A Happy New Year 1
ことの起こりは1通のファックスだった。
暮れも押し詰まった12月29日。
空には雲ひとつなく、空気はきりっと冷えていて
申し分の無い冬の午後だった。
「狭い家に住むのも悪くないな」
ぴかぴかに磨かれた窓をバックに神威が明るい声で話しかける。
「そうか?」
「掃除が早く済むし・・・」
―――――封真といつも至近距離でいられる。
一瞬頭をかすめた考えは言葉にしないで、神威は後ろを向き開け放たれた窓から顔を出した。
空は水色に晴れ渡り、飛行機雲が子供の落書きみたいに白く1本残っていた。
こんな気持ちの良い日は滅多にあるものじゃない。
「封真、掃除も終わったし散歩にでも行かないか?」
振り向きざまに誘うと、封真は少し気まずそうな顔をして
「あ・・・悪い、実はこれから・・・」
と言いかけたところで電話が鳴った。
留守番電話の応答のあと、ファックスに切り替わり紙が吐き出される。
『とうさま
約束の場所で待ってます。
霞月』
封真は思わず己の額を手で覆った。
「な・・・なんだよ、これ・・・・」
ファックスを取った神威の顔がさっと蒼ざめた。
「これはだな、つまり・・・」
「・・・言い訳するのかよ」
「言い訳じゃない。説明だ」
「同じことだろ」
「聞けよ」
封真が手をつかむと神威はそれを振り払った。
「聞きたくない」
「またかよ」
封真はうんざりした顔でため息をついた。
「そうやっていちいち過剰反応するのは、お前が自分に自信がないからだろ」
言った後で「しまった」と思ったが、後の祭りだった。
神威は大きく目を見開いて封真の顔を見たが、次の瞬間きびすを返して玄関に向かって歩き出し、コートをつかんで出て行ってしまった。
「それが一昨日の午後」
昴流が向かいの椅子に座る神威に言った。
「で、近所を一回りして戻ってみると、すでに封真くんはいなかった。
この置手紙を残して」
神威がこくんと頷く。
昴流はテーブルに置かれた紙を手にとってながめた。
そこには走り書きで
『しばらく帰れない。心配しないで待て 』
とだけ書かれていた。
今日は大晦日。
京都から送られたおせち料理をお裾分けしようと、このアパートに寄った昴流だったが、玄関を開けた途端、憔悴しきった神威の様子に驚いて事の次第を聞いていた。
「そして君はこの2日間ほとんど寝てないし食べてもいないんだね」
その問いかけには答えず、神威はしょんぼりとうつむいていた。
高校1年生のこの少年には、人前でも自分の感情を誤魔化したり平気なふりをしたりはできないのだろう。
昴流はふと微笑ましくなった。
「心配しなくても大丈夫。封真くんは帰ってくるよ。
霞月くんのことだって気にする必要は無い。霞月くんが好きなら、神威と暮らしたりはしないさ」
「そ・・・かな」
「そうだよ」
昴流はにっこり笑って差し出されたお茶を一口飲んだ。
「神威がもっと自分に自信を持つべきだと言うのは、僕も賛成だよ。
それから、今君たちに必要なのは」
神威の身体がビクンと反応する。
「携帯じゃないかな」
「え?」
「携帯があれば、この手の連絡不行き届きは解消されるだろ」
「昴流は持ってるの?」
「もちろん。皇家は(というか姉さんは)昔から通信機器には目ざといんだ。
これはまだ開発段階の製品なんだけどね、画像も送れるんだよ。見る?
ほとんど星史郎さんと心霊写真だけど(笑)」
「・・・・いい」
そこで電話が鳴った。
数回コールされた後、ファックスに切り替る。
送り主はこの家の電話がどのように応対されるかを熟知しているらしく、当然のようにファックスが吐き出された。
昴流が受け取ると、そこにはやはり走り書きで
『Y駅 バケツ 10時』
とだけ書いてあった。
「意味不明」
しかし、神威に手渡してあげると、蒼ざめていた少年の顔にさっと光が射した。
「これでわかるの?」
昴流がたずねると
神威ははにかんだようにうなずいた。