天使が一人、地に堕ちた。





Hakenkreuz T.天使 ガ 開ケル 扉





ビルの屋上に腰掛けて、天使は途方に暮れていた。
見下ろす地上には、無数に蠢く人間達。
しかしあそこへ降りていっても、彼の姿を捉えるものは居ない。
人と天使は違いすぎる。
人間に、彼の姿は見えない。

(どうしよう・・・)

立てた両膝に顔を埋める。

(こんな事になるなんて・・・)

誰とも話せない。
行く場所もない。
ずっと、この世界で独りきり。

見下ろした世界がじわりと滲む。 
その中に、不意に黒い影が飛び込んだ。

「おい、」
「・・・?」

影はどうやら自分に語りかけたらしいので、天使は慌てて涙を拭いた。
この世界に、天使を見る事の出来るものがいるなんて。

喜びを抑えて改めて視線を落とすと、それは黒い猫だった。

金色の瞳がきらりと光る。

「お前、悪魔だな?」
「え・・・?」

突然の問いに、天使は目を丸くする。そして慌てて否定した。

「ち、違う!悪魔なんかじゃない!」

悪魔と言えば天使の天敵。この世で最も穢れた存在。そんなものに間違われるなど、心外にも程がある。
しかし、

「俺は・・・俺は、天使なんだ・・・」

そう告げる天使の声は、頼り無げに揺れていた。
猫が訝しむ様に目を細める。

「嘘をつけ。天使の羽根が黒い筈がない。」
「これは・・・・・・・・・」

天使は自分の翼を見上げた。カラスの様に真っ黒な羽根。確かに、こんな姿で天使だなどと。

「さっきまでは・・・白かったんだ・・・」

地に堕ちるまでは、この翼は白かった。

「俺は堕天・・・罪を犯したものだから・・・」
 
 
 
重い罪を犯したのだ。
エデン――この国では、天国と呼んでいただろうか。
神が治める楽園は、天使の帰還を許さなかった。
『罪に穢れし天の使いよ。この聖なる地に踏み入ることはならぬ。
 罪の証の黒き翼を背負い、その罪が浄化される日まで、人の世界で生きるが良い。』
神は、声だけでそう告げた。
 
 
 
瞳に哀しみの色を深めた天使に、猫は首を傾げたが、それ以上、詮索する気はないらしい。

「悪魔じゃないなら用はない。」

そう言ってくるりと背を向けた。

天使は慌てて引き止めた。

「待って!悪魔に何の用なんだ?もし俺でも・・・」
「俺は悪魔の使い魔になりたいんだ。だからお前に、用はない。」
「使い・・・魔・・・」

それでは自分は役に立てない。翼は黒くなったとはいえ、天使は天使なのだから。

それでも、このまま別れてしまえば、また独りになってしまう。
この猫以外に、自分を見てくれるものが地上にいるかは分からない。

「じゃあ、悪魔を捜すのを手伝うから。きっと空から捜した方が効率も良いし。」

既に歩き出していた猫を追いかけて、天使は少し後ろを飛びながらそう声をかけた。
黒い翼でも、飛行に支障はないようだ。
しかし猫は冷たい声で、無情に天使を突き放す。

「付いてくるな。余計なお世話だ。天使の臭いが付いた猫なんか、悪魔は使い魔にしたがらないだろう。」
「じゃ、じゃあ・・少しはなれて飛ぶから・・・」
「付いてくるなと言っている。お前とつるむつもりはない。」

どうやら、天使というだけで相当嫌われたようだ。黒い翼で、ぬか喜びさせたせいもあるだろうが。

それでも孤独は怖かった。
何とか猫を引き止めたくて、天使は思わずこう言った。

「じゃあ・・・俺が悪魔になるから!」

「・・・何?」

猫が足を止めて振り向いた。

天使は、これ以上ない妙案を思いついたと思った。

「そうだ、俺が悪魔になる!翼は黒いんだから、きっとなれる!」

猫の眼がきらりと冷たく光った。天使は思わず口を噤む。

冷静になればその言葉は、この上なく馬鹿馬鹿しい案だと気が付いた.
翼は黒くとも天使は天使。そう言ったのは自分だったはずなのに。

「無理・・・だよな・・・ごめん・・・」
「・・・・・・いいぞ。」
「え?」

猫の眼がまた冷たく光る。
けれどそれはよく見れば、猫の眼差しに特有の光で、その中には悪意も敵意込められてはいなかった。

猫は言う。

「お前が悪魔になるんなら、お前の使い魔になっても良い。」
「そっ・・・え・・・い、いいのか!?」
「ああ。」

天使は大いに喜んだ。
これでもう独りではなくなる。
きっと悪魔にでもなれる気がした。
嬉しくて嬉しくて、天使は気付かなかったのだ。



冷たく光る猫の瞳に、一瞬よぎった憂いの色。



「そうだ、名前は?俺は神威。」
「名前?そんなもの、付けてもらったこともない。」

そう答えた時にはもう、瞳から憂いは消えていた。

「俺たちは契約を結ぶんだ。名は主になるお前がつければ良い。」
「俺が・・・?良いのか?」
「気に入らなければ却下する。」
「うわ・・・じゃ、じゃあ・・・えっと・・・」

天使―――神威は少し考え込んで、

「『スバル』・・・なんてどうかな・・・」

おずおずと提案された名を、猫は口の中で繰り返す。

「スバル・・・人の名だな。」
「あ、うん・・・駄目かな・・・」
「知り合いか。どんな奴だ。」
「凄く・・・綺麗な魂の人だった・・・」

答えてから、しまったと思ったがもう遅い。
悪魔の使い魔になる猫に、綺麗な魂を持った人間の名前なんて。
もちろん速攻却下かと思ったが、猫はまだその名を繰り返す。

「スバル・・・・か、悪くないな。」
「え・・・」

意外にもお気に召したらしい。思考回路の理解に苦しむが。

「あ、じゃあ・・・よろしく、スバル。」
「ああ。」

二人の間に、主従の契約が交わされた。




神を裏切る契約は、地獄へ続く第一歩。




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こんなお話は如何でしょう。封X神堕天使パラレル。
最初にいろいろお断りしておかねばならんのですが。
・猫のスバルは昴流君ではありません、彼は別にちゃんと出ます。猫は完全オリジナルキャラクター。
・一話一話はそんなに長くないんですけど、サブタイトルへのこだわりから話数が結構あります、ご勘弁を;
・創作の動機が「神威ちゃん泣かせたい」だったので、このお話には全体的に救いがありません、すいません;
・天使のお話なので作中で死にネタを多数取り扱います。苦手な方はご遠慮ください、すいません;
・神威ちゃんは天使なので人間の事がいろいろ理解できずに結構辛辣な評価を下す事があります、すいません;
・封真は役柄上、神という存在に対してかなり批判的です、すいません;
それでも平気!という方は2話以降もよろしくお願いします。




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