君に贈る最高の愛の言葉(前) 手作りのチョコを贈ろう。 そう思ったのは別に、お菓子屋のキャンペーンに乗せられたわけではなく、コンビニのピンクのディスプレイに感化されたわけでもなく、ただ2月14日にはチョコレートを贈るのが習慣になっていたのと、小鳥が半強制的に道具一式を貸してくれたからであって。 「別に、どうしても手作りにしたいわけじゃ・・・」 そう口にしてみても、夜中に一人、台所でチョコを作っているという事実に変わりはなく、むしろそれを再認識する結果となり、神威は熱くなった頬を押さえた。 明日は2月14日。いや、もう日付は変わっているだろうから、今日が2月14日、バレンタインデーだ。チョコレートに想いを込めて、好きな相手に贈る日。神威も今まで、封真と小鳥に贈っていたのだが、それはあくまでも、幼い頃からの習慣によるもので、言うなれば友情の証のようなもので、世間一般での意味とはかけ離れたもので。要するに、今年とは事情が違う。 (恋人なんて、ならなきゃ良かった。) 心の中でそう呟いて、『恋人』という単語に、また顔が赤くなる。そう、今年からは、チョコに込める思いが変わるのだ。 「・・・・・・やっぱり買って渡そうかな。」 溜息をついて見つめる先には、ハート型のチョコレート。もとは板チョコだったものを、神威が溶かして固めたものだ。 初めて作ったにしては上手くできたと思う。けれど、すでに完成したそれを前に、神威の表情が暗いのは、小鳥が貸してくれた本の最後の1文のため。 『最後に、愛の言葉でデコレートしましょう。』 (愛の言葉なんて・・・) 見本の写真のチョコレートには、飾り文字で大きく、『I Love You』と書かれているが。 (そんなの書けるわけない・・・・・・。) 市販のチョコを贈っていた時には、何が書いてあっても気にならなかったのだが、自分で、となると、『I Love You』も『愛してる』も、恥ずかしくて書けたものではない。 いっそ、何も書かずに渡そうか、とも思ったのだが、小鳥が貸してくれた型は、何も書かないには、少し寂しい大きさのものだった。 悩み続けること数十分。 「・・・・・・・・・・・・『封真へ』・・・・・・とか。」 とても愛の言葉には見えない、とは思いつつ、けれどこれが精一杯の言葉。 『封真へ』 「できた・・・。」 少し物足りない気はするが、とりあえず達成感に身を委ねる。 と、その時、 「何をしてるのかと思えば。」 背後から聞こえた含み笑いは 「っ・・・・・・!封真!?」 いつからそこにいたのか。起こさないようにと、できるだけ音を立てないように、気をつけていたはずなのに。 「な、何で・・・」 「隣で寝てる奴が居なくれば、目が覚めるに決まってるだろう。」 「そんなっ・・・・・・」 慌てる神威に構わず、封真はテーブルの上のチョコレートを覗き込む。 「あっ、ちょっと待っ・・・」 「俺にくれるんだろ?」 「でも、まだ見るなっ!!」 必死に隠そうとする神威だったが、封真に力でかなうはずもなく、チョコレートはあっさりとその視線にさらされる。 「上手くできてるじゃないか。」 「〜〜〜〜〜」 神威が真っ赤になって睨みつけてくるのは、怒っているのではなく照れているのだろう。そう判断して、封真はしげしげとチョコレートを眺める。溶かして型に流し込むだけの簡単なものではあるが、普段は殆ど愛情表現をしない神威が、自分のために作ってくれたというだけで妙に嬉しい。 ただ少し欲を言うなら 「愛の言葉にしては、随分色気がないな。」 ハート型のチョコレートに、白いデコペンで書かれているのは、『封真へ』の3文字だけ。 「『I Love You』くらい書いてもいいんじゃないのか?」 何気ない一言だった。少なくとも封真にとっては。 本当に書かせる気はなかったし、神威の性格から考えて、書いてくれるとも思っていなかった。 けれど言葉というものは、発する側と受け取る側で、重みや意味が変わるもの。 「・・・・・・じゃあ・・・そう書いてくれる子にもらえばいいだろ・・・・・・」 「神威?」 空気が凍りつく。その原因は、封真には分からないまま。 「どうせ俺があげなくたって、くれる子はいっぱいいるんだから・・・」 「何言ってるんだ?俺は・・・」 口をついて出て来る冷たい言葉は、もう神威自身にも止められない。 「もう封真にはやらないっ!」 台所を満たすチョコの香りが、苦いものに変わった。 「で、喧嘩したの?バレンタインなのに。」 「だって、封真がっ・・・・・・」 「桃生先輩、無神経だもんね。」 2月14日、朝から神威が話す愚痴を、瀬川は嫌な顔一つせず聞いてくれている。 「それで、チョコレート、どうしたの?」 「・・・持って来た。いない間に食べられるの嫌だから。」 そこまでしなくてもいいだろう、とは思ったけれど。 『I Love You』くらい書いてもいいんじゃないのか? 分かっている。封真にとっては、たいした意味のない言葉だったこと。それでも、自分の想いを、馬鹿にされた気がして。 「愛の言葉なんて書かなくても、想いはこもると思う・・・」 「うん、そうだね。」 瀬川が同意を与えても、神威の表情は晴れない。こういうときに感じるのは、諦めと、ほんの少しの嫉妬。結局自分には、慰めることすらできないのだと。 「そういえば、今日6時間目、自習なんだって。司狼君、何する?皇さんと勉強?」 「あ・・・どうかな。頼みに行ってみる。」 時計を見ると、始業まで、まだ余裕がある。神威は席を立った。しかし、歩き出そうとする背中を、瀬川が引き止める。 「ねえ、司狼君。そのチョコ、どうするの?」 「え・・・・・・」 考えていなかった。けれど、封真には渡したくない。つまらない意地だとは思うが。 「・・・・・・自分で食べようかな。」 「じゃあ、俺にくれない?」 「え・・・?」 思いがけない申し出。 「だけど・・・・・」 「せっかく作ったんだから、誰かに食べてもらった方がいいと思うよ。」 確かに神威も、自分で作ったチョコを、自分で食べたいわけではない。いつまでも手元に置いておくくらいなら、もらってくれる人に贈った方がいいような気がした。 「じゃあ、これ・・・・・・。包んでないけど・・・・・・。」 「わあー、ありがとうっ!!」 ラッピングしていない白い箱を、瀬川は嬉しそうに受け取る。 そんなに喜ばなくても。他にもくれる人はいるだろうに。 そう思って神威はふと気付く。瀬川なら、さぞかし多くのチョコレートが集まるだろうと思っていたのだが、他にもらった様子はない。 「瀬川・・・、他には?」 「ん?ああ、一番好きな子以外からは、もらわない事にしてるんだ。」 何でもないことのように、当たり前のように、そう答えた瀬川は、きっとチョコレートに愛の言葉がなくても、喜んで受け取るのだろう。神威は、瀬川に想われている誰かを、少し羨ましく思った。 「・・・今のでも気付かないのか・・・・・・。」 神威が出て行った扉を見つめ、瀬川は一人呟く。手には、今もらったばかりのチョコレート。もらったというよりは、強奪に近い気がするが。 「鈍いなあ、司狼君。」 自然と溜息がこぼれる。欲しいと願ったたった一つのチョコレートに込められているのは、自分への想いではない。 けれど、こうでもしなければ、一生手にする事はなかっただろう。彼自身を、手に入れることが叶わないように。 「まあ、たまには恋路に邪魔が入るのも・・・」 頭に思い浮かべた恋敵の顔にそう囁いて、瀬川は手にした箱を開いた。 back 後編へ |