*時間は父王様とファイさんのベッドシーンを目撃しちゃった話の後くらいではないかなと思います。 かなり、手ごたえがあった気がしたのだが。 「・・・・・・・・・・・・・」 「殿下?どうしましたー?」 数学の授業の途中、手を止めてしまった王子をファイが覗き込んだ。 「疲れました?ちょっと休憩しましょうかー。」 「いや・・・」 つまらない。 何度も愛していると言っているのに、ファイの態度は相変わらず教育係のもので。 愛していると言うたびに困ったように泣きそうな顔をするのも相変わらず。 少し、扱いのコツは掴んだのだが。 「・・・欲情しているんだ。」 触れたいのなら出来るだけ、冷たい声音で。 「体が熱くて集中できない。鎮めてくれないか。」 「・・・そんな台詞・・・どこで覚えてくるんですか・・・」 「お前から学ぶことだけが全てではない。」 最も効果的な言葉は、『命令』。 「命令だ。早く。」 「・・・・・・仰せのままに・・・」 心がない振りをすれば、要求はすぐに叶う。 ファイを、従順な人形に変える呪文。 足の間に跪き顔を埋めて、口腔に招き入れたそれに舌で愛撫を与えるファイの、金の髪を撫でる。 長かった時ならば、このまま毛先に口付けられただろうななどと、今更、幼かった自分の、今と大して変わらない愚行を後悔してみる。 あれからもう何年もたつのに、また伸ばすという約束は果たされぬまま。 「ファイ・・」 「・・・はい・・・」 「何故、髪を伸ばさない?」 「・・・・・・・・」 奉仕が止む。 ファイはゆっくりと顔を上げると、濡れて艶かしく光る唇を、薄く開いて何か言葉を探そうとする。 彼は、いつもそうだ。 古の詩や魔術の呪文は滑らかに紡いで見せるのに、自分のことを話すのは苦手。 歴史よりも数式よりも、教えて欲しいのは彼の心なのに。 じっと見つめて待ったのに、結局ファイは、俯いて口を噤み、人形でいる事を選んだ。 苛立ちは、誰へのものと認識すべきだろうか。 無性に腹立たしくて、意図せず声が冷たくなる。 「続けろ。」 感情を隠し切れない短い言葉に、蒼い瞳は悲しげに翳って、行為を続ける名目でまた伏せられた。 違う。 こんなことをしたいわけではないのに。 こんな顔をさせたいわけではないのに。 人形との行為を何度繰り返しても、その胸に心は芽生えない。 ちゃんと分かっているのに。 「あっ・・・」 ファイの肩を掴んで、強く押す。 バランスを崩した彼をそのまま床に押し倒して、両手を床に縫いつけた。 「殿下っ・・・」 身長はこちらのほうが僅かだが勝る。 体勢の有利も含めて、腕力の差は歴然。 魔法を使えば振り払う事は可能だろうが、王族に魔法を使うような無礼な真似、ファイにはできない。 卑怯だと、分かっていても。 「抗うな、命令だ。」 「っ・・・」 ファイは絶望に大きく目を見開いて、そしてゆっくりと目を閉じた。 人形に変えてしまえば、唇を重ねる事もひどく容易い。 柔らかい感触を存分に味わって体を離せば、いまだ閉じられたままの瞼の下から水滴が零れ落ちていた。 「ファイ・・・」 涙を流す人形などいないだろう。 そう思える瞬間がひどく嬉しくて。 そしてこの涙が、自分とこんな風に始まるのは嫌だと、そう意味だったら良いと。 そんな甘美な夢に溺れて、唱えるのはまた呪文。 ファイを、人に戻す呪文。 「ファイ、愛している・・・」 「っ・・・殿・・・下・・・」 拘束した手を離す。 「逃げて良いぞ。」 「・・・・・・殿下」 「それとも望むのか?」 「・・・・・・ごめんなさい・・・」 ファイは体の下から抜け出すと、必死に平静を取り繕って一礼。 「失礼します。」 落ち着いた足取りを気取っても、扉を閉めたら駆け出すくせに。 扉を挟んでも、普段の彼らしくないけたたましい足音が廊下を遠ざかるのが聞こえる。 しばらく耳を澄ましてから、こぶしで床を殴りつけた。 「くそっ・・・」 ファイが聞いていたら、なんという言葉遣いをと叱られるだろうか。 こんなときにまで、考えているのはファイのことばかりだ。 「こんなことがしたいんじゃないのに・・・」 立ち上がり、服を調える。 ファイを迎えに行こう。 謝って、授業の続きをしてもらうのだ。 そういう関係でしか、側にいられないなら。 「はっ・・・はっ・・・」 自室まで駆け戻ったファイは、ばたんと閉めた扉に背を預け、そのままずるずると床に座り込んだ。 呼吸が整わない。 動悸が収まらない。 「殿下っ・・・」 本当は、望んでいた。 望んでいたのに。 「んっ・・・あっ・・・」 叶わない欲を自ら愛撫する。 耳の奥に残る切ない響きを、何度も呼び起こしながら。 『ファイ、愛している・・・』 「でん、か・・・」 涙腺が壊れたみたいに、ぽろぽろと涙が零れ落ちる。 片方の手で自身を擦り上げながら、もう一方の手の指を口に入れた。 まだ残っている彼の感触を追い求めて、擬似行為に没頭する。 「ん・・・んう・・・・」 『愛している・・・』 何もかも投げ出して、未来への恐怖さえ忘れてその言葉に縋れたら、どんなに幸せだろうか。 けれどどうしても、踏みとどまってしまう。 逃げてしまう。 いつか彼も自分を置いて逝く。 別れの恐怖に足が竦む。 いっそ力尽くで奪ってくれたらどんなにか楽だろう、そう思うのに。 愛などない振りをして欲しいくせに、彼がくれる愛の言葉を、一つ残らず記憶している。 きっとまた、亡くした後に思い出して泣く事になると、分かっていてもなお。 「ん、ふあっ・・・あ、あっ・・・殿下っ・・・でん、か、あ・・・っ!」 『愛している・・・ファイ』 「殿下・・・」 「・・・どうして・・・」 ファイを迎えに来たのに扉も開けられずに、王子はその前に立ち尽くした。 逃げたファイを追ってファイの部屋の前まで来たら、扉の向こうから僅かに漏れてくるのは自分を呼ぶ声。 泣き声に近い嬌声の合間に、何度も何度も。 「呼ぶならどうして・・・望んでくれないんだ・・・。」 想いは同じなのに。 ファイが何を求めているのか分からない。 自分達はずっと、交わらない平行線の上を、並んで歩いていくしかないのだろうか。 ***************** 好きだって伝えたのに受け入れてもらえない、こういう悶々した時間を書くのが一番楽しいですよね(最低) 原作ではセレス国編が終わろうとしている感じなのにしつこくやってます、王子ネタ。 いいの、これパラレルだから。原作とは何の関係もないから。 わざわざ地下にもって来ましたけどそこまで生々しくないのは仕様です。ホントです。「今回は頑張るぞ!」と思ったのに生々しく書けなかったのと、「今回は大人しめで」と思って生々しく書かなかったのとでは違うんでね。今回は仕様。王子部屋であんまり激しいのはなあと思うの。とかいいつつ、せっかく魔法の国なんだし、女体化エロとかやってみたいなっていう願望があったりするんですけど。そういうお遊びはせめて王子の恋を成就させてあげてから考えます。 それにしても、雪だるま作ってた純粋な少年王子はどこへ行ったんでしょうね・・・。 BACK |