ふと夜中に目を覚ますと、ベッドが一つ空だった。





−雪涙−





「おい、風邪ひくぞ。」
空のベッドの主は家の外にいた。雪が降っているというのに上着も着ずに。
背後から声をかけると、周りの雪に溶け込みそうなほど、色素の薄い髪が揺れた。

「あれ、黒りん、起きたの?」
「起きちゃ悪いか。」
ぶっきらぼうに答えて持ってきた上着を突き出す。
「うわあ、黒るん優しいなっ。」

「っ・・・。」
受け取るために出された手が、一瞬自分の手に触れたとき、そのあまりの冷たさに驚いた。
「お前、いつから外にいるんだ?」
「ん〜?さあ、出てくる時に、あのお医者さんに声かけたから、あの人なら分かると思うけど?」
「寒くないのか?」
「慣れてるからー」

そういえば、住んでいた国はもっと寒かったと言っていた。それなら雪も降っただろうか。今と同じように、すべてを白く染め上げて。

「帰りたいのか?」
「え?」
少し驚いた顔。睫毛についた雪が震えた。

「ああ、雪見てたから?別に旅愁に浸ってるわけじゃないよ。」
「なら・・・どうして見てた・・・?」
「ん〜、雪、好きだから。」
そう言って、また顔を空に向ける。

「それに・・・」
闇に舞う雪を映した青い双眸が、わずかに細められた。
「帰りたくても、帰れないしね。」

漏らした本音は、悲しみなのか諦めなのか、覚悟なのか決意なのか、何も分からないうちに風に流され、消えていく。
肩に落ちた雪が、ゆっくりと溶けて、今着たばかりの上着にしみこんでいく。まるで、流さない涙の代わりのようだと思った。

住んでいた国というのは、どういう所なのか。何かと難しい事情を抱えているようなので訊くに訊けないけれど、帰りたくないわけではないのだろう。
「そんな顔するくせに・・・」
「・・・・・・・・・」
聞こえたのか聞こえなかったのか、返る言葉はない。

静寂。
耳に届くのは、雪を舞わせる風の音だけ。
目を閉じてしまえば、すぐ側にいるはずの存在さえ忘れてしまいそうなほどの、果てしない静寂。

「なあ、・・・」
「黒たん、・・・」

言葉を発したのはほぼ同時。
相手の言葉の続きを待って、また静寂が流れる。
けれどそれは、さっきよりも短い時間で、今度はそっと破られた

「黒たんは、自分の国に帰りたいんだよね。」
「・・・・・・・・・ああ。」
会話はすぐに途切れた。

凍えた唇から吐き出されるのは、白く凍った吐息だけ。
背中をこちらに向けたまま、ただ舞い落ちる雪を見つめる姿は、本当にそのまま雪に溶け込んでしまいそうだった。

「・・・・・・俺は、ここにいない方がいいのか?」
「え?何で?」
「・・・なんとなくだ。」
細く頼りなげに、けれども毅然と。その背中は、独りで生きていくことを求めているように見えたから

「ん〜、黒りん、腕を前に出して。」
「あ?こうか?」
「そうそう。」

言われるがままに両腕を前に突き出すと、その間に細いからだが滑り込んできて、腕はその肩に回され固定された。
「・・・・・・・・・なにやってんだよ。」
まるで背後から抱きすくめるような体勢に、戸惑ったのは自分だけ。

「寒いんだ。少し、こうしてて。」
「・・・慣れてるんじゃなかったのか。」
「うん、・・・でも・・・・・・寒いんだよ・・・・・・・・」

腕の中の体は、予想以上に冷え切っていた。
けれど、寒いなら中に入れとはいえなかった。

互い何も言わず、しばらくそうしているうちに、肩を抱いた腕に、うっすらと雪が積もった。

顔は見えない。感情が読み取れない。
唯一つ分かるのは、拒絶されているわけではないのだということ。

それならもう少し、このままでもいいかと思えた。
この雪の向こうに、彼が何を見ているのかは分からないけれど、この存在は、今確かにこの腕の中にある。

耳元で風が冷たい音色を奏でた。

少しだけ、全くの無意識のうちに、肩を抱く腕に力がこもっていた。






        純愛です!!(ホントか?)
        このとき家の反対側では金の髪の姫が駆け回り、子供をあさっているのです。(怖っ)
        この二人、大好きです。黒鋼は帰りたくて、ファイさんは帰れなくて、いつかは離れるのに
        それでも愛し合ってしまうところが(妄想)
        それはともかく、今回、ファイさんの雪国美人っぷりをアピールしたかったのですが、ひょろさしか
        表現できなかった気が・・・(爆)
        ああ、雪っていいですね・・・(逃)






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