雪夜恋歌




旅を始めてから早数日。
何度か、求められるままに彼を抱いた。
けれど、求められたわけではないことは、痛いほどに知っていた。


雪に包まれたこの国は、今夜もまた吹雪くらしい。




この国の夜も二日目、日本国でも寒さにはあまり苦労しなかった黒鋼は、この国の夜の冷え込みにもさほど苦しむこともなかった。だから、夜中にふと目が覚めたのは、寒さのためではなく、室内で誰かが動く気配のため。
目を閉じたまま気を研ぎ澄ませば、それがファイであることはすぐに分かった。
(眠れねえのか・・・?)
故郷はもっと寒かったといっていたファイが、寒さで眠れないとは思えない。だから、眠れないのだとすれば、きっともっと別の理由。

カタン、と、窓が鳴った。
風が鳴らすそれよりいくらか静かなその音は、ファイが窓に触れたのだろう。この寒い夜、外気に触れるガラスは氷のように冷たいだろうに。
細い指先が凍えてしまう。
自分には関係ないと思うのに、目を開けてしまった。
開いた目に映るのは、どこか虚ろな瞳で窓の外を眺めるファイの横顔。

「・・・何を見てる。」
躊躇いつつも声をかけると、細い肩がびくりと揺れた。
「あ・・・起きてたんだー」
「起きたんだ。」
細かい訂正を入れながら上半身を起こすと、腹の上からモコナが転がり落ちた。どうりで温いと思ったら。
転がってもまだ寝息を立てているモコナを布団の中に埋めて、ファイの横に並ぶ。外を見ているのだと思ったのに、窓は曇っていて、外の様子など全く見えない。ファイが触れたあとから水が数滴流れて、まるで涙だと思った。
では当の本人はと見ると、もういつもの腑抜けた笑顔。掴み所のなさは、触れれば溶ける雪のように。

「今夜も冷えるねー。寒くて目が覚めちゃったよー。」
「嘘付け。」
「嘘じゃないよー。オレもモコナと一緒に黒むーのベッドで寝ようかなー。」
「・・・・・・」
その台詞は誘いだったのか冗談だったのか。判断がつかないからあえて取り合わずに、黒鋼は曇った窓を手で拭いた。何とか外が見えるようにはなったが、吹雪のせいで視界は悪い。

行為を拒むわけではない。けれど、ファイが求めているのは自分ではないことは、痛いほどに知っているから。
差し出される体を欲望に任せて抱いてやるだけで、きっと彼は刹那的にとはいえ満足するのだろうが、体以上のものを求めてしまうから、こちらが満たされない。
深く深く繋がるほど、胸に残るのは虚しさ。
誰かの代わりではいられない。それほど自分は寛容ではない。
彼に出会うまでは、知らなかったけれど。

「雪って・・・じっと見てると連れ去られそうな気がしない?」
またファイの指先が窓に触れる。血の気の失せた透けるような白さのその手は、冷え切っているのだろうと容易に推測できて。
その手を取ったのは、温める為ではなく、それが当たっているのかを確かめたいと思っただけ。
温めてやる理由など、きっとこちらにはないのだから。

「く、ろむー?」
戸惑いの色を見せるファイの手は、凍えた窓ガラスといい勝負で、雪の向こうから何がやってくるのかは知らないが、もうすでに、魅入られているのではないかと思うほど。
いつか本当に、連れ去られてしまうのだろうか。
(馬鹿馬鹿しい・・・)
「そうなったら戦えばいいだろうが。黙って攫われるような玉じゃねえだろ。」
「・・・・・・さあ、どうだろうねー・・・」
「どうだろうってな」
「オレは・・・」
黒鋼の言葉を遮ったファイの手は、かすかに震えていた。
「オレは・・・自分が弱いとは思わないけど・・・そうありたいと願うほどに強くもない・・・」
「・・・理想なんかあったのか。」
「そりゃあ、ね・・・。」
君は自分に満足してるかもしれないけど。
そう言った後、ポツリと呟く。
「黒むーみたいに・・・なれたらいいのに・・・」
「・・・・・・。」

自分が弱いとは思わない。そんなのはきっと嘘だ。人の強さに憧れるのは、自分の強さを認められないから。自分の価値を知らないから。人の弱さも知らないから。
今ここに、自分が自分として在る事が怖い。違う誰かになりたい。いっそ、消えてしまいたい。
そこにある真実からすら逸らされた瞳は、どんな真実も映しはしないのに。
ファイの瞳が揺れた。けれど彼は、泣きたいときに泣ける強さすらも持ってはいないから。

「俺は、自分に満足なんてしてねえ・・・。」
握っていた手を離す。ファイの瞳が名残惜しげに揺れたのが、見間違い出なければいい。
強く強く、もっと強く。何者にも負けない強さを。
けれど今はただ、彼の恐怖を取り去ってやれる強さが欲しい。握り締めた手が震えないように。
誰かの変わりに甘んじていられる強さが欲しい。或いは、その状況を変える強さを。

外の風で窓ががたがたとなった。また、寒くなった気がする。
「・・・・・・寝る。」
そういって、黒鋼はファイに背を向ける。今はまだ、その願いを伝える言葉すら持たない。
だからせめて。
「黒みゅー、そっちオレのベッドー・・・」
「一緒に寝るって言ったのはテメエだろうが。」
「・・・・・・・で、でもモコナは・・」
「ほっとけ。」
「でも・・・小狼君に・・・見られたりしたらー・・・」
「小僧より先に起きればいいだろ。」

あっさりとそう答えて、黒鋼は主の不在で冷え切ったベッドに遠慮なく腰掛けた。
「どうするんだ。」
「う・・・お、お邪魔しますー・・・」
根負けしたというよりは、最初から少しはそれを望んでいたようで、手を差し出すとファイは容易にそれに応じた。ベッドに引き入れた体は冷たくて、自分の体が冷える前にこの体が温まるようにと願いながら、一度だけ軽いキスを落とす。

「黒むー・・・」
「ん?」
「・・・ありがとー・・・」
「・・・・・・・」
それが何に対する礼だったのか分からなかったので、あえて返事はせずに、少しだけ、抱きしめる腕に力を込めた。

ファイの震えは止まっていた。
それだけで、少し、満足した。








ジェイド国二夜目あたりで(古)。裏ツバサ阪神共和国編の続き見たいな設定で行ってみました。
うちのファイさんは黒鋼さんの事がそんなに好きじゃないんじゃないかなとか思えてきてしまった・・・。
きっとアシュラ王の呪いですよ・・・。アシュファイは無駄にラブラブしたの書けるのにね・・・。
二人がこんなことをしている頃、町では金の髪の姫が走り回り子供を攫いまくり、それをサクラ様が追跡するという事態が起こっていたわけですが。この二人ジェイド国暇そうだったもんね。きっとそんなことはどうでも良かったはずです。
そして黒鋼さんが言いました。「お前は寝てただろうが!グーグーと夜は人の腹の上で!」toモコナ。
ってことはあんた夜は起きてたんだな、でもサクラ様の失踪には気付かなかったわけだな、何してたんだこら、言ってみろよほれって思ってたのはきっと雪流さんだけじゃないはず。
その辺を邪推してみるととんでもへたれな黒鋼さんが出来上がりましたはっはー。
・・・・・・・・・・・・まあいいや(お)




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