秘密の花園の密談





「いつも、疑問に思うことがあるの。」
「何ですか?」
「シンデレラの家のご近所には、優しくてそこそこかっこいいお兄さんは住んでいなかったのかしら。」
「馬車で迎えに来る王子様ではなくて、重い荷物をさっと奪って運んでくれるような?」
「ええ。そう。誰もが認める王子様じゃなく、シンデレラだけの王子様。」
遠い城に夢を抱かなくても、現実を共に生きてくれるような。
「あら残念、ここからがいいところなのに、帰ってきちゃったわね。」
侑子がそういうのとほぼ同時に、黒鋼が屋上に戻ってくる。手には、最高級のワインが一本。酒で旨けりゃ何でもいいというタイプのくせに、的確にそれを選択するという事は、それなりに目が肥えているんだろう。
「お帰りなさーい。今丁度、例の教授が登場した所よ。」
「てめえ・・・!」
自分がいない間に遠慮なく語られている自分の過去話に黒鋼はこめかみに青筋を浮かべたが、侑子の口をふさぐには、別の話題を提供するのが最善の策だという案に思い至ったようだ。
「俺は1番を選ぶぞ。今すぐ聞かせろ。」
恋人がいちゃいちゃしてくれない理由は何?1番は、純粋。
「今貴方の話がいいところなのに。」
「うるせえ!気になってしょうがねえんだ、早く話せ!」
「黒鋼先生ったら自分のプライバシーにはうるさいくせに。」
「・・・・・・」
それを言われると痛い。反論できずに黙り込んでしまった黒鋼をくすりと笑うと、侑子は届いたばかりのワインの栓を抜いた。
「それにその話は、今夜別の誰かが話しているわ。この場ではやめておきましょう。」
「別の誰かというと?」
星史郎が問う。
「さあ。秘密の花園の花の精かしら。」
そういって侑子はまた笑った。


携帯電話から音楽が流れる。それは秘密の花園の、開門の合図だ。
「もしもし、サクラちゃん?」
『あ、あの・・・こんな時間にごめんなさい。ひまわりちゃん、今、時間大丈夫?』
「うん。宿題もさっき終わったし、もう何時まででも大丈夫だよ。」
そういってひまわりはベッドに腰掛けた。今夜は、長電話になりそうだ。
『あのね・・・小狼の事なんだけど・・・』
「うん。喧嘩でもした?」
『う、ううん!そうじゃないの・・・その・・・ただ・・・付き合ってもう結構立つのに・・・その・・・』
「進展がないんだ?」
『う・・・うん・・・』
少女マンガだと、告白してOKがもらえた次の瞬間に、抱きついてキスしちゃったりしているのに、そういえばこの2人は、ほのぼのオーラを放ちながら一緒に居るところを見かけるだけで、いちゃいちゃとかべたべたといった擬態語が似合うようなシーンに出くわした事がない。こんな風に悩んでいたなんて、周りから見ているだけでは、解らない事もあるものだ。
「サクラちゃん、小狼君とどんな事がしたいの?」
『手・・・手を、繋いで歩いてみたいの・・・今のままじゃ、全然、こ・・・恋人って言う気が・・・』
電話の向こうで、サクラが顔を真っ赤にしている光景が目に浮かぶ。まだ手を繋いだ事もないのか。
「小狼君、純粋だからね。」
ひまわりはそう言いながら、僅かに口元を緩めた。
純粋すぎて天然な彼は、恋人が抱きしめあったりキスをしたりするものだという事を知っているのだろうか。知っていたとしても、そんな事できるだろうか。
けれどそのぎこちなさが、微笑ましいと思う。

『私・・・分からないの・・・。付き合うって、どういうことなんだろう・・・』
一緒にいて楽しい。もっと一緒に居たいと思う。けれどそれなら、仲のいい友達になっても良かったのに、どうして自分達は、恋人という形を選択したのだろう。
『好きと、恋の境界線って、どこにあるんだと思う・・・?』
「うーん。難しいね。」
サクラの問いに、ひまわりは顎に手を当ててしばし考え込んだ。
「それって、答えは一つじゃないと思うけど・・・自分の1番大切な気持ちを1番伝えたい相手に対して、抱いてる感情が恋なんじゃないかな?」
『1番、大切な・・・』
「うん。だって、伝えたいでしょ?手を、繋ぎたいって。」
しばし沈黙が流れる。きっとそれはサクラが電話の向こうで照れて出来た間で、すなわち、肯定ということだろう。
「それで、その気持ちをその人に伝えていいって言う関係が、恋人っていう形なんじゃないかな?」
向こうも此方を思ってくれるなら、きっと、受け止めてくれる。
「言ってごらんよ。自分から。」
『で、でも・・・』
「大丈夫。絶対。」
『・・・・・うん。』
今はまだぎこちない2人だけれど、こうして小さな一歩を積み重ねて、いつかきっと、誰にとっても文句のない恋人同士になるんだろう。






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