ねえ黒鋼
もし違う形で出逢っていたら
君にもオレにもあの人にも
違う未来があったかな―――



セレス国はしばらく大きな戦争もなく、ファイにとってはまるで夢でも見ているかのような幸せな日々が続いた。魔術の腕を磨いた彼は、元々の才能も手伝って魔術師としての地位を駆け上がり、気が付けば最高位にまで昇りつめ、政治に加わるようになってからはそちらの才能も開花させた。アシュラ王が異国の人間である彼を養子としたときには僅かながら反対の声も上がったが、今では王位継承者として確固たる信頼と親愛を得た。もう、セレス国の人間だと名乗っても、ファイ本人さえ違和感を感じることがないほどに。

しかし、平和は長くは続かない。
解けない魔法も覚めない夢も、いまだかつて存在しなかったように。



「レクサスが?」
部下からの報告を聞いて、普段はあまり動揺を表に出さないアシュラ王が眉間にしわを寄せる。
『レクサス』とはセレス国と並ぶ大国の名。この辺りの勢力をセレス国と二分している。その大国が、セレス国を相手として戦争準備中だと。
「確かな筋からの情報です。宣戦布告までは二週間ほどかと。」
「2週間・・・。」
それだけあれば、こちらも何とか準備は整えられるだろうが。しかしそう簡単に戦争に踏み切るわけにはいかない。双方とも、いくつもの小国を従える大国なのだ。その二つがぶつかり合えば、被害は二国の間では収まらない。それ故、今まで一応、冷戦に近いものではあったが平和を保ってきたはずなのに。
「何故今になって・・・。戦争となれば向こうもただでは済まないだろうに。確実な勝算でもあるのか・・・?」
「今はそのようなことを気にかけている場合ではございません。応戦か講和か。ご決断を。」
「・・・・・・そうだな・・・」
決断を迫られて指を組むのは、考え事をするときの癖らしい。
「戦争は避けたい。講和申し込みの文書を。出来ればこの機会に平和条約を結びたいが・・・講和が受け入れられなかった場合に備え応戦の準備も。」
そう上手く講和が受け入れられるなら、とうの昔に平和条約が結ばれているだろう。互いに強大すぎるために、二国は力で互いを牽制することでしか、平和を維持してこなかった。
おそらく、進む道は戦争。勝ったほうが、相手が支配する広大な土地を手に入れることになる。

「講和が受け入れられた場合、使者はどうなさいますか。」
一国の、あるいは世界の運命を担うものだ。
「私が行く。」
あっさりと答えた王に問いかけた方は目をむいた。
「講和のためとはいえ、王ご自身が敵地に赴くなど・・・!」
「しかし、相手はレクサスだ。それほどの国だ。」
「だからこそです!わざわざ相手の懐に飛び込んで、何かあったらどうなさるのです。何のために我々がいるとお思いですか!!」

「お話中失礼しますー。」
張り詰めた空気を、柔らかい、悪く言えば間の抜けた声音が一言で打ち砕いた。ほんの少し、緊張の糸が切れない程度に場が和む。
「ファイ、なんだ?」
明らかに安堵の色を見せて、王は魔術師を呼ぶ。何処となく優美さを感じさせる動作で立ち上がったファイは、時期国王の名に恥じない手際のよさを披露した。
「たった今レクサスが講和に応じました。使者の件に関しては、『国王ご自身に出向いていただくなど滅相もない。代理で十分です。』との事ですー。」
「・・・文書作成を命じたのはついさっきだが・・・。」
「まだ誰も取り掛かってないでしょうから、紙の節約になりましたねー。」
魔術師同士の会話は、空間を隔てても行われる。向こうにも魔術師がいるならこちらのほうが早い上に、文書よりも確実だ。しかし、無限に距離を無視できるわけではないはず。レクサスまでは結構な距離があるのだが。
(さすが・・・と言うべきか。)
「仕事が速くて助かる。」
「恐れ入りますー。ところで、」
急にファイの表情が引きしまる。
「その国王代理に、レクサス側がオレを指名してるんですが・・・。」
「お前を?」
「はい。時期国王となられるお方にご挨拶を、とおっしゃっているので・・・。」
先ほどより深いしわが、王の眉間に刻まれる。
「それなら私も共に行く。」
「王に何かあったらどうするんですかー。」
「それはお前も同じことだ。」
「オレの代わりは作れるでしょう?」
「ファイッ・・・!」
思わず声を荒げた王に、ファイはふわりと穏やかな笑みを向ける。
「ご心配なさらずとも、話術には長けているつもりです。万が一何かあっても、自分の身くらいは自分で守れますし。」
「しかし・・・」
確かに戦闘という点においてなら、ファイは自衛どころか相手国を軽く滅ぼしてくるくらいの力はあるかもしれないが。
「陛下、私もファイ様なら適任かと存じます。僅か数分であのレクサスに講和を取り付けたことといい、魔術のお力といい、使者として申し分ないかと。」
「・・・・・・。」
「アシュラ王」
「・・・・・・・分かった。」
しぶしぶではあったが、ファイに賛成する声が多数上がってしまっては王もそれ以上食い下がるわけにも行かず、ファイに促されてやっと首を縦に振った。
出立は明日の朝。それまでに準備を整えるため、その日は慌しく過ぎた。


雪雲の向こうに月が昇る頃、やっと城内は眠りに落ちて、明日から離れる恋人達は、静寂の中で睦言を交わす。
「あんな態度じゃばれちゃいますよ。」
そう言ってファイが王に渡すのは温めたブランデー。今夜はレモンを一滴たらしてみた。
昼間の王の言動は、義子を心配する義父としては行き過ぎているような。それ以上の関係であることは、公には出来ないのに。
甘酸っぱい香りを放つ液体を一口口に含むと、王はグラスをことりとサイドテーブルに置いた。口に合わなかったかと思ったが、自分の手からもグラスが奪われ抱き寄せられたことで、そうではないようだと悟る。寒い夜、冷たい体を温めるなら、熱い酒よりも高まる肌の熱がいい。
「どうしたんですか。今朝から変ですよ。あんな・・・」
それ以上の言葉は重なる唇に奪われる。今はまだ、軽く吸い付くだけの大人しいものだったが。
「レクサスは遠い。片道だけで一週間。吹雪にでも見舞われればもっとかかる。」
「でも、明日からしばらくは、天気はいいみたいですよー?」
「・・・・・・一人で眠れるか。」
「もう子供じゃないんですからー。」
いつまでも子供扱いする王に小さく苦笑して、ファイは軽いキスを返す。
一人で眠れなかったのは孤独を恐れたからだ。確かな愛を与えられた今、一人でも孤独は感じない。それでも共に眠るのは、交し合う熱の心地よさのために。

「チィは置いて行きます。もしオレに何かあったら、あの子にすぐ伝わりますから。」
「何かあってから分かっても、どうにもならない。」
「もしって言ってるでしょー。何もありませんよ。」
ぎゅっと、ファイを抱き寄せる王の腕に力がこもる。それこそ暗闇を恐れる子供のように、一体何がそんなに心配なのか。
「嫌な・・・予感がするのだ・・・・・・」
予感などと、意外と不確かなものを信じる。そういえば、泉に映る月のまじないも、彼が教えてくれたのだったか。
「明日は、月が出るかもしれませんね・・・。祈りに行ってくださいねー?」
不凍の泉の水面に映る月に願いを言うと、それは本当になると言うから。何事もなく半月後、またこうして抱き合えるように。
「半月か・・・。そんなに離れているのは初めてだな。」
ファイの方も、不安などないと、言えばそれは嘘になる。それでも、高まる熱は全ての不安を押し流して、意識を心地よい夢にいざなうから。
「じゃあ半月間、オレが貴方を忘れないように、今夜は強く抱いてください。」
「・・・・・ああ。」


どんな予感も そこはまだ幸せな夢の中
本当に現実になるまでは 決して現実になり得ないものだから


レクサスの国王はファイを手厚くもてなした。豪華な食事に美しい音楽、華麗な舞踊。全て立派なものではあったが、純粋に楽しむことなど出来るはずもない。全ては国力を示すためのもの。ファイにとってここは、レクサスの力を推し量る場だ。
(食料のたくわえは十分かー。城にかかってる守りの魔法もなかなかのものだし、魔術師のレベルはセレス国と同じくらいかなー。)
出来ることなら、敵に回したくない相手だ。

「お気に召しましたかな、セレス国時期国王殿。」
「え、ええ。それも見事なものばかりで。」
不意にレクサス王に声をかけられて、ファイは慌てて笑顔を繕う。それにしても、この呼び方は慣れない。
「出来れば名で呼んでいただけると。まだ時期国王と決定したわけではありませんし。」
今の状況ではありえないことだが、王に実子が出来れば王位はその子が継ぐことになる。それにファイは、王位継承にはあまり乗り気ではない。
「ああ、失礼。ではファイ殿と。」
それもどこか落ち着かないが。

レクサス王はファイを別室に案内した。そこで食後のコーヒーと本題を、と。
「それにしても、内密にすすめていたというのに、さすがセレス国、といったところですか。」
「・・・恐れ入ります。しかし何故戦争など。セレス国と戦えば、こちらにも多大な被害が・・・」
「勝てば、問題ないでしょう?」
「・・・・・・・」
確かに勝てば、相手の広大な土地・人民・配下の国々・多くのものが手に入るが。
「勝算でも?」
アシュラ王も気にしていたが、ファイが見たところおそらく戦力は互角程度。配下の国を合わせてもそれは変わるまい。むしろセレス国の方が。
それなのに、講和に訪れたファイに「勝てば問題ない」と言う。明らかに戦争回避など念頭になく、そして自信に満ちている。
「勝算はあるんですよ。」
コーヒーを一口飲んで、レクサス王は薄く笑む。
「だから貴方を指名しました。」
「・・・・・・は・・・?」
「ファイ・D・フローライト殿。」
「・・・・・・・・・」
本名を呼ばれるのは久しぶりだ。戸惑いを隠してファイは手にしたカップを机上に戻した。『フローライト』は祖国ウィンダムの王家の名。どうしてセレス国の使者としてここの来た自分を、その名で呼ぶ必要があるのだ。
ファイの眼差しなど気にせず、王は淡々と話を続ける。
「貴方も魔術師ならよくお分かりかと思いますが、魔力というのは、血に依る所が大きい。」
「セレス国の魔術はレベルが低いと?」
「いいえ。むしろ高い方でしょう。しかし、いわゆる血統というものには敵わない。血統を持つ者の多くは、その血統を守るため、民族として小国家を築いています。たとえば、ウィンダム。」
「・・・・・・・・・・・。」
祖国の名が出た。

ウィンダムは魔力だけで言うなら確かにこの世界のトップレベル。数年前セレス国と闘って負けはしたが、あの戦争も、数が十分ならどうなっていたか分からない。ウィンダムがレクサスに協力するなら―――
「ウィンダムの力を借りるおつもりですか。」
「ファイ・D・フローライト殿。やはり貴方はまだ何も知らないのですか。」
「・・・・・・何の、ことでしょう・・・」
何故その名を呼ぶ。
「貴方は、捕虜としてセレス国に迎えられたそうですね。しかし本当の目的は、国王の暗殺。」
「っ・・・・・・!」
「しかし貴方は王の寵愛を得ることに成功し、時期国王の座に就いた。」
「どう・・・して・・・・・・」
何故そんな話を知っている。
「お父上が褒めていらっしゃいましたよ。当初は貴方が祖国を裏切りセレス国に媚びたかと思ったが、こんな展開に持ち込むとは、我が子ながら誇りに思うと。」
「父上・・・?」
そういえばそんな人もいたか。最後に会ったのは確か、アシュラ王を殺せと命じられたとき。そんなことさえなければ、ファイを呪われた子だと罵り顔さえ見ようとしなかったくせに。ファイをセレス国に差し出した後も、一度も連絡すらよこさなかったくせに。

「戦争が起こり、その中でアシュラ王が死ぬ。王位が貴方のものになれば、祖国想いの貴方は、手に入れた富をお父上に捧げるでしょう?自然に王位が貴方に移るのを待っても良いのでしょうが、アシュラ王はまだ若い。先の長い話になります。それに、セレス国の富は強大だ。たとえ王が決めたことでも、自分より弱い国に従属するとなると、納得しない者も出てくるでしょう。だから、セレス国の富を削る必要があるんです。」
祖国想い?誰の事だ。しかし、目的はよく分かった。
ウィンダムはまだ、セレス国を欲している。
「そのための戦争ですか・・・」
「ええ。レクサスがウィンダムの力を借りるのではなく、レクサスの力を貸すのです。ウィンダムの魔力。レクサスの力。敵う国などないでしょう。」
「ウィンダムはセレスと条約を結んだはずです。」
「ええ。だからあくまでもレクサスの一部隊として参戦していただきます。ウィンダムの民がいるとばれては、貴方の立場が危うくなるかもしれませんから。」

紙の上に押した判に、どれほどの力があると思っていたのだろう。あの条約は、ファイがアシュラ王暗殺を命じられた翌日に結ばれたもの。おそらく意味がないことなど、分かっていたはずなのに。
「ウィンダムとレクサスが手を組んだことは、既にこの辺り全域に広まっています。セレス国の条約国だとしても、こちらに寝返る国も出てくるでしょう。勝利は確実です。」
そんな話、セレス国には伝わっていない。
確実な情報操作。それなら、戦争準備中というあの情報は、自分をここにおびき寄せるための餌か。
「オレを指名した理由は・・・・・・」
「ウィンダムがこちらに付くと言っても、貴方の力は脅威です。ですから、事実をお知らせして、この戦争には手を出さないで頂こうと。内側から協力しろとは言いません。ただ何もしないで見ていてください。数日後には、国は貴方のものです。」
「・・・・・・・・・・・・」

冗談ではない。誰がそんな。
国が欲しかったわけではない。ただ、アシュラ王の側に居たかっただけ。
彼を守るためなら、祖国すら敵に回そう。
今は王のいるあの国だけが、自分の居場所だ。
「オレはセレス国のために戦います。」
「・・・・・・そうですか。残念です。手荒な真似は好まないんですが。」
「え・・・?」

ぐらりと視界が歪む。
「な・・・」
「魔術は貴方には効きそうにありませんから、古典的で申し訳ありませんが薬を使わせていただきました。大丈夫、数分間動けなくなるだけです。」
「何故・・・」
「貴方も王位を継ぐものなら覚えておきなさい。策は二重にも三重にも張り巡らせておくものです。」
王が合図すると、部屋に兵が二人入ってきてファイを両脇から支える。いや、この場合、捕らえるといった方が正しいかもしれない。
「協力していただけないのであれば、セレス国にお戻りいただく訳にもいきません。事実も話してしまいましたし、考えを改めていただくか、全てが終わるまで、この国でゆっくりなさってください。」
勝ち誇った笑顔で楽しそうにそう告げると、レクサス王は兵に「連れて行け」と命じた。



「・・・・・?」
自室で書類に目を落としていたアシュラ王は、何かを感じた気がしてふと顔を上げた。部屋の中では、ファイが置いていったチィが一人で遊んでいる。
「・・・チィ、ファイに何かあったか?」
尋ねると、チィはふるふると首を振った。
「何もありません。王様心配性。」
ファイの話し方にどこか似た返事を聞いて、そうかと胸をなでおろすが。
なんだろう、胸騒ぎがする。




ファイが連れて行かれたのは城の地下にあった石牢。それでも一応丁重な扱いでそのうちの一つに入れられる。薬で体は動かないのに意識ははっきりしている。嫌な薬だ。
「正規の使者に・・・こんな対応が・・・許されると・・・・・・」
「申し訳ありません、ファイ・D・フローライト様。お気持ちが変わり次第、すぐにお出しいたします。」
態度と行動が見事に不釣合いな兵たちは、牢の鍵をかけると一礼して立ち去った。
「っ・・・・・」
帰らなければ。アシュラ王に、このことを伝えないと。
あの人を、失うわけには行かない。
「    ・・・        ・・・・」
檻を壊して脱出しようと、回らない舌で必死に呪文を紡ぐ。しかし檻はびくともしない。力が弱かったかと二度目に挑む。
「    ・・・」
すると、
「うるせえ。」
向かいの牢から声がした。見ると、全身黒尽くめの大柄な男。闇に溶け込むその色と、完全に消された気配の所為で気付かなかった。男は、紅い瞳でファイを睨む。
「この檻は結界になってる。中で魔法は使えねえ。」
「結界・・・」
なるほど、言われて見れば確かに、檻に何か強力な魔法がかかっている。これは破れそうにない。特に、薬が残るこんな状態では。
諦めた途端、体がずるずると崩れ落ちた。
「お、おい、どうした!」
檻に阻まれて近寄ることは出来ないが、こちらを案ずる様子を見せたその男は、鋭い眼光に似合わず世話焼きらしい。
(変な人ー)
「君、誰ー?何してこんな所に居るのー?名前はー?」
「俺は・・・・・・黒鋼だ。」
「黒鋼・・・」
聞きなれない音だった。

名前以外は話したがらない彼にしつこく食い下がって聞き出したところ、黒鋼はレイアースという国の諜報、つまりスパイだった。『レイアース』、まだ幼い頃、寝物語に聞いた遠い国の名だ。輝く大地の異名を持つその国では、1年のうち何日か、雪が解ける時期があるとか。
「ホントにあるんだ、そんな国ー。だから君はそんなに薄着なのー?」
「これは・・・上着を取られただけだ・・・・・・。」
この黒鋼は、ファイがいつか出逢うことになるもう一人とは別人なので、素肌に鎧などという微妙な服装ではないのだが、この世界に生きる者としては薄着過ぎる。加えてここは、暖房設備もない地下牢。下手をすれば凍えて死んでしまうというのに。そう言えば、ファイも上着を置いてきてしまった。

「おい、まだ薬残ってんのか?」
「ん?ううんー。もう切れた。」
「じゃあ体起こしとけ。横になってると床に体温奪われるぞ。」
「あーそっか。」
床も冷たい石だ。出来るだけ接地面積は小さくしなければ。
(あ、何か懐かしー・・・)
体を起こして腰も浮かせて、しゃがんだ体勢になってふと思い出す。昔はよく、こうして座っていた。
ここは、ウィンダムにいたときの自分の部屋に似ている。床は石ではなかったが、暗くて寒くて、椅子もクッションもなく、まともな暖房もない。ベッドは硬くて座り心地が悪いから、いつも部屋の隅にしゃがみこんでいた。
いつか誰かが、そこから連れ出してはくれないかと祈りながら。
セレス国に行ってからもなかなかその癖は取れなくて、アシュラ王は見つけるたびに手を差し伸べて立たせてくれた。
(アシュラ王・・・)
大丈夫だと大口を叩いて出てきたくせに、こんなことになるなんて。
自分に何かあればチィに伝わるが、下手な混乱を避けるために、すぐには言うなといってある。アシュラ王はまだ、このことを知らない。
しかし、この結界に邪魔されて、チィに声が届かない。何とかしなければ。
それにここは―――怖い。

「・・・・・・?おい、寒いのか?」
ファイの体が震えているのに気付き、黒鋼が声をかける。ファイは小さく首をふって、
「帰らなきゃ・・・」
そう言って、立ち上がった。
ここは怖い。昔に戻ってしまったような錯覚に陥る。もう二度と、王に会えないような。
「帰るって・・・どうするんだ。」
「・・・・・・壁、壊すとか。」
魔法が使えなくても壁なら何とかなりそうだと、そんな考えしか浮かばない辺り、相当追い詰められている証拠だと、自分でも分かっているのだが。
「ここは地下だぞ。壁なんか壊したって外は土か雪だ。
「あ・・・そうか・・・・・」
まったくだ。少し、落ち着こう。

「・・・君、スパイなんでしょー?鍵こじ開けたり出来ないのー?」
人に頼るのも情けないとは思いながらも駄目元で尋ねてみると、黒鋼からはさらりとした返事が返ってきた。
「できる。」
「・・・・・・」
『出来るならとっくにやってる。』という返答を予想したのだが。
思わず反応が遅れるファイの前で、黒鋼は靴に仕込んでいた長い針金のようなものを出す。
「上着を取られたのは痛かったがな。本当に必要なものは見つからない所に隠すもんだ。」
つまりその針金で、鍵は開けられるらしい。
「出来るならなんでこんな所にいるのー。」
「外に出てもこの雪だ。逃げても凍死する。」
一番近い国でも徒歩なら3日はかかるだろうか。なるほど、冷静な判断だが。
「でもオレは・・・魔法さえ使えればちゃんと帰れる・・・。」
空間跳躍はお手の物だ。
と、言うことは。
「二人なら逃げられるって事か。」
「そうなるねー。」
意外とあっさり、何とかなってしまった。

こういうのも、運命の出会いと呼ぶのだろうか。






+ちょっと解説+
物凄い読みにくい回でごめんなさい(しかも長・・)
ココまで来たからには国名全部、魔法剣士レイアースの魔神の名前で統一してみました。
『レイアース』(黒鋼の国)・『セレス』(アシュファイ王国)・『ウィンダム』(ファイさんの祖国)は原作で光・海・風が乗ったあれ。
『レクサス』(敵国)はOVA版レイアースで光ちゃんが乗ってたやつです。
やっと黒鋼出せた・・・。さあ、妻が見知らぬ男を連れて帰ってくるぞ!どうするアシュラ王!(←楽しそう)


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