君に贈る最高の愛の言葉(後)








『後悔先に立たず』、とはよく言ったもので、神威は現在それを実践していた。

(やっぱり、瀬川にあげたのはまずかったかな・・・)

よくよく考えると、あのチョコは仲直りのきっかけになったはず。
それに、あんな怒り方では、封真には何も伝わらなかっただろう。いつまでも、一人で怒っているのもどうかと思う。

(俺から謝った方がいいよなあ・・・)

漏らした溜息に、神威のものではない声が重なった。

「神威、何かあった?」
「え?」

思わず顔をあげると、苦笑を浮かべた昴流と目があった。

「な、何でそんな事・・・」
「手が止まってるから。」

指されて視線を落とすと、神威の持つシャーペンは、小学生でも解けるに違いない、足し算の部分で止まっていた。

「あ、ご、ごめん・・・」

急いでその答えを書いても、今まで止まっていたことに変わりはない。

「今日は集中できてないね。」
「・・・・・・・・・ごめん・・・。」

確かに昴流の言うとおりだ。6時間目はもう半分以上過ぎているのに、まだ数学の1問も解き終らない。自分から教えてくれと頼んでおいて、これでは昴流に申し訳ない。

「ごめん、ちゃんと集中する。」

けれどそういった神威の顔は、やはり心ここにあらずといった感じで。

「何かあったなら聞くよ。僕でいいなら、だけど。」
「・・・・・・・・・ありがとう。」

この状態で集中は無理だろう。そう判断して、神威は素直に諦め、手を置いた。

けれど、話は始まる前に、別の声によって遮られる。

「あ、神威ちゃんっ!!」

声がした方を向くと、長い髪を揺らして、小走りに駆けて来る 幼なじみの姿が見えた。

「小鳥・・・・・・」

罪悪感が、胸をよぎる。せっかく道具を貸してくれたのに、作ったチョコは、封真には渡らなかった。
しかし小鳥はそんなこととは露知らず、上機嫌で机の上に二つの箱を置く。

「はい、チョコレート。皇さんにも。」
「ありがとう。」
「あ・・・りがと・・・」

バレンタインらしい包装紙とリボンでラッピングされた二つの箱。本当ならあのチョコレートも、こんな風に包んで、封真に送るはずだったのに。
しかし今更どうにもならない。小鳥にチョコレートの事を訊かれないよう、祈るだけだ。仮にも勉強中なのだし、昴流もいるのだから、少しくらい希望が・・・

「それで、お兄ちゃんの反応は?」
「・・・・・・・・・」

そもそも、希望を持とうと思うことに間違いがあったようだ。

「神威ちゃん?」
「あの・・・・・・実は・・・・・・。」





「ごめん、小鳥・・・・・・」
「神威ちゃんが謝ることじゃないわ。悪いのはお兄ちゃんよ。」

話を聞き終えた途端、小鳥はそう断言したが、神威としては、やはり自分にも非はあると思う。だから、怒ってくる、と言って立ち上がった小鳥を、慌てて引きとめた。

「どうして止めるの?」
「もういいんだ。今年は、帰りにでも買って渡すから。」

『I Love You』も『愛してる』も、神威が書けなかった言葉達は、平然と店先に並んでいる。
『封真へ』などという3文字より、はるかに色気を放つそちらの方が、きっと封真も喜ぶだろう。

しかし、

「駄目よ、そんなの」

その意見はあっさりと否定された。

「チョコレートのことはしょうがないわ。だけど、ここで神威ちゃんが我慢したら、お兄ちゃんには何にも伝わらないままじゃない。ただでさえ無神経なのに、ほっといたら、また同じことになるわよ。」
「だ・・・けど・・・・・・」
「愛し合うって事は、二人とも幸せになるってこと。自分の気持ちを押し込めて、幸せになんてなれるはずないでしょう?私は二人とも幸せになって欲しいの。神威ちゃんも、お兄ちゃんも。」

小鳥の手が、神威の手からするりと抜け出て、そのまま神威の頬を包む。

「神威ちゃんはもっと自信持って。『封真へ』って、私が知ってる中で、最高の愛の言葉よ。」
「え・・・?」

最高の愛の言葉?一体何処が。

訊こうと思ったが、小鳥はすでに駆け出していて、声をかけても立ち止まってはくれなかった。

「・・・・・・どういう意味だと思う?」
「さあ、女の子の心理は難しいから。」

仕方なく、隣で話を聞いていた昴流に答えを求めてみたが、意味が分からなかったのは昴流も同じらしく、困ったような微笑を返される。

「でも、モノには想いがこもるから。売り物の言葉より、神威が自分で書いた言葉の方が、想いは強いだろうし、モノに込められた想いっていうのは、届くべき場所に届かなくちゃいけないと思うよ。」
「届くべき場所・・・」
「そのチョコに込めたのは、瀬川君への想いじゃないよね。」

優しい声が、耳から胸へ落ちてくる。そこに溜まっていた、悔いも迷いも押しのけて。

霧が晴れたようなその感覚の後には、するべきことは、一つしか見えなかった。

「ごめん、昴流、俺っ・・・・・・」
「いいよ、行っておいで。勉強はまた今度。」

昴流の笑顔に見送られて、神威はその場を後にした。







放課後の教室。昴流が扉を開けると、夕日の中に浮かび上がるシルエットが一つ。見覚えのあるその姿に、昴流はそっと声をかける。

「瀬川君?」

窓から外を見ていた影が、声に反応して振り向いた。

「皇さん、こんにちは。」

人懐っこい笑顔には、一点の曇りもない。けれど、影を見せない奴なんだと、以前神威が言っていた。

「神威、もう帰ったかな?忘れ物、届けに来たんだけど。」
「もう、誰もいませんよ。バレンタインデーですから。」

高校生ともなれば、クラスの大半は、デートの相手ぐらいいるのだろう。一人身でも、いつまでも教室に残りたい者はいないらしい。ただ一人を除いては。

「デートの相手はいないの?」
「相手にしたい人なら。」
「・・・・・・チョコレート、返してあげたんだね。」
「あんな顔して謝られたら、返すしかないですよ。」

なるほど、そう言われると、チョコを受け取った後まで、瀬川に謝る神威の姿が目に浮かぶ。きっと、瀬川の方が困ってしまっただろう。

「『もう食べちゃったよ』って言ってみようかとも思ったんですけど、あんまり必死だったんでやめました。」

ほんの一瞬でも、自分のせいで彼が悲しむのを見たくない。だから、笑って返した。彼の幸せのためなら、笑って押しつぶせるほどに、自分の想いは強いと信じて。

「でも、本当は、貰ってすぐ食べようとしたんですよ。」
「・・・どうして食べなかったの?」
「『封真へ』しか書いてなかったから・・・」

瀬川の笑顔に、初めて影がよぎる。それは、笑みを消すほど、強いものではなかったけれど。

「『I Love You』とか、『愛してる』とかだったら、食べようと思ったんですけど、本当にたった3文字しか書いてなかったんです。だから、やめました。」
「・・・・・・どうして?」
「『封真へ』って・・・・・・あの想いに触れていいのは、桃生先輩だけって事でしょう?」

誰にでも贈ることができる愛の言葉ではなく、たった一人だけに贈られるその言葉は、決して、届くべき場所が違えることを許さず、その一人以外の全てを拒絶する。

「本人達は気付いてないかもしれませんけど、あれ以上の愛の言葉はないと思いますよ。」
「・・・・・・そっか・・・・・・そうだね。」

だから、あれは最高の愛の言葉。神威が封真に贈るからこそ、最高になれる愛の言葉。


「あ〜あ、今年は収穫ゼロです。」

瀬川に顔にもう影はない。話したことで吹っ切れたのか、残念そうな台詞さえ、明るく聞こえる。きっとこれが、本来の彼。

「小鳥ちゃんに貰ったチョコがあるけど、良かったら食べる?」
「桃生さんにですか?羨ましいなあ。」
「義理チョコだよ。」
「それでも貰えないよりは・・・・・・でも、」

それでも、曲げたくない想いがある。届くべき場所に届くことさえ、許されない想いだけれど。

「すいません。1番好きな子以外からは、貰わないことにしてるんです。」






「はっ・・・・・・はっ・・・・・」

心臓が飛び跳ねる。息は数分前から上がりきっていて、2月の空気も、火照った頬を冷ますことはできない。それでも神威は、チョコレートが入ったカバンを、できるだけ揺らさないように、家に向かって全力疾走を続けていた。

本当は、学校で封真を見つけたかったのだが、瀬川からチョコを返してもらって教室に行ってみると、すでに封真の姿はなく、妹に連行されたと教えられて一応学園内も捜してみたが、発見できなかったのだ。きっと、もう家に帰っているのだろう。

(最初に謝って、それからチョコ渡して・・・)

頭の中で考えることさえもどかしい。今はただ早く会いたかった。
はやる気持ちを抑えきれないまま、神威は最後の角を曲がる。すると、

「え、封真・・・?」
「遅い。」

いつもなら、角を曲がって最初に目に映るのは玄関の扉なのだが、今日はそこに、封真が腕を組んでもたれていた。

「何やってるんだ・・・?」
「お前を待ってたに決まってるだろう。」
「いや・・・別に中で待てば・・・」
「それじゃ遅い。」

突然、引き寄せられて抱きしめられる。
驚く暇もなく、頭上から言葉が降ってきた。

「悪かった。」
「・・・!」

謝られて、初めて驚いて、そして気付く。走りながら、頭の中で練っていた計画が、何一つ実行されていないこと。
それもこれも、封真が家の外で神威を待ち構えていたせいで。

(ホント・・・いつも思い通りに行かないよなあ・・・・・・)

小さく漏れた溜息は、封真の胸に受け止められて消えていく。
まあいいかと思えた。どちらが先に謝るかなんて、ほんの些細な問題。

「俺も、ゴメン・・・・・・。」

そして、もう一つ。

「これ、貰ってくれないか?ラッピングしてないけど・・・」

カバンから取り出したチョコレートの箱を、封真に手渡す。受け取る時に一瞬だけ触れた手は、いつもは温いはずなのに、今日はやけに冷たかった。

(いつから待ってたんだろう。)

口に出しては訊かなかった。この温度が、想いの強さのようなきがして。

「開けていいか?」
「うん。あ・・・、結局あれから、何も書いてないけど・・・・。」
「文字にしなくても、想いはこもってるんだろ?」
「・・・・・・・・・うん・・・。」

小鳥の受け売りだろうか。それなら、最高の愛の言葉の意味も、知っているかもしれない。

(教えてくれるかな。)

迷う神威の耳に、ぱきんという音が届いた。みると、チョコレートは一口分かけていて。

「ど、どうだ・・・?」
「ん、美味い。そんなに甘くなくて。」
「封真、甘いのあんまり食べないから・・・。」

それでも、自分が贈れば、食べてくれることは知っているけれど。

「神威、」

呼ばれると同時に、頬に冷たい熱を感じた。温めてやりたくて、そっと手を重ねる。

「愛してる。」
「・・・・・・うん・・・。」

心地良い言葉の響きに目を閉じると、そっとあごを持ち上げられた。

最高の愛の言葉。その意味は分からないままだけれど。

(もう、いいか。)

誰がなんと言おうと、あれが自分にとっての精一杯なら、あれこそが、最高の愛の言葉。
たとえ、愛の言葉には見えなくても、想いだけは、確かにこもっているから。

そんな事を考えながら、神威は降りてくる甘いキスに、そっと身を委ねた。





みすずさんからリクエストいただきました。1999HITキリリク小説です。
封X神でラブいの。封X神←瀬も可、との事でしたので、調子に乗って
瀬川君出し過ぎました。封ニイより出てるかも・・・(汗)
こんなので良いんでしょうか。あんまりラブに見えない気が。
でもこんな普通にラブ書いたのって初めてかもしれません。いつも切ない系。
そういや、瀬川君はかなり切ない役どころに・・・・・・。ごめんなさい・・・。(これも愛)
                 






                            
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