ご都合主義の御伽噺






慌てすぎたのかもしれない。必死になりすぎたのかもしれない。
そこは通過点でしかないのに、ゴールを目指している気分で走り抜けてしまった。そこに広がるはずの未来への希望に満ち溢れるべき光景に、一種の達成感と相似の無気力感を覚えるほど。そして、それ故にまた必死になって、取るべき行動を見失う。

「兄さん?いつものドラマ始まったけど、見ないのか?」
小狼が部屋の戸を開ける。小龍は机に向かったまま、今日は良いと答えた。
そんな気分にはなれないのだ。先週の次回予告から察するに、今週は主役の男女が思いを遂げる話だろう。
「宿題?どの先生がそんなに・・・」
小龍が出された宿題なら、クラスの違う自分もいずれ出されるだろうと、しゃおらんは小龍の机の上を覗き込んだ。しかし、そこには何も広げられてはいない。
「なんでもないんだ。少し、考え事だ・・・。」
「考え事?」
「・・・・・・ちょっと、解けなくて困ってる問題があって。」
恋愛ほど難解な数式はないのかもしれない。
どうして、上手くしようとすればするほど、空回るんだろうか。
「あの人とつりあいたくて、大人の振りをしようとして背伸びして、派手に転んだんだ。」
「兄さん、背は低くないと思うけど。」
「身長の話じゃない。精神年齢の話だ。」
もはや慣れた弟の天然ぶりを軽くあしらって、小龍は大きな溜息をつく。
「どんなに頑張っても、あの人のほうがいつも一回り大人だから。」
生きてきた年数の差は埋められないのだろう。どんなにかっこよく決めようとしたって、いつでもユゥイのほうが一枚上手に返してくる。こっちはいつも必死なのに。勢いあまって、早まった要求をした。
(抱きたい・・・なんて・・・)
自分でも、本心だったとは思えない。体が目的で付き合ったわけじゃないのに。
でもそれなら、何のために彼と付き合ったのだろう。
「小狼、付き合うってどういうことだと思う?」
「え、ええ!?」
小狼が瞬時に頬を赤らめたのは、サクラの顔でも思い浮かべたのだろう。そしてテレながらも一生懸命答えを考える。
「おれにはよく分からないけど・・・友達よりもう少し、仲良くなるってことじゃないかな・・・。」
「仲良く・・・か。」
じゃあ仲良くなるってどういうことだろう。
君だけのためのケーキを作りたいと言ってくれた。じゃあケーキが出来た後は何をするんだろう。その後は何を口実に、二人きりの時間を作ればいいのだろう。それで御終いになってしまわないという保障がどこにあるんだろう。
だからといって、抱きしめてキスをして、それで2人の距離は縮まるんだろうか。ユゥイは大人で自分は子供。どう足掻いたって埋められない時間が、そのまま2人の距離になる。やっと手に入れたのに、失うのではないかといつも不安を感じている。繋ぎ止めようと焦ってばかりなのは、一緒にいられなかった時間を埋められるほど、長く一緒にいられる自信がないせいだ。
「そして二人はいつまでもしあわせにすごしました・・・なんて、御伽の国だけの話なんだな。」
御伽噺は卑怯だ。王子様とお姫様が結ばれるまでの話はいくらでも書いてくれるのに、その後のことは綺麗な一文で誤魔化して、全く教えてくれない。
「おれはその後が知りたいのに・・・。」
想いが通じ合った後、どんな風に過ごせれば、それを幸せと呼べるのだろうか。

 

「幸せだけど不安。幸せだから不安。相反する感情は、時に表裏一体。」
侑子が呟いた言葉に、両脇から同時に異なるトーンの言葉が返された。
「また、何か面白いことになってるんですか。」
「今度はどいつで遊んでるんだ。」
今宵はいい月夜だ。用事のない先生方は、学校の屋上で月見酒。侑子がそう誘ったところ、試験が近いせいで、結局集まったのは星史郎と黒鋼の二人だけ。この美しい月明かりの下、ファイがいないのは残念だと渋っていた侑子だが、酒が進めばそんなことも忘れて上機嫌だ。
「少し恋愛について考えてただけよ。じゃあせっかくだから、黒鋼先生とファイ先生の馴れ初め話でも聞かせてもらおうかしら?」
「何でそうなる!!」
黒鋼が怒鳴ると、侑子はくすくすと笑って杯の酒を飲み干す。話しを強要する気はないようだ。別に話してくれなくても知ってるけど、という事なのかもしれないが。
代わりに、侑子は意味深に呟いた。
「魔法は解ける。夢は終わる。でも案外その後の方が、物語は楽しいのよ。」





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