ーmissing halfー







少し、風の強い夜だった。
薄く窓を開けて舞い散る桜を眺めながら、一人この国の酒を楽しんでいた黒鋼は、
ふと風音の合間に混じる柔らかい音に気がついた。
(何だ?)
聞きなれない音に窓を大きく開ける。どうやらそれは階下から聞こえてくるらしい。
風に紛れるように、ひっそりと響くメロディー。
黒鋼は窓を閉め、音源を辿って部屋を出た。
一階の喫茶店の扉を開けると、電気の消えた店内に月明かりが差し込み、
床の上を桜の影が舞っていた。
そんな幻想的な光景の中でファイが一人、今日の昼に届けられたピアノとか言う楽器に向かっていた。
柔らかい音の正体はファイが引くピアノの音。
奏でるのはさほど複雑ではない、ゆったりとしたテンポの、少し寂しい曲。

「弾けないんじゃなかったのか。」
思わず口に出すと、ファイはやっとこちらの存在に気がついたらしく、彼が振り向くと同時に曲がやんだ。
「黒みゅー・・・あ、うるさかったー?」
「いや、そうは言ってねえが。」
途絶えてしまった音色に名残惜しさを覚えながら、黒鋼はファイの横に立つ。
白と黒の鍵盤がずらっと並んだ奇妙な楽器。
一つ一つが違う音を出すというのだから複雑極まりない。きっと覚えるだけで一苦労だ。
三味線の方が単純でいい。弾いたことはないが。
ためしに手を伸ばして一つ押さえてみると、ポーンと明るい音が響いた。
「ピアノは初めてー?」
「ああ。」
今度は黒い鍵盤を。今度は少し暗い音が鳴った。
さっきの音の方が好きだが――どれを抑えたのか分からなくなってしまった。

仕方なくファイにふってみる。
「何か弾けよ。」
「え?」
「弾けるんだろ?」
昼に訊いた時は弾けないといっていたが。
「無理無理、弾けないよー。」
「さっき弾いてたじゃねえか。あれでいい。」
謙遜かと思ってさっきの曲を要求する。
あれは確かに、ファイが奏でていたものだ。
「あれはー・・・」
しかしファイは困ったように眉根を寄せて、しばしの逡巡の後鍵盤に指をのせる。
月明かりに照らされた白い肌の上を、桜の影が過ぎていく。
「この曲は・・・なんていうかさー・・・」
細く形のいい指が動くと、先程と同じメロディーが再び二人を包んだ。
「なんだ。」
「うーん・・・・・・不完全なんだよー・・・」
「不完全?」
首を傾げた黒鋼を見上げて、ファイは、切ない笑みを浮かべた。
 
 
 
 
氷の国が珍しく晴れた日の昼下がり。
陽の光を浴びようと王城の庭に出たファイは、屋内から流れてくる旋律を耳にした。
(あ、アシュラ王だー)
王族の教育の一環として1年ほど習ったことがあるとのことで、彼は意外にもピアノが弾ける。
天才的腕前というには程遠く、速いテンポの曲は苦手で、左手は時々黒鍵をはずすが。
けれどだからこそ、王が弾いていればすぐに分かり、ファイはその部屋の窓の下にそっと腰を下ろす。
ここでこうして、あまり上手くはない演奏に耳を傾けるのが好きだ。
そんな事を繰り返しているうちに、いつしか王がこの曲で、ファイを呼ぶようになったのはご愛嬌。
演奏が終わると王が窓から顔を出す。
「そんな所に居ずに、中に入ってくればいいだろう。何のために窓を開けていると思っているんだ?」
「えへへー、ここが好きなんですー♪」
けれどそれ以上は拒まずに、王に誘われるまま窓から室内にお邪魔する。
そこは宴などを催す大広間。
壁際に佇むピアノは本来そういうときに宮廷ピアニストが演奏に使うものだが、
普段はこうして、誰でも触れるように放置されている。
とは言えこの国では特に高級品のピアノを弾く技術を持つものは少なく、
王宮のピアノに触れる度胸のあるものも少ないので、それが歌うことは滅多にないが。

「お前も弾いてみるといいのに。私よりは向いていそうだ。」
「オレは・・・」
音楽に全く興味がないわけではないが、しかし自分で弾くよりは
「貴方の演奏を聞いてるほうがー・・・」
その答えに王は薄く笑みを浮かべると、そっとファイの手を引いた。
「奏でてくれ。」
「・・・でも、オレー・・・」
「私が弾く。」
「え?」
もう一方の手がファイの髪をなで、頭を引き寄せる。
重なる唇に、ファイも王の言葉の意味を理解した。
「でも、こんな場所じゃー・・」
「この時間帯は誰も来ない。聴くのは・・・私だけだ・・・。」
「・・・・・・・・・。」
 
それでも一応カーテンを閉めて、光を遮った薄暗い部屋で。
ピアノの前の椅子に座る王の膝の上で背後から抱かれて。

  ――王の指に翻弄されるままに
  
          奏でるのは快楽の調べ――
 
「あっ・・・つっ・・・・」
わき腹から這い上がった掌が胸を撫でて、目的のものを見つけて爪を立てた。
舌で為されるよりいくらかきつい愛撫にファイが痛みを訴えると、
詫びる様に今度は指の腹で、優しく押しつぶすように弄られる。
「あ、ぁ・・・・んっ・・・・」
「良い声だな。今日は特に。」
「は・・・あぁっ・・・!」
突然中心を握られて、ファイはびくりと体を強張らせるが、
何度か上下に擦られれば、すぐに体から力が抜ける。
快楽に慣らされた体は何処までも王の指に忠実だ。
先端から溢れた蜜が王の指を濡らせば、ファイの声に卑猥な水音が重なった。
「あっ、くっ・・ア、アシュ・・・ふぁっ・・・」
「辛そうだな。先にいくか?」
「ぁ・・・ぃ、一緒、に・・・」
「ああ。それは次に。」
ファイの希望をあっさり却下して攻める動きを少し早めれば、ファイはあっさりと王の手の中ではじけた。
 
かくんと力が抜けた体を王に預けて荒い呼吸を繰り返すファイを強引に上向かせて唇を奪うと、
まだ息苦しいのだろう、顔を背けようとしたが、許さずにあごを固定する。
舌で歯列を割れば、観念したのかファイの方から絡めた。
「ふっ・・んぅ・・・・は・・・・・・」
短めに、しかし激しく味わって解放してやると、快感に潤んだ瞳が王を映す。
焦点が合っているかは怪しかったが、眼差しは確かに次を求めた。
「足を」
王に命じられてファイは緩慢な動作ですこし足を開く。
その間に王は手を差し入れ、先程ファイが放った欲で濡れた指で入り口に触れた。
未だ一度も触られぬそこは、2度ほど円を描くように撫でてから先端を押し込むと、
後は内壁が奥へと誘い込むように動いた。
「柔らかいな。すぐにでもいけそうだ。」
「あ、ぁ・・んっ・・・」
一本目を奥まで埋め込みながら王が耳元で囁く言葉にファイは耳朶まで朱に染めるのは、
自分でも制御できないこの反応を、自覚しているのだろうか。
二本目の指も難なく飲み込んだそこは、多少乱暴にかき回しても柔軟に絡みついた。
それでも思い出したように弱い部分に触れてやると、ファイののどが震えて切ない悲鳴が上がる。
「ひっ・・・や、あぁっ・・・!」
「良い声だ。」
二度目のその台詞は少し掠れていて、王の昂ぶりをファイに伝えた。
 
指が引き抜かれて腰を持ち上げられる。
「挿れるぞ・・」
「あっ、くっ・・・・」
最初の挿入はもどかしいほどゆっくりで、一息に突き上げられるよりも辛い。
けれど背後から抱えられたこんな体勢では縋れるものもなくて、ファイは快楽に耐えて体を曲げた。
髪が割れて露わになったうなじに王が唇を落とせば、王の髪がファイの肌の上をすべる。
そんな小さな刺激さえ、ファイは敏感に反応し、びくりと体を揺らす。
「っ・・そんなに締めるな。まだ、動いてもいないのに。」
「っ・・ごめ、なさ・・・あっ・・・」
いい終わらぬうちにまた腰を持ち上げられて、今度は強く貫かれる。
吸い付く内壁をえぐるように何度もそれを繰り返すと、激しい音と共にあられもない声が広間に響いた。
「あ、あ、ぁ・・ん、あぁっ・・!」
ファイの嬌声に合わせて王の呼吸も荒くなる。
二人で、一つのリズムを刻む感覚、
「ファイ・・ファイ・・・」
「ふぁ・・あ、あぁっ・・・アシュ・・・あ、もっ・・・」
「ああ、一緒に、だったな・・・」
「あ、はっ・・ああっ・・・!!」
一段と激しく揺さぶられた後最奥を貫かれて、ファイは一際高く鳴いて弾けた。
内壁に締め付けられて王も同時にファイの中に放つ。
到達の後は嘘のように静まり返る室内で、二人はそのまましばらく行為の余韻に浸っていた。

 
「連弾・・はどうだ?」
人が来ると困るからとファイがとりあえず服装を整えていると、王が思いついたようにそう漏らした。
「・・・レンダン・・・といいますとー?」
「二人で弾くんだ。一つの曲を。」
ファイが服を整えたのを確認して王が手を伸ばす。
その手をとるとまた膝の上に、今度は優しく抱きかかえられた。
「一つの曲をー・・・?」
「ああ。一曲を二つのパートに分けて、二人で、一つのメロディーを奏でる。」
「二人でー・・・」
「ああ。簡単な練習曲でいいだろう。私もあまり難しいものは弾けないし。」
金糸のような髪を梳きながら、アシュラ王が語るそれは、
二人で一つのリズムを刻んだ、さっきの感覚に似ているのだろうかと。
「・・・面白そうー・・・」
素直にそう呟くと王の口元に笑みが浮かぶ。
「では何か用意させよう。初心者でも弾きやすいような・・・明るい曲の方がいいな。」
「そうですねー。じゃあ曲が来るまでに、楽譜の読み方を教えていただけますー?」
「ああ、そうだな。」
連弾とはいえファイの演奏が聴けるのがよほど嬉しいのだろう。
王は満足そうな笑みを浮かべると、ファイの髪にキスを落とした。






「この曲は連弾用でねー。」
「れんだん?」
耳慣れない単語に首を捻った黒鋼に笑顔を向けて、ファイは同じ曲を弾きつづける。
「二人で弾く曲なのー。オレが弾けるのは初心者用練習曲の簡単な方のパート。
 もう一人居ないと、ちゃんとした曲にはならないんだー。」
王に頼まれて宮廷ピアニストが選んでくれた曲は、ゆったりしたテンポで、音の響きが美しい明るい曲。
けれど二人で弾くためのこの曲は、一人で弾くとどこか寂しい音色になる。
「昔は二人で弾いてたんだけどさー・・・もう弾けなくなっちゃったー。」
片パートを奏でた王の指は、今は綺麗に組まれて水の中。
「・・・なんで弾いてたんだ。」
「他に弾けないからだよー。」
「・・・呼んでたんじゃなくてか?」
「え・・・?」
想定外の質問に思わずファイの手が止まる。
黒鋼はじっとファイを見つめていたが、早く寝ろと言い残して背を向けた。
二回へ続く扉がパタンと閉まるのを見ながら、ファイは黒鋼の言葉を反芻する。
『呼んでたんじゃなくてか?』
(呼んでた・・・?)

確かにあの後、王がピアノでファイを呼ぶように、
ファイがピアノを弾いていれば王がよくあの部屋にやってくるようになったが。
(話してないよね、そこは・・・)
話していない。話すわけがない。
それでもそう見えたのだろうか。
月明かりの中不完全な曲を奏でる自分は、もう半分を求めるように。
「・・・・・・・・・・。」
いつの間にか外の風はやんだらしく、鍵盤の上を舞った影は消えて鍵盤は今は白く光るだけ。
しばらくそれを見つめた後、ファイは静かにピアノを閉じた。






アニツバ第20話くらい『午後のピアノ』妄想。
アーンド、アシュラ王が豪華版の表紙になったよおめでとう!記念小説。
ファイさんが弾けないって言ったから、とりあえず信じてみたらこんな話になりました。
ピアノネタ、書き出したら色々萌ワードが浮かんだんですが、
全部使うと一話に収まりきらないので絞って絞って組み立てて、こんな感じにまとまりました。
いつかもう一本ピアノネタ書きたいな。
エロは信じられないくらい体力使います・・・。




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