現実は残酷で
     夢から覚めるのが 酷く怖かった


   夢現想



地の龍によっていくつの結界が壊されただろう。
東京を守っている結界は、後いくつ残っているのだろう。
一体どれ程の人が、死んだのだろう。
テレビやラジオを点ければ、ニュースキャスターやレポーターが、それらの被害状況を深刻そうな顔で沈痛な声色で報告するのが聞けるだろう。
だが、時代に取り残されたかのようなこの日本家屋には、そのような類の物は一切無かった。
そして、それは昴流にとっても好都合だった。


午後一時。今日の昼食をご飯と味噌汁に決め、昴流はのろのろと準備にかかった。
頭の何処かが麻痺してしまったのか、食欲も空腹感も全く感じないのだが、それでも食べないと人間は死んでしまう。
僕が死ぬと、星史郎さんの左目も死んでしまう。
昴流の頭の中にあるのはそれだけで、彼が食事をする理由はその一点に尽きた。
米は昨日炊いたものが炊飯器の中にまだ残っていたので、其れを茶碗に八分目くらいよそい、温め直す気もおきず、それをそのままテーブルの上に置いた。
その後で、そうだ、お味噌汁は昨夜飲んでしまったんだった、と思い出した。
この家に居ると、どうも時間の感覚が曖昧になる。
鍋に水を入れ、火にかける。乾燥ワカメを戸棚から、味噌を冷蔵庫から、それぞれ出す。
以前、北都が死んで心に穴が空いた時、頭にも空隙ができて、時間が経つと共にそれがどんどん大きくなっているようだ。
昴流は意図的にそう考えることにしている。それが上辺だけの理由付けにしか過ぎないと、わかってはいるのだが。
湯の中、おたまの上の味噌の塊を菜箸で溶きほぐしていく。
星史郎さんも。不意に、頭の中に浮かんだ言葉。星史郎さんも、よく台所に立っていた。料理が上手で。その情景が、脳裏に描かれる。広い背中。黒いエプロンの紐が腰の辺りで結ばれていて。昴流君。優しい声。冷蔵庫の中から豆腐を出してくれますか?一番下の段です。大きな手に骨ばった長い指。有り難うございます。柔らかな笑み。昴流君。その声で名前を呼ばれるのが大好きでした。昴流君。微笑みかけられる度、胸が高鳴りました。昴流君。星史郎さん。
愛しています、昴流君。


どくっ、と、自分でもはっきり分かるくらい心臓が大きく跳ねた。
どくどくどく・・・・・・速くなりだした鼓動は、減速する気配を見せず。
速い速度で全身を循環する血液が体温を上げる。
頭の中に霞がかかったかのような、一瞬の錯覚。
あついです、星史郎さん・・・・・・持っていたおたまと菜箸をそっと置き、コンロの火を止める。その指先が震えたのが分かった。
助けて、下さい。


「はぁ・・・っ、は・・・・っ、・・・」
台所の壁際、コンロの向かいに座り込んで、スラックスと下着を太股までずり下げて、自慰行為に浸る。
真昼間から、とか、こんな所で、とか、そんなこと以上に心の中を占めるものがあった。
軽く握って擦り上げたそれは、すぐに濡れた音を立てた。
視線を上げ、コンロの方を見る。脳は、そこに優しく微笑んで立つ星史郎を映していた。
星史郎さんが見ている、星史郎さんに見られている。
倒錯的な気分で昴流は手を動かす。
星史郎さん、星史郎さん、星史郎さん・・・・・・
名前を、呼んでも良いですか。
許される、なんて、思ってはいないけれど。そうしないと、貴方への想いが体の中に溜まっていくばかりで、苦しい。内側から破裂しそうだ。
星史郎は微笑んだまま、微動だにせず。
それを了承ととったわけでも、否定ととったわけでもない。昴流は単に自分の都合で、
「星史郎さ・・・っ!」
名前を呼んだ瞬間、想いが爆ぜた。
息が止まり、目の前がスパークし、一瞬、脳が白く焼ける。次いで訪れる、脱力感。
「はぁっ、はぁっ、はっ、はぁっ、」昴流君。「ふっ・・・」
呼吸が整わないうちに脚を開き、その間に片手をゆっくりと滑らせる。指先が、奥の窄まりに触れた。
星史郎さん・・・。星史郎さんが、見ている・・・。
その周囲を軽く撫でてから、一旦指を離した。先程自分が放ったものを指で掬い、それを塗り込めるようにして、指で浅い部分を探る。
昴流君。星史郎さんの声が聞こえる・・・。
星史郎さん、愛しています。貴方だけ、貴方だけが、こんなにも愛しい。


いつしか、昴流は二本の指を秘所に埋めて、思う様に掻き乱していた。
目の前の星史郎を見、何度もその名を呼び、時折返される応えに歓喜に震えながら。
星史郎さん、星史郎さん、星史郎さん・・・。僕の名を呼んで下さい。僕に触って下さい。僕を犯して下さい・・・!
恥も外聞もなくそう言った瞬間、昴流の意識は再度白く塗り潰された。


終わった後に残るのは、倦怠感と圧倒的な虚無感。
顔を上げても、目の前に星史郎の姿は無く、一人分の熱はすぐに冷めた。
本当は分かっているんだ。昴流は思う。それでも、夢や幻に縋っていたくて。
昴流は星史郎に抱かれたことが一度も無かった。だから、どれだけ夢想しようと、それらは酷く空虚で。
昴流の眼から涙が零れる。
愛されることが叶わないなら、殺されたいと、そう思っていた。
だけど。
星史郎さん。
僕は、ただ、もう一度貴方に見つめられたかっただけなのかもしれません。
見つめて、一瞬でも、触れてもらいたかったのかもしれません。
例え、それがどんな大罪に値しようとも・・・――――




fin.




あお様から頂きましたーvというか無理やり書かせて奪い取ったというか・・(すいませ・・)
以前頂いた『夢幻想』と同一世界設定で、星史郎さんを亡くして官能的に崩壊気味昴流君。
タイトルも綺麗に対になってて流石ですね。
こういう昴流君を見るたびに、星史郎さんを前に座らせて5時間くらい説教したい衝動に駆られます・・。
でも結局、こういう昴流君も良いよねって話で一緒に盛り上がっちゃうんだと思う。(彼が盛り上がらせてくれたらですけど・・。良いよねって言っただけで殺されそう・・。)
素敵な作品を有り難うございました。どきどきしました。
またよろしくお願いしますーv



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