理事長の気まぐれ服務規程
「おはようございまーす♪」X2
職員室に双子の先生が出勤してきた。室内がお花畑に変わる瞬間である。この瞬間が見たくて出勤時間を早くした先生方も居るとか。方や、出勤時に二人の笑顔に迎えられたいから、少し遅めに出勤するようになった先生もいるんだとか。真実は定かではないが、今日は残念な事に、すぐさまお花が一輪摘み取られる事になった。
「待ってたのよユゥイ先生!」
「侑子先生、おはようございます。」
「おはよう。早速だけど、すぐに理事長室まで来てちょうだい。」
「私ったらうっかりしてたのよね。服務規定を教えてなかったでしょ。はい、これ。」
「服務規定・・・」
侑子がユゥイに差し出したのは、一番上に服務規定とかかれた一枚の紙切れ。
「これで全部なんですか?」
「ええ。うちは自由な校風が売りだもの。」
先生も自由で良いんだろうか。服務規定が少ない上に、それを渡されるのが勤務開始から一ヶ月を過ぎてからなんて、いくらなんでもフリーダム過ぎやしないか。
しかし侑子先生に逆らってはいけないと、職場の先輩である黒鋼とファイからきつく言われているので、ユゥイはおとなしくその紙に目を通す事にした。
「第一条、理事長に逆らうべからず。」
なるほど。あれはこういうことだったわけか。
「第二条、窓からの出入りは可。・・・可?」
「うるさく言う先生が居るからねー、規則で定めちゃえば、文句は言えないでしょ?」
「なるほど。でもそんなに簡単に規則変えちゃって良いんですか?」
「ここでは私が法律よ。ちなみに内容は随時追加変更がなされていくから。これは今のところの最新版。」
さすが、フリーダム。
「第三条、恋人は極力、学園内で見つけてねv・・・これはどうしてですか?」
「私に見えるところで恋愛してってことよー。ネタにして遊べないでしょ?」
「でも、先生だけとなると、かなり数が絞られますよねー。」
「あら、気になる先生がいるってこと?」
「え・・・?」
どうして、この人はこうもあっさりと、人の心の裏側を見透かすような事を。
「んー?気になる反応ねー。ひょっとして図星?」
「ち、違います・・・そんなんじゃ・・・」
「そうねー、展開的に面白いのはー、黒鋼先生とかv」
「違いますっ!!」
思わず声を荒げてしまって、ユゥイははっと息を呑む。
「す、すいません・・・でも・・・そういうのじゃないんです・・・」
だって、彼はファイの――。
自分は、ファイの居場所が欲しいわけじゃない。
「・・・そう、じゃあ聞かないわ。でも、一つだけ言わせてちょうだい。」
侑子は思いのほかあっさりと引き下がり、こう続けた。
「何のために堀鐔学園が巨大学園都市であるのかをよく考えてちょうだい。恋愛対象は同僚だけじゃないわ。」
「な、なんのためにって・・・」
まさか、この学園の広大な敷地全てが、理事長が誰かをネタに楽しむための巨大アミューズメントパークだとでも言うのだろうか。
「でも、生徒とかは流石に不味いでしょ?」
「生徒と恋愛してはいけません何て条項はないはずよ。書いてないことはやって良いの。国の法律にぎりぎり触れない範囲でね。」
「それってPTAが黙ってないんじゃ・・・」
「そんなことで黙ってられないような親御さんは、お子様をこの学園に入れたりはしないわ。ちゃんとパンフレットにも書いてあるもの。この学園は、生徒の未来は保障しませんが、個人の持つ可能性を最大限に引き出し活かす方向へと導きますって。」
知らなかった。そこまで警告されてもこれだけの生徒数が集まってしまうなんて、この国は大丈夫なんだろうか。
「でもね、ユゥイ先生。全ては必然なの。ファイ先生が黒鋼先生に出会ったのも必然。貴方がこの学園に来たのも、また必然。」
「必然って・・・侑子先生がオレの存在をファイから聞いて、面白がって呼んでくれたんじゃ・・・」
「それもあるけどねー。」
学園の平和を適度に乱すのがこの人の趣味だ。
「でも、ここに集まった全ての人たちは、きっと何か理由があってここに集まっているの。貴方を待ってる出会いも、きっとあるわ。」
「オレを・・・待ってる・・・」
「ええ。」
侑子は、まるで未来が見えているかのような、力強い言葉を発する。
「世界は変わっていく。貴方を含めてね。もう少し心の整理がついたら、周りを見回してみたらどう?」
「・・・・・」
きっと、この人は見抜いているのだろう。ふざけたような会話の中で、はっきりと確信をついてくる。
「難しいです・・・今のオレにはまだ・・・」
「そうでしょうね。」
それもちゃんと、見抜いている。
「そろそろ朝の職員会議の時間ね。続きは職員会議中にでも、机の下でこっそり読んで。何か質問があればまた聞いてちょうだい。」
そう言って侑子は立ち上がった。
侑子の後について廊下を歩きながら、ユゥイはずっと、侑子に言われた事を頭の中で繰り返していた。
『全ては必然なの。貴方を待ってる出会いも、きっとあるわ。』
(でも・・・今まで一人も・・・オレの願いを叶えてくれる人はいなかった・・・)
ファイは願いを叶えてくれる人を見つけたのに。同じ願いを、黒鋼は自分のために叶えてはくれない。
いくら巨大な学園とは言え、こんな小さな世界の中に、別の誰かが見つかるはずがない。
「おはようございます、侑子先生。」
不意に耳に入った生徒の声に、ユゥイははっと顔を上げる。生徒の前で、こんな深刻な顔をしていてはいけない。
「おはようございます、ユゥイ先生。」
「おはよう、小龍君。」
ユゥイは笑顔で、すれ違った男子生徒と挨拶を交わした。
全ては必然。
職員室に入っていくユゥイを、小龍は一度振り返る。そして、小さく笑みを零すと、少し足早に、教室へと向かった。
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