トライアングル・パラノイア 〜番外編〜 問:ある気体の2.75gの体積を27℃、1atmのもとで測ったところ、1.55lであった。 この気体は次のうちどれか。 (ア)N2 (イ)O2 (ウ)CO2 (エ)SO2 (ちなみに答えは ウ ) 「・・・・・・・・・えっと・・・・・・SO2・・・・・・?」 「理由は?」 「・・・・勘・・・・・・」 「・・・・・・今までの説明聞いてた?」 今日は土曜日。なので午後を利用して、昴流は神威に化学の授業。 来週から、悪魔の週間、定期テストが始まるのだ。 「気体の分子量の話なんだから、さっきの状態方程式に問題中の数字を当てはめていけば良いんだよ。」 「あ、そうか・・・」 本当に分かったのかどうか怪しいところだが、神威がノートに鉛筆を走らせ始めたとき、昴流のコートの中で携帯がなった。 「あ、ちょっとゴメンね。」 昴流は神威の邪魔にならないようにと、席を立ちながら電話を取り出した。ディスプレイに、見慣れた名前が表示されてる。いや、それは名前と言って良いのかどうか。 (『ダーリン』・・・・・・) 『ダーリン』。 勿論、昴流が登録したわけではない。犯人は姉の北都だ。 登録しなおせば良いのだが、方法が分からずそのままになっているというだけの話。 携帯の登録データなど、北都ぐらいにしか見られることもないので、昴流もまあ良いかと開き直っている。 ダーリンの正体は言うまでもなく。 「もしもし、星史郎さん?」 『こんにちは、昴流君。』 耳に当てた電話の向こうから、低く穏やかな声が聞こえた。 (状態方程式PV=wRT/Mだから、1.55X1.0=2.75X0.082X300/M・・・。あれ、Mってどれ入れれば良いんだ・・・?) <Mはその式から求めるんだよ。> 神威が首を捻っていると、昴流が戻ってきた。 「ごめんね、解けた?」 「・・・・・・もうちょっと・・・かな。電話、良かったのか?何か仕事じゃ・・・」 「ううん、そんなんじゃないよ。」 そんなのではないが。 (気を悪くさせてないと良いけど・・・・・・) ・・・ピンポーン 星史郎が電話を切って溜息をついたとき、玄関のチャイムが鳴った。 インターホンに出る暇もなく、ドアが開く音がする。 「はあい、星ちゃん!今日は一日暇人の北都ちゃんがケーキを焼きに来てあげたわよ!」 明るい声は、この家の主の許可も求めず、ずんずんと廊下を歩いてくる。結局迎えに出ることが出来たのはリビングの入り口。 「北都ちゃん、いらっしゃい。」 「あら、出かけるところだったの?」 星史郎の服を見て北斗が尋ねる。 家の中だというのにスーツ姿。これから仕事だろうか。 しかし星史郎は首を横に振った。 「いいえ、仕事はさっき終わって、丁度帰ってきたところだったんですが、帰りに美味しそうなカフェを見つけたので、昴流君をお誘いしようかと。」 「へえ、この私をのけ者にするなんていい度胸ね。」 「ではご一緒にいかがですか?」 「いいわよ。お邪魔虫になる気はないわ。昴流と楽しんでいらっしゃい。」 気を遣ってくれる北都に、星史郎は苦笑を浮かべた。 「いえ、昴流君には、たった今ふられてしまいましたので。」 「あら。じゃあ仕方ないわね。一人だと寂しいでしょうから、付き合ってあげるわ。」 「でも北都ちゃんと二人きりだと、援助交際だと疑われそうですね。」 「その時はちゃんと、義弟ですって証言してあげるわよ。」 星史郎が案内したのは、小さいが、静かでなかなか可愛いデザインの喫茶店で、ケーキの種類の多さが北都を喜ばせた。美味しそうなケーキがたくさん並ぶ中から、星史郎はショートケーキを、北都は珍しいもの狙いで黒ゴマクリームを使ったケーキに挑戦。味は悪くないらしく、機嫌よく半分ほど食べ終えたところでふと手が止まった。 「でも、今日は仕事、なかったはずよね。」 「昴流君ですか?神威の家庭教師だそうですよ。」 「ああ、高校生はそろそろテストだものね。神威ちゃんも大変だわ。」 北都は神威がお気に入りらしい。弟の若い頃を思い出すのだそうだ。(今も十分若いが。) しかし星史郎の方は全く逆。 「僕にはセクシーさが足りないんでしょうかねえ。神威ごときに昴流君を奪われるなんて。」 そう呟いてコーヒーをすする。生クリームで甘くなった口の中、それは随分苦く感じた。 「ところで星ちゃん、昴流とは何処まで行ってるの?」 ふと北都が尋ねるくらい、今のところ二人は微妙な関係と言った感じで。 星史郎が懸命にモーションをかけているのだが(勿論、良い男は懸命な様子など見せはしない)、昴流はいまだに冗談だと取っているようで(本当のところは定かではない)。 最初は楽しく見物していた北都も、さすがに業を煮やした様子。二人が出会ったのは確か、昴流が高校1年の時なのだから、無理もない話だ。 「特に変わりなく、ですよ。」 「つまらないわね。」 そう言って最後のひとかけらを口に入れる北都は、弟の恋愛は自分の楽しみだとでも思っているようだ。 「しょうがない。この辺でこの北都ちゃんが、一肌脱いであげようかしら。」 「あれ、でも以前に、黙って見物なさるとおっしゃっていませんでしたっけ?」 「我慢の限界というヤツよ。それに星ちゃん、」 ビシッ!と効果音がなりそうな勢いで、北都は人差し指を星史郎に突きつけた。 「セクシーを自称する男が、高校生にヤキモチなんて、ちょっと情けないんじゃない?」 そして翌日、日曜日。 問:細胞分隔に用いられる器具の名前を答えなさい。 (ちなみに答えは ホモジナイザー(遠心分離機) ) 「え・・・と・・・・・・」 「こんなものも分からないんですか?教科書の内容でしょう。誰かに教わって理解するものではないですね。普通に授業を聞いていれば頭に入っていて当然の単語ですよ。」 「あの、星史郎さん・・・もうちょっと穏便に・・・」 北都が人肌脱いだ結果なのだろうか、今日こそは昴流とデートを、と思って朝から電話をかけた星史郎は、『僕一人では頼りないので、一緒に勉強しませんか』、などと誘われてしまい。学校という機関から離れて10年以上たった今になって、教科書などというものと感動の再会を果たす羽目になってしまった。 (どうして僕がこんなことを・・・) 「あ、お茶淹れて来ますね。」 不意に昴流が席を立つ。星史郎と二人きりで取り残される神威が、今にも泣きそうな顔で救いを求めた。 「あ、俺も手伝って良いか・・・?」 「神威は勉強してて良いよ。」 そう言いながら、しかし神威の心中は分かっているので。 「星史郎さん、手伝ってくれますか?」 少し甘いかもしれないな、と思いつつ、厳しすぎる先生を引き離してやる。 星史郎も、神威と二人きりより、昴流と二人でお茶を入れるほうが幸せなので、喜んでキッチンに入って来た。 それでもやはり少し機嫌は悪いかもしれない。 (こんな顔もするんだ。) 口元に浮かぶ笑みをこらえながら、昨夜の北都との会話を思い出す。 『昴流は星ちゃんのことどう思ってるの?』 『・・・・・・ど、どうって・・・良い人だと思うよ。』 『そうじゃなくて!星ちゃんは昴流のことが好きだって言ってるでしょ。貴方はどうなのって事。』 『す・・・・・・好きなんてそんなこと・・・』 『まさかいまだに、冗談だと思ってるわけじゃないでしょう?』 『・・・・・・それは・・・』 はっきりしない昴流の前で、北都はわざとらしく盛大な溜息をつく。 『昴流、何年もこんな状態で付き合ってきたから、これが当たり前になってるんじゃない?気持ちが変わってることに、気付いてないだけなんじゃない?』 『気持ちが・・・?』 『そう。想いも変化も、いつだって貴方自身の中にあるんだから。昔の気持ちにとらわれて、今の本当の気持ちを見失っちゃ駄目よ?』 (今の、本当の気持ち・・・。) 食器棚からカップを出しながら、昴流は横目で星史郎を追った。ポットにお湯を沸かす星史郎は、昔と何も変わらない。 何も変わらず、今も好きだと囁いてくれる。 最初は想いなんて、なかったはずなのに。 いつの間にか、変化が生まれていた。 『でもまあ、此処まで来たら星ちゃんも長期戦覚悟でしょうから、焦らなくて良いんじゃない?貴方の速度で行けば良いわ。ちゃんと待っててくれるから。』 (僕の速度で・・・) 「星史郎さん、」 「はい?」 「明日のお昼、一緒に食べませんか?昨日おっしゃっていた喫茶店、良かったら紹介してください。」 「・・・・・・・・・珍しいですね、昴流君のほうから誘ってくださるなんて。」 驚いた顔をされて、昴流は照れくさそうに微笑む。 待っていてくれるなら、少しずつでも良いから、歩み寄ってみようか。 変化はいつか大きくなって、確かな想いを生むはずだから。 「では明日、待ち合わせ場所は・・・」 これくらいの事で、子供のような笑顔を見せる星史郎を見て、また心の中で、小さな変化が起こった気がした。 恋は化学反応だと聞いたことがあります。 トライアングル・パラノイア〜番外編〜ですが、何が番外編なのかというと、 本編は封真と瀬川君の神威ちゃん争奪三角関係ストーリーなのです。 別名、瀬川君救済企画。11月から週刊連載で行きます。(いけるかな) 其の先駆けとして、神威ちゃんにこっそりヤキモチな星史郎さん。 『トライアングル』なので三角関係を意識して。 本編は一応この話の少し後という形で。 それにしてもうちの神威ちゃん弱いですね。 作中の問の答え、ホモジナイザーですが、我が校の腐女子集団は 『ホモじゃないさー』って覚えました。さすが。 BACK |