真夜中、布団の中が寂しい気がして目が覚めた。 隣で寝ていたはずの黒鋼は、起きて窓から外を見ていた。 「・・・何してるのー?」 「あ?なんだ、起きたのか。」 「黒むーが居なくなるからー。」 「ああ、悪い。雪が、降ってきたと思ってな。」 「雪ー?」 ごそごそと布団から這い出して、黒鋼の横から窓外をのぞく。 「あ、ほんとだー」 今夜は冷えると思っていたら、黒い空からちらちらと。まだ積もり始めては居ないが、この様子なら、ひょっとすると。 「積もると良いねー。」 ウキウキとそう言うと、少し驚いたような顔をされた。 「何ー?」 「・・・雪は・・・嫌いなんじゃなかったのか・・・?」 「ふえ?何でー?」 「その・・・故郷を・・・思い出すだろ・・・」 黒鋼にしては珍しく、躊躇いながらの発言に、そういえば以前、雪の国で、故郷はもっと寒かったといったことを思い出す。でもあの時は、 「雪が降ったとは言わなかったでしょー。」 「降らなかったのか?」 「うん。寒かったけど、雪は滅多に・・・」 ふわ、とあくびが漏れる。まだ眠い。黒鋼の腕の間に滑り込んで、厚い胸板に体を預けると、条件反射のように二本の腕はファイの体に回されて。与えられるぬくもりに、眠気はさらに加速する。瞼の重さに耐えながら、眺めた外の世界では、相変わらず白い結晶が舞っている。 そういえば、以前にもこうやって雪を見たことがあった。 「―――イ、ファイ、」 「ん・・・・・・え、ア、アシュラ王!?」 深夜の突然の来訪者に、ファイはがばりと身を起こす。 「な、何やってるんですか、こんな時間に!」 ここはファイの部屋。一国の王が深夜に気軽に出入りする場所では 「雪が降ってきたぞ。」 「・・・雪?」 「ああ、ほら。」 王はそう言うと部屋のカーテンを開ける。白く曇ったガラスを手で擦ると、夜闇の中にちらちらと舞う白い物体。 「うわあ・・・」 幻想的なその光景に、ファイは王への説教も忘れ、しばし見入った。 やがてガラスが再び曇り始める。外気が入るのも構わず窓を開けると、流れ込む冷気より先に、与えられる温かい抱擁。 外はうっすらと雪化粧。 「かなり降るな。今夜中には積もりそうだ。」 「今日は暖かかったからー。」 優しい腕に体を預けと、急に瞼が重くなった。 「ファイ?眠いのか?」 「すいませんー、ちょっと夜更かししたものでー。」 「また読書か?勉強熱心なのも良いが」 「今日は小説ですー。陛下もいかがですか?純愛物ですけど、読み出すと結構面白いんですよー。」 「純愛か。守備範囲外だな。」 「意外と好きそうなのにー。」 くすくす笑った後に小さくあくびが漏れる。今度は王がくすりと笑った。 「眠ろうか。積もるまで。」 「アシュラ王も此処でー?」 「夜明けまでには戻るようにする。問題ないだろう?」 「そちらのベッドほど、寝心地は良くないと思うんですけどー。」 「お前が隣にいるなら、それ以上の寝心地はない。」 「・・・・・・」 やっぱり純愛好きなんじゃ、と思ったが口には出さず、ファイは大人しく王に手を引かれた。 「おい、話の途中で寝るな。」 「ん、んー?何の話だっけー?」 「何で雪が降らねえんだ。」 「あー・・・オレがいた国は凄く寒くて、水分は空に昇れないんだー。だから空はいつも晴れてて、たまーに暖かい日の夜なんかに、空に出来た雲から雪が落ちてくるのー。」 寒い寒いあの国では、地上の水分は雲になることもできずに。たまに空に昇っても、夜の気温が低すぎると、雹や霰で落ちてくる。雪が優しく降るのは、年に数回だけだ。 「んー、やっぱり眠いやー。ごめん、おやすみー・・・」 そういうと小さい溜息の後に、体が持ち上げられた。そして静かにベッドに下ろされる。 そっと毛布がかけられて、続いて隣に入ってくる体温を感じながら、ファイは再び、眠りの中で眼を覚ます。 「っ・・・・・・」 「どうした?」 「・・・・・・夢を・・・」 さっきから、どれくらい経ったのだろう。王はまだ隣にいたが、外が薄明るい。けれどそれは、夜明けではなく、雪に反射する月明かりだ。随分積もったらしい。 「恐ろしい夢か?」 「・・・・・・・・いえ・・・」 恐ろしかっただろうか。どんな夢だったか。 はっきりとは思い出せないが、ぼんやりと覚えているそれを、ファイはゆっくりと話し出す。 「ここじゃない何処かに居たんです・・・。そこでも雪が降っていて・・・でも、オレの隣には・・・貴方じゃない誰かがいて・・・オレはその誰かに・・・この世界の事を・・・遠い思い出みたいに話してた・・・。」 でも不思議と、悲しみや恐怖はなくて、それが逆に怖かった。 「アシュラ王・・・」 隣にいるべきただ一人の名を呼んで、その胸に顔を埋めると、後ろ髪を大きな手が優しく梳いていく。 「夢に怯えて眼が覚めるなんて、まだまだ子供だな。」 「・・・・・・・雪くらいで喜んで人を起こしに来る人は、子供じゃないんですか・・・」 からかう様な言葉に少しむっとして言い返すけれど、声音の奥の優しさには、ちゃんと気付いている。 温かい彼の手も声も。優しく雪が降る夜のように。 顔を上げると目が合って、どちらからともなく唇を寄せた。一度目は静かに長く触れて、二度目は角度を変えて深く求める。三度目は体勢を変えて、同時に王の手がファイの服の中にもぐりこんだ。 「寒くはないか?」 「もう・・・熱いです・・・」 「そうか。」 王が満足そうに小さく笑う、その吐息の温度に、目頭が熱くなった。 重ねる唇も体をなぞる指も、ここではこんなにも温かい。 夢の中のあの国はここよりずっと暖かくて、たまに寒い日の夜なんかに、雪がちらちらと降っていた。 こことは真逆の、不思議で――そして哀しい国。 あんなに暖かい場所で、人は誰にぬくもりを求めるのだろう。 抱きしめた肌の奥に感じる熱を、温かいと感じるのだろうか。 「あっ・・・ん、ああ・・・・・・・・・」 指が引き抜かれて、代わりに王が入ってくる。何度体を重ねても慣れない圧迫感に息が詰まる。 「はっ・・・あっ・・・」 「痛いか?」 「ん・・・・・・」 声にならない言葉の代わりに首を振ると、汗で頬に貼り付いた髪を、王がそっと払ってくれる。 そして一度だけ、蕩ける様な優しいキスを。 「動くぞ。」 「待っ・・・あっ・・・」 口付けの余韻に浸る間は与えず、王は一度腰を引いて、勢いよく突き上げる。知り尽くしたファイの内部の、彼が一番弱い所を。 「あっ・・・や、あ・・・アシュ・・・アシュラ・・王っ・・・」 突き上げられるたびに飛びそうになる意識を、何とか繋ぎとめようと縋り付けば、王が纏う上等の衣に指先が食い込んだ。肌に傷がつかないだろうかと、気に掛ける余裕はもうない。気が遠くなるほどの快楽。けれど、一番求めているものが、与えられない。 「アシュ・・あっ・・・も、もっと・・・」 「ん?」 「もっと・・・深く・・・」 そこは、王に教えられた最奥の深さに、もう少しだけ届かない。 今求めるのは快楽じゃない。 彼を感じられるなら痛みでも構わない。 どんなに強く思っても本当に一つになることなど叶うはずもなく、いつかあの夢のように遠く離れるのなら。 せめて今はできる限り深く。 この体に許された総てで。 「・・・弱い場所より深い方が感じるか・・・?」 王が動きを止めて問う。見上げると、困ったような、切ないような、複雑な表情。 「それとも、こうしていても離れることが怖いのか・・・?」 「アシュラ王・・・」 額に唇が降りてくる。王の肩から零れた髪が、ファイの頬を撫でた。 「たかが夢に何を怯える。私はお前を離しはしない。」 「あ・・・・・・・・・」 思わず、見開いた目に涙が浮かぶ。 「・・・知ってます・・・」 知っている。この人は、自分を離しはしない。 離れたのは自分。この人の傍に居られなかったのは―― 「オレが・・・悪いんです・・・全部、オレが・・・」 だからこの世界を離れた。与えられる温もりを拒む代わりに、二度と温もりを感じぬ世界へ。触れ合う肌の奥の熱を、温かいとは感じぬ世界へ。寒さの夜に雪降る世界へ。 「ファイ・・・?」 「ごめんなさい・・・戻ります・・・」 「どこへ?」 「・・・悪夢の中へ・・・。」 この人の傍に入られない。求めることも与えられることも、もう許されないのだから。 それでももう一度だけ強く抱き寄せて。 「どうか貴方は・・・良い夢を・・・」 「・・・大丈夫か?」 「・・・・・・く・・・ろみゅ・・・?」 目を開けると、自分を覗き込むのは確かに見慣れた紅い瞳。 「な、に・・・?どしたのー?」 「・・・・うなされてた。」 そう言って黒鋼が頬に触れて、目尻を擦ったことでファイは自分が泣いていたことを知る。 「あ・・・・・・」 「大丈夫か?」 繰り返された問いに、今度は盛大に涙が溢れた。 「おい・・・」 「昔の・・・・・・昔の夢を見たんだ・・・・・・」 「・・・・・・・」 流れる涙をそのままに、途切れ途切れにそう告げると、力強い腕がそっと体を抱き寄せた。 「怯えるな・・・」 「・・・ううん・・・違うよ・・・そうじゃなくて・・・・・・」 黒鋼の肩に頬を乗せて窓を見ると、雲って外は見えないものの、窓枠に積もる白い塊。 「暖かかった・・・・・・暖かかったんだ・・・・・・」 凍った涙が溶けるくらいに。 まるで雪が降る夜のように―― それってうなされてたんじゃなくてよがってたんじゃないのとか。 BGMは「魅せられて」。♪好きな男の腕の中でも 違う男の夢を見るー 黒の腕の中で泣いてもその涙はアシュラ王のためのものであって欲しいと思う。 黒鋼さん立つ瀬がない感じです。 こういう国でも良いなと思うんです、セレス国。 だって一巻のセレス国の風景、雪積もってないんですもん。 寒すぎるあの国では暖かい夜に雪が降るの。乾燥とか凄そうですけど。 とか思ってたらあっさり裏切られた・・・。 アシュラ王は純愛スキーでしょう。雪だるま二つ作ってチューとかやっちゃう人です。うわー、痛い!大好き! BACK |