数字の羅列を意味で縛って 人は記憶に刻んでいく


記憶


2 19  僕達の誕生日  もう何年も祝ってない
4  1  あの人の誕生日 多分嘘だろうけど

203   203・・・?
何の数字だっけ・・・。




二度目に目が覚めたのは夜だった。

狭くなった視界の中、白い天井と、頼りなげにぶら下がった点滴の袋。いかにも病院な光景と、微かに漂う薬品の匂いが、今の自分の状況を、すぐに思い出させてくれる。

地の龍の神威に貫かれた右目を、昴流はそっと手で覆った。
手のひらに触れるのは包帯の感触。
心の中にあるのは、自分勝手な願いが叶えられたことへの、ほんの僅かな満足感。

首だけ動かして左を見ると、神威がベッドに突っ伏して眠っていた。
一度目に昴流が目覚めた時は、泣きはらした目から、まだ涙を流しながら、『ゴメン』をひたすら繰り返していた。医師が失明の事実を告げる間も、神威は昴流の手を握り締めて。その手が震えていたから、昴流が手に力を込めると、結局どちらが手を握っているのか分からなくなった。

気に病むことなどないのに。
どうしても自分の願いは、周りの人間を傷つけるのだなと。
痛感しても、それでも願わずにはいられないのだが。

ベッドがきしむ音にさえ気を遣って、昴流は静かに身を起こした。絶対安静と言われているが、右目以外の傷はたいした事はない。神威に握られたままだった手をそっと引き抜いて、昴流は病室を出た。


『ここ、どこの病院?』

最初に目が覚めたとき、なんとなくそう訊いていた。
きっとあの時、答はすでに分かっていたのだろう。

『新宿総合病院』

ああ、懐かしい名前だと思った。


昴流の病室は4階だった。階段を、2階分降りる。引き寄せられるようにたどり着いたのは、203号室。
ネームプレートはなかった。今は空き部屋らしい。そんな事にさえ、運命的なものを感じてしまっている。単なる偶然に過ぎないのに。


あの日、ここに書いてあったのはあの人の名前だった。
あの日、この扉を開けると暗闇が広がっていた。
あの日、この部屋に入るとあの人が待っていた。

あの日、この場所で全てが一変した。


203  あの人の病室   よく覚えていたものだ


無人の部屋の扉を開く。
夜風が頬を撫ぜ、その中に桜の花弁の幻影を見た。

「・・・・・・っ!」
思わず体をこわばらせて、そんなはずはないと気づく。
桜の季節はもう過ぎた。
それにあの人が、殺す価値もない自分に会いに来るはずがないと。

病室の窓が開いていた。夜風だけは現実。
きっと、昼間に換気して、看護婦が閉め忘れたのだろう。

昴流は、窓辺まで歩いていって、外を眺めた。
あの人も、こうしてこの景色を見たのだろうか。
あの時は、季節はもう冬だったけれど。

「星史郎さん・・・」

呟くと、また桜の幻影が頬を撫ぜた。
結局まだ、桜に捕われたままなのだ。そして、それを望んでいるのは自分自身。
これは望みが作り出す幻覚。
手足に桜の枝が絡みつく。
足元の床の感触さえおぼつかない。
その中で、ただ頬に触れる花弁だけが優しい。

遠い日の記憶は、明け方の夢に似ている。
現ではないと分かっていながら、それでも身を任せたくなる。

本当に夢なら、周りの誰かを苦しめる事もないのに。
頭をよぎった考えに、自嘲に似た笑みがこぼれた。

大切な人の命と引き換えに 現に戻ってきたくせに
それでもまだ 夢に戻る事を夢見ているのか

嫌悪に値する弱さは、捨てる事は叶わない。
それは願いではないから。



「昴流・・・?」
背後からかけられた声に、昴流はっと我に返った。枝も花弁もその瞬間に消え去って、足元には確かな床の感触。
振り返ると、神威が部屋の入り口に、困惑した表情で立っていた。


203 神威には何の意味もない


「ごめん、起こしちゃったね。」

片目だけに笑みを浮かべて、静かに窓を閉める。
行く手を阻まれた風が、ガラスの向こうで哀しく啼いた。

「戻ろうか。」

昴流がそう言うと、神威の顔に安堵の色。
夜の散歩は、それほど彼を不安にさせたのかと、少し申し訳なく思いながら、昴流は病室を後にした。


けれど、遠い日の記憶に背を向けたわけではない。
願いが消えたわけではない。

今もまだ、この身は桜に捕われたまま。




2 19  二人の誕生日     きっとこれからも祝わない
4  1  あの人の誕生日   きっと嘘に違いない  
203   あの人の病室     きっと全てが変わった場所

1999  終末の年        きっと全てが終わる年  




               あ、同じ病院だ、と気づいた瞬間に浮かんだ
               星ちゃんの病室妄想です。
               妄想を読める文章に直すのは難しい・・・。
                    



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