いつも心にボーダーライン
双子と言ったって姿が似ているだけで、性格や好みには結構差があると思う。
『せっかく二人に生まれてきたんだから、同じことをしたんじゃつまらない。二人で違う事をしたら、人の二倍の経験が出来るよ』なんて、幼い日にあえて互いの道を分けたせいもあるのかもしれないけれど。
でも、やっぱり双子なんだから、何も言ってくれなくたって、考えてる事くらいちゃんと分かっている。
本当はちゃんと、分かっているのだ。
「実は昨日の帰りの会、オレとユゥイが入れ替わってたんだよー。」
朝の会でファイは昨日のイタズラのネタばらしをした。全然分からなかったと、クラス内から驚きの声が聞こえる。
そんな中で小龍がくすりと笑ったのは、ファイの場所からは見えなかったけれど。
「ファイ先生!」
朝の会を終えて廊下を歩いていると、後ろから呼び止められた。振り向くと双子の生徒のどちらか。
「んー、小狼君!」
「あ、はい、そうです。」
「やったー、大正解ー♪」
小龍は、常にもう少し落ち着いた様子で行動しているから、呼び止めるにしても、語尾にビックリマークが付く様な発言の仕方はしないだろう。残念ながら、まだすれ違うくらいでは判別できないのだが。
「ユゥイはすぐ見分けるんだよねー。やっぱりこういう感覚的なところは、ユゥイのほうが強いのかなー。」
理系に進んだ自分と違い、昔から音楽や料理に夢中だったユゥイは、自分より少し感性が鋭い気がする。
「でも二人はユゥイには呼び方が違うもんねー。」
小狼はユゥイにも先生をつけるけれど、小龍は出会ったときの名残か、いまだにユゥイさんと呼ぶのだ。
「あれは見分けやすくて良いなー。オレもどっちかにファイさんって呼んでもらおうかなー。」
「あ、でも、ためしに先生って呼んでも、見抜かれたって言ってました。」
「そうなのー?じゃあもっと別のポイントがあるんだねー。」
「あの・・・そのユゥイ先生なんですけど・・・」
小狼はやっと本題を切り出した。
「昨日、何か言ってませんでしたか・・・?兄さんが、何か困らせるような事を言ったかもしれなくて・・・」
「昨日ー?あ!入れ替わりを見抜いたって言うの、もしかして小龍君かな!」
「入れ替わり?」
小狼はB組だから、朝の会でのネタばらしは聞いていない。ただ、小龍が、ユゥイを口説いたなんてとんでもない事を言うから、ユゥイが気にしてるんじゃないかと心配で。
小龍に本気なのかと訊いたら、さあなと流して見せた。彼は真顔で冗談を言うから、双子の自分でも本心を見抜けないことが多々ある。
けれど、ファイからは心配したような答えは返ってこなかった。
「ユゥイ、昨日すっごく機嫌が良かったんだー。生徒で一人見抜いた子がいるよって、本当に嬉しそうに話してたよー。」
「嬉しそうに・・・?」
「うん。何か、良いことを言ってくれたんじゃないかなー?」
「そう・・・ですか・・・」
凄い勢いで流されたなんて言ってたから、嫌がられたんじゃないかと思ったけれど。
(じゃあ、脈ありってことなのかな・・・いや、ひょっとして全然伝わってなかったとか・・・)
あの小龍に、想いを伝えそこねるなんていう失敗があるのだろうか。色々考えてしまうけれど、自分の恋路のことだけでもまだいっぱいいっぱいな小狼には、人の恋路の事を分析できるだけの容量がない。
とにかく、嫌な思いをさせたわけじゃないのなら良かった。
「ユゥイね、何か、吹っ切れたみたいだった。」
「吹っ切れた・・・ですか?」
「ほら、オレ達、ずっと二人で一緒に育ってきたのに、オレが日本で就職しちゃって、離れてる間に、黒むー先生と凄く仲良くなっちゃったでしょー?」
「あ、はい。」
どこまで仲良しなのかは知らないけれど、一緒に食事した話なんかは、ファイが授業中によく話している。黒鋼先生はナイフとフォークの使い方が独創的だとか、そんな他愛のない話だが、仲が良い事は十分に伝わってくる。
「ユゥイもこっちに来てくれたけど、居場所がないような気がしてるんじゃないかなーって思ってて・・・」
「・・・・・・」
今まで彼がいた場所に、黒鋼を入れてしまった。三人で仲良く出来ると思ったのに、ユゥイは時々、凄く遠くから、自分達を見つめてるような顔をする。
「小狼君にも、覚えのある気持ちなんじゃないかなー?」
「・・・はい。でも、おれ達は昔からそれぞれ好きなように生きてきたし、兄さんは、言いたいことは結構何でも口にするから・・・。」
けれど、少し心に引っかかって居ることがある。皆でユゥイに教わってクリスマスケーキを作った日、まるでサクラに気があるかのような発言をした。顔が笑っていたから、冗談だと思っている。思っているけれど、確かめるのは怖い。だって、彼がサクラを好きだと言いだしたら、勝てる気がしない。
ユゥイを口説いたと聞いて、本当は少し、ほっとした。
けれど、ファイのほうは、こちらとは少し事情が違うだろう。ユゥイはファイから黒鋼を取ろうとするような素振りは見せたことがないし、ファイは純粋にユゥイのことを心配しているのだから。
「ファイ先生は、ユゥイ先生に何も言わないんですか?」
「だって、なんて言えば良いのー。『居場所がないの?オレはどうしてあげれば良い?』なんて言ったら、余計にユゥイの居場所がなくなっちゃうよ。」
だから、能天気を振舞って、気付いていない振りをして。
でも本当はちゃんと、分かっている。だって、双子なんだから。それは残酷な事かもしれないけれど、こちらから手を差し伸べると、これまで築き上げてきたものが壊れてしまう気がする。
「ずっと一緒にいたいから、いつまでも手を繋いではいられないんだ。双子って複雑だよねー。」
「・・・そうですね。」
でもきっと、ユゥイは、新しく繋ぐ手を、見つけたんじゃないだろうか。
「小龍君に、お礼を言っといて貰えるかな。あ、でも、オレがお礼言うのも、なんか変かも。」
「・・・多分、頑張れって、言えば良いと思います。」
「頑張れー?」
「兄さんも、新しい手を、見つけたみたいだから。」
色々と気がかりはあるけれど、それが彼の望む道なら、何があっても応援しよう。きっと、誰よりも彼の味方でいられるのは自分だから。
そして口に出さなくたって、それはちゃんと伝わっているはずだ。だって、双子なんだから。
BACK NEXT
|