「うー、あつーい・・・」
「昼間よりマシになっただろ。」
「でも無理ー」

今回の国は日本国の夏に良く似た気候の国で、雪国育ちのファイはじっとりとした不快な暑さにすぐにへばった。食事もろくに喉を通らず、夜もあまり眠れないようで、今夜はこの国で出会った者達に花火に誘われていたが、お子様組とモコナだけ行かせて大人組は留守番だ。
「黒むーも行って来ればよかったのにー。」
「一人にしたらまた水風呂に入るつもりだろ。」
昼間に二時間も入っているから、流石に風邪を引くと叱ったばかり。
しかし、この家の中で一番風通しの良い縁側に寝そべっていてもまだ苦しそうなファイを見ていると、少し甘やかしてやらねば可哀想な気もして。
「ほら、口開けろ。」
「んー?」
無防備に開かれた口に、黒鋼は台所から持って来た物を入れてやる。
甘い甘い液体で、赤く染まった細かい氷。
「ん、おいしー!いちごの味がする!」
「かき氷だ。この甘いのはシロップとか言うらしい。俺の国では砂糖とか木の汁で作った甘味料をかけるんだが。」
「それも美味しそうー。ね、もう一口!」
「自分で食え。」
甘えるファイの頬に氷を入れた器を当ててやると、ファイはその冷たさに思わず飛び起きた。少し残念そうに、受け取った器から自分で氷を掬う。口の中で溶けて胃に流れ込む冷たい甘さが、身体の熱も奪っていく。
「んー、頭がきーんってなってるー。」
「ゆっくり食えよ。腹壊すぞ。それに、零すとしみになる。」
「子供じゃないんだからー。」
ファイの服は、白地にせせらぎを思わせる水色の線が美しい浴衣で、赤いシロップなど付けてはもったいない。

湿気を帯びた風が吹く。身体の熱が収まれば、それも大して気にならない。
二人が並んで座る縁側に響くのは、風に揺れる草の音と、ファイが氷をつつく音。
「なんか、良い感じだねー。」
「ああ・・・。風鈴か・・・虫の音があるともっと・・・」
「風鈴?」
「ああ、知らねえか。まあ、いつか、見れる機会もあるだろう。」
説明してやろうと思ったが、上手く伝える表現が思いつかないので止めにした。風流は、頭で理解するより身体で感じるものだ。

じきに、遠方から吹く風の中に、花火の音が混じり始めた。

「あ、黒むー、あれ何ー?」
「あ?」
ファイが指差した先に、望んだ音を立てる虫ではないけれど、これはこれで風流な小さな光。
「蛍か・・・」
「ホタルー?精霊の一種?」
「虫だ。夏の夜に、ああやって光ながら飛ぶ。」
「あれ虫なんだー!綺麗だねー。」
「ああ。」
故郷にもいた夏の風物詩を見つめると、また隣からは氷の音。なかなか趣深い情景だ。ふと、母が歌ってくれた童歌を思い出した。

「ほ、ほ、ほーたるこい・・・」

思わずワンフレーズ口ずさんだそれを、ファイが聞き逃すはずもなく。
「黒むーが歌ってるの初めて聞いたー。それなんの歌ー?」
「・・・・・・蛍を呼ぶ歌だ・・。」
不用意に口ずさんだ自分を呪いながらファイの顔を見ると、無言の眼差しの中に続きを切望する光。
「・・・・」
しばらく拒否の眼差しで睨み返したが、結局根負けして覚えている歌詞を音色に乗せた。


ほ ほ ほたるこい  そっちの みーずは にーがいぞ
ほ ほ ほたるこい  こっちの みーずは あーまいぞ


「面白い歌だねー。」
そういってファイは、ほーたるこい、と、覚えた歌を繰り返す。
「こっちの水は本当に甘いのー?」
「さあな。ただの誘い文句だろ。」
「そっかー。」
くすくす笑うとファイは器の底に残った溶けた氷と甘い汁を飲み干した。
空の器を脇に置くと、またしばし、幻想的な光景に見とれる。
「ほ・・・ほ・・・ほーたるこい・・・」
黒鋼が歌ったものよりいくらか遅いテンポでその歌が流れれば、時間の流れも緩やかになったかのような錯覚に陥る。
そっと、ファイの横顔を見た。いつもより赤い唇は、いちごのシロップのせいだろう。艶やかに濡れた唇が、ゆっくりと歌の続きを歌う。
「こっちのみーずはあーまいぞ」
それは確かに誘い文句で、甘いと歌う唇は、触れれば確かに甘いだろう。

気付けば自分は、誘われた蛍。



「ん・・・」
あごを掬って甘い蜜を吸えば、更に甘い声が響いた。それも全て味わいたくて、口腔に下を侵入させる。
「ん
・・・黒・・・ふっ・・・」
「静かにしろ。蛍が逃げる。」
「も・・・見る気・・・ないくせに・・・」
「そんな事ねえよ。」
それでも縁側の板の上にファイの身体を横たえて、しっとりと汗ばんだ首筋に口付ける。帯の結び目が痛いだろうかと、手探りで器用に解いてやって、けれど帯びは腰に残したまま。
「汗、かいてるのに・・・」
「始めたらどうせかくだろ。」
「でも・・・暑い・・・もん・・・・・・やだ・・・」
「甘い言葉で誘ったのはお前だ。」
「何それ・・・先に歌ったの、黒むーじゃない・・・」
「じゃあ、誘われとけよ。」
浴衣を肌蹴させて、白地に赤を零したかのような胸の飾りを軽く吸うと、ファイの身体が小さくはねた。上がった声はいちごより甘い。
遠くで、花火の音がする。

口ではなんと言っていても、行為が始まれば、身体は空気の暑さも気にならないくらい別の熱に支配されて。
最初から身体が火照っていたせいか、今宵のファイは溶けるのもいつもより早い。後ろに指を差し入れて内部をかき回すと、殆ど触れなかったのに前は体液を溢れさせる。自分で判るのだろう、ファイは足を閉じて黒鋼を止めようとする。
「や・・・お願・・・やめて・・・」
「脚開け。」
「い、や・・・ほんとに、待って・・・」
快楽に飲まれる前に抵抗されるのはいつものこと。うわ言めいた力のない言葉に本心がこもることはない。しかし、いつものように無視して行為を進めようとすると、今回は本当に押し返された。
「やめてっ・・・!」
「なんだ。」
不機嫌に睨みつけるとファイは怯えたように瞳を揺らす。止めておきながらこんな風に、加虐心を煽るのはやめてほしい。
涙に濡れた目元も、肌蹴た胸元も、乱れた裾から覗く太股も。魅惑的な花の色に染めながら、今更止められると思っているのか。
「続けるぞ。」
「だめ・・・!この、ままじゃ・・・浴衣・・・汚れちゃう・・・」
今にも消え入りそうな声で示されたのは、中断の意思ではなく、彼が望む甘い水への道筋。
「・・・そうだな。」
黒鋼はファイの身体を反転させると、腰を持ち上げて、零れる体液で汚さぬように浴衣を大きく捲り上げた。こんな場所で、獣のような体勢で、夜風に下肢をさらす姿にファイは羞恥を覚えはしたが、それでも黒鋼の昂りが蕾に触れると、その熱への期待にごくりと喉が鳴る。しかし、
「ああ、帯が・・・」
「え・・・?」
期待を裏切る言葉に、見るとさっき黒鋼が解いた帯が床に垂れ下がっていた。
「解かなきゃ良かったな」
そう言って持ち上げて、しかし完全に解いてしまうのも結び直すのも面倒だと、黒鋼は帯の端をファイに差し出す・
「咥えてろ。」
「・・・ん・・」
それが招く事態は容易に想像できたが、今は快楽への期待のほうがはるかに勝った。逡巡の時間は僅かで、ファイは差し出されたそれを唇で挟んで受け取った。

最初はゆっくり、根元まで埋めて、二度目は強く突き上げる。三度目からはファイが声を上げる場所を掠めることも忘れない。今日は、声を上げる事は許さなかったが。
「ふっ・・・うん・・・・んっ・・・ふ・・・・」
嬌声は口をふさぐ帯に遮られて、甘い音が鼻に抜ける。上手く息が出来なくて、頭がくらくらする。
背筋を駆け上がる痺れに腕ががくがくと震えたところに、中心を握って擦り上げられると、身体を支えるだけの力は簡単に失われた。
「んんっ・・・んっ・・・」
頬で触れた床が冷たくて、自分の身体の熱さを思い知らされる。自分だけが淫らに欲情してるんだろうか。こんな体勢では黒鋼の熱を感じられるのは繋がった一点だけなのに、そこはどちらが熱いのか分からないくらいどろどろに蕩けてる。
抱きしめて欲しいと伝えたいのに、それさえも帯が邪魔をして。切なくて、涙が滲んだ。

不意に、その視界の中に小さな光が舞い降りた。快楽とと息苦しさに朦朧となる頭で、なんとかそれが蛍だと認識する。
この光は熱いんだろうか。そんなことが気になって、そろりと手を伸ばした。しかし蛍に触れる前に、黒鋼に掴まれる。
「俺に抱かれてるときに、他の男に手え出してんじゃねえよ。」
「んっ、んんっ・・・!」
これオスなんだとか、どうして分かるんだろうとか、一瞬浮かんだ疑問は、叱るみたいな乱暴な突き上げに即座に霧散する。
望んだ言葉が伝わったみたいに、背中から黒鋼が身体を重ねてくる。浴衣越しに彼の身体の熱を感じる。自分の身体と変わらないその熱さが、きっと何よりも心地良い。
あの光が熱くても、きっと蛍達は知らないだろう。体中の全部の感覚が、黒鋼に支配される。こんな、身を焼かれる様な、切ないのに安堵する熱があることを。

「んっ・・・んあっ・・・あ、ああっ・・・」
とうとう口から帯が離れて、高い声が上がる。
「咥えてろって言っただろ。」
汚れた床に帯が擦れる前に黒鋼がそれを抑えて、また叱るように大きく腰を揺らす。
「や、あっ・・・!」
その刺激が強すぎて思わず大きな声を上げると、蛍がびくりと飛び立った。その姿を追いかけて首を捻ると、乱暴に唇を奪われる。
呼吸が止まる。これじゃ、帯を咥えてるのと何も変わらない。
でも、帯より少し、甘い。きっと、最初のキスで彼に移ったシロップの味なんだろう。
誘われるように、自分から舌を絡めた。それに誘われて、黒鋼は強く吸い上げる。
どっちが誘ったとか、もうそんなことはどうでも良い。甘い水の在り処には、二人でないと行けないから。

「んっ・・・、っ・・・あああ・・・!」
唇が離れた瞬間に一番深い場所を穿たれて、ファイは一際高い声を上げて果てた。直後に、そこに熱い熱が注がれるのを感じる。

交わる熱が同じ温度になったら、きっとそれが何よりも甘い。

これ以上ないくらいに甘美な感覚の中で、ファイはゆっくりと意識を手放した。






ファイの寝室は一番風通しが良いからと、縁側に面した部屋に当てられている。汚れた身体を清めてやって、畳の上に敷いた布団にファイを横たえていると、蛍が一匹室内に迷い込んできた。ファイの甘い声に、誘われたわけでもあるまいに。
「出てけよ。お前の水はあっちだろ。」
黒鋼は手で蛍を払って、静かに障子を閉める。
夜になってもじっとりと蒸し暑い空気も、あの熱の後ではいくらか涼しく感じる。きっと、今夜はぐっすり眠れるだろう。

花火ももうすぐやみそうだ。





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蛍としゃべる黒鋼さんの図(どうでもいい)
ええと・・・日本では一般に蛍の時期は5月から6月くらいなんだそうなんですけれども、なんかイメージ的に夏の虫だし、なんてったってここ異世界だし、蛍もいろんな種類がいますよって事でオールオッケー☆・・・いや、書き出したのは5月くらいなんですけど、なかなかこう、始まってからが難産で・・っていつものことなんですけど。途中でちょっと見せちゃった某様に、「雪流さん、早くイかせてあげて」、とか言われながらやっとの思いで頂点まで・・。夏が終わる前に世に出せてよかった、うん。(しかし更新日は立秋でした・・・)
いちごかき氷なんて食べて歯も磨かずに寝たら虫歯になりますよファイさん・・・(妙なとこリアリスト)




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