期待外れのハッピーエンド
塔の上で王子様の訪れを待つ御伽噺のお姫様みたいに、彼に出会える日を待ち続けていた。
誰かに恋をすると言う事は、恋を題材にしたアニメーション映画みたいにキラキラしていているものだと思っていた。幾多の苦難を乗り越えてやっと二人が結ばれたとき、グランディオーソをふんだんに使った豪華な音楽が流れ出して、2人の名前が刻まれたエンドロールが表れる、そんな想像を、明確にとは言わないけれど抱いていたのかもしれない。
横断歩道の白い部分だけを踏んで歩く子供みたいに、夢みたいな想像ばかりに胸を膨らませて、終着点だと思っていた場所が実は出発点だったのだと言う現実に気がついたとき、そこにもう白い線はない。
黒い場所に踏み出す事を求められて、そして初めて知るのだ。待ち望んだ出会いを果たしたとき、お姫様はもう、夢見る少女ではいられなくなったのだと。
目覚めのキスより強烈な一言が、まだ耳の奥に響いている。
『抱きたい。』
ユゥイは、かぶっていた毛布の中に、頭の先までもぐりこんだ。
(そんなこと・・・突然言われたって・・・)
琥珀色の瞳が真っ直ぐに自分を見つめていた。彼はいつもそうだ、大切な事を伝えるときは、決して目を逸らさない。だから、軽い気持ちでいったんじゃない事くらい、よく分かっている。それでも、
(どうしよう・・・)
いくらなんでもこの年になって、恋愛という関係性の先にそういう行為が含まれて居ることを知らないわけではないのだ。けれど、相手が年下だからか生徒だからか同性だからか、とにかく自分達の関係の先に、それを全く予期していなかった。
結ばれるまでに色々ありすぎて、恋が成就した事で満足してしまっていたのかもしれない。子供心に憧れた御伽噺とは違って、結末には『いつまでも幸せに暮らしました。』の一言では片付けられない長い道のりが待っているのに。
「ユゥイー?晩御飯食べないのー?」
ファイが部屋の扉を開けた。
「どうしたの、真っ暗にしてー。」
部屋の電気がつけられたのが、布団の隙間から入ってくる光で分かる。ファイの足音が、ベッドの脇まで近付いてきて止まった。
「どうしたの?具合でも悪い?」
本気で心配する声音に、ユゥイは仕方なく体を起こす。曇った表情を見せただけで、双子の兄には何かが伝わったらしい。たとえそれが当てずっぽうだったとしても、予感するものはあったのだろう。
「小龍君と何かあった・・・?」
的確な質問に、ユゥイは思わず目に涙を滲ませる。
「ファイ、オレ・・・」
「ん?」
「どうしよう・・・・逃げちゃった・・・」
最初はいつもの、小龍のクラブがない日にだけ二人で放課後にこっそり開く、品評会を兼ねたお茶会のはずだった。調理実習室に紅茶と試作品のケーキを用意して、小龍に食べてもらって感想を聞く。そして下校時刻を知らせる放送が流れるまで、時間を忘れて談笑する。小龍はクラスでの話、ユゥイは職員室での話。他愛もない話題は、二人で過ごす時間を飾り付けるには十分なもの。それこそ、映画のワンシーンみたいにキラキラした、BGMには穏やかなラブソングが似合いそうな、多くを語るより、『2人は楽しい一時を過ごしました』とのみ記すことが相応しいのかもしれない、ただひたすらに幸せな時間。
『ユゥイさん、』
一つの話題が一段楽したのを見計らって、小龍が次の話題をふる。
『今度の連休、小狼がクラブの合宿でうちにいないんです。父さんは発掘調査で長期出張中だし。家にはおれだけなんで、泊まりにきませんか?』
『小龍君ちに?』
即座に、胸が躍った。
『いいね。連休なら、きっとファイも黒鋼先生と何か約束してるだろうし。台所貸してもらえたら、夕食と朝食はオレが作るよ。』
『本当に?ユゥイさんの手料理で迎える朝なんて、きっと最高だろうな。』
『またそんなこと言って。他には何をしようか。こないだ言ってた映画、DVDで借りてきて一緒に見る?それとも、徹夜でゲームとか。』
相手がまだ高校生だからか、泊まりに来いと言われても、修学旅行か何かみたいに、軽い気分だった。小龍が急に真面目な顔になって、あんな事を言うまでは。
『ユゥイさん、おれ・・・ユゥイさんを抱きたい。』
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勢いと思いつきだけで始めてしまった堀鐔学園第二弾。
さあ、がんがん行ってみましょう。
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