「昴流には一つだけ怖いものがあるの。」
今日も仕事で遅くなる昴流の部屋で、彼の双子の姉と夕飯の用意をしていると、ふと彼女がそんな話を始めた。
「へえ、意外ですね。何ですか、それは?」
興味津々に聞き返す。鍋を混ぜる手は休めずに。
「知りたい?」
「ええ、愛する昴流君の事ですから。」
賭けの期日が迫っていた。この嘘を繰り返すのも、あと少しだけ。



「さよなら」



「昔ね、犬を飼ってたの。昴流が凄く可愛がっててね、犬のほうもよく懐いてた。」
「お聞きしたことがあります。確か随分前になくなったと。」
「そう、それで昴流は凄く哀しんでね、いつまでもその子を抱いて泣いてるから、私こう言ったのよ。」

『昴流がそんなんじゃ、この子がいつまでたっても安心して逝けないでしょ。ちゃんと、「さよなら」って言ってあげよう?』

生きているものは必ず死ぬ。どんな出会いにも、別れは必ず訪れる。
いつかは、誰かが教えなければならなかった事。
 
 
「でもそれから、昴流は臆病になっちゃった。誰にでも優しく接するけど、深く深く、関わっていこうとはしないの。」
悲しい別れが待っているなら、共に過ごす時間も苦しいだけ。だから、別れが辛くなる前に。
「『さよなら』が怖い・・・ですか。」
かき混ぜる鍋の底から、1つ、2つと気泡が水面に顔を出す。星史郎は少し火を弱めた。
「でもそれならどうして、僕を昴流君に引き合わせたんです?年齢順でいくと、僕は彼より先に死にますよ。」
「あら、死ぬまで側にいてあげてくれるのね。嬉しいわ。」
「・・・・・・・・・」
北都は、すべて知っているかのような口調で話す。けれど、何かをしようとするわけではなく、ただ見守っているだけ。
時々、牽制はしてくるが。

「こう見えても、私も結構責任感じちゃってるのよ。だから、貴方に会ったことで、昴流が変わってくれるといいなって。」
いつか別れるからこそ、共に過ごす時間を大切だと想えるように。
「だから星ちゃん、約束してちょうだい。」
「何をです?」
「昴流に・・・「さよなら」を言わないで。」
それこそ一か八かの懸けであることは、北都自身もよく分かっているのだろう。珍しく、瞳が不安げに揺れていた。

別れが悲しいだけのものなら、それまでの時間すら悲しみの色に染まってしまう。全ては星史郎に懸っているといっても過言ではない。
「あの子は変わり始めてる。自分ではまだ気づいてなくても。辛い別れはきっと、今度こそあの子を壊してしまうわ。だから・・・」
繰り返された願いに承諾の返事を返しても、星史郎の心が痛みはしないことも、きっと北都は知っていたのだろう。
 
 
人は不思議だ
本当にそんな一言で壊れるものだろうか
だから、試してみたくなったのだ
 
 
「さようなら、皇昴流君」
 
 
予想通り北都にはかなり怒られたが、予想外の事もあった。
実験が成功したこと、自分は心のどこかで喜んでいる。
自分が発した一言で、人が簡単に壊れるのだということ。
それ程までに強く、想われていたのだということ。
 
 
「では、お詫びに一つだけ約束しますよ。」
北都の亡骸を抱いて星史郎は囁く。
今度は決して、破るつもりのない約束を。





「本当に別れがきた時は、必ず彼に優しい言葉を。」







その前に死ぬな馬鹿ー!!とか思ってるの私だけですか。
(あ、星史郎さんに馬鹿って言っちゃった。)
遺された昴流君の未亡人っぷりがあまりにも痛々しいので、違う結末があっても良かったとは思いますが、
違う結末があればよかったとまでは言いません。
幸せな結末だけが素晴らしいかと言うとそうでもないし、幸せの形なんてそもそも人それぞれですし。
確かに悲しかったけど、悲しいだけの別れでもなかったと思うの。
救いを見出せる要素はいくらでもありましたし、きっとあれはあれで良かったんですよね。
でも星史郎さんはちょっと自分勝手だと思う・・・。そこが好きといえば好きですけど。
何はともあれ、これで30題コンプリート。ありがとうございました!





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