最初の悪魔は地に堕ちた天使だったという。



Hakenkreuz U.天使 ガ 騙ル 過去




「悪魔が天使から生まれた?」
「うん。神様に逆らって地に堕ちた天使が、神様の力が届かない場所に地獄を創って悪魔になって、仲間を増やして今もエデンに攻め込もうと企んでるんだ。」

神威がスバルに語るのは、エデンに伝わる古い伝説。

「でもエデンは神様の力で守られてるから、悪魔が攻めてきた事はない。」

だからそれは、今ではもうその天使の名さえ忘れられた、遠い遠い昔の話。



「じゃあ、その天使がどうやって悪魔になったかは分からないのか。」

エデンの歴史には興味がないらしく、スバルは要点だけを求めて。
神威はその欠落に軽く項垂れた。

「古い伝説だから・・・。神様なら、知ってるのかもしれないけど・・・」

しかし悪魔になるから方法を教えろなんて訊ける筈もなく。
第一、今はエデンにも帰れない身だ。
神に接触する術がない。



「地道に探すしかないのか・・・」

スバルは小さくため息をついた。
その小さな音に責められた気になって、神威はあわてて案を出す。

「も、もしかしたらっ・・・悪魔と同じことをしたら、悪魔になれるんじゃないか!?」
「悪魔と同じ事って?」
「え・・・そ、それは・・・・・・・悪魔って何やってるんだろう・・・。」

夕暮れ時、黒猫は細めた目だけが金色に光って、見た目にかなり怖かった。

「ご・・・ごめん・・・」
「お前、宿敵とか言っといて・・・。実は本物の悪魔を見たこともないんじゃないのか。」
「あ、それはある。・・・・一度だけだけど・・・」
「そのとき悪魔は何してた。」
「・・・地獄に堕ちる魂を迎えにきてたんだ。」
「会話は?」
「したと言えばしたけど・・・」

宿敵である悪魔と話し込むようなことはなかったし、無論悪魔になる方法なんて聞きだしてはいない。
スバルは何事か考えているのかしばし黙り込んで、そしてポツリと呟いた。

「やっぱり、悪魔に訊くのが一番手っ取り早いだろうな・・・」

「・・・え、ど、どうやって・・?」
「人が死ぬと、天使か悪魔が迎えに来るのか。」
「うん。でも、エデンに来る人って凄く少ないから、たぶん殆どの人は悪魔が迎えに来るんだと思う。」
「じゃあ、人が死ぬ場所で待てばいい。」

そう言ってスバルは腰を上げた。どこか当てがあるのだろうか。
しかしそれは、支離滅裂な話ではないか。

「ま、待って、スバル!」
「なんだ。」
「あの・・・もし、悪魔に会えたら・・・スバルはそっちに行ったりは・・・」

悪魔の使い魔になりたいのなら、その方が手っ取り早いというものだ。
しかし、スバルはまた目を細めて

「・・・今更、お前を裏切るようなマネはしない。」

余計な心配をするなとでも言いたげに、さっさと歩き出した。





行き着いた先は、白い壁の大きな建物。

「病院・・・?」
「ここはよく人が死ぬ。」
「それは・・・そうだけど・・・」

死ぬための施設ではなかったと思うが。

「こっちだ。死にかけの人間ばかり集めた区画がある。」

スバルは神威を建物の裏に導いた。
一本の木の枝に腰掛け病室を覗くと、体に何本もの管を繋がれて横たわる人間。まだ、生命反応はあるようだが。

「あれ・・・何してるんだ・・・?」
「詳しくは知らないが、自分の力では生きられないから、機械の力を借りてるんだろう。これだけ人が居るんだ。2、3日もあれば一人くらいは死ぬ。」
「・・・・・・」

人の死を待つという事に、少し罪悪感を抱いていた。けれど、

「人間って・・・あそこまでして・・・生きてて嬉しいのかな・・・」

『それ』は、人というより何か奇妙な物体に見えて。
人と機械の境界すらも曖昧なこんな生より。
むしろ早く終わりを迎える事の方が幸せではないかと。

「この世界より・・・エデンの方がずっと綺麗なのに・・・」
「・・・それでもずっとここで生きてきたんだ・・・。この世界にしがみつく理由の一つや二つは、持ってるんだろう。」

そういってスバルは尻尾を揺らした。
そしてふと、神威を見上げる。

「悪魔は、使い魔に永遠の命を与えるんだろう?天使もできるのか?」
「え?いや俺は・・・。悪魔がそんなことできるって言うのも初めて聞いたし・・・。
 スバルは、永遠の命が欲しいのか・・・?」
「・・・・・・いや・・・ただ出来れば・・・生きていたいだけだ・・・」



翌朝、人が一人死んだ。



生命反応が消えるのを感じて、神威は一人、病室に向かった。
異界の存在である彼にとって、壁もガラスも障害にはならない。
簡単にすり抜けて侵入した室内で、体から抜け出した魂を探す。
しかし、

(あれ・・・?)

見つからない。
今魂をなくしたばかりの体はまだ温かく、魂がそんなにすぐに何処かへ行くとは思えないのに。

(それに・・・悪魔もこない・・・どうして・・・)

考えて、一つの可能性に思い当たる。

(もしかして・・・)

現状における最悪の状況を予想して、神威は蒼ざめた顔でスバルの元へ戻った。
様子がおかしい事に気付き、スバルが見上げてくる。
「どうしたんだ?」
「あの・・・魂・・・見えなかったんだ・・・悪魔も・・・」
「・・・どういうことだ?」
「だから・・・その・・・」

唇が震える。

「俺・・・今、天使じゃないから・・・見えないのかも・・・」
「・・・・・・・・」

スバルは無言で、ただ目を丸く見開いた。



翼は黒くなっても天使は天使。
けれど、黒い翼で純粋な天使とはとても呼べない。
堕天と同時に、魂を見る力を失ってしまったとしたら。
天使に見えるはずのものが、見えなくなってしまったのだとしたら。



「ごめん・・・ごめん、スバル・・」
「・・・謝られても、しょうがない・・・」

そうは言ってもかなり落胆した様子のスバルの声には覇気が全く感じられない。
スバルはその場でくるりと一度円を描き、ゆっくりと体を丸めた。

「少し眠る。次どうするかは、起きてから考えよう。」
「あ・・・うん・・・」

そうか、地上の生き物って眠るんだ。
そんなことを考えながら、神威はスバルの隣に腰を下ろした。

とりあえず、即座に契約解消を言い渡されなかった事にほっとした。
また独りになってしまうかと思った。

「・・・・・・・神威」
「っ・・・な、何だっ!?」

不意に発せられた声にびくりとしたが、内容は神威が恐れたようなものではなく。

「悪魔の名前を・・・知っているか・・・?」
「名前・・・?」
「悪魔の名は・・・その悪魔を呼び出す呪文になると・・・聞いたことがある・・・」
「名前・・・」

スバルはよほど眠かったのだろうか、切れ切れの台詞を残すと寝息を立て始めた。
神威は一人、悪魔の名前を記憶の中に探す。

(前に会った悪魔・・・名乗ってたよな・・・)



『お前の名は?』
初めて見た黒光りする翼を持つその生き物は、神威に名を求めた。
『あ・・・悪魔に教える名前なんてないっ!』
敵対心を剥き出しにすると、悪魔はその反応が気に入ったのか唇を歪めて。
『じゃあ俺の名前を教えてやろう。俺の名前は・・・』



「『封真』」



ごうっと風が巻き起こった。
しかしそれは物理的なものではないらしく、神威の髪と服だけをなびかせる。
スバルは目覚めない。

風が止み神威が目を開くと、そこにあの日の悪魔がいた。



「呼んだな。俺を。」


悪魔は不敵な笑みを浮かべる。


「今度は、お前の名前を教えてもらおう。」





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