闇の世界に棲む者は

光の影を知っている







「あー、日が暮れてきちゃったね。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「小狼君達、どこにいるのかな〜?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「黒ぽん、言葉通じてる?」
「・・・・・・・・・通じてる。」

やっと返って来た答えは憮然としていてそっけない。それでもファイは気にする様子もなく、よかったー、と笑う。
呑気だ。呑気すぎる。

二人が小狼達とはぐれてから早2時間。とりあえず宿に帰ろうと、町を彷徨い始めてからすでに1時間半。
いつの間にか大通りを外れ、二人並んで歩くのがやっとな幅の脇道に入ってしまっている。勿論、こんな道を通った覚えはない。こんな狭い幅で、あえて二人並ぶ必要もなく、つまり先を歩くファイが道を選んでいるのだが。

「ホントにこの道で合ってんだろうな!!?」
「えー、オレこの世界の人じゃないから分からないよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
いや、当たり前といえば当たり前ではあるが。

「この道、ドコまで続いてるのかな〜?」
緊張感のない笑顔。本当に帰る気はあるのかとツッコミたくなる。しかし、今回は黒鋼のせいで迷ったので、あまり偉そうなことは言えない。

『え、そこ右じゃない?』
『あ?左だろ。』

(あの時、右に行ってれば・・・)
終わったことを悔やんでも仕方がない。それに、もうそこまで帰る道も分からない。この辺りは道が入り組んでいるからと、と宿の人が地図まで渡してくれたのだが、運の悪いことに、持っているのは小狼だ。ついでにモコナも向こうにいる。いつ、ファイと言葉が通じなくなるか分からない。

「だあーーーーー、くそっ!!」
「黒みゅー、焦ってもしょうがないよー。」
「てめーはちょっとぐらい焦れっ!!」
「あ、抜けたよ、黒りん。」

黒鋼の怒声を軽く流し、前方をさすファイの指の先。長く続いた脇道を抜け、開けた景色の主役は、白い砂浜に青い海。

「やっと着いたー。近くで見てみたかったんだー。オレ、海見るの初めてで」
「宿探してたんじゃねえのかっ!?」
「じゃあちょっと休憩しようかー。」
「人の話を聞け!!」

しかしファイは聞く耳持たず、嬉しそうに海水に足を入れる。
(ガキかお前は・・・)
海など何が嬉しいのか。そうは思うものの、もう口を出す気力も失せ、黒鋼も担いでいた荷物を砂の上に降ろした。

「ほら、黒たん。夕日が大きいよ。」
「そりゃ良かったな。」
「もお、そっけないなあ。」
「何が良いんだ。たかが太陽だろ。」

現状に、ファイのように呑気になることもできず、返事はどうしても冷たくなる。それでもファイは、へにゃっといつも通りの笑みを返した。

「黒りん、忍者さんだから、太陽苦手なんだー。」
「・・・・・・。」

図星だった。否、逆かもしれない。光を嫌い、闇に焦がれるからこそ、闇に生きる忍びの道を選んだ。




   光は恐ろしい。総ての闇を殺すから。
   闇は優しい。光の存在も許すから。




「黒りんもおいでよー。」
いつの間にか膝まで海につかって、ファイが自分を呼んでいる。今の言葉は彼にとっては、何の意味もないのだろう。何事もなかったように、楽しそうに笑っている。夕日のせいで赤く見えるその笑顔に、黒鋼は目を細めた。

決して、見とれるなどというロマンチックなものではない。それでも最近、気が付けばいつでも、こうして彼の顔を見ているのは、探しているのだ。彼の、笑顔の裏に潜む闇を。


昔誰かが言っていた。光で闇を隠すのは簡単だと。とっくに忘れていたはずのその言葉を思い出したのは、きっとファイに出会ったから。やみを隠す、光の仮面をかぶる彼に。一度気付いてしまえば、常に探さずにはいられなくなる程、深い闇を内に秘める彼に。
闇は優しい。抱かれるのは心地いい。けれど、身の内に秘めた時、それはその身を切り裂く刃となることも、闇に生きてきた黒鋼はよく知っている。

「黒るん?」
反応を返さない自分を不審に思ったのか、海から上がってきて覗き込んでくるファイを、黒鋼は無言で見下ろす。目が合っただけでへにゃっと崩れる顔が、喜びを表すものではないと気付いたのはいつの事だったか。

「笑ってれば楽なのか?」

言うつもりのなかった言葉が口をつく。予想外だったであろうそれに、ファイの顔から笑顔が消えた。

確かに、笑っていれば心の闇を見せなくても済むのかもしれない。それでも、気付いてしまったのは、黒鋼に対しては、ファイが油断するせいだ。二人きりになると、すぐに光の仮面が脆くなる。気付かないと思っているのか、それとも気付いて欲しいのか。どちらにせよ、彼は決して、自分からそれを口にすることはない。

「中途半端に見せるくらいなら、全部吐き出せば良いだろ。薄っぺらい笑いで隠してんじゃねえよ。」
「・・・・・・・・・・・・。」

開きかけた唇が、言葉を発さないまま閉じられる。伏せられた目が躊躇にゆれた。

「言いたくないか。」

それなら無理に聞くつもりはなかった。抱え込むのも話すのもファイの意思だ。口にすることで傷付くような闇なら、口にしないほうがいい。ただ、隠すための笑顔の仮面が、あまりにももどかしかっただけ。

けれど、再び合わせられたファイの視線に、もう迷いはなかった。確かな意志を持って、唇が言葉を紡ぎ出す。しかし、

「Σσ刄チ□α!!Π*・・・」
「・・・・・・は?」

紡がれた言葉は、黒鋼には耳慣れない異世界の言葉。

「おまっ・・・、通じてなかったのか!?」
「πδΓ@+$〜。」

訊いても、返ってくる言葉の意味は分からない。それ以前に、質問の意味も相手には伝わっていないだろうが。

(じゃあ俺は・・・ずっと一人で・・・・・・)

思い返すと、なんと虚しく情けない光景か。今はファイの笑顔さえも腹立たしい。
おそらく躊躇していたのは、言葉の不通を言うか言わないか。

「さっさと言えよ、そういうことは!!!」
「ごめ〜ん。あれ、戻ったね。」
「・・・・・・・・・。」

なんというタイミング。
モコナが移動しているのだろう。また翻訳可能圏に入ったらしい。

「ねー、さっきなんて言ったの?」
「うるせえ!二度と言うか!!」
「うわ、黒るん冷たーい。教えてよー。」

怒鳴られても、怯まず食い下がろうとするファイを無視して、黒鋼は荷物を拾い上げた。

「帰るのー?」
「もう日が沈むだろうが。さっさと靴履いて来い。」
「はーい。」

明るく答えて、波打ち際に靴を取りに戻るファイ。その背中を見送る黒鋼は知らなかった。波の音に合わせて、ファイが呟いた一言を。


「ありがとう。」


抱えているものの重さは、自分が一番よく知っている。人にまで背負わせる気はない。でも、どうしても抱えきれなくなった時は。



「ところでお前、宿の場所分かるんだろうな?」
「うん、あっち。」

ファイの指の先には、暗くなった海の上を走っていく光の線。

「灯台か・・・。」




   光は恐ろしい。光さえも殺すから。
   闇は優しい。光さえも活かすから。




宿のすぐ側に灯台があった。部屋の窓から見えるそれにファイが興味を示し、宿の人に説明させていた光景は、まだ記憶に新しい。

「成る程、あっちに行けば帰れるな。」

全くの考えなしに海に出たわけではなかったらしい。素直に感心すると、ファイは照れたような笑いを浮かべて先に歩き出した。その笑顔に、今は闇が見えないことを確かめて、黒鋼もすぐに後を追う。

光に向かう二人の影は、いつしか隣に並んでいた。






                あれ、キスさせるはずだったのに、どっか行っちゃった;
                まーじーめーだーーーーーー。
                さすが切ない30の言葉達。書き出すと何だか切ない話になってしまいます。
                この二人はこんな人たちじゃない・・・。
                ファイさんがどのへんまで聞いてたかは、ご想像にお任せいたします。
                うちは黒の性格が一定しませんね。






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