いつかまた巡り会う日に
吸血鬼ハンター。
星史郎は、それを生業とする家系に生まれた。
幼いころから、母が目の前で吸血鬼を殺すところを何度も見てきた。
吸血鬼とは、人間に害をなす存在で、殺すべきもの。そう教えられてきた。
常識が一変するのは、たった一つの出会いから。
その夜は、雨が降っていたと記憶している。
「・・・・・・吸血鬼ですか。」
ぬかるんだ土の上に横たわった男。そしてその上にかがみ込む少年。
少年は、星史郎の声にはっと顔を上げた。
攻撃を予測して、星史郎は首から提げたクロスを握り締める。聖なるものの証、五芒星が刻まれたそれは、彼の家計に代々伝わる、吸血鬼と戦うための武器。
けれど、予想した攻撃は訪れず、彼は予想外の光景に目を奪われる。
少年の頬を伝う、二筋の―――
(涙・・・・・・?)
雨が降っていた。それもかなりの勢いで。
しかしそれは、雨ではなく涙だと、なぜか確信できた。
少年の口元は、目の前に倒れる男の血で汚れていた。けれど、そんなものはどうでもいいと思えるほど、その涙が神聖なものに思えた。
「どうして、泣いているんですか?」
「・・・・・・て・・・ださい・・・」
「え・・?」
「殺してください・・・」
遠くで雷が鳴っていた。
おもしろい。
抱いたのは純粋な興味。
自分が殺した獲物の為に、涙を流す吸血鬼。
「昴流!!」
不意に、一人の少女が少年に駆け寄った。そして少年を抱きしめ、星史郎を睨みつける。その顔は、雰囲気を覗けば、少年と見事に瓜二つ。
「双子ですか。吸血鬼の双子は初めて見ます。」
「貴方、ハンターね。」
「ええ。」
少女に見えるようにクロスをかざすと、威嚇の色が明らかに強まる。
当然だ。吸血鬼とハンターは、生まれながらの宿敵同士。
「困りましたね。僕は今、その少年に殺してくれと頼まれたんですが。」
「・・・・・・!」
ばっと少年の顔を見る少女。少年は、気まずそうに視線を逸らした。
少女の眼差しが悲しげなものに変わる。
「私達は吸血鬼よ。人の生き血を吸わなきゃ生きていけないの。人が動物を殺して食べるのと何も変わらないわ。」
それは、星史郎への主張の様でもあり、少年に言い聞かせる様でもあった。
「私達は、何も悪くない。」
「そうですね。貴方達は何も悪くない。」
賛同した星史郎に、二人の吸血鬼の表情に驚愕の色が浮かんだ。
「吸血鬼が血を吸うのは当たり前の事ですよ。貴方達は何も悪くない。」
「じゃあ、どうして貴方達は私達を殺すの。」
「貴方達の存在が、人間にとって不都合だからですよ。殺されたいと願う人間は少ないでしょう?だから僕達のような人間がいるんです。人間には力がある。動物だって、人間を殺す力があれば、食べられる前に殺そうとするんじゃないですか?」
「だけど僕は・・・」
少女が来てから初めて、少年が口を開く。
「僕は・・・もう・・・」
「昴流!」
人の生き血を吸うことに、罪悪感を覚える吸血鬼。
本当に、おもしろい。
「困りましたね。」
「・・・どういう意味?」
「僕は、『殺して欲しい』という人を殺す趣味はないんです。」
「・・・ひねくれものね。」
「ありがとうございます。」
星史郎は、笑みを浮かべて二人に歩み寄った。
少女は警戒、少年は困惑を、それぞれ表情に滲ませる。
構わず二人の前にしゃがみ込むと、星史郎は少年の顔を覗き込んだ。
「昴流・・・が名前ですか?」
「・・・はい。」
「さて、どうしましょう。僕は君を殺したくありません。」
「・・・・・・」
「僕は星史郎。貴方は?」
「・・・・・・北都。」
「吸血鬼は、人の血を吸う以外に生きる方法はないんですか?」
「そんなことが出来るなら、もうとっくにやってるわ。この子が、こんなに苦しむこともない。」
心優しい吸血鬼と、彼の為に心を痛める吸血鬼。
今までに見てきた、どんな吸血鬼とも違う。
殺す対象とは思えない。
ただ殺すのは、つまらない。
「・・・・・・探しましょうか。」
「・・・何を?」
「吸血鬼が、人の血を吸わずに生きるほう方法を。」
「そんなもの・・・」
「世界中探せば、ないとも限りません。いつまで掛かるかは分かりませんが。」
「限られた人の命で、夢みたいなことをいうのね。」
「貴方達は、永遠の命を与えられるんでしょう?」
星史郎は、昴流に視線を合わせる。
緑色の、綺麗な目だと思った。
「僕を噛んでいただけますか?」
「え・・・・・・」
「その方法を探すために、僕に永遠の命を与えてください。」
「・・・・・・」
昴流は、おずおずと星史郎に手を伸ばした。そして、首筋に顔を埋める。
まるで神聖な儀式のようだ。
首筋に痛みが走ると同時にそんな考えが浮かんで、思わず笑みがこぼれた。
「その方法が、見つからなかったらどうするの。」
「さあ、僕はハンターですから、その時は、貴方達を殺すしかないでしょうね。」
「・・・昴流は殺させない。」
「じゃあ、逃げていただけますか。」
そう言って星史郎は立ち上がる。
髪から滴った雨水が、肌を伝う不快感。
しかし、そんなことも気にならないほど、わくわくしている。これから始まる旅に。
「いつかまた巡り会えたときに、その方法が見つかっていなかったら、昴流君の望みどおり、僕が彼を殺します。だからそれまで、彼を死なせないでください。」
「大きな賭けね。」
「そうですね。」
いつまで掛かるか分からない。見つかるのかどうかも。
それでも、彼に貰った永遠の命がある。
見つけられる気がする。
「昴流。貴方は、それでいい?」
少年は、星史郎を見詰めたまま、力強く頷いた。
双子の吸血鬼が立ち去った後、星史郎はクロスを鎖から外した。そして、逆さまにして付け直す。
逆さクロス。五芒星は、逆五芒星に。
自分はもう、吸血鬼を殺すものではない。
強い力を持つ羽とであったのは、旅を始めてから数年後の事だった。
ツバサ版星X昴。うちはこの路線で行きます。
ツバサ気になるカップリングNo.2ですね。
早く原作に昴流君が出てほしい。
(ちなみにNo.1はアシュファイです・・。)
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