非恋

それは恋に非ず。ただひとときの夢。



言葉どおり、封真は神威が訪れると、必ずそこで待っていた。
「ここに住んでるのか?」
「いや。お前が来るときだけだ。」
「どうして、俺が来るって分かるんだ?」
「お前の事なら全部分かる。」
紡がれる言葉は、愛の囁きに似ていた。だから、その深い意味を考える気にはならなかった。

ここで会っている事は、空汰達には話さなかった。
それは、自分と封真が敵同士だと分かっていたから。
けれどそんなことさえ忘れさせるほど、そこでの封真は優しくて。

まるで、『封真』だと思った。



現実を突き付けられるのは、秘恋が始まってから3ヵ月後。




「お前の事なら全部分かる。」
初めて外で顔をあわせた封真は、刀隠で会うときと同じ、けれどどこか冷たい笑顔で、神威の首を締め上げた。
「俺はお前と同じ、“神威”だからな。」


その日、結界の一つ、サンシャイン60が倒壊し、昴流が右目を失った。






(眠れない・・・)
昴流が入院する病院から、半強制的に連れ戻されたその晩、神威はもう数度目になる寝返りを打った。もう何日もろくに寝ていないのだから、すぐにでも睡魔がやって来そうなものだが。
諦めて起き上がると、階下へと足を運ぶ。水でも飲めば少し落ち着くだろうか。

しかし、台所に辿り着く前に、洗面所の鏡に目が行った。なんとなく近寄って、自分の姿を映す。
そして、首筋のあざが、完全に消えたことに気付いた。あの日、封真に締め上げられた跡が、この数日、痛々しく残っていたのに。

「・・・・・・封真」
そういえば、あれから一度も会っていない。
当たり前だ。あれが現実だったのだから。
この3ヶ月間は、愛の囁きに似たあの言葉が見せた夢。
分かっているのに、いつの間にか神威の足は、刀隠神社へと向かっていた。




「・・・・・・」
封真は、やはりそこに居た。
「何を驚いている?」
「・・・もう、居ないんじゃないかと思った。」
あんなことがあったのに。

しかし、考えてみれば不思議はない。
あんなことがあっても、自分はまたここに来たのだから。

「どうして、あんなことしたんだ・・・?」
訊きながら、封真の隣に腰を下ろす。
警戒心はなかった。ここでは、彼が自分を傷つけることはないと知っていた。
あんなことがあっても、まだそれを信じている自分が、多少意外ではあったけれど。

そして、封真の答えも、予想外にあっけなかった。
「あれが、あの天の龍の願いだったからだ。」
「・・・そ・・・んな・・・・・・」
確かに、昴流もあの時、そう言ってはいたが。
「だからってあんな・・・!!」

言葉は続かなかった。
唐突に腕をつかまれ、抗いがたい力で引き寄せられ、唇を塞がれた。
あまりにも唐突過ぎて、何が起こったのか理解できない。それがキスだと気付いたときには、もう唇は離れ、背中にソファの感触があった。

「ふう・・・ま・・・・・・?」
「ここで・・・外の話をするな・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
何が起こっているのだろう。頭が混乱して、状況が把握できない。
ただ分かるのは、天井を背景にした封真の顔が、苦しげに歪んでいること。
喉の奥から絞り出すような声に脅しの色はなく、それはまるで懇願のようだと思った。
初めて見る封真の表情に、神威は抵抗する意志を奪われた。

いや抵抗など、最初からするつもりもなかったかもしれない。
これは秘恋。誰に話すこともなくても、最初から恋の形をしていた。
でもそれなら一体誰を?
唇を重ねるこの人は、本当の封真ではないのに。

「ふ・・・ま・・・・・・」
唇が離れた間に呟くと、封真の動きがぴたりと止まった。
そして体が離れる。
「ふう・・・ま・・・・・・?」
見上げる表情は何処までも冷たい。『封真』が決して見せなかった顔。
ただそれは、冷酷と表されるものではなく、強いて言えば果てしなく深い
(悲しみ・・・・・・?)

神威の視線からふっと目を逸らすと、封真は静かにソファから降りた。
そして何も言わないまま庭へと足を向ける。

「封真!」
何を悲しむのか。
あの時、神威はただ『封真』を呼んだだけ。
彼も夢を見ていたのだろうか。
誰も知らないこの場所で、誰にも知られずに秘恋に酔う夢を。
求められているのは、決して自分ではないと知りながら。



夜明けまで待っても、彼はもう戻ってこなかった。



秘恋は破れることはない
それは始めから恋ですらなく
けれど夢でも錯覚でも
次があればいいと思った



二度目の外での接触はその夜のこと。
砕軌を殺され、激昂した神威の攻撃を、封真はかわすこともなく、笑みさえ浮かべて肩に受けた。
傷ついたのはあくまでも『封真』の体で、神威が流す涙も『封真』のためだけのもの。
場違いな嫉妬が秘恋の夢を見せる。
これを緋に染めてやれば、彼の幻影は消えるだろうか。
この目は自分を映すだろうか。

『ここが心臓。えぐり出して・・・俺が食ってやろうか。』


しかし駆けつけた空汰に、封真は神威の無事を望んだ。



殺せたのに殺さなかったのは

夢の続きを望んだからだろうか


緋に濡れた恋の続きを




神威が目を覚ましたとき、既に数日が経過していた。
眠りの中でさえ、秘恋の夢を見ていた。






           原作沿いで書くと封X神←地の龍の神威さんになるようです。
           封ニイが黒鋼性へたれ症候群に感染している気がします。
           せめて黒より静かで男らしく・・・(お前は黒鋼を何だと・・・)
           今気づきましたが、うちは『OXO←O』の形が多いですね。
           ヤキモチ設定が大好物のようです。
           次は地下帝国に埋葬します。(埋葬?)
           入り口はご存知ですか?



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