Chapitre.−∞ 始まりの形









愛されるのは嫌じゃない。
ただ、自分に関係ないことのような気がするだけで。


けれど、こういうのは嫌だ。



「っ・・・・・・」

体内に侵入した指に、もっとも弱い部分を擦られて、ファイは息を詰めた。
その後も、同じ場所に与えられる快感に、シーツを握る手に力がこもる。

(これの何処が御奉仕なのかなー)

心の中で、無責任な発言をしてくれた同期の魔術師に悪態をついてみても、本人に届くはずもない。届いたら届いたで、困るのはこっちなのだが。

それに、『男は初めてか』などと訊かれた時点で、繋がりを求められることは分かっていたし、そうなってもかまわないという覚悟は、ここに来る前にできていた。

だから、抱かれること自体に嫌悪感は感じない。

けれど、こんな風に抱かれるのは嫌だった。



まるで、愛されているようで。



「んっ・・・!」

先刻、散々嬲られた胸の突起を再び甘く吸われて、指にばかり集中していたファイは、思わず漏れそうになった声を必死でかみ殺した。

「ファイ・・・」

少し掠れた甘い声が、促すように名を呼ぶ。声を出せ、と、そういう意味なのだろうけれど。

拒否の言葉を発すれば、同時に信じられないような声まで漏れてしまいそうで、ただ首を横に振る。唇を噛み締めたままのその行動が、余計に王を煽ることなど、ファイは気づかない。

ただこれは羞恥ではなく、彼の意地とせめてもの抵抗。


こんな風に抱かれるのは嫌だ。

愛なんてないはずなのに。

夜伽の相手をと、一方的に誘ったのなら、自分の快感だけ求めていればいいのに。

執拗なほどに丁寧な愛撫は、むしろファイの快感を引き出すことが目的のようで。

まるで愛されているようで。

そんな愛撫にまんまと感じている自分自身さえも。

そんな何もかもが。


不意に指が引き抜かれる。
けれどそれは終わりではなく、むしろそれが始まり。

散々慣らされたそこに、熱い塊が押し付けられて、ファイの体に緊張が走る。
覚悟はあっても、受け入れるのはこれが初めて。

「息を吐いて、力を抜け・・・。」
「っ・・・・・・」

自分とは逆に、余裕のある声が悔しい。悔しいはずなのに、耳元で囁かれるだけで、腰が蕩けそうになる。


(こんなの・・・)

もう嫌だと、そう思っても、挿入はゆっくりでそれが逆に辛い。全て投げ出して、身を任せてしまえれば、きっと楽なのだろうけれど。


守りたい自我などなかったが、まるで愛してでもいるかのように、愛のない愛撫を繰り返す、この腕にだけは溺れたくなかった。


時間をかけて、ファイの中に自身を全て埋め込んで、アシュラ王が低く告げる。

「動くぞ。」

ファイは、唇を噛み締めることで応えた。


「んっ・・・」

それは、予想以上の快感。そして同時に苦痛。

「ふっ・・・ん
っ・・・・・・」

思わず口を押さえたけれど、鼻に抜ける甘い音が止まらない。

頼りなく持ち上げられた足が、空中でびくんと跳ねる。

まるで自分の体ではないような、不思議な感覚。

心と体がバラバラになりそうな恐怖。


突然、ファイを攻め立てていた動きが止まる。

「・・・・・・?」
「手を。」

台詞とともに、口から引き剥がされた手は、王の手によってシーツに縫い付けられた。
そして、口も同時に塞がれる。体を繋げたままの深いキスで。

(何・・・?)

キスなんて、今まで1度もしなかった。それだけが、愛していない証拠だとさえ思えるほどに。

今までの穏やかな行為とは打って変わって、そのキスは熱く激しく、ファイの舌と一緒に、呼吸までも、絡め取って吸い上げる。

繋がっているため身を捩ることもできず、手を押さえられて抗うこともできず、ファイはただ、息苦しさと、頭の芯が痺れるような感覚に翻弄される。

その中で、自分の中を占めていた体積が、ぎりぎりまで引き抜かれるのを感じた。

(え・・・・・・)


つまり、所詮キスなど、愛の証にはならないということ。


呼吸が解放される。そして同時に、最奥まで一気に突き上げられる。
唇を噛み締める暇もなく、吸い込んだ空気は、悲鳴にも似た喘ぎに変わった。

・・・ああああ!!」


こんなのは嫌だ。
愛を求められているようで。

体は繋げても、想いまで渡すはずがないのに。

それでも、一度漏れてしまった声は、もうファイの意志とは関係なしに、際限なく溢れ出す。

「はっ・・・あ、
あっ・・・!」


甘い匂いが漂う室内に、甘い声が響く。
その匂いが、ここに来る前に髪に付けられた香水のものだと理解するほど、理性は残っていなかったけれど。
それでも、せめて声だけは、という努力は、何度も同じ方法で破られて。

屈辱も抵抗も、全て快感にすり替えられる。

ファイはそのまま頂へと追い上げられていった。





「ん・・・・・・。」

翌朝、窓から差し込む日の光で目が覚めた。
太陽が出るなど珍しい。セレス国の空は、殆ど一年中、厚い雲で覆われている。

(気分は大雪だけどねー。)

心象風景には程遠い空を軽くにらみながら、ファイは上半身をベッドの上に起こした。
体の奥の痛みを認識するまでもなく、昨夜のことは鮮明に覚えている。

ただ、ベッドがいつもより二割り増しで柔らかい気がして、そこがまだ王の部屋だと知った時は、さすがに少し驚いたけれど。

(昨日、あのまま寝ちゃった・・・?)

そういえば、最後のほうは記憶がない。どうやら一晩ここで過ごしたようだ。
王の腕は決して乱暴ではなかったけれど、あの行為は慣れない体にはきつかったらしい。気だるさを訴える体は、服を着る動作さえ拒んでいる。見下ろすと、胸にも足にも、行為の証の赤い跡。随分派手に付けられたものだ。

(そういえば、王様がいないなー。)

いないならその方がいいとは思いながら、ファイは一応部屋の主を探す。
と、丁度扉が開いてアシュラ王が戻ってきた。朝食でも食べに行っていたのだろうか。朝の散歩という線も考えられるが、王の日常など、ファイの知るところではなかったし、知りたいとも思わなかった。
だから、ただ『おはようございます』とだけ。

「起きても大丈夫なのか?」

そんな優しい一言を白々しく感じるのは、自分の心が荒んでいるからに違いない。そう自分に言い聞かせる。『平気です』とこたえた後に返された笑みも同様。せめて笑顔を返すのが礼儀かと思ったが、失敗しそうな気がしたので、無表情を押し通す。 睨み付けないだけましだと思って欲しい。

「これからお仕事ですかー?」

そんなこと興味はなかったけれど、昨夜のことを話題にされるのも嫌なので、こちらから話しかけると、すぐに肯定の返事が返ってきた。少し急いでいるらしい。

ほっとする。二人で過ごす空間は、息が詰まりそうで。

さっさと出て行けとは言われないようなので、無理に体を動かさずには済みそうだ。できればもう少し、横になっていたい。

でも、その前に。

「“次”はあるんですか?」

訊かなくても言われるだろうけれど、こちらから先に訊いておく。否定の答を望みながら。
彼の抱き方は、きっと好きになれない。他の誰でも同じだと思うが。
愛していないくせに、愛してるフリをしないで欲しい。
何もないと分かっている方が、きっと楽に身を任せられる。

「また呼ぶだろう。」

望んだ答は返ってこない。けれど、

「だが、嫌なら来る必要はない。」

「・・・・・・え・・・?」

「これは命令ではない。拒否する権利はある。」

一瞬、理解が及ばない。

命令ではない。嫌なら来なくてもいい。拒否する権利はある。
(じゃあ、これは何・・・?)
命令ではなく、けれど抱きたいというのか。

(じゃあ・・・何・・・?)

拒否したら、王はまた、他の誰かを選ぶだろうか。いや、それ以前に、

(どうしてオレだった・・・?)

顔をあわせたことなどないのに。数回廊下ですれ違ってはいても、その間はずっと頭を垂れていた。王がファイの顔を見る機会があったはずがない。金の髪の人間なら、他にもたくさんいる。                                  
この考えは、うぬぼれだろうか。散々反発したくせに、あの腕の意味が、ただの欲望ではなかったらなど。

「陛下・・・」
「堅苦しい呼び方だな。」

(別に親しい間柄じゃないでしょう?)

今は未だ。そう付け加えている自分がいる。
それでも、部屋を出て行こうとしている彼を、何とか引き止めたくて。

「アシュラ王。」
「何だ?」
「いつからオレを知ってたんですか?」

答が返るまでに少しの間。見ると、王は窓の外に目を向けていた。

「最後に晴れたのはいつだ?」

「・・・一ヶ月ほど前ですが。」

たしか、ファイがこの城に初めて出仕した日だった。あの時も、珍しく空が晴れていた。

「庭にいただろう?」

問いかけられて、思い出す。晴れた空を、ほんの少しの間だけ、庭に出て眺めたこと。特に意味があったわけではなく、たまたまそれが休憩時間だったから、それだけの理由で。

「そのときに・・・?」
「ああ。」

ファイを見つめて微笑む目は、昨夜の腕のぬくもりに似ていた。

これは思い上がりだろうか。

それ以上は何も言わず、部屋を出て行くアシュラ王の背を見送りながら、思う。

一ヶ月前から、求められていたのかもしれないと。

それなら昨夜の腕の意味は、ただの欲望ではなく。

ないと思った想いが、あったと思っていいのだろうか。


他人に何かを求めたことなどなかった。
ただ今回は、彼の腕が優しくて、とても温かかったから、信じてみたくなっただけ。


次を望んでいる自分がいる。




その日の空は、どうしてもファイの心象風景になる気はないらしく、一人になった部屋の中から見上げると、もう雪がちらついていた。







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