秘恋

それは自分さえ知らないうちに胸に秘めた恋



小鳥の死から2週間がたった。
跡は残ったものの神威の傷も癒え、明日からは空汰達と共にCLAMP学園に通う。

けれどその前にもう一度だけ、訪れておきたい場所があった。これから本格的に地の龍との戦いが始まれば、もう来ることはないだろうから。





ザリ・・・

足の下で砂利が音を立てる。
神威は一人で、刀隠神社の境内に居た。

(変わらないな、ここは・・・)
初夏の風が髪を揺らす。その風さえも、6年前のあの時のまま。
変わってしまったのは、自分達だけだ。
小鳥は死んだ。母親も死んだ。そして『封真』は、もう居ない。
両手の傷が少し疼いた。

「・・・・・・家の方にも行ってみるか。」
痛みを紛らわせるようにそう呟くと、神威は封真たちが生活していた家へと足を向けた。
歩きながら、風景の中に記憶の中の自分達を見る。境内で遊んでいる三人を、母達が昼食だと呼んでいる。三人は遊びを中断して、競争するように家のほうへ駆けて行く。玄関に回らず、リビングに面した庭から家の中に駆け込んで、よく斗織に叱られた。

思い出を追いかけて、神威は窓の前に立った。窓ガラスの向こうに見えるのは、2週間前、真神時鼓が真剣を産んで死んだ場所。あの時、そのままにしてこの場を離れてしまったが、そこには血の跡すら残ってはいなかった。おそらく、CLAMP学園の関係者が片付けたのだろう。

(開くかな。)
少し期待を抱いて窓を引いてみる。鍵が掛かっていると思ったのだが、予想に反して窓は何の抵抗もなく開いた。
「え・・・?」
そして気付くのは、もう鍵を掛ける人が、この家には居ないのだという事。
「あ・・・そっか・・・・・・」
理解して落胆するのは、少し期待してしまったから。
もしかすると今までのことは全て夢で、リビングへの障子を開くと、斗織と紗鵺が昼食を用意して、自分達を待っているのではないかと。
「そんなわけないよな・・・」
切ない自嘲の笑みを浮かべて、家の中に上がりこむ。そして、障子に手をかけた。

何もないはずだった。そこには、昔の思い出と重なるものは何も。
けれど、障子を開けた体勢のまま、神威はしばし固まった。
「封・・・真・・・・・・?」
重ならないはずの記憶。しかし、ソファに長身を横たえていたのは紛れもなく。

「封真」
そっと近寄って、囁くように名を呼んだ。しかし、返事はない。
(寝てる・・・・・・)
静かに膝をついて、恐る恐る触れてみる。掌に感じるぬくもりは、これが夢でも幻でもないと告げていた。

(だけど・・・違う・・・・・・よな。)
分かっている。これは『封真』ではない。記憶は重なってはいない。
目を覚ませば、きっとあの時と同じ、氷のように冷たい目で
『神威、お前は俺が・・・・・・』

「っ・・・・・・!!」
真剣で貫かれた右手が、鋭い痛みを訴えた。
幻痛だ。傷はもう塞がっている。
しかし痛みは治まらず、右手を抱きしめ体を曲げたとき、頭上から声が降って来た。

「痛むのか?」
「っ!!」

はじかれたように顔を上げると、少しソファから身を乗り出して、自分を見下ろす封真と目が合った。
「あ・・・・・・」
「傷が、残ったんだな。」
驚く神威に構わず、封真は神威の手をとって、掌に走った傷跡を舌でなぞった。
「・・・・・・!!」
とっさに手を引こうとしたが叶わなかった。

「離せ!!」
「そんなに俺が怖いか?」
「なっ・・・・・・」
「震えてる。」
「!!」

さっと神威の顔が強張ったのは、封真の言葉が真実だという証拠。握られた手は、さっきから震えて止まらない。
悔しさに唇をかみ締めると、その反応が気に入ったのか、封真は小さく笑って、意外なことを告げてきた。

「心配しなくても、ここでは何もしない。」
「え・・・?」
「ここを、血で汚したくないんだろう?」
「・・・・・・・・。」
震えが止まった。
どうしてこんなことを言うのかは分からなかったが、きっと嘘ではないと思った。

「どうしてここに居るんだ・・・?」
それでも気は許さず、鋭く睨みつけながら訊く。しかし封真はそんな神威の視線を軽く受け流して、
「お前が望んだからだ。」
「・・・俺が・・・・・・?」
「会いたかったんだろう?」
「・・・・・違う!!」
思わず声を荒げたのは、封真の言葉を否定するより、自分自身に言い聞かせるため。
「俺は・・・俺が会いたかったのは、お前じゃない!!」
「ああ、だから・・・」

封真が微笑む。
神威が望むままの顔で。

「会いたかったんだろう?」
「っ!!」

神威は今度こそ封真の手を振り払った。封真が故意に離したと言った方が正しいのかもしれない。けれどそのまま、神威は部屋を飛び出した。

離れたかった。
この場所で、あんな風に笑われたら錯覚してしまう。何が現実なのか分からなくなる。
だから、早くここから離れたかった。それなのに、
「神威、」
庭に下りた神威の背中に、封真が声を掛ける。
「また来い。お前が望めば、ここに居る。」
「・・・・・・・・・・・・」

返事は返さなかった。振り向きもしなかった。
刀隠神社を出てしばらく走った所で、神威は初めて足を止めた。
「・・・・・・封・・・・・・真・・・・・・」
切れる息の間に呼ぶのは、彼の名ではないのに。
違うと分かっていたはずなのに、それでも重ねてしまった。
許せないのは、彼よりも自分自身。

けれどふと、握り締めた右手から、痛みが消えていることに気付く。
彼に手を取られるまで、激しい幻痛に襲われていたはずなのに。
「封真・・・」
振り返った景色の中には、もう刀隠神社も彼の姿も見えなかったけれど。

『また来い。お前が望めば、ここに居る。』
耳の奥に残る言葉に、なぜか心がざわついた。




過去への決別  今への決断  未来への決意

遠い記憶の思い出の場所も

全ては秘恋へ姿を変える



一週間後、再びそこを訪れた神威は、一週間前と変わらない、『封真』の笑顔に迎えられた。







         
ついにやりましたよ!!
         手の傷を舐めさせましたよ!!!!(そこがメイン。)(え。)
         23456HITキリリク小説『秘恋』。
         原作の裏ではこんなことが行われているんだなあとか思いながら     
         読んでやってください。(いや、行われてませんよ。)




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