2DAYS











再会は、1999年、中野。

その数ヵ月後、星史郎は、池袋で崩れゆくサンシャイン60を見つめていた。正確には、そこでの戦闘により負傷した昴流を。相手は地の龍の神威。圧倒的な力を以って彼が潰した昴流の右目は、もう光を捉えることはないだろう。――自分と、同じく。
(お揃いですか・・。気に入りませんね・・・。)
ビルの屋上から、地の龍の神威が跳び立った。殺しはしなかったようだ。最初からその気はなかったのか、こちら気づいていたからかは知らないが。
彼が、昴流を殺そうとするなら、止めに入るつもりだった。長年の苦労を、水の泡にされては堪らない。

(余計なことをしている暇があるなら、さっさと彼を殺してあげれば良いのに。)
1999年、牙暁とも再会した。今度は、夢の中ではなく現実で。都庁の地下で、同じ地の龍として。
『まだ死ねないんですか。』
現実で出会った彼は、一言も返してはくれなかったけれど。
『殺してくれる人は見つかりましたか?』
その問いには、一瞬だけ夢を見せた。
宙に舞う一枚の白い羽根。突然現れたそれは星史郎の頬を掠めて、それを追って振り返った先には、地の龍の神威がいた。
『・・・・・・そうですか。』
彼の時間も、そろそろ終わるらしい。
 
 
昴流は――
『ずっと捜していました。』
再会したのは中野。結界を一つ、壊した日。
『何故?』
『僕の『望み』を『現実』にするために。』
明確に殺すとは言われなかったものの、強い意志を秘めた、まっすぐな眼差し。
迷いはなかった。覚悟を決めようだ。合格だ。殺されてやろう。殺してもらおう。二人の『望み』を、『現実』にする。しかし、
『もう少し一緒に遊びたいんですが、このあと少し用があるんですよ。』
決着の日は、今日ではない。あの日残したのは、二日間。
『では、また。』
最後の一日で。

昴流の指からは、喫煙者独特の香りがした。煙草を吸っているらしい。あの日残した一本がきっかけになったのなら、少し責任は感じるが。、忘れないために吸っているのだとしたら、それは少し嬉しい。
自分達に許されたのはあと1日。昴流の見舞いにはいけないが、地の龍の神威に、釘を刺すくらいはしておこうか。

「池袋の時、見ていたでしょう。」
「やっぱり気が付いていましたか。」
背後から近付いたのに、声をかける前に気づかれた。気配を消していたわけではないが、なんと言うか、隙のない男だ。
「あの『天の龍』は貴方と関係があるようですね。』
「昔・・・つまらない賭けをしたことがあってね。」
一年間一緒に過ごして、好きになれなかったら殺すと。最初から、きっと殺す気なんてなかったのに。
「・・・未成年にはまずいですか?」
自分で煙草を一本くわえて、相手にも薦めてみる。そういえば高校生だったかと、思い出したのは箱を差し出した後。彼は、高校生の幼さを全く感じさせないから。いや、幼さというよりも、人間味のようなものを、感じさせないから。
法律や健康を気にしているわけではなさそうだが、煙草には興味がないらしく、拒否と取れる抽象的な言葉を返される。仕方なく箱をしまって、代わりにライターを取り出した。

「あの『天の龍』は右目を失うことを望んでいた。・・・貴方と同じように。」
最初の煙を吸い込みながら、神威の言葉を聞く。彼は、他人の望みが分かるという。
「けれどあの『天の龍』の本当の望みは・・・貴方にしか、叶える事は出来ない。」

『僕の『望み』を、 『現実』にするために。』

殺されてやれば、殺してもらえば、昴流の望みはかなう。あの時はっきりと殺すとは言われなかったが、彼がそういうのなら、間違いは――
「彼の『本当の望み』は、貴方が考えているものとは違いますよ。」
不意に、くわえていた煙草を奪われた。その事よりも、告げられた事実に眉を顰める。
神威は、どこか作り物めいた笑みを浮かべて、雨の街の中へ消えていった。

昴流の望みは、殺すことではない。
(ああ、そういえば・・・)
あの日昴流は、忘れたいと言ったのだった。
言われなければ気付く事もなかったのに、本当に彼は、余計なことばかりしてくれる。
今もまだ、忘れたいと願っているのだろうか。その手段として、殺すことを望んでいるのだろうか。
星史郎を殺して、追う事も憎む事もやめて、星史郎のいない世界で、星史郎が存在したことさえ忘れて。
望みは、殺すことではなく、忘れること。
(それは・・・気に入りませんね・・・)
何処まで貪欲なのだろうと、自分でも呆れるけれど。
ただ殺されるだけでは物足りない。彼に殺された後、自分が消えた世界で、彼の中で永遠になりたい。
どうすれば、いいのだろうか。
無意識に、手が左目に触れていた。
死んだ後は、光を捉える眼はいらない。この目を遺せば――。
きっと彼は受け取る。そういう、人間だ。
何も伝えなくても、地の龍の神威が届けてくれるだろう。
身勝手で構わない。生きた証を押し付けて、自分を永遠に彼に刻もう。それで、永遠になれるのなら。
 
 
 
そして、牙暁が予言した、最期の日。
結界を血で汚すために、レインボーブリッジで最後の仕事をした。
天の龍側の夢見にでも聞いたのだろう、昴流は、仕事が終わるころに其処に来た。
流れる紫煙に誘われるように、背後から近付く。右手を重ねると、昴流は驚いた顔で振り返って、そしてすぐに冷静を装う。
「灰が、手に落ちますよ。」
「気にしてくださるんですか。お優しいですね、相変わらず。」
「変わりましたよ、僕は。」
嘘だ。人は変われないと、あの日そう言い切ったのは昴流の方。
いつか、テーブルの上に残した一本を、返してもらうつもりで昴流の手から煙草を奪う。血で穢れた左手を見せ付けるようにそれを口に運ぶと、昴流の目に怒りが宿った。
「・・・ここで誰かを殺したんですね。」
吸った煙をゆっくりと吐き出して、当たり前のように答える。
「僕は桜塚護ですから。」
怒りは、諦めに似た表情へと変わった。

昴流が結界を張った。それを合図に、激しい攻防が始まる。
無数の札が舞い、橋が砕ける。炎と煙が上がる中、破れて舞い落ちる札が、桜の花弁に姿を変えた。そしてそれは集まって枝の感触を織り成し、昴流の手足に絡みつく。昴流は冷静に、指先を切った痛みで、幻覚を破った。
「こんな幻覚を使わなくても、僕は桜に捕らわれたままです。・・・あの日から。」
星史郎は口元に笑みを浮かべた。彼は、気付かないのだろうか。その言葉の裏側で、人は変われないと認めていること。

いまだ攻撃をまともに受けてはいないものの、戦闘の衝撃で昴流の右目を被っていた包帯が解けていた。
星史郎も、サングラスをはずす。
「『地の龍』の神威が言っていました。貴方の本当の望みは僕にしか叶えられないと。しかし、それは僕が考えているものとは違うらしい。」
解けた包帯が風に流されてきた。一度掴んで、また風に返す。
「貴方の望みは、僕を殺すことではないんですか?」

「違います。」

前回とは違いきっぱりと返された答えに、彼の決意の強さを知る。しかし、その願いを、叶えてやる事は出来ない。忘れられるために、殺されることは。
昴流が体の前で印を結ぶ。星史郎もほぼ同時に、同じ印を結んでいた。互いに、全力を込めた術が、ぶつかり、はじける。術の相殺による目映い閃光の中で、止めを刺されるために、星史郎は地を蹴った。
札を使うか印を結ぶか、どんな方法で殺されるのだろうと僅かな間に考える。
しかし、光の中に星史郎の姿を捉えた昴流は

両手を下ろし

目を、閉じた。


「・・・・・!!」
咄嗟に、左手を上げた。そして、いつか北都の胸を貫いた時のように、昴流の胸を狙う。
その手が胸に届く寸前、二人の姿は反転し、昴流は左手に、星史郎は胸に、大きな衝撃を感じた。
光がやんで、煙が収まり、やっとはっきりと自分たちの姿が確認できるようになる中で、星史郎の背中から突き出た自身の手を見下ろし、昴流はただ呆然と立ち尽くす。ずるりと、腕が抜けて体が倒れる中で、星史郎は北都に、心中で詫びと礼を呟いた。
「どうして・・・」
「貴方のお姉さんが・・・命を賭けた・・・最後の術です・・・」
血が流れ出る胸を押さえながら、北都の最期を昴流に語る。星史郎が北都を殺したのと同じ方法で昴流を殺そうとすれば、その術はそのまま自分に返って来ると。
できれば使いたくないと思っていたのに。昴流自身の意志で、殺して欲しいと。忘れるための手段とはいえ、殺すという意志はあったはずなのに、どうして手を下ろしたのか。

「貴方が・・・北都ちゃんを殺して・・・僕の前から姿を消して・・・僕は・・・貴方を殺そうとした。僕の・・・心の中から・・・貴方の存在を自分の中から消して生きていこうと思った・・・。」
忘れたかったと、認められた願いに、昴流の腕の中で、星史郎は自嘲の笑みをこぼす。
「でも・・・」
背に回された腕に、服を掴む指に、力が入ったのがわかった。
「出来なかった・・・。貴方が僕を石ころと同じように思っていても、踏んだ枯れ枝ほどにも感じなくても・・・それでも・・・・・。・だから・・・貴方に殺されたいと思った」
顔を星史郎の肩に埋めて、本当の望みを告げる昴流の声は、涙で震えていた。
「貴方が僕を殺したことをすぐ忘れても・・・僕が数多い桜の贄の一人でも・・・せめて・・・貴方に・・・」

どうして、気付かなかったのだろう。こんな簡単なことに。何度も自分で、繰り返してきたはずの事に。
「・・・考えてみれば・・・貴方に・・・誰かを殺すなんて覚悟は出来ませんでしたね・・・」
どうして気付けなかったのだろう。人は変われないこと。
「貴方は・・・優しいから・・・」
涙が伝う頬に触れようとして、自分の指が血で汚れていることに気づいて、届く前に、手を退いた。
汚したくない。傷つけたくない。彼にはその綺麗な心のまま、ずっと生きていて欲しいと。それもまた、身勝手かもしれないけれど。
目を彼に遺そう。彼はきっと受け取る。そして、受け取った以上、その目を抱いて死ぬことは出来ない。そういう、人間だ。
自分との関わりで彼が負ったできる限りの傷を消して、決して癒えぬであろう傷を悔いながら逝く。身勝手な望みのために、最後まで苦しめることを許して欲しい。
 
 
人は変われない。
それでもずっと、変わりたくて、変えたくて。
それなのに、変わらない彼が今はこんなにも嬉しい。

好き。理解できなかった感情だ。
けれどきっと、この感情こそが。
そして人は変われないなら、きっと本当は最初から。
 
「昴流君・・・・僕は・・・君を―――」



耳元で囁いた最後の言葉は、きっと初めて彼に告げる、心からの“真実”だ。







何処までもすれ違うカップルであって欲しいと思う。
最初から最後まで全部すれ違っててもいいと思う。
互いに深読みしすぎて意志疎通ゼロでいいと思う。あるいはお互いに鈍すぎるだけかもしれませんが。
良かれと思ってやったことが重荷になって、悪かれと思ってやったことが救いになるような二人だと素敵。
最後に思い切って告白したのに「僕にはもう分からないー!」とか言われちゃう星史郎さんだったら・・・ちょっと・・・流石に気の毒ですが・・・考えれば考えるほど救いのないカップルです。
でもそれぞれの自己満足によるそれぞれのハッピーエンドだったのではないかと思うの。(此れも救いのない感じの表現ですけど)
と言うわけで終わりました『2DAYS』。星史郎さんの心情って書きにくくて、予想以上に手間取りましたが。
すれ違う様を描きたいがために同じ話を二人の視点から書いてみましたが、いかがなもんでしたでしょうか。昴流君サイドをお読みでない方は『チラナイサクラ』もよろしければ。
それでは、お付き合い頂きありがとうございました。




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