独りぼっちのパラサイト





一緒に生まれた自分達二人は、両親も見分けが付かないほどに瓜二つで。
だから、小さいときからよくこんな話しをした。
いつか恋をするなら、二人を見分けられる人にと。

ファイが見つけた恋人は、見事に、ファイを見分けて見せた。
黒鋼。
喜ばしいはずの彼の登場に、ユゥイは複雑な気分を隠せなかった。自分達を見分けられる人を見つけられたら恋をする。けれどその人が一人だけだったら、恋をしそこねた片割れはどうしたら良いんだろう。


今日は黒鋼は次の授業の準備があるからと、昼休みに時間が取れなかったようだ。昼食は、久し振りに二人きり。
「ねえユゥイ、今日、久し振りに入れ替わってみないー?」
食事の最中、ファイがそう提案してきた。昔から時々した悪戯だ。互いに相手の服を着たり、教室の座席を入れ替わったり。話し方を少し変えれば、誰も入れ替わりには気付かない。
「6時間目が終わった後に服を交換して、ユゥイが帰りの会するんだー。」
「それって、ファイがサボりたいだけじゃないの?」
「違うよー。それで、その後は黒りんと3人で買い物して帰って、家に着いたら種明かし!この前はシャツのボタンの糸の色でばれちゃったけど、服を交換したらきっと気付かれないよー♪」
そういえば、今夜は黒鋼が、食事に来ると言う約束だった。最近寒いから、3人ですき焼きでもしようと。
「本当に、ばれないと思う?」
ためしに尋ねてみる。きっとばれると言う真意を込めて。
だって、彼はファイが恋した人。服が変わったって、見分けて見せるはずだ。
ファイは、少しはにかんで、
「ばれたらばれたで、嬉しいでしょー?」
そう答えた。
「・・・いいよ。やろう。」
わざと明るく笑ったのは、胸の痛みをごまかすためだ。


授業は流石に無理だが、帰りの会で連絡事項を伝えてさよならの挨拶をするだけなら、入れ替わった事なんてばれるはずがない。ユゥイは完璧に帰りの会を終えて、教室を出ようとした。
三人で職員室を出ると、黒鋼が理事長に「まあ、両手に花ねー」なんてからかわれるので、帰る準備が出来た人から校門で待ち合わせ。間延びした話し方のファイと違って、黒鋼はとてもあっさり帰りの会を終わらせるから、もう二人は校門に居るかもしれない。急がないと。いや、この場合、気を聞かせてゆっくりした方がいいのだろうか。
(でも今日はオレがファイだしなあ・・・)
やっぱり少し急ごうと思ったそのとき、白衣の袖を誰かに掴まれる。
「ファイ先生、」
「あ、何?小龍君。」
振り向くと、呼び止めたのはこちらも双子の片割れの小龍。小龍は、化学の教科書を取り出した。
「質問、いいですか?」
「質問?」
まずい。簡単な事なら答えられるかもしれないが、彼は結構優秀だと聞く。そんな彼が質問してくるような事、化学を専門に学んだことのない自分では答えられるはずがない。
「えっとー、ごめん、明日じゃ駄目ー?」
「放課後にって約束したでしょう?それに、明日の一時間目の小テストの範囲だし、おれ、朝はクラブの練習で時間がなくて。」
「あ・・・そっか。そうだったねー。」
生徒との約束を忘れるなんてファイらしくない。そんなに、思いついたこの悪戯に、心が弾んでいたんだろうか。
「えっと、じゃあ、職員室に来てくれるー?」
もしかしたら、まだファイがいるかもしれない。
けれど、小龍と並んで廊下を歩きながら、窓から校門を見ると、そこに二人の姿があった。
「あ、黒鋼先生とユゥイさんですね。」
「そ、そうだねー」
どうしよう、携帯でファイだけ呼び戻そうか。いや、駄目だ。携帯電話は違う色を使っている。流石にそこまでは交換しなかったから、黒鋼の前で取り出したらばれてしまう。
(でも生徒が最優先だよね・・・)
悩んでいると、視線の先でファイが黒鋼になにやら怒鳴られている。にもかかわらずファイのあのはしゃぎようを見ると、もうばれてしまったらしい。
じゃあ呼び戻しても平気だろう。ほっとしていると、隣で小龍が呟いた。
「意外だな。ユゥイさんも黒鋼さんにあんなふうに接するんだ。」
「え?」
「だって、いつも、遠慮してるように見えてたから。」
「・・・・・・」
びっくりして小龍を振り向く。小龍は、全てを見透かしているかのような目で笑った。
「いつも、黒鋼先生とファイ先生を見て、寂しそうな目をしてる。おれ、多分、あの人の気持ちが、凄く良く分かると思うんです。小狼とサクラを見るとき、最初はおれもそうなったから。」
「・・・・・」
「気付いてなかったんですか、ファイ先生?」
「っ・・・」
駄目だ。それは本当だけど、ファイに知られてはいけない。
「小龍君、ごめん、オレ・・・」
「ユゥイさん、でしょ?」
「え・・・」
「最初から気付いてました、ごめんなさい。質問は嘘。楽しそうな事してるから、少し困らせてみたくなっただけです。」
「嘘・・・なんで・・・?」
「何が?」
「だって・・・同じ顔なのに・・・」
いままで、黒鋼以外には見抜かれたことがなかったのに。
「ユゥイさんだって、オレ達のこと、見分けてくれてるじゃないですか。」
「・・・・・・」
確かに、小龍と小狼も同じ顔だ。それでもさっき自分は、顔を見た瞬間に、彼が小龍だと思った。
「だって、C組は君だけだし・・・」
「この前、廊下ですれ違ったときも、おれだって分かってくれました。」
「だって・・・やっぱり・・・違う人間だし・・・」
「じゃあ、ユゥイさんだってそれで良いじゃないですか。」
「・・・それは・・・」
「おれ、ユゥイさんが分かりますよ。ファイ先生と一緒に居ても、ちゃんとユゥイさんだって分かる。」
「・・・・・・・」
そう。だから、複雑だった。ファイを取られたからとかそんなことじゃなくて。どうして自分じゃなかったんだろうなんてそんな僻みじゃなくて。
黒鋼は自分とファイを見分けてくれるけれど、それはファイかファイじゃない方かが分かるだけ。彼は、ファイが分かるだけ。
ファイは『ファイ』になったのに、自分はまだ『双子の片割れ』のまま。一人ぼっちなのに、個になれない。

いつか恋をするなら、二人を見分けてくれる人に。オレ達を『個』にしてくれる人に。

「なんだ・・・出会えるんだ・・・」
「出会える?」
「うん。オレの・・・願いを叶えてくれる人。」
ユゥイは、にっこりと微笑んだ。眩しいくらいのその笑顔を見て、小龍は小さく息を呑む。
「ありがとう、小龍君。やっぱりオレ、この学園に来て良かった。」
今なら、心の底からファイと黒鋼を、祝福できる気がする。
「ごめんね、二人を待たせてるから。じゃあ、また明日!」
「え?あ、ユゥイさ・・・」
ユゥイはぱっと踵を返すと、職員室に向かって駆けて行った。残念ながら、この学園には、廊下を走ってはいけないという服務規程はない。
「今ので流されるなんて・・・」
半ば呆然と、小龍は廊下に立ち尽くした。自分で言うのもなんだが、恋に落ちても良いくらいポイントが高かったと思うのに。
「兄さん?何してるんだ?」
不意に後ろから声を掛けられた。振り向くと、自分と同じ顔が立っていた。
「小狼・・・。実は今ちょっとユゥイさんを口説いてたんだが、なんか凄い勢いで流されて・・・。」
「・・・・・え?」
弟は傷心のお兄ちゃんを慰めるでもなく、ただしばらく固まった後に驚愕の声を廊下に響き渡らせた。
「ええっ!!!?」




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