エゴイスティックラビリンス




いつ眠ったのか覚えていない。けれど、いつもと同じ時間に目が覚めた。
「あれ・・・?」
天井の高さがいつもと違う。朝日が差し込んでくる方向も。
「どこ・・・ここ・・・?」
「オレの部屋だ。」
「黒鋼先生・・・」
がばっと体を起こして布団をめくる。昨日のままだけれど、服は着ていた。
「なんのチェックをしてるんだ・・・」
「あ、いや・・・その・・・」
黒鋼を信頼していないわけではないが、昨夜の記憶が曖昧で、朝起きたら人の布団で寝ていたら、とるべき行動だと思うが。
それにしても、
「なんか・・・頭痛い・・・」
「ワインに日本酒に缶ビールに缶チューハイ、あれだけ手当たりしだい飲めばそうなるだろうな。」
「じゃあ二日酔い・・・?初体験だ・・・。」
お酒には結構強い気でいたのだが。この年になっても初体験できる事ってあるものなのだなと少し感動した。
(こんな風に失恋するのも初体験・・・)
小龍とファイが抱き合ってるところを見てしまった。小龍は、自分を想ってくれているんじゃないかと期待していたのに。流石に昨日はファイの顔を見たくなくて、帰りたくないなんて言って黒鋼の家に転がり込んだのだった。
「あ、ファイ・・・心配してるかも・・・」
「連絡はしといた。」
「え・・・?じゃあ、ファイと話を・・・?」
昨日、黒鋼はファイから別れを告げるメールを受け取っている。
「メールに関しては何も話してねえよ。お前がうちに泊まるって言っといただけだ。」
「・・・・・・」
それって、何か誤解を招かないだろうか。いや、ファイはもう、小龍に気持ちを移したのだから、どんな誤解をされても良いのだろうか。
「君は・・・これからどうするの・・・?」
「どうしようもねえだろ。今は話したくなさそうだったしな。あいつが落ち着いたら、一度話はするが・・・」
「君は、慌てないの?」
「あいつが揺れても、俺は揺れねえ。それだけだ。」
「・・・・・・凄いね。」
それだけ、黒鋼はファイのことを愛しているんだろう。信じられるものがある人間は強い。けれど自分は、何を信じて良いのか分からない。確かな事なんて何もなかった。
「これからどうしたら良いんだろう・・・」
黒鋼は待って居ることもできる。帰って来いと叫ぶことも出来るだろう。けれど、自分と小龍の間には何もなかった。ただ勝手に期待して、それが叶わなかっただけ。返してくれとファイに詰め寄る権利もなければ、小龍に泣きつく事もまた無様なだけだ。人の玩具を羨んで泣いている子供と同じ、理不尽な嫉妬を自分自身ではどうにも出来ない。
「・・・・・・お前、今度の日曜、あいてるか?」
「え・・・?」
「クラブの試合、あいつが応援に来るはずだったんだが、昨夜の電話で断られた。部員が、いつもあいつが持ってくる差し入れのお菓子を楽しみにしてるんだ。こっちの都合で、あいつらがっかりさせるのは悪いだろ。」
「・・・・・・いいよ。」
黒鋼を、奪おうなんて考えてない。ファイが離れようとしても、彼の気持ちは揺らがない。ただ、そうでもしなければ誰も自分を必要としてくれないのなら。
「オレがファイの振りして応援に行く。」

 

『ファイ先生、今度の日曜、クラブの試合があるんです。応援に来てくれませんか?』
小龍の告白を受けた後、そう誘われた。日曜は、黒鋼の応援に行くという約束だった。
(でも・・・別れてって言っちゃったし・・・)
今の恋人は小龍。だから、応援に行くべきなのは小龍のほうだ。分かっている。けれど、悩んでいた。そこへ、あの電話。
『ユゥイ、今夜はこっちで預かる。』
どうしてと、理由を聞く前に、言うつもりのなかった言葉が口をつく。
『黒様、あのね・・・』
どうして、別れてっていった理由も聞いてくれないんだろう。泊めるってどういうこと?確かに、ユゥイと黒鋼が上手く行くようにと願ってしたことだ。けれどその日の晩になんて。
(いくらなんでも・・・こんなすぐに・・・)
もしかして、自分じゃなくても良かったのだろうか。見た目が同じなら、ユゥイでも良かったんだろうか。
一瞬にして頭を巡った考えは、自分の足を黒鋼から遠ざからせた。
『今度の日曜、行けなくなったんだ。』
黒鋼は、そうか、と答えただけだった。
どうして、来いと言ってくれないんだろう。少し考えれば、理由なんてすぐに思いついた。
「オレが行かなくても・・・ユゥイが行ってくれるんだ・・・」
そのために、自分は身を引いたんだから。

ユゥイがいない部屋はとても広く感じて、昨夜は殆ど眠れなかった。大切な者を、二人同時になくした気がする。
いや違う、恋愛が二重結合なら、黒鋼とは一重結合に戻っただけなのだ。恋人になる前そうだった距離に戻っただけ。
「こんなに・・・遠かったっけ・・・」
自分から別れを切り出したのに、ユゥイはこれで幸せになれるはずなのに、自分には小龍がいてくれるのに。
涙が、止まらないのは何故なんだろう。

大丈夫、今はまだ無理でも、小龍がちゃんと忘れさせてくれる。だから日曜は彼の応援に行こう。勿論、いつも黒鋼の応援に持っていっていたケーキを焼いて。あれだけは、本職のユゥイにだって負ける気がしない自信作なのだ。だって、黒鋼の好みを完璧にチェックして、それに沿って創作した、黒鋼の一番の好物なんだから。








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