恋人たちが心待ちにするイベントの一つにクリスマスというものがありますが。
 
「今年も帰るのか、冬休み。」
「え、うん。・・・嫌?」
「・・・別に・・」
年末年始はファイが里帰りしてしまうので、ここのカップルにはクリスマスも初詣もない。何でも、日本ではないどこか遠い国で、経済界の皆様が大きなパーティーを開くのだとか。
「何やってんだ、パーティーって。」
「んー、食事したり、ダンスしたりー?そんなに変わったことはしないよー。規模が大きいだけでー。」
(ダンスは十分変わってる・・)
「でも黒りーとクリスマスできないのは寂しいねー。あ、一緒に来る?イブのパーティーは内輪だけでやるから、結構恋人とか連れてくる人もいるし。」
「一緒に行っていいのか?」
「別にいいよー。チィも会いたがってたし。あ、今年は星史郎さんの所も来るん」
「行かねえ。」
何が悲しくて聖夜にまで奴におちょくられねばならないのか。
 
というわけで、今回黒鋼君は欠席です。
 
 
私とワルツを
 
 
「残念、また会いたかったのに。」
「ねー。また今度遊びにおいで?」
「うんっ!」
クラシック音楽に合わせてステップを踏みながら、チィは大きく頷いた。
ダンスは、この世界では当然の嗜み。ファイもチィももちろん踊れる。二人の周りでも数組踊っているが、周囲の視線が二人に集まりがちなのは、二人のダンスの腕よりも容姿が手伝ってのことだろう。オルゴールから抜け出してきたプリンスとプリンセスのようだと、誰かが評したのは数年前。それ以来二人のダンスは一種の名物だ。
やがて音楽がやんで次の曲が始まるが、二人は一曲で切り上げて、テーブルのほうにやってきた。そこで、星史郎と母・雪華の姿を見つける。お母様、今日も和服がよく似合う。
「雪華さん、星史郎さん、メリークリスマス!」
わかっているとは思うが、おばさんなんて呼んではいけない。
「あら二人とも、素敵だったわ、今のダンス。」
「ありがとうございます。」
「雪華さんは、踊らないんですかー?」
「そうねえ。お相手願えるかしら?」
「オレでよければー。」
「では、チィちゃんは僕と踊っていただけますか?」
「よろこんで!」
 
こうして二組は曲の途中からだったがダンスに参入。なんというかすごい組み合わせにどよめきが起こるが、それでも内輪だけのパーティー、みんなとんでもない事態にはある程度慣れているので、すぐに興味はほかへ移る。これだから気楽でいい。
「本当に、上手になったわね。ダンスの腕はお父様に似たのかしら。」
「お父さんですかー?踊ってるの見たことないですけどー。」
雪華の言葉にファイはパパの姿を探す。ダンスを楽しむ人の中ではなく、テーブルの向こうの壁際にその姿を見つけた。ワインを片手に、どこかのお嬢さんと談笑している――のかと思ったら、ダンスに誘われていただけのようだ。お嬢さんがぺこりと頭を下げて離れていくところを見ると、断ったらしい。
「お上手なのよ、本当に。あなたが生まれる前は、このパーティーの主役といえばあの人で、女の子はみんな、一曲踊ってくださいって彼のところに集まったの。まあ私は、そういう目で彼を見たことはないけれど。」
「はあ・・・」
昔から、彼女にとってパパはおもちゃだったらしい。
「そしてお父様は早くに仕事を継いだせいか、仕事人間で女の子に興味がなくて。ダンスの相手を欠いたことはなかったけど、自分から誘うこともしなかったの。でも、一人だけ・・・」
「あ、お母さんー?」
「ええ。最初は私が引き合わせたの。自分からダンスを申し込めるタイプじゃなかったから、引っ張って行って強引に一曲。そしたら見事に一目ぼれしたらしくて、その曲が終わって御礼を言って離れようとした彼女の腕をつかんで、『もう一曲』って。」
「ほかの女の子、怒りませんでしたー?」
「誰も何も言わなかったわ。言えないくらい、よく似合ってたもの。でも、彼女が亡くなってから、あの人は誰とも踊らない。」
「・・・・・」
ファイは再びパパのほうを見る。相変わらず壁際に立って、今は誰か男性と話している。顔は笑っているが、
「ちょっと・・・寂しそうかな・・・」
「今日は特に、思い出しちゃうのかしらね。初めてあの子に出会った日だから。もう、踊ってもいいと思うんだけど・・・」
忘れられないのだろうか。もう20年近く前になるだろうに。
亡くなってもいまだなお、今日のこの日、彼のすべてを占める人。
「でも、それならもっと・・・」
「え?」
「・・・雪華さん、ちょっとお願いがあるんですけどー。」
「あら、なあに?」
 
 
 
「お父さん、」
「ファイ・・・ダンスはもういいのか?」
「一人で寂しそうな人がいるからー。」
「・・・それなりに楽しんでいるが。」
嘘―と笑ってファイはパパの手からワイングラスを奪い、それをテーブルの上において、改めて向かい合う。
そして、礼儀にのっとって、片手を差し出しながらの優雅なお辞儀。
「一曲踊っていただけますかー?」
「・・・・・・」
パパは驚いて目を見開いた。考える時間は与えずに、小首をかしげてかわいくおねだり作戦に切り替える。
「駄目ー?」
「あ、いや・・」
「じゃあ行こう!」
ファイは強引にパパの手をとって、ホールの真ん中まで引っ張り出した。どよめいたのは、約20年前のあの日を――彼が踊らない理由を、覚えている方々だろうか。かまわずファイは向かい合って、パパの肩に手を置いた。
「踊れるのか?女性パート。」
「雪華さんに付け焼刃で教わってきましたー。でも、足踏んだらごめんねー。」
曲が始まる。記憶に忠実に一歩を踏み出して、二歩目は考えるより早く体が動いたことに、ファイは少し驚いた。
(わあ、ほんとに上手いやー)
体が自然に動く。そう、リードしてくれる。腰に回された手は大きくて、まっすぐに伸びた背筋はかっこよくて、こんなに近いと、見上げなければ合わせられない視線が、少し切ない。
(これは惚れるなー)
自分が、という意味ではなくて。
「・・・彼女の話を聞いたのか?」
「え?あ、うん。雪華さんからー。」
不意に出された質問に『彼女』の指すところを一瞬掴みかねて、しかしすぐに母のことかと察して正直に返した答えに、パパの顔が少し曇る。
「・・・馬鹿馬鹿しいと思うか・・・」
「何をー?」
「・・・踊らないことを・・・」
「踊ってるじゃないー。」
「これは・・・お前だからだ・・・」
「男だから?家族だから?お母さんに似てるから?」
「・・・・・・・・・強引だったから」
「あ、なるほどー・・・嘘つき。」
「・・・わかっているなら聞かないでくれ。」
強引だったからというのも、まるっきり嘘ではないが、しかしそれ以前に、ファイに亡き人の面影を重ねて戸惑った時間が確かにあった。
「お前だって嫌だろう・・・お前はお前なのに・・・。」
「・・・オレは・・・こういう愛し方も好きだけどなー・・・」
いつになく気弱なのは、クリスマスイブだからだろうか。運命の出会いを果たした日は、運命の人を亡くしてしまえば、悲しい記念日に変わるのだろうか。
「オレ・・・ずっと思ってたんだー。お父さんって、いつお母さんのこと思い出すんだろうって。思い出したらオレに重ねちゃうから、いつも考えないようにしてるでしょー。」
「・・・ああ。」
素直な返事に苦笑する。どんなに自分が、彼が愛した人に良く似ているのかは、人様の家で見せてもらった写真で知っている。そして、自宅の写真は、パパが戸棚の奥深くに仕舞ってしまっていることも。
「気遣いは嬉しいけど、ぜんぜん思い出してもらえないんじゃ、お母さん可哀想だよ。思い出して重ねちゃうならそれでもいいよ。でも一年中だとさすがにオレも参っちゃうから、とりあえず毎年この日は、思い出す日ってことにしたらどうかな。」
「この・・日を・・・・・?」
「それと、思い出すならそんな顔しないことー。せっかくのイブなんだから、もっと明るい顔しなきゃー。」
「・・・ダンスも・・・踊ったほうがいいのか・・・?」
「無理はしなくていいと思うよー?雪華さんは否定的だったけど、オレは好きだよ。年に一回くらい、お母さんがお父さんの全部になってもいいと思う。あ、それと、時々でいいから聞かせてほしいな。オレお母さんのこと、お父さんから聞いたことないもん。」
「・・・ああ・・・そうだな・・・」
 
曲が、終わりを迎える。
相手を変える者、二人でテーブルに向かう者、そのままの相手と次の曲を待つ者。
パパは一度体を離して、今度は自分から手を差し出した。
本当は、話したかったことが山ほどある。だから、
 
「もう一曲、踊ってくれないか。」
 
 
=後書き=
復習。ファイママは女体化長髪ファイさんで星史郎さんの初恋の女性。
アシュラパパ=経済界のキング設定が固まったころからなんとしても息子さんとダンスを踊らせようと思っていましたがその夢がついに・・!しかも最初はファイさんから誘うと言うのが私的にツボです。
私今たまらなく幸せです。このままパパが勢い余って親子の一線を越えてくれたってかまわないくらい幸せですvv(いや、そこはかまえ)。
更新は6月ですけど季節感なんて気にしない!アシュファイは万年冬です!(えー)
ところで同タイトルの鬼●ちひろさんの歌は物凄くサクXファイソングだと思います。
 
 
復習:今回の(雪流さん的)萌えポイント『一曲踊っていただけますかー?』『もう一曲、踊ってくれないか』
予習:青春の貴重な時間をそんなくだらない事に使ってはいけません。よって次回予告なし!
 
 
 
                      <また機会があればお相手ください>