二夜 『オレ達、似てるかもねー。』 そんな他愛ない会話の翌日、知らない街を一緒に歩いた。 何を似ていると思ったのだろう。見つけたのは、決定的な違い。 『俺は、生涯ただ一人にしか仕えねえ。』 そう言い切った彼には、帰るべき過去があるのだと。 羨ましいわけではないけれど。取り残された気がした。 その夜は月が出なかった。 「・・・・・・・・・おい。」 「んー?」 深夜、ごそごそという音で、黒鋼は目を覚ました。 昨夜とは違い、今夜は布団に入っている。体力を使うべき場所は、昼の世界だと判断してのこと。この世界は、夜に危険はなさそうだからと。 それなのに、どうしてこの男は、こういうときに限って、静かに寝かせてくれないのか。 「何で毎晩毎晩布団を移動するんだ、テメエは!?」 「うわー、黒るー、声おっきいよー。」 へらへらと笑いながら、悪びれる様子もなく、耳を塞いだファイがいる場所は、明らかに黒鋼の布団の中。 昨夜は使っていなかったから許したが、今夜はそうはいかない。 「さっさと戻れ!」 「だって眠れないんだもーん。」 近所迷惑と言う言葉を完全に無視した黒鋼の怒声を、ファイは軽く流す。布団から出て行く気は無いらしい。 「じゃあ、そこを動くな。俺が出て行く。」 こうなったら、何を言っても無駄。二日目ともなれば、それくらいは悟っている。黒鋼は、ファイを追い出すことを諦めて、布団から出ようと体を起こしたが、 「待って・・・」 袖を引かれる。 何だよ、と、返そうとして振り向いて。 言葉が凍りつく。 さっきまで、へらへらしていたファイの顔から、今はなぜか笑顔が消えていて、ただそれだけのことなのに、笑顔ではないと言うだけで、なぜかひどく苦しそうに見えて。 「どうし・・・」 「抱いて。」 「は・・・?」 絞り出したような一言は、単純すぎて、とっさに理解できない。いや、理解してはいけないと、そう思っているということは、きっともう理解しているのだろうけれど。 「お願い・・・」 硬直してしまった黒鋼の耳に届いたファイの声は、僅かに震えている気がした。 「・・・・・っ」 あふれ出しそうになる欲望をこらえて、黒鋼は息を詰める。 抱いてくれと、懇願の形をとったにもかかわらず、ファイは、黒鋼に対する奉仕の形を選んだ。 一つには、黒鋼が動かなかったのが原因なのだろうけれど。 前を開いて、それでも拒絶が為されないのを確認すると、ファイは何の躊躇も無く黒鋼を口に含んだ。 慣れているのかと思った。けれど、献身的とさえ言える愛撫は、どこかたどたどしい。色町の女のような技は無く、ただ、黒鋼が反応する箇所を、刺激し続けるだけ。わざと、そう演じているのかもしれないが。 時々黒鋼を見上げてくる青い瞳は、妖艶と言うよりむしろ必死と言った感じで。そんな顔をするから、突き放すことさえできない。 「んっ・・・」 口の中で黒鋼が体積を増したのだろう、苦しげな声が鼻に抜ける。 「・・・苦しいなら離せ。」 驚くほど自然に漏れた声は、自分でも意外なほど余裕が無かった。 ヤバイ。 頭の中で警鐘がなる。 溺れそうだ。 快楽の味を知らないわけでもないのに。 こんなたどたどしい、決して上手いとはいえない愛撫に。 けれど、どこかで理性が告げている。 おかしい。 こんなことをするタイプには見えないのに。 プライドは高いと、そういったのは彼自身だったず。 離せと言われて、反抗するように更に奥まで飲み込んでみせるような、そんなことが、プライドだとは思わない。 では、何のために捧げられている快楽なのか。 「いい加減にしねえと、口に出すぞ。」 脅すようにそう言うと、ファイはやっと口を離した。 濡れた唇が妖しく光る。紅を塗っているわけでもないのに、いつもより赤いそれは、艶かしく、更に黒鋼の欲情を煽る。 (男の唇見て、興奮してどうすんだ・・・。) 頭を抱えたい衝動を何とか抑えて、黒鋼はファイを睨み付けた。 「お前、何がしたいんだ。」 こんなことを訊くこと自体が本人の自覚以上に、頭が混乱している証拠なのだが。 ファイは、何も答えず、自らのズボンに手をかけた。 「・・・・・・おい。」 「駄目・・・?」 尋ねてくる青い目は、やはり懇願の色。笑みは一欠片もない。本当にコレが、昨夜の彼と同一人物だろうか。 出会ってまだ二日目の男に体を預けるなど、馬鹿と言うより自暴自棄だ。 白い足が闇の中にむき出しになる。 空汰が寝間着用にと貸してくれたシャツは、ファイには少し大きめで、太ももの半ばほどまで隠してしまっているけれど。 ごくりと唾が喉を通ったのは、黒鋼の意思とは無関係。 ヤバイ。 頭の中で警鐘がなる。 溺れそうだ。 未だ触れぬこの体に。 ファイが、黒鋼の体を膝で跨ぐ。 「おぃ・・・」 「ごめんね・・・。」 不意に漏れた謝罪の言葉は、黒鋼の台詞と思考を遮った。 片手で黒鋼の肩に縋って、ファイは自分で育てた黒鋼を蕾に当てる。そこはまだ、受け入れる準備さえできていないのに。 それでかまわず腰を下ろそうとして、顔が痛みにゆがんだ。 「っ・・・・・・」 「無理に決まってるだろ!」 とっさに黒鋼は、腕をつかんでファイを引き剥がす。ごめんね、などと、わけの分からない言葉がなければ、もっと早くこうしているはずだったのだが。 慣れているのではないのか。 これでは完全に、ただの自虐行為だ。 快感より、傷つくことだけを求めているようにしか見えない。 それとも、その程度の知識さえないのか。 「何がしたいんだ・・・。」 溜息のように漏らした問に、ファイの瞳が揺れる。 あの時の目に似ていると思った。次元の魔女に対価を要求されて、仕方ないと言ったあの時の目に。あの時の彼は、笑っていたはずなのに。 返事は返らない。 それでも促すように、腕をつかむ手に力を込めて、その腕が震えていることに気付いた。 「答えられねえか。」 「・・・・・・・・・・・・お願い・・・」 か細い声は、黒鋼の質問を一切無視して、行為の続行だけを望んだ。 訊いても仕方が無いことは分かっていたはず。 自分達はそれぞれ、何かと事情を抱えていることも。 ファイの場合は特に、それが複雑らしいということも。 昼間、彼だけが、自分の世界のことを、何一つ話さなかったから。 黒鋼は、ファイの腰に手を回した。 「言っとくが、俺は男を抱いたことなんかねえからな。」 そう断って引き寄せる体は、視覚で感じていた以上に細い。これで、本当に受け入れられるのかと不安になる。どうなっても、ファイが望んだことではあるが。 「そのまま立ってろ。」 黒鋼の足を跨いで膝立ちになっているファイに、その体勢を保つように指示して、唾液で濡らした指を双丘の間に滑り込ませる。入り口を探るように撫でると、肩に添えられた両手に力がこもるのが分かったが、かまわずそのまま指を埋めた。 「んっ・・・」 ファイの体が強張る。その緊張が解けるのを待って、指を更に奥へ進める。 異物に侵入を拒む内壁は、痛いほどに黒鋼の指を締め付けた。 「力抜けよ。」 「あっ・・・!」 中で少し指を曲げると、全く予想外の甘い声。 (感じんのか・・・?) ただ慣らすことだけが目的の行為のつもりだったのに。 こんな場所を擦られて、快感を得られるものなのか。 ファイの呼吸に合わせて、指を上下させる。 「は・・・あ・・・・・・ああ・・・っ!」 連続的にあがる蕩けるような声。 いつの間にか抵抗はなくなり、むしろ黒鋼の指を逃すまいと、絡み付いてくるようだ。 一度引き抜いて、指を増やして挿入しても、それは変わらない。 そのうちに、指が最も声の上がる場所を探り当てる。 「あっ・・・!やっ・・・黒りっ・・・・・・」 こんな時でも、そんなふざけたあだ名を使うのかと思いながら、さすがに訂正する気も起こらず、黒鋼はその箇所を執拗に刺激した。 ファイの胸が反り返る。殆ど反射的にその胸に唇をよせたのは、もっとこの声を聞きたいという、きっと自分勝手な欲望のため。 男の悦ばせ方など、知らなかったけれど。 シャツの上から突起を見つけ、唇で輪を描くように愛撫すると、期待通りの喘ぎ声。 上下を同時に攻められて、足に力が入らないのだろう。震えが、肩にすがりつく手を通して、黒鋼にも伝わってくる。おそらく、腰を支えている手を離せば、すぐに崩れ落ちる。 男でもこんなところで感じるのかと少し驚いて、そしてそれを喜んでいる自分に驚愕する。 (何考えてんだ・・・?) 頭の中に響いていたはずの警鐘は、いつの間にか鳴り止んでいた。 溺れている。男があげる喘ぎ声と、初めて抱くその体に。 (嘘だろ・・・) 「黒るー・・・?」 不意にやんだ愛撫に、涙を浮かべた瞳が黒鋼を見つめる。その目を見つめ返すことはできなかった。 (何かの間違いだ。) 自分に言い聞かせる。そんなはずは無いと。きっと、初めて知る反応が珍しい、ただそれだけのことだ。 中を侵していた指を引き抜いた。 早く終わらせなければ、本当に後戻りできなくなる気がした。 「黒たん・・・?」 体に密着するように腰を引き寄せられて、ファイは戸惑いの声を上げる。急な展開に、快楽に酔った頭は付いていかない。 それでも理解が及ぶように、黒鋼は低い声で率直に命じる。 「腰下ろせ。自分で入れろ。」 ここまで来て、突然、非協力的な黒鋼に少し困惑した表情を見せたものの、ファイは言われたとおり、自ら片手を黒鋼に添えて、入り口まで導いた。十分慣らされ息衝いたそこは、先端が触れただけで、それを食もうとする。 さっきと同じ体とは思えない。ここまで変わるものなのか。 「んっ・・・・・・」 ゆっくりと、黒鋼がファイの中に埋め込まれていく。一気に貫くことが無いよう、黒鋼の手が腰を支えてはいるが、それでも顔が歪むのは、痛いのではなく苦しいのだろう。受け入れている体積は、指よりもずっと大きい。 吐く息が荒くなっていく。胸が上下する様は、大きめのシャツのせいで見えないが。 脱がせておけばよかったなどという、馬鹿な考えが頭をよぎったのは、きっと気のせいに違いない。次は必ずなどと思った気がしたのは、きっと錯覚に違いない。 そもそも、次など、あるはずが無い。 この一度さえ、何のために行われているのか、結局分からないまま。 「く・・・ろみゅー・・・」 不意にファイの声で現実に引き戻される。 そして見たのは、滲んでいた涙が、一筋ファイの頬を伝う瞬間。 (ああ・・・そうか・・・) なんとなく、理解した。本当になんとなくで、具体的なことは、全く分からないままなのだけれど。 そう、確か、プライドは高いといったのは彼だった。 (だからか・・・) ごく自然に、指がその涙を拭った。 「動かすぞ。」 静かに告げる。 この姿勢なら、ファイが動いた方がいいのだろうけれど、濡れた瞳が、無理だと訴えていた。 宣言されて、肩をつかんでいた手が離れ、黒鋼の首に回る。 それが合図。 「は・・・・・・ああっ・・・・・・」 少し揺らしただけで、耳元で上がる甘い声。 大きく跳ねる体を腕で押さえつけて、黒鋼は更に大きく振動を与える。 ファイの内側は、指で確かめた時より狭くて熱く、けれどまるで吸い付いてくるかのように、柔らかく黒鋼を受け止めて、それがたまらなく気持ちいい。 「ふあっ・・・・・・あんっ、あ、んあ・・・・・・」 早くなるリズムに合わせて、金の髪が揺れる。 大きめのシャツがずり落ちて、白い肩があらわになる。 黒鋼は迷わず、というより、ほぼ無意識に、ファイの首の付け根に吸い付いた。 たった一つの行為の証が、白い肌に赤く咲く。 「く、ろるっ・・・もう・・・・・・あっ・・・・!」 「っ・・・・・・」 大きくえぐった瞬間、ファイは一際甲高い声をあげて白濁を放った。 同時に黒鋼も締め付けられ、ファイの中ではじける。 あとは心地よい虚脱感と、互いの乱れた息遣いだけ。 体の熱がおさまるのを待って、黒鋼はファイの体をそっと布団に下ろした。 「大丈夫か?」 「ん・・・・・・。」 潤んだ瞳は、すでに眠りに引き込まれようとしている。 それでも一言だけ。 「ごめんね・・・・・・。」 「・・・・・・。」 それが黒鋼の耳に届いた時、ファイの意識はもう残っていなかった。 安らかな寝息。 何のための謝罪なのか、説明することも無く。 後味の悪さだけが残った。 「ちっ・・・・・・」 舌打ちして、横たえたからだから視線をそらす。 汚れた体を拭いてやらなければ。それくらいのことは、分かっていたけれど。今はどうしても、そんな気分になれなくて。 ふと窓から空を見上げる。いつの間にか、月が顔を出していた。かさでもかぶっているかのように、周りが白くぼやけていた。 きっと明日は雨が降る。 back |