勢い任せの王子様





「黒鋼先生はどう思う?」
「何がだ。」
「付き合うって、どういうことかしら?」
「・・・・・・」
そういうロマンチックな話題は無条件でお断りだというような顔をされたので、侑子は仕方なく、あくまでも仕方なく、話題を元に戻すことにした。

 

壊れたテレビはすぐには直らないので、黒鋼はそれから何度かファイの家にお邪魔した。そのたびに時々耳にした、あのバラード。鳴り止まない電話と、誰にでも優しいファイが見せる冷たい対応。
触れないほうがいいだろうということは分かっていても、何かの拍子に少しずつ触れてしまう黒鋼に、親しくなるにしたがって、ファイは相手のことを少しずつ話してくれた。大学にいた頃に在籍していた研究室の教授で、とても優秀な人物だという事。好きだといって付き合うことになったけれど、日々研究に熱中する彼とは、望んでいたような恋人生活が送れなくて、自分から、離れてしまったのだという事。
「学生時代に、教員免許は取ってたから、いくつか採用試験を受けてみたんだ。どこも受からなかったら国に帰ろうかと思ってたんだけど、侑子先生がいらっしゃいって言ってくれたから。」
話を聞いていて一つ、なんとなく、分かった気がすることがある。理事長は、自分達の採用理由を、『運命』を感じたからだと言った。ファイの場合、こんな中途半端な形で、逃げてはいけないという事だったのではないだろうか。
電話に、出てやるつもりはないのかと聞いてみた。けれど聞かなくても、本当は出たいのだろう。出たくないのなら、着信拒否でも何でもすればいい。それでも相変わらず、その男からの着信だけには、愛の歌を流す。
「だって、出ちゃうと、戻りたくなりそうなんだもん・・・。戻ったって、あの人が変わってくれるはずないから、きっとまた、同じことの繰り返しになるのに・・・。」
それに、就職して、戻れない理由もたくさん出来たと。けれど、学園で見つけた戻れない理由は、同時に、これ以上彼から遠ざかれない理由だ。

それなら、理事長が自分に感じた『運命』はなんだろう。こうして、ファイと親しくなって、彼の事情を知って。何かをするために、選ばれたのではないだろうか。
こんなことを、ファイが知ったら怒るかもしれないけれど、一度電話の相手と話がしてみたくて、ファイが席を立っている間に、ファイの携帯電話を開いて、そこに並ぶ番号を控えた。


翌日、授業の空き時間に、校舎の裏で、昨日控えた番号に電話を掛けてみる。相手が出るのを待ちながらふと目の前の教室を見ると、そこでファイが化学の授業をしていた。朗らかな笑顔。時折、生徒の笑い声も聞こえる。『明るくて優しいファイ先生』。しかし、心の中にあんな傷を負ったまま、明るい振りを続けて、彼は苦しくはないのだろうか。

『はい。』
電話の向こうから、声が聞こえた。
はっと我に返って、黒鋼は相手に名を名乗り、ファイの同僚であることを告げる。相手はファイの現在の居場所を知りたがったが、それは教えずに、ファイが彼の元を去った理由を告げた。
「気付いてたか?あいつだどう感じてたか。」
『・・・・・・』
「あいつは、心の底ではもう一度お前に会いたがってる。だが戻っても、また同じ想いをするだろうと思ってる。あいつの思いに沿ってやれるなら、連絡するようにオレから勧めようかと思うんだが。」
『・・・それは、出来ないかもしれない。』
あんなにしつこく電話を続けてきた相手とは思えないほど、予想外に弱気な返事が返ってきた。
『その場所から、ファイの姿は見えるか?』
「ああ。」
『では、分からないか?私が、どう感じていたか。』
「あ・・・?」

ふと、教室の中のファイと目が合った。

『顔を上げて見つめていると、その視線に気付いてファイがこちらを向く。そして、目が合うと嬉しそうに微笑む。』

ファイが、こちらに気付いてにこりと微笑む。小さく、手まで振ってくれる。
その笑顔に、どきりと、胸が高鳴った。

『それだけで十分だった。むしろ、無理に距離を縮めようとして、その笑顔を失う事の方が怖かった。』
「・・・・・・」

『運命』とは何か。
そのときはもう、そんなことをいちいち考えてはいなかった。ただ、体が勝手に動いて、ファイが授業をして居る教室の窓に歩み寄っていた。
気付いて、ファイが窓を開ける。
「黒りん先生、誰と電話ー?ひょっとして彼女さんだったりし・・・」
「お前、俺のものになれ。」
「へ・・・?」
そこまで言って、われながら、早まった事をしたとは思った。けれど、目が合って微笑まれて、その瞬間に感じる胸の高鳴りが恋だと言う事は、電話の相手が証言してくれている。
そしてやっと、理事長が感じた『運命』の意味に気付いた。だから、この行動は間違いではないと思った。
「したいことは全部言え。俺が叶えてやる。お前が見たかった夢を、全部現実にしてやる。」
「・・・・・・ホン・・・トに・・・?」
「ああ。だから、俺のものになれ。」
「・・・・・・うん。」
ファイは、窓から身を乗り出して、黒鋼の首に腕を回した。
「なる・・・なるよ・・・・・・ありがとう・・・」

 

「確か元彼と電話が繋がっていたはずでは。」
「だから、元彼に電話が繋がってる状態で。」
「ファイ先生は授業中だったんじゃ。」
「だから、授業中に、窓から。」
「勢いで告白したんですか。」
「かっこいいでしょ?」
「それは確かに・・・」
2人の関係が一部の天然学生を除いて全校公認なのも得心が行った。
「流石にそんなことされちゃ、元彼のほうも身を引かざるを得なかったみたいで、それからは電話もやんだんでしょ?」
「俺に話をふるな!!!」
「あら、黒鋼先生ったら真っ赤になってv」
「うるせえ!!」
腹の底から怒鳴った黒鋼をなだめるようにひらひらと手を振って、侑子は黒鋼のグラスにワインを注いでやる。
「じゃあこの話はやめるから、一つ、答えてくれないかしら?」
「なんだ。」
「付き合うって、どういうことだと思う?」
「・・・・・・」
またその話しかと、黒鋼はむすっとした顔をしたけれど、一口飲んだワインの旨さに気が緩んだのか、しぶしぶといった風に、こう答えた。
「求める事を許すことと、与える事を望むこと。」






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