思い出のアルバム
 
 
いつの事だか思い出してごらん。
あんな事、こんな事、あったでしょう。
 
 
「お二人のセカンドエッチはいつですか。」
「・・・・・・・・ああっ!?」
放課後、夕日の教室で、桜塚星史郎が珍しく、キャラ崩壊も厭わない感じの生々しい質問。
「あのー・・・星史郎さん、何かあったんですか・・・?」
「僕にも恋の悩みくらいありますよ。」
「いや、何威張ってんだよ。」
終礼から時間がたっているため、教室に残っているのはメイン3人のほかに男子生徒が一人。席がかなり離れているので、小声なら大丈夫だろう。
「星史郎さん、恋人さんと上手く行ってないんですかー?」
「いってますよ。ただタイミングを計りかねてるだけで。」
「二度目を気にしてるって事は一度目は終わってんだな。」
「ええ、つい先日。」
「あれ?結構前からお付き合いしてませんでしたー?」
「僕は修学旅行で体から始めるようなお付き合いはしてませんから。」
「・・・・・・ちょっと待て!何で知ってんだ!どこまで知ってんだ!!」
「ああ、やっぱりそうなんですか?きっかけになりそうなのはそれくらいかなと思ってただけで、確信にまでは至ってなかったんですが。」
「っ・・・!」
「黒むーの馬鹿・・・」
今日も星史郎は絶好調だ。
「で、二度目はいつだったんですか?やっぱり旅行から戻ってすぐに?」
「やっぱりってなんだ、やっぱりって。」
「んー、オレ達、一度目の後は結構長い間プラトニックでしたよー?二度目は夏休みの最後の方だったよねー?」
「何でお前もばらす気満々なんだ・・・。」
「黙秘してもどうせ黒むーが自爆するだろうと思ってー。」
世話の焼ける恋人を持つには諦めが大切だ。
「それで、二度目はどんな流れで持ち込んだんですか?」
「どんなってー・・・どんな?」
「・・・・・・」
 
 
 
付き合うと言うのはどういうことなのだろう。黒鋼は悩み始めていた。
ファイと体を重ね、互いの想いに気付き、恋人と呼ぶべき中になったのが6月上旬。その後は至って健全なお付き合いを続けている。朝、家の前で顔を合わせておはようと言い、しばらく並んで歩いて最初の角を曲がったら、どちらからともなくキスをする。夜は黒鋼がほぼ毎日ファイの部屋に侵入するが、目的は宿題の質問や夜のお茶会が主で、アダルトな展開には発展しない。いつパパに突入されたって平気だ。唯一パパに言えない事は、自分の部屋に戻る前に、お休みのキスを交わすこと。
短くまとめると、友達時代からの変化は一日二回のキスだけだということになる。夏休みに入ってからもそれは変わらなくて、黒鋼の受験勉強の家庭教師を申し出たファイが、一日中黒鋼の部屋に入り浸るようになっても、欲求不満の蓄積度合いが増しただけで。
(物足りない・・・)
体を重ねる事が付き合うと言う事だとは思わない。でも、中学3年生の健全な男の子としては、目の前の愛おしい存在に、手を伸ばさずにはいられないわけで。
(そもそも、すでに一回やっちまってるわけだし・・・)
それ故に、いろいろと思い出されるものがあって余計に苦しいわけだが。
 
「ほら、ここはこれが主語で、ここからここまでが主語を修飾しててー」
冷房の聞いた部屋の中にファイの声が響く。今日の彼の服は白いカッターシャツに細身のジーンズ。決して扇情的な装いではない。上半身だけ見れば学校の制服とそう変わらないのに、妙に興奮するのは、ここが自分の部屋だからだろうか。
今日は知世は水泳教室。蘇摩はクラブがあるとかで、二人とも夕方まで帰ってこない。
(二人きり・・・だしな・・・)
「黒むー、聞いてる?」
「あ・・・悪い・・・」
「もう、何ぼーっとしてるの。」
いや、脳みその方はフル回転だったのだが。
「じゃあここ、自分で訳してみて?」
「あー・・・彼は・・・これなんて意味だったっけな。」
「分からない事はまず自分で調べる!」
ファイ先生は手厳しい。
 
彼はどうなのだろうか。一応一度は経験したわけだし、彼も健全な男の子なわけで。だがどうだろう。もともとそちらの方面には激しく疎いから、その手の欲求にも乏しいのかもしれない。初体験もかなり怯えながらの行為だったようだし、最悪の場合、キスは良いけどその先はNGという可能性も。
 
「黒鋼君、手が止まってますよー。」
ファイが先生風の口調で言う。生徒みたい答えてやる。
「先生、疲れました。」
現実の先生に敬語なんて使ったことはないが。
「じゃあちょっと休憩するー?」
なんだかんだと言っても少し甘い先生は、あっさりテキストを置いてくれた。
「お昼ごはんには少し早いし、軽くお茶にしようかー。昨日お父さんが買って来てくれたシュークリームがあるんだ。ちょっと取って来・・・」
ファイの教えに従うなら、分からない事は自分で調べるべきなのだろう。だから黒鋼は思い切って、ファイの腕を掴む。
「黒むー?わっ・・・」
無言で抱き上げたファイの体を、ノートを押しのけた机の上に乗せる。そしてやはり無言のまま唇を奪った。
「んっ・・・」
思えばこれも久し振りの、舌を挿れるキス。ファイは驚いたように短い声を上げたが、意外にあっさりとそれを受け入れる。舌を絡める動作はたどたどしいけれど、それでも確かに反応はある。
良いのだろうか。
調子に乗ってファイのシャツのボタンに手をかけた。
「んっ!?ちょっ・・・ちょっと待って!!」
止められた。
「・・・嫌なのか。」
あからさまに不満げな顔をするとファイはあわてて首を振って。
「そ、そうじゃなくて・・・その・・・」
真っ赤になった顔を下から覗き込むと、ファイは更に真っ赤になって、逃れるように目を閉じて、耳を澄まさねば聞こえないほどの小さな声で、訴える。
「・・・ベ・・・ベッドが良い・・・」
「・・・・・・」
これはまた、可愛らしい事を。
「嫌ではねえんだな?」
「・・・黒みゅーが・・嫌じゃないんなら・・・」
「何で俺が嫌がるんだよ。」
「だ、だって・・・あれから・・・一度も・・・」
「あ?」
「な、なんでもないっ・・・!早く、しよ・・?」
「・・・・・・」
そんな風に可愛くねだられると、溜まりに溜まった欲求不満が暴走しそうになるが、
「疑問を疑問のままほっとくのは、よくねえよな?」
面白いおもちゃを見つけたとでも言うようににやりと笑ってみせると、ファイが耳まで真っ赤にして唇を震わせるから、まずはこちらからだ。
「教えろよ、先生?」
「っ・・・」
耳朶に触れるくらいまで唇を寄せて囁くと、ファイが短く息を詰めた。
「ほら、ここでするぞ?」
「やっ・・・」
机の上でされる事の何がそこまで嫌なのか知らないけれど、シャツの中に手を潜り込ませようとするとファイは慌ててその手を押さえ、堰を切ったように話し出す。
「だ、だって黒りーが、あれから一度も・・・こ、こういうこと・・・してくれないから・・・やっぱり、オレじゃ物足りなかったのかなとか・・・だからっ・・・どうやったら気持ちよくしてあげられるんだろうって思ったんだけど・・・舌の絡め方とかっ・・し、締め付け方とか・・・オレよく分かんないしっ・・・それにっ・・」
「ちょ、待て待て待て!お前、いつの間にそんな詳しくなったんだ!?」
「っ・・・・・・」
話を遮って突っ込むと、ファイは首まで真っ赤にして俯いてしまった。
そういえばファイ先生の教育理念だった。『分からない事は自分で調べる』。
「へえ・・・。そんなこと、何で調べたんだよ。」
「そ・・・その・・・ネットとか・・・」
「どういう単語で検索したんだ?」
「そ、それは・・・」
危ない。泣き出しそうだ。それなのに楽しくなってきてしまっている自分が一番危ない。今回は、これくらいにしておいてやろうか。 
ファイの身体を抱き上げて、ご希望通りベッドに運ぶ。ベッドの上に横たえてからなら、ボタンに伸びた手にファイは抵抗しなかった。けれど、申し訳なさそうに、謝る。
「あ、あのっ・・・ご、ごめんね・・・・」
「何が。」
「お、オレっ・・・す、凄く・・下手だと思うけど・・・」
「気にすんなよ。こういうことは理論より実践だろ?」
「じ、実践・・・」
「ああ。身体で覚えろよ。これからは何度でもしてやるから。」
「え・.・・・あ・・・ありがとう・・・」
「こちらこそ。」
「え?あっ、ちょっ・・・んっ・・・」
 
とりあえずこれを境に、いつでもどこでも気兼ねなく求められるようになったわけで。
 
 
 
(そんなこともあったな・・・)
「黒鋼君?」
「あ?」
「顔がにやけてます。」
「ぁあっ!!?」
「もう、何考えてたの、黒様のエッチー。」
「ちょっ、待て、俺は別にっ・・!」
あらぬこともなくはない疑いをかけられて黒鋼は慌てて話を元に戻す。そう、セカンドエッチのタイミングの話だった。
「タイミングな・・・。別にいつでもいいんじゃねえか?案外向こうも、待ってるかもしれねえぞ?」
ただ少しおいたほうが、向こうの思いがけない反応が見られるかもしれないけれど。まあ星史郎の相手をするくらいの人なら、そこまで純朴でもなかろうかと。
 
ガタン・・・
不意に、三人以外にただ一人教室に残っていた少年が立ち上がった。何か書いていたようだから、課題が終わったのか。それともいつの間にか声が大きくなってきている三人のアダルトな会話を聞いていられなくなったか。
「昴流君、帰るのー?」
ファイが声を掛ける。クラスではあまり目立つ行動はしない少年だから、黒鋼は彼の下の名前を初めて知った。
「うん、また明日。」
「また明日ー。」
少年は、軽く手を振って教室を去った。
「じゃあ、僕もそろそろ帰りましょうか。」
星史郎が荷物を持って立ち上がる。
「あ?もういいのか?」
「もっと詳しく聞いてほしいですか?」
「いや、そういう意味じゃねえが・・」
ありきたりな結論しか言っていないような気がするのだが。
「いろいろ参考になりました。ありがとうございます。じゃあ、また明日。」
「おう。」
「頑張ってくださいねー。」
二人に見送られて星史郎は教室を出て行った。
「上手く行くといいねえ、星史郎さん。」
「そりゃまあ・・・でもあんなアドバイスでよかったのか・・・?」
「ああ。それは問題ないよー。多分オレ達の意見とかどうでもよかったと思うからー。」
「あ?じゃあ何で・・・」
「二回目したいですなんて、本人に直接は言いにくいでしょー?だから軽くアピールくらいのつもりでさー。あの人流の恋の駆け引きだよー。」
「あ・・・?・・・って、まさか・・・ええ!?」
「そういうことー。」
 
 
その頃の、校門前。
「あ、昴流君。待っててくれたんですか?」
「あ・・・えっと・・・はい・・・。」
「ありがとうございます。よかったら少し、うちに寄って行きませんか?帰りはちゃんと、お家までお送りしますから。」
「・・・はい。」
 
 
「上手く行くといいねー。」
「いや、ちょっと待て。意外性にも程があるぞ。」
「そうー?星史郎さんって、ああいう純粋そうな子、好きだよー?」
「・・・・・・」
そういえばそうかも。
「・・・じゃあ、それは置いといて・・・いくつか思い出した疑問点があるんだが。」
「え・・・、な、何?」
「ネット検索はどんな単語でしたんだ?」
「ネット・・・?あ、ああー、また古い質問を・・・。」
流石にもうこれくらいで首まで真っ赤にするほど子供ではないが、僅かにファイの頬が朱に染まった気がするのは、きっと夕日のせいではない。
「あれはホントは・・・星史郎さんに聞いたんだー・・・。あの頃はまだ、黒むーは星史郎さんのこと知らなかったし、説明するのもあれだったから・・・」
「・・・あー、なるほど・・・。」
なんか妙に納得できる答えだ。
「じゃあもう一つ。お前なんで机の上は嫌いなんだ。」
「・・・あ・・・あれは・・・」
こちらのほうが羞恥度は低いかと思ったら、こちらのほうが赤面度が激しくて少し意外だ。
「だってあの頃・・・毎日あの机の前で勉強教えてたのに・・・あんな所でされたら・・・オレあの机見れなくなると思って・・・」
「・・・へえ・・・」
それは、良い事を聞いてしまった。それに、毎日見る机ならここにもある。
「まだ時間あるな。」
「え・・・?」
「丁度二人きりだし。ちょっと待ってろ。鍵かけてくる。」
「え、ええっ!?ちょっ・・やだ!教室でなんてオレ絶対しないから!」
「心配するな。そんなこと言ってられんのは今のうちだけだ。」
「いくらなんでもそんな事ないって!オレ帰る!じゃあね、黒みゅー!」
「『いくらなんでも』ってどういう自覚だ。こら、待てって。」
「いやー!」
 
逃げようとしたのにあっさり担ぎ上げられて、ファイはその後しばらく自分の机が直視できなかったとか。
そして、授業中に視線がおかしかったり、突然赤面したりするファイを、黒鋼はしばらく眺めて楽しんだとか。
 
 
いつの事だか思い出してごらん。
あんな事、こんな事、あったでしょう。
嬉しかった事、面白かった事。
いつになっても忘れない。
 
 
=後書き=
なんという歌を使うんだって感じですが。タイトルと話の前後の数行は同名の歌から。
セカンドエッチで先生プレイって凄いね黒鋼君!まだまだファイさんの純粋振りが楽しい時期です。星史郎さんは一体どんな生々しい個人授業を展開してくれたのか。あ、でもこの話の中の星史郎さんは、ファイさんの事は溺愛してますが弟くらいの扱いに留めてるので、実技はなかったはずです。恋人も出来たしね。
昴流君は京都の富豪とかなんじゃなかろうか。星史郎さんちの住み込み使用人でも良かったんですけど。
 
 
復習:今回の(雪流さん的)萌えポイント『机の上』『理論より実践』『黒様のエッチー』
予習:星史郎さんと昴流君の馴れ初めは今のトコ考えてないです。
 
 
                    <こんな恥ずかしい人たちに付き合ってられません!>