら、黒むー!この水晶玉を覗くと未来が見えるんだよ!!」
「あー?何にも見えねぇじゃねえか。」
「黒むーは魔力がないからしょうがないよー。あ、ほらこれはねー・・・」
じゃあ見せるな、という突っ込みを入れる隙さえなく、ファイの興味は次の魔法具へ移っていく。
はあ、と溜息をついて黒鋼はそれでもファイについていく。こんな世界ではぐれたりしたら、その辺の魔女にスープにでもされかねない。
「失礼だね。蛙や蛇ならまだしも、あんたみたいな不味そうな奴、スープに入れたりしないよ。」
「あ?」
不意に声をかけられて振り向くと、店主らしい若い女がこちらを見ていた。
(俺・・・今声に出したか・・・?)
「いいや。私は人の心が読めるから。」
にっと笑う魔女。浅黒い肌に紅いレースのドレスがよく映える。いかにも怪しい、魔術を使いそうな様相。
それにしても、蛙や蛇より不味そうというのも、それはそれで失礼ではないか?
「ああ、悪かったね。じゃあお詫びにいい物をあげよう。こっちにおいで。」
「・・・・・。」
魔女の手招きに応えるにはかなりの勇気がいるのだが、ファイは物色に夢中で呼んでも来そうになかったので、黒鋼は何かあればすぐに抜刀できるように身構えながら女に歩み寄った。
『2:約束』
「そんなに身構えなくても大丈夫だよ。ほら、これ。」
そういって女は小さな箱を取り出す。飾り彫りが美しい、しかしただの木箱に見えるが。
「何だこれは?」
「過去に戻れる箱さ。正確には、過去に戻った夢を見る箱。その人が一番大切だった時間にね。ただし、夢とはいっても過去は変えられない。時間は過去のままに過ぎていく。夢の中で何をしても、今が変わることはない。」
つまり、自分の過去を映像にして見るようなものか。
「何だ、じゃあ何の意味もないだろ。」
「人によってはそうでもないと思うんだけどね。でも売れないってことはそうなんだろうね。」
何かと思えば、体のいい売れ残りの処分か。
「まあ、そうなんだけどさ。でも、戻りたい過去ってのは誰にでもあるもの。あんたの中にもさっき、一瞬だけどこかの光景が見えたよ。」
確かに過去に戻れると聞いて一瞬、祖国が頭をよぎったが。夢なら戻ってもしょうがない。
「でも夢なんだから、戻っても損はないだろ?」
そう言って女は箱を黒鋼に押し付ける。まあ、タダだと言うなら貰っておこうか。ファイなら面白がるかもしれないし。そう思って受け取ると、女は思い出したように付け加えた。
「あ、そうそう。それを使うときに一つだけ約束があるんだ。」
「約束?」
『3:ひとり』
「過去に戻れる箱ー?面白そー。」
宿に戻って箱を見せると、ファイは予想通り興味を示し、早速今夜使うと言い出した。
サクラはまだ記憶が戻りきらないので、過去に戻ってもそこが自分の過去かどうか分からないという理由で辞退し、小狼も色々思う所はあったようだが、箱の使用は断った。
「じゃあ、俺とお前だけか。」
「あ、黒様も戻りたいのー?」
「違う。箱を使うときの約束だ。『決して一人では使わないこと』だとよ。」
自分の過去に、少なくとも誰か一人は連れて行け、とあの女はそう言った。そうしないと、帰って来れなくなる事があるのだと。
「つまりー、オレの過去は黒様に見られちゃうって事ー?」
「いや、同じ夢の中にいて、いつでも連絡さえ取れれば別行動でもいいらしい。それに、自分の夢以外の場所でのことは、起きたら全部忘れちまうんだと。」
「一応プライバシーは守られるって事かー。じゃあ別に良いかなー。」
そして自分の過去ではない世界の人間には、自分の姿は映らない。だからしばらくファイに付き合って、目覚める前に少しだけ自分の世界を覗いてこようかと思う。
その夜、二人は一つのベッドに横になり、枕元に例の箱を置いた。
「じゃあ開けるよー?」
「ああ。」
ファイが箱を開けると同時に、中から夢が飛び出した。
『4:涙』
最初はモコナで世界を渡る感覚に似て、それよりも早く地に足が付いた感触。目を開けると、そこは高い天井が幾本もの柱で支えられた広い部屋だった。
「何処だ?」
「ここは・・・・・・」
ファイが駆け出す。二人の少し後方に、泉のようなものがあった。ファイはその淵に立ち中を覗き込む。底まで見通せる澄んだ泉の中には、水以外のものは何もない。
「戻って・・・来たんだ・・・・・・」
『ファイ様、こちらにおいでですか?』
ふと第三者の声がして振り向くと、侍女らしき少女が周りを見回している。そしてファイの姿を見つけると、パッと顔を輝かせて駆け寄ってきた。黒鋼の姿には気付かない。
『やっと見つけた!陛下がお呼びですよ。』
「陛・・・下・・・・・・」
ファイの瞳が揺れる。少女はにっこりと笑う。
『そんなことを仰らずに。ファイ様を連れて行かないと私が叱られてしまいます。』
「・・・・・・?」
少女と会話が噛み合わない。彼女はおそらく、この時点でこの場所にいたファイと話しているのだ。
自分の過去を、自分が居た場所に立って見せられているそんな感覚。何も変えられない。女はそう言った。
「黒むー・・・少し、待っててくれるー?」
少し悩んでファイはそう言った。もちろん、少女にこの会話は聞こえない。
「会いたいのか・・・」
会っても、この少女と同様、話が出来るわけではない。会いに行かなくても、行ったものとして時間は進む。それでも、
「・・・・・・顔を、見たいんだ・・・」
少女が小走りに駆け出す。ファイは一人でその後を追った。
記憶と寸分違わぬ見慣れた城の中を走り、ファイは見知った部屋の前に着いた。扉を開けると、そこには懐かしい笑顔。
『ファイ、待ちかねたぞ。また侍女に見つからないような場所に居たのか?』
「ア・・・シュラ王・・・・・・」
こらえきれず涙が溢れた。
走りよってその胸に顔を埋める。過去の自分もそうしたのだろうか。夢の中の王は、そっと慈しむ様にファイの体を抱き締めた。
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