A Happy New Year 2

 

 

 

 

 Y駅の改札を出て東へ数百メートル、地下街に下りる階段の脇にバケツのオブジェがある。

銀色のバケツが20個ほど観覧車のように円を描いて並び、ゆっくり回転している。

下で水を入れて頂上まで達すると傾いて水が流れ落ちる仕組みになっている。

 

ふたりがY駅で待ち合わせをする時は、いつもここと決まっていた。

 

腕時計を見るともう10時半、30分も過ぎているのに封真はまだ来ない。

 

寒いので、神威は首のマフラーを絞めなおし、コートを上のボタンまで留めて、ポケットに手をつっこんだ。

 

ぼんやりと空を見上げると、淡い都会の闇にうっすらとオリオン座が浮かんで見える。

雪が降ってきそうなほど、寒い夜だった。

 

 

「悪い。待たせた」

 

ふいに肩をたたかれた。

振り向くと、すまなそうに封真が立っていた。

 

二日ぶりに見る封真は、二日分だけ大人びて、知らない場所の空気をまとっていた。

 

 

「バイトが終わらなくて」

 

「バイト?」

 

「ああ。霞月の家が新しく開くレストランの開店準備。

二日間ほとんど徹夜で働かされた。金にはなったけどな」

 

神威は封真の言葉がすぐにはのみこめず、じっと考えこんだ。

 

その仕草に封真は微笑む。

 

「なに?」

 

「いや。別に。

ところでお前、夕飯食べたか?」

 

「うん・・・一応」

 

「そうか。俺まだなんだ。少しいいか?」

 

「ああ」

 

 

 

 

封真は神威を連れて地下街へ降りると、手近なファストフード店に入り、ビックマックを3つとコーラを頼み、すごい勢いで食べ始めた。

 

よほど腹が減っているのだろう。

大きなハンバーガーは見る見るうちに消化されていく。

しかし、ガツガツ食べていても下品には見えない。

この青年には天性の品が備わっていた。

 

 

一通り食べ終わると、封真は神威を見た。

向かいに座った神威は、買ったコーヒーには手をつけず、まだ伏せ目がちに沈んでいた。

 

瞳の下に長いまつげが影を作っている。

久しぶりに見る神威は懐かしくて、やはり誰よりも可愛い。

思わず微笑むと、神威は気付いて目を上げた。

 

「なんだよ」

 

「別に。

言うと怒るから言わない」

 

封真は片肘をついて、からかうように笑う。

 

「言ってほしいか?」

 

「いいよ。

どうせ怒らせるようなことなんだろ」

 

封真があんまりニコニコして見つめるので、神威は怒ったように言った。

 

 

 

 

「・・・あのさ」

 

「ん?」

 

「どっか行くときは、ちゃんとわかるように言ってけよ。

一応、こっちは心配するんだから」

 

視線をそらし眉をしかめてぶっきらぼうに言う。

大事な事を言う時、神威はいつもそうだ。

 

「悪かった」

 

封真はコートのポケットに手をつっこみ、何かをつかんでテーブルの上に置いた。

携帯だった。

 

「これ、お前の分。持ってろよ」

 

「・・・」

 

「これで、お互い余計な心配しなくてすむだろ」

 

「心配かけるのは、いつも封真だろ」

 

悪態をつきながらも、神威は電話を手にとりそっと握り締めた。

 

 

「おっと、もうこんな時間か。

行くぞ、神威」

 

急に封真が立ち上がったので、神威は驚いて見上げた。

 

「行くって、どこに行くんだ?」

 

「ついてくればわかる」

 

封真は長い足でさっさと歩きトレーの上のごみを捨てると店から出て行ってしまう。

神威はため息をつき、携帯をポケットに入れて後を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

地下街を出ると封真は国道沿いの歩道をズンズン歩いていく。

 

頭上を高速道路が通り、東側の真っ暗な埠頭から海風が吹き付ける、人気の無い国道。

 

冷たい風がびゅうびゅうと頬にあたり、耳がちぎれそうに痛い。

目から涙が出そうになって、思わずマフラーを引き上げた時、ふいに封真が後ろをふりかえった。

 

「寒いな」

 

「うん」

 

封真はさっと神威の片手を握ると、自分のポケットに入れた。

 

「行くぞ」

 

そしてまた歩き出す。

 

神威は恥ずかしくて、手を抜こうとしたが、封真は構わず歩いていく。

 

 

 

「・・・人に見られる・・・」

 

「誰もいないさ」

 

 

ポケットの中で、ぎゅっと握られた手から封真のぬくもりが伝わってくる。

 

骨までしみるような寒さの中で、そのぬくもりだけが妙にリアルだった。

 

国道を走る車のヘッドライトが、時折ふたりを眩しく照らして通り過ぎていく。

冬の星座が弱々しく夜空に凍りつき、なんとも心細い夜。

 

それなのに、神威の心は温かく満ち足りて、このまま何処までも歩いきたいような気がしていた。

 

 

 

 

 

 

ほどなく、隣のS駅を通り過ぎた。

S駅は東側が新しく開発された埋立地できらびやかに賑わっているが、封真はそれを避けるように西側の古い通りを選んだ。

 

閑散とした夜の街は、窓の灯りもほとんど消えて静かに眠っている。

青白い街燈に照らされたアスファルトは艶やかに光り、スニーカーの足音だけが規則正しく響く。

ふたりは黙って歩きつづけた。

話すことがないのではなく、話す必要がなかった。

 

 

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