チキン、時々勇者。





「黒りんには教えてないけど、あの後、一度だけあの人からメールがあったんだ。幸せにって。」
ファイは、話しながら、少し寂しそうな顔をした。
「後悔してるの・・・?」
ユゥイが問うと、髪が横に揺れた。
「でも、黒りんと付き合うようになって、求めるだけじゃなく与える事を覚えて、もっとあの人と分かり合う事をすればよかったって、よく思う。」
こんな身勝手な自分の幸せを願ってくれた。彼はちゃんと、愛してくれていたのに。
今となってはもう、遅すぎる事だけれど。
「だから、ユゥイには失敗しないで欲しいな。恋愛って、独りでするものじゃないんだよ。したいことがあれば言えばいいし、嫌な事なら嫌って言って良い。でも、一人で悩むことだけは、しちゃいけないんだー。」
ファイは、ユゥイの頭をなでた。
「小龍君は、もうそれをしてくれたでしょう?」

『抱きたい。』

少し早まった感はあるけれど、小龍はちゃんと伝えてくれた。
「その言葉が本心とは限らないけど、少なくとも、先に進みたいっていう意思表示は、感じ取れるよね?」
だから、次はユゥイの番だ。
「ユゥイは?小龍君と何がしたい?」
「オレ・・・は・・・」
ユゥイは、少し悲しそうに俯いた。
「分からない・・・自分が何したいのか分からないんだ・・・好きだって言われて舞い上がって、具体的なことなんて何も考えてなかった・・・。」
「じゃあ、小龍君の要求に答えてあげたい?」
「それは・・・まだ・・・心の準備が・・・」
「じゃあそう伝えればいいよ。」
ファイはそう言って立ち上がる。
「今はまだ自分が何をしたいのか分からないなら、小龍君と2人で探していけばいいんだ。2人がしたいこと。2人でしたいこと。付き合うって、そういうことなんじゃないかなー?」
「2人で・・・」
「はい。」
ファイは、机の上で充電器に刺さっていたユゥイの携帯電話を差し出した。
「きっと今頃しょんぼりしてるよー?ちゃんと、今の気持ちを伝えてあげなよ。」
「・・・・・・うん。」


突然机の上で携帯が鳴って、小龍の顔に緊張が走った。この音楽は、ユゥイからの電話だ。
「小狼、悪い、電話だから。」
「あ、うん。出てる。」
小狼は流石に今回はしっかり空気を読んで、小龍の部屋から出て行ってくれた。
電話を取る手が震えそうになる。けれど意を決して、通話ボタンを押した。そして、相手が何か言う前に、電話を耳に当てて頭を下げる。
「すみません、ユゥイさん!」
『え・・・ええ!?』
謝られるとは思っていなかったのか、電話の向こうで驚いた声が聞こえるが、構わず続ける。
「おれ、貴方に追いつこうとして焦ってたんです。あんな事言って困らせて、すみませんでした!」
『お、追いつくって・・・追いつきたいのはオレの方だよ・・・?』
「そんな事ないです。おれ、まだまだ子供で、ユゥイさんに全然つりあってなくて、大人の振りしようとしてもユゥイさんのほうがいつも一枚上手で・・・」
『ええ!?オレは小龍君が年下なのにいつもオレよりずっと大人で敵わないなあって・・・・』
「え・・・?」

きっと、話さなければ分からない事は、お互いにあると思う。

『あ・・・あのね・・・オレ・・・小龍君が思ってるほど大人じゃないんだ・・・。だ、だから・・・好きだって言ってもらっただけで舞い上がって・・・付き合ってどうするのかなんて全然考えてなくて・・・だから、その・・・そういうことも・・・全然想定してなくて・・・びっくりしちゃって・・・ごめんね・・・』
「おれの方こそ・・・。ユゥイさんにつりあいたくて、焦ってたんです。そんなことがしたいわけじゃなくて・・・ただ、ユゥイさんに、子供だと思われたくなくて・・・」
『思ってないよ。オレなんかより全然、大人だと思ってる。』

1つ、やりたいことを見つけた。ユゥイは、恐る恐る、聞いてみる。
『今度の連休、泊まりに行って良いかな・・・?』
「ユゥイさん・・・」
『あ、でも・・・あの・・・あれはちょっと・・・まだ心の準備が・・・』
「はい、もう、困らせるような事は言いません。」
『あ、いや、そうじゃなくて・・・』
気持ちを押し殺して欲しいわけじゃない。ちゃんと伝えて欲しい。付き合うって、きっとそういうことだから。
『小龍君もしたいこととかあったら言ってほしいんだけど・・・オレ、これからちゃんと大人になるから・・・もうちょっと、待っててくれる?』
「・・・はい!」
あとは、自分が、相手の気持ちを受けとめきれる器を持つこと。
『あと・・・それとね・・・』
びっくりして逃げ出してしまうような臆病者だけど、少し、勇気を出したいと思う。
『明日・・・放課後に調理実習室で待ってる。クラブが終わってからでいいから、寄ってくれる?』
ほんの少し、大人になるために。

『キスを・・・しようよ・・・。』



「そろそろ良い時間ね。お開きにしましょうか。」
黒鋼が持ってきたワインが、侑子が自分のグラスに注いだ分を最後に空になった。他の2人のグラスも丁度空いたところ。
「じゃあ黒鋼先生、後片付けよろしくー!」
「俺かよ!!」
「大丈夫、星史郎先生は何も言わなくても手伝ってくれるわよー。」
「そう言われては、手伝わないわけには行きませんね。」
星史郎は立ち上がろうとして、しかしふと動きを止める。
「残りの選択肢は、またの機会に話していただけるんでしょうか?」
残っているのは、チキンと理性だったか。侑子は少し考えて、
「そうねえ。チキンは、勘弁してあげましょう。あの子は少し、勇気を出せたみたいだから。」
今話さなくても、きっとこれからも、良いネタを提供してくれる事だろうし。

「では、理性は?」
「んふふー。話してあげてもいいけど、星史郎先生、思い当たる節はない?」
「おや。」
まさか自分に飛び火するとは思っていなかったらしく、星史郎は少し驚いた顔をしてみせる。
「僕には現在お付き合いしてる人はいませんが?」
「じゃあ、話のネタにするのはお付き合いし始めてからにしましょうか。」
「かなりお待たせしてしまう事になると思いますが。」
「そういうところが理性だって言ってるの。付き合ってからもそんな調子で、物足りないなんて思われないようにしなさいね。」
「・・・肝に銘じておきます。」
余計な藪はつつかない方が良さそうだ。星史郎は大人しく引き下がって、黒鋼と共に酒宴の片づけを始めた。

そんな2人を見守りながら、最後のワインを月に掲げて、侑子は一人呟く。
「この場所で紡がれる数多の恋物語に。」




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ファイ先生の元彼の大学教授は多分アシュラさん。
どこまでストーカーにしていいか悩んだんですけど、あんまりストーカーにしない方向で行きました。
星史郎さんのフォーリンラブ編はそのうち番外でやりたいと思います。






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