翼紡の夢



幸せな現在がいつか辛い記憶に変わるのだとしても
幸せな現在を望まずにはいられない

          人間ってそんなものでしょう――――?




 
「ファイ様、陛下をご覧になりませんでしたか?」
「アシュラ王なら、さっき庭のほうで・・・」
「ありがとうございます。」
軍部の服を来た男が、小走りで庭の方に走っていった。
確か結構な地位に着いている者だったはずだが。
「何か急ぎの用じゃないんですかー?」
「いや、書類を急かしに来ただけだろう。早いに越したことはないが、急ぐ仕事ではない。」
 
ファイが手にした杖の宝石が光ると、何もなかった空間から王の姿が現われた。この程度の魔法はお手の物だ。よほど高名な魔術師でもなければ、ファイの魔法は見破れまい。
「それで、今日はお仕事サボって、何処へ連れて行ってくれるんですかー?」
再び歩き出した王の横に並んで、ファイが顔を覗き込むと、王は少しむっとした、ある意味子供っぽい表情を見せた。きっとこんな顔は、ファイにしか見せないのだろう。
「せめて、気分転換と言ってくれないか。」
「気分転換・・・」
王の口から出た言葉にファイはくすりと笑う。気分転換で部屋を出てきたなら、どうして隠れる必要があるのかと。
 
今は、一年で一番忙しい時期だ。国王ともなると、その仕事量は殺人的なもので、『ホントに死ぬ前に休憩してくださいねー?』というファイの一言で、急遽脱走が決まった。
急ぐ仕事は終わらせたとのことだが、あまり褒められた事ではないのは確かだ。
そして王は、まだファイが立ち入ったことのない方へ、ファイを導いていく。
「雪見小屋・・・とでも言うのか。何代か前の王妃の趣味で、後宮の庭に小さな建物がある。まだ、入ったことがないだろう?」
「まだも何も・・・後宮は普通、王以外の男性は立ち入り禁止でしょう?」
「どうせ誰も住んでいない。それに・・・」
「それに?」
再び顔を覗き込むと、王は今度は悪戯っぽい、これもまたファイにしか見せないであろう表情を覗かせた。
誰も知らない顔を知っている。少し優越感に浸ったファイは、次の王の言葉に、思わず頬を朱に染めた。

「あそこなら誰も来ない。」
 
 
 
 
そこは、本当に雪を見るためだけに作られた小屋だった。小屋と言っても、外壁にまで装飾の施された立派な建物で、中は一部屋だけだったが、大きなソファと、小さなテーブルが配置されていた。暖炉と扉がある面を除いて、部屋はすべてガラス張りで、雪に覆われた庭がよく見える。しかし、不思議と寒々しい感はなかった。
王によっては何人もの后を持つ。后達はこの小屋で、雪を見ながらティータイムでも楽しんだのだろうか。
 
「雪しかないこの国で、わざわざ雪を見る必要が何処にあるのかと思うがな。」
「そうですか?」
窓に手をついて、ファイは外を見渡す。
見慣れた雪景色ではあるが、こうしてみるとまたいつもとは違った趣がある。
雪とはこんなにも美しいものだっただろうかと、改めて感じるのだ。
「きっと、いつも側にあるものだからこそ・・・見えてないんじゃないですか・・・?」
「・・・いつも側に、か・・・。」
「あ・・・」

するりと、王の手がファイの腰に回る。びくんと体を強張らせたファイをなだめるように、背後からうなじにキスを落とすと、王は慣れた手つきでファイのコートを床に落とした。
「寒くはないか?」
「・・・い、え・・・・・・」
暖炉はあるが薪がない。しばらく暖められたことがないであろう室内の空気は冷たかったが、王に触れられた体は、急速に熱が上がっていく。熱い息を吐き出すと、窓ガラスが白く曇った。
ああ、外が見えない、などと、場違いなことを考えているうちに、上半身は最後の一枚まで脱がされて、素肌が外気にさらされる。さすがに少し寒気を感じて、それでもすぐに王が抱きしめてくれるだろうと。
けれど、期待したぬくもりは、すぐには与えられなかった。

背中に、視線だけを感じる。
「王・・・?」
「美しいな。」
「・・・?」
何を見ているのだろう。そこにあるのはただ、
「刺青ですか・・・?」
「ああ。」
ファイの背中一面に描かれた、両翼を広げた鳥の姿は、魔力の封印のためのものとは言っても、芸術的な美しさを誇っている。
「自分で見たことはあるか?」
「いえ・・・じっくりとは。背中ですし・・・。」
「では、こうして見ることができるのは、私だけということだな。」
先ほどファイが感じたものによく似た優越感に、王は満足げな笑みを漏らした。

「此処が、頭。」
王の指が、ファイの首筋に触れる。そこに描かれているのは、鳥の頭部。
そこから、王の指が鳥の体をなぞっていく。
「此処が首、胴、そして尾・・・」
「ん・・・アシュ・・・ラ・・・王・・・・・・」
刺青の形を教えながら、指は首筋から背中、そして腰へ。
もどかしい刺激に切ない声を上げながら、それでも、指がたどり着く先への期待に、ファイの体が震えた。
尾までなぞりきった指はそのまま、下半身にだけ残した衣服の中へ進入し、そしてそこで止まった。

「あ・・・?」
「・・・どうせ、誰も来ない。」
再びファイの期待を裏切って、王はファイから手を離す。
「そう、慌てることもないだろう?」
 
 
 
「ん・・・ふ・・・・・・・・・」
口に含んだ体積が増して、ファイは苦しげな音を漏らした。
けれど、王の手が髪を梳くのを感じて、更に深く飲み込む。
奉仕とも取れるこの行為は、全く苦痛ではない。むしろ、相手の快感のすべてを自分が握っている気がして、快感さえ感じた。
肩には、王の服がかけられている。そこにはまだ王のぬくもりが残っていて、まるで彼に抱かれながら、彼を口に含んでいるような気さえした。
一度口から出して、筋をなぞるように、根元から舐めあげる。
先端に滲んだ蜜を、見せつける様に舌先ですくうと、王の息が熱を帯びるのを感じた。
何度か音を立てて先端に吸い付いて、再び口に含む。
咥えたまま、上目遣いに王を見上げると、その熱を帯びた眼差しが、何よりも王の熱を煽る事を、きっとファイは本能的に察している。
「ファイ・・・」
王が軽くファイの肩を押す。その力に逆らって、ファイはさらに根元まで飲み込んだ。先端が喉の奥を突く。思わず息を詰まらせると、其れが最後の刺激となり、王が放った白濁を、ファイはすべて喉に流し込んだ。

「けほっ・・・」
「大丈夫か?」
「・・はい・・・・・」
ファイの口角からこぼれた唾液を、王の指が拭う。
その指に軽く口付けると、ソファの上に体を引き上げられた。
膝を跨いで交わすキスは、頭の芯が痺れるような快楽を伴って、腰を支えてもらわなければ、あっという間に膝が崩れただろう。
肩にかけていた服はいつの間にかソファの下に落ちていたが、熱に支配された体は寒さなど感じなった。

「苦いな・・・」
くちゃりと卑猥な水音を立てて唇が離れた。直後、王が呟いた言葉の意味がとっさに理解できず、分かった途端頬が紅潮する。

「あ・・・貴方の味です・・・・・・」
その答えが気に入ったのか、それともファイの反応が気に入ったのか、王は満足げに微笑むと、ファイの胸の突起に舌を這わせた。
「あっ・・・」
そこは既にそれなりの硬度を持って、少し触れられただけでファイの腰がびくりと揺れる。
「まだ触れていなかったのにな。舐めていただけで感じたか?」
「あっ・・・だって、んっ・・・」
「だって?」
「あ・・・貴方が・・・あっ・・・ずっと・・・見てたから・・・・・・」
あの間中、体全体を、嘗め回すように。
その視線に感じたのだと。

「こちらも、そろそろ辛いだろう?」
王はファイの胸に唇を当てたまま、言葉まで刺激に変えてしまう。
下腹部に手を伸ばし前を暴くと、ファイのそこはもう立ち上がって、蜜色の液体を滲ませていた。
「あ・・・」
思わず逃げた腰を引き戻されて、軽く握りこまれる。
「いかせてやろう。ああ・・・見ているだけのほうが感じるのか?」
「やっ・・・」
離されそうになった手を思わず引きとめて、自分の行為の愚かしさに涙が出そうになった。
どうして欲しい?と、王の瞳が尋ねてくる。
口元には、確信犯的な笑みを浮かべて。
本当に口で伝えなければ、動いてくれそうにない。
王の肩に顔を埋めて、喉の奥から何とか絞り出した声は、羞恥のために震えていた。
「触って・・・下さい・・・・・・」

すぐに、よく出来た、とでも言うかのような愛撫が与えられる。
優しく包み込んで、先端からこぼれた蜜を全体に塗りつけるように扱く。
「あっ、は、ああ・・・」
膝が震えて、王の肩にしがみつく手に力がこもる。それでも、腰を支える手は、崩れることを許してはくれない。
「あ・・・、王っ・・・ああっ・・・!」
がくりとファイの体から力が抜けて、王はやっとソファの上にその体を横たえた。

大きく上下する胸を視線で舐めて、ファイの膝を体で割る。
ファイが放った蜜で濡れた指先を、浅く息衝く入り口に当てると、びくりとそこが緊張するのが分かった。
「ファイ・・・」
「んっ・・・」
少し緊張が解けたのを見計らって差し入れる。そこは、意外と抵抗なく、一本目の指を飲み込んだ。
「・・・待ち構えていたようだな。」
抵抗がないどころか、柔らかく絡み付いてくる。
すぐに指を増やしても、難なく受け入れられた。
少し乱暴にかき回しても、痛みを訴えることもない。

ファイは、喉の奥から甘い声を漏らしながら、潤んだ瞳で王を見上げてくる。
それは、先を求める合図だと。そう解釈して、王はファイの汗ばんだ額にキスを落とす。
指を引き抜いて、再び昂った自分の先端をファイのそこに押し当てると、期待と緊張にファイの喉が引きつった。
「っ、あ―――」
仰け反った首筋に唇を落として、すぐにでも突き上げたい衝動を抑える。
ゆっくりと、ファイの乱れた呼吸に合わせてすべてを埋め終えると、逆にファイのほうから求めるように足で腰を挟んできた。あるいはそれは、快感に任せた無意識の行動かもしれなかったが。
「動くぞ?」
こくんと、小さく頷いた拍子に一筋流れた涙を舌で掬って、そろりと腰を引く。
少し動いただけで、ファイの内壁は指で確かめたときよりも柔らかく吸い付いて。
堪らず最奥を突き上げ、柔らかいのに抵抗する肉の感触を味わう。
どんなに激しく揺さぶっても、ファイは甘い悲鳴を上げてその動きについてきた。

「あっ、は、ぁ・・・んぅっ・・・・・・」
縋るものを求めるようにファイの手が宙を彷徨う。
その腕に応えて体を密着させると、互いの呼吸さえ刺激に変わった。
あとはただ共に絶頂を求めて。
「ファイっ・・・」
「アシュ・・・っあ――――」
一際強く突き上げられた瞬間、ファイは体の中に広がる王の熱を感じながら、自らも白濁を放っていた。




「ん・・・・・・」
ファイは、寒さに震えて目を覚ました。少し、眠っていたのだろうか。
柔らかいソファの上に上半身を起こすと、体に掛けられていたコートが床に落ちた。
その音に、暖炉の前に居た王がこちらを向く。
「寒いか?」
「・・少し・・・・・」
薪のない暖炉には、炎だけが揺れていた。魔法の光。どこか不思議な光景。
「雪が強くなって、冷えてきたからな。すぐに暖まるだろう。」
そう言って歩み寄った王の手が、そっと髪を撫でる。
それだけで、さっきの熱が蘇りそうになり、押さえるために目を閉じた。

窓に雪がぶつかる音がする。それなのに、なんて静かな。
まるで世界に自分達二人だけしか居ないかのような錯覚。
まだ夢を見ているようだ。
「確かに、たまにはこうして見るのも、いいものだな。」
窓の外を眺めて王が呟く。
外界と室内を仕切るガラスは、上がり出した室温に白く曇りだしていたが、ぼやけた景色の中、舞い踊る雪の影が美しい。
身近にありすぎて、いつもは見る気にもならないけれど。

「アシュラ王、この部屋、鏡とかありませんか?」
「どうするのだ?」
「刺青、見てみたくて。」
美しいと、王がそう言うのなら。この雪と同じ形容を使うのなら。
「形なら、さっき教えてやっただろう?」
からかうような笑みに、頬が紅潮するのを堪える。
「それでも・・・」

言いかけた言葉は、乱暴な唇に奪われた。
「ん・・・・・・アシュラ王・・・?」
「私だけが見れる。それでいいだろう?」
「・・・・・・」
ああ、この人は。
呆れると同時にどこか嬉しくて、照れるより先に笑いがこみ上げた。
「私以外には見せるな。いいか?」
「はい。」

笑いながら、背中の翼に込めた願いは、どうかこんな時間がいつまでも続くようにと。
いつかその翼が折れることなど考えもせず、今はただ無邪気な夢に溺れて。





あの刺青が何よりも大切だったのは、貴方が好きだと言ったから
あの刺青を差し出したのは、もう貴方がこれを見ることはないから

そしてもしもこの先誰かに縋ったとしても約束は成就されると


ねえ、こんなオレでもまだ貴方は―――






甘いのかシリアスなのかよく分かりませんが。
エロ書きたくなっただけ衝動小話。やることやったら仕事しろよお前ら。
エロ書くときは照れちゃいけないと言われましたが、かなり照れながら書いてたり。
刺青プレイはアシュファイの醍醐味だと思います。
アシュラ王は寡黙な方で、多少は言葉攻めもするけど、どっちかって言うと目で語るタイプ。
で、鬼畜。(これ重要)
黒鋼とは違うタイプのエロがかけます。
アシュラ王が変態なんじゃなくて雪流さんが変態なんだ。
変態という字を割って足すと恋という字になるんですよ(無理矢理)
みんな恋する汚頭女じゃないか。

最初は『紺夜雪泣く藍の華3.5』というタイトルだったんですが、あまりにもブサイクなんで改名。
『翼紡』は『欲望』って読むんですよ。(決して狙ったわけでは・・・)



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